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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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5 実家

 貴族街は比較的閑散としている場所だ。

 それは月日が経っても変わらない様である。


 リーンフェルトは懐かしい風景を見ながら、公爵家へ向かう。

 貴族街もまた石畳で舗装されており、車道と歩道が分かれている。

 街路樹には雪が降っても枯れない木々が使用されており景観を保ってる。

 その木は秋口になると、プヨプヨとした熟れた果実の様な柔らかい果肉を持った小さな赤い実をつける。

 その実の中央には窪んだ所があり、黒い種が外から見えるという奇妙な姿の実なのだが、よく妹と二人で実を摘んで食べては種を集めていた事をふと思い出した。

 ちなみに集めた種からは油を取る事が出来るので、大人達は喜んでいた気がする。


 妹シャルロットは元気にしているだろうか。

 家が近づくに連れて家族の思い出がリーンフェルトの脳裏を過ぎる。

 四年も会っていないのだ。

 少しは背は伸びただろうか、はたまた顔も大人びた感じになっているのだろうか。


 カインローズもまた街路樹を見て別な感想を持つ。


「リン! こりゃタクサスの木じゃねぇか?」

「そうですね。大陸によって呼び名の変わる木だったと思いますけど」

「ほらあれだ!赤い実がなるんだよな?」

「カインさんもあの実がお好きなんですか?」


 頷いて肯定したカインローズだったが、知っているかとばかりにドヤ顔で口を開く。


「あれなぁ……実だけ食う分には良いんだが種に毒があるって知っていたか?」


 一瞬固まったリーンフェルトが驚きに満ちた表情をする。

 とても珍しい表情が見れたと内心思いつつ、カインローズは悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。


「えっ、毒なんてあるんですか?」

「ボーテス大陸にいた頃はこいつを乾燥させた物が薬として扱われていたんだが、研究が進んで毒があるってわかったんだとよ」

「私達も知らない内に毒を食べていたりするかもしれないのですね」

「まっ、大量に食うとって話だ。数粒なら致死量には至らないさ」


 他愛のない話をしながら、勾配のある道を登り始めるとに立派な門が見えてくる。

 貴族街の中でも小高い丘の一画に、セラフィス家は居を構えている。

 黒を基調とした重々しい門構えであり、脇には門番が数名立って不動の姿勢であたりを警戒している。

 なんとも威圧的な門回りではあるが、これこそがセラフィス邸である。

 セラフィス家は五代前のアルガス王の弟が興した公爵家だ。

 中でも初代セラフィス公爵はあの王族出身ながら、武人でありケフェイド南部の開発を任されたのだ。

 そこからは初代が拠点として作った開拓村を歴代の公爵が大きくしていき、現在のクリノクロアへと姿を変えてきた。


 現公爵の手腕から治安こそ良いものの、さらに警戒を怠らない姿勢は称賛に値する。

 カインローズは門構えから歴代公爵の武を感じていた。


「立派な門構えだな。なんかこう漢として滾る物を感じる作りの良い門だ。こう…なんだ、そう!とても実践的なんだよ」


 やっと表現出来る言葉に出会えたカインローズが指摘したように、この門は戦う事を想定して作られた無骨な作りであり、初代の魂の現れとも表現できる代物だ。

 リーンフェルトも改めてこの門を見る事で、家に帰ってきた実感というものが込み上げてくる。


「さぁ入りましょう。あまりお父様を待たせる訳にはいきませんから」


 少し緊張した面持ちのリーンフェルトが門をくぐると、そこには公爵が待っており笑顔で迎えてくれた。

 公爵は貴族の出で立ちと言うよりは、上級士官といった服装だ。

 胸にはいくつか勲章が下がっており、腰にはサーベルを帯刀している。


 セラフィス家が武門である故かリーンフェルトの父も昔から、こういった服装が多かったように思う。

 髪の色はリーンフェルトと同じプラチナブロンドだが、少し白い物が混じっている為か、娘の髪よりも色合は少し淡い。

 その髪は綺麗に寝かしつけており、清潔感のあるオールバックである。

 綺麗に整えられた口髭を持ちその容貌は年齢は五十過ぎではあるが、全体的に若く精悍な印象を受ける。


「おかえりリーンフェルトよ、元気にしていたか?」


 その言葉に少しリーンフェルトは顔を歪ませると、はっきりした声で答えた。


「ただいま戻りました、お父様」


 何かが吹っ切れたのだろう事を感じた公爵は、その視線をカインローズへとやる。


「そちらは? いや……聞くまでもないな。戦場の青い死神殿か?」


 カインローズは一瞬で父親から公爵へと戻り、威厳ある態度と覇気のある言葉を向けてきた公爵に貴族がする丁寧な作法で礼をして名乗った。


「はっ。カインローズ・ディクロアイトと申します閣下。この度はアル・マナク所属となりましたリーンフェルト殿のお目付け役としてご挨拶に伺いました」

「そうか。リーンが世話になっていると聞く。私がリーンフェルトの父ケテルだ。一応公爵をやっている」


 父親とのやり取りを何時になく真面目な口調と態度で対応しているカインローズに、リーンフェルトは思わず吹き出しそうになりながら、誰にも聞こえないようにボソリと呟く。


「やろうと思えば紳士的な態度も出来るのね……」


 しかしカインローズには聞こえていたらしく、思いついたと言わんばかりに嫌らしい笑みを口元に作った。

 そして次の言葉を発しようとした公爵を遮るように、さらりと……本当にさらりと言葉を吐く。


「お嬢さんを私にください!」


 カインローズはもちろん冗談のつもりだ。

 普段あまりちゃんとした礼儀を守らないからか、やはり少し恥ずかしい。

 そんなカインローズを見て、思わず口をついて出てしまった言葉だったが、お返しとばかりに逆襲を仕掛けてくるあたりカインローズたる所以だろう。


 そしてこの場で思いついたのが、先の言葉である。

 リーンフェルトをからかいたくて言った言葉だったのだが、どうやらカインローズの思惑通りに事は運ばないようだ。


 突然の展開にリーンフェルトは頭が真っ白になり、珍しく口を開けたまま驚いている。

 そしてもう一人冗談の通じなかったケテルが、大変にこやかな笑みを浮かべてカインローズの肩に手を置いた。


「青の死神だか知らんが……娘と結婚するならそれ相応の実力を示して貰おうか? なにせ公爵家の婿だ。礼儀作法から領地経営までみっちり叩き込んでやろう」

「はっ?」


 今度は逆にカインローズがぽかんと口を開け間抜けな言葉を発する番だ。

 そして数秒の間をおいて、自分が地雷を踏み抜いた事を悟り、弁明を始める。


「えっ、あっ、いや……これはですねジョークですよ? ジョーク! ねっ? 閣下そんな顔をