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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
50/192

50 マイムへ向かって 

 リーンフェルトの説得により開いた門は、門番長とその部下が交通整理をしたお陰で大分スムーズに流れ始めていた。


「ただいま戻りました」


 幌の付いた馬車の前にふわりと降り立てば、辺りの民衆がどよめき拍手で迎えた。

 それは自分達の状況を打破してくれた少女に感謝と称賛の念を込めての事だ。


「上手くいったみたいですね。門が開くのが見えましたよ」


 アトロがそういうとリーンフェルトは一つ頷いてみせた。


「なんかリンさんカッコ良かったっす!」


 クライブは若干興奮を抑え切れないといった感じだ。

 武勲ではないが、ここにいる者達の命が助かったのは事実だ。

 徐々に列が進み月が西に傾きかけた頃、リーンフェルト達は無事門を抜ける事が出来た。

 後はカインローズとの打ち合わせ通りマイムまで何事も無く辿り着けば任務完了となるだろう。


 門を抜けた先もサエス王国ではあるのだが、区画としては違う街扱いである。

 水路こそ繋がっているが門同様に、時間が来ると格子が閉まるのだが、混乱の為か締める役目だった兵士が逃げ出し開いたままになっている。

 少し進み振り返れば所々水柱や巻き上げられた城の一部が門に連なる壁を破壊した形跡が散見される。

 リーンフェルト達同様門を通り逃げ出した民衆は列となりぞろぞろと進んでゆく。

 その足取りが重いのは今も振り続ける雨が体温を奪い続けてるからに他ならない。

 リーンフェルト達は幌付きの馬車であるのに対して彼らは徒歩、そして上から雨が降り足元には水路から溢れてしまった水が靴を濡らし足取りを重くするのだ。


 アトロは疎らに徒歩で避難する民衆を横目に手綱をしならせる。

 先程よりも僅かに上がった水嵩を物ともせず鞭の入った馬車は進む。

 そうして夜通しマイムへ向かって進み、東の空が白んでくると徐々に被害の大きさを実感する。

 水柱により穿たれた屋根や石畳が砕かれた場所は地面を晒し深い穴となっている。

 昨夜はエストリアル中心に落ちていた水柱はその範囲を拡大させているようだ。

 なにより酷いのは未だ引く気配のない水が依然として膝下くらいまでの高さにある事だ。

 これでは街の機能がいつ回復するのかまるで目処がつかないだろう。

 辺りからは酷い匂いが漂う。

 恐らく流れた水が下水で許容できなくなり汚水が溢れたのだと思われる。

 あれほど水の力で栄えていたサエスが一夜にしてこの有様なのだ。


「一体何が起こったというのですか……」


 そう一人呟くリーンフェルトに幌で休んでいたアトロが答える。

 ちなみに今馬車を御しているのはクライブである。

 夜が明けた頃にアトロと交代して御者台に座ると今もひたすらにマイムへの進路を取っている。


「私にも何が起こったかは想像が付きません。ただあの真夜中の爆発音の後から一連の災害は始まったのだとすれば、あの爆発がなんであったかを調べる事が出来れば今回の原因も特定出来るかもしれませんね」


 確かにあの爆発音から雨が降り始め、街は水に浸かったのだ。

 そう考えるのが普通だろう。


「原因ですか……きっとその情報はリナさんやカインさんが調べて来てくれるでしょう。私は私に課せられた任務を全うしないと」


 とは言うもののエストリアルの区画を抜けてからは大きな事件に巻き込まれる事なく、マイムへ向かって進む。

 リーンフェルトからは特に指示を出すような場面でもない。

 道が悪くなり、あたりには遠くへ避難しようと歩き続けるエストリアルの民衆の一団がおり、スピードを出して進む事が出来ない。

 こればかりはいかにリーンフェルトであろうとも仕方の無い事である。

 しかし遅々として進まない事に苛立ちよりも焦る気持ちが逸る。

 そんな中、商人だろう一行の馬車がスピードを上げてリーンフェルト達の馬車を追い抜こうとする。

 それを見てリーンフェルトはこの後起こる惨事を想像すると、険しい面持ちとなる。


「クライブさん! あの馬車の進路を塞いでください!」

「えっ……リンさん、あんな勢いづいた馬車にぶつかったら、こっちの馬車が壊れてしまうっすよ!」


 驚いた表情のクライブが彼女の指示に戸惑いを見せる今この時も後方の馬車はスピードを上げる。

 このままいけば前を行く民衆を巻き込み多くの犠牲が出る事だろう。

 そうまでして逃げたいのか。

 いや、この状況で早く安全な場所に行きたいと思う気持ちは皆一緒のはずだ。

 リーンフェルト自身もそういう気持ちがない訳ではないが、大勢を巻き込んで自分だけというその性根が気に食わない。

 助かるのならば皆で助かった方が良い。


「クライブさん!」

「ああもう! 知らないっすよ! リンさん、ちゃんと捕まって欲しいっす!」


 クライブがそう言って一つ鞭を入れれば徐々に突撃してくる馬車の前に進路が重なる。

 そうなると慌てるのは後方の馬車だ。

 向こうの御者がすごい形相でリーンフェルトを睨み、怒鳴り散らした。


「邪魔だどけ! この馬車を誰の馬車だと思ってるんだ!」


 そう叫びながらも衝突を回避すべくその御者は手綱を引く。

 馬車同士がぶつかればただでは済まないからだ。


「貴方達こそこんなに人が歩いているのに、なぜスピードを上げたのですか! そのまま行けば多くの人が怪我をしたでしょう」


 しかし顔を真っ赤にして怒る男は怒りに任せて喚く。


「そんなもん知った事か! こちらはサエスの大商人様だ。下々の連中とは命の重さが違うんだよ!」


 その言葉にリーンフェルトの目がスッと細くなるのを、アトロは見ていた。

 明らかに怒っているそれであり、握り締めた拳が震えている。


「誰の命であっても等しく尊い物です。命に優劣などありません! これ以上周りに迷惑を掛けるようであれば容赦しません」


 自制心の強いリーンフェルトが務めて冷静にそう告げるが、彼は聞く耳を持たない。


「はんっ! 小娘一人に何が出来るってんだ! それよりも道を開けろ、これ以上邪魔をするんじゃねえ!」


 やり取りを見ていたアトロは冷静に両者を観察していた。

 向こうの御者は髭面と強面の二人だ。御者としての腕よりも護衛としての腕の方を買われているのではないだろうか。

 見ていて馬の御し方が少々雑だ。

 一方普段冷静なリーンフェルトだが今回は相当怒っているようだ。

 無意識にだろうギリッと奥歯を噛む音がする。

 この状況下でリーンフェルトもやはりストレス抱えている事が伺える。

 それでもそれを表に出さないようにクライブと話をしたり、交渉をしたりして来たのだ。

 辺りは水が溢れているこんな有様なのだ、自国の者同士助け合って行かねばならないでどうしろと言うのだろうか。

 大商人かなんだか知らないが、そんな事はどうでも良い。

 商人ならば今の所業を是とするのか。

 善良に生きているのであればそんな発想自体がおかしいのだ。

 誰かを犠牲にしても良い状況など常にないのだから。


「止まりなさいと言っている!」

「だから知ったこっちゃない。そんなに邪魔をするのなら叩き伏せるぞ!」

「やれる物ならやってみなさい」


 白のコートを翻し、リーンフェルトは両手に風の魔力を生み出し、後方の馬の前に幕を幾重も張るように展開する。

 当然目の前に風の壁が出来た事により劇的に馬はその速度を落とす。


「そこの女何しやがった! クソ! スピードが落ちてやがる……」


 慌てた髭面の男が馬に何度も鞭を入れるがスピードが上がらない。


「このクソ小娘め! 俺の邪魔をした事を後悔させてやる!」


 強面の男は声を張り上げる。そして彼は火の魔法で作り出した槍をリーンフェルトに放つ。

 しかしリーンフェルトが展開していたのは幾層に重なった風の壁である。

 男の魔法はリーンフェルトに到達する事なく霧散してしまう。

 そのあっけなさが余程面白かったのだろうアトロが声を出して笑っていた。


「クソッ! 舐めやがって!」


 強面の男が自身のいる馬車を苛立ちのあまりに蹴とばすと、それが馬車の中にも聞こえたのだろう。

 彼等が言う大商人とやらが顔を出せば、とても見覚えのある顔である事にリーンフェルトは気がついた。

 それは昨日任務で赴いた相手、ボウルダー・クリケット氏であったからだ。


「お前ら何をしている。こっちは急いでいるのだ!」


 怒声のボウルダーに御者二人は言い訳を始める。


「そうじゃないんだボウルダーさん。俺達の馬車の前にあの馬車が陣取って先に進めないんだ」

「なんだと? このボウルダー商会の会頭である私の邪魔をするとは。構わん排除してこい。こんな有様だからな、死体が一つ二つ増えようと誰も怪しまんだろうよ」


 リーンフェルトの耳にも聞こえるほどの怒鳴り声だ。

 そしてオリクトの取引先がいかに最悪であるかを痛感する。

 オリクトの卸先も調査するよう帰ったら報告書に加えようと心に誓うリーンフェルトはこの場の収束を考える。

 このまま相手の馬車を風魔法で抑えつけていても埒が明かない。

 穏便に行くのであればボウルダーを説得という方法もないわけではないのだろうが、彼らは殺気立っているし、殺す事について何とも思っていないようだ。

 戦場であれば殺す事を厭わないリーンフェルトではあるが、そうでないのならば殺める事など極力したくなどない。

 しかし彼らは殺しに掛かってくるのだから仕方がない。

 殺す気で掛かってくるのならば殺される覚悟も出来ているに違いないのだ。

 リーンフェルトは一度目を閉じてゆっくりとその瞼を開ける。

 戦場に立つが如く気持ちを切り替えたリーンフェルトの眼光はいつになく鋭い。


「リンさん。あんな連中など構う必要ありませんよ」


 スイッチの入ったリーンフェルトにアトロが声を掛ける。

 アトロはこのタイミングを狙っていたようである。

 声を掛けられたことで、冷静さを取り戻したリーンフェルトは大きく目を見開き、深呼吸をするとアトロに視線を向けた。


「すみません、今完全に飛び出そうとしていました。ありがとうございます」

「いえいえ、リンさん。そんな事よりも彼らをギャフンと言わせてやりましょう」

「そうしたいのは山々ですが……」


 どうしたらいいのだろう。

 そう聞く事が出来ればまだ楽なのだが、生憎と副官では無く指揮官だ。

 指揮官が部下に決定権を委ねる訳にはいかない。

 その感情はきっと表情に出ていたのだろう

 間髪入れずにアトロは口を開く。


「ならばリンさんとっておきの作戦があるのですが……」

「どういう作戦ですか?」


 渡りに船とばかりにリーンフェルトはアトロの作戦を聞く事にしたのだった。

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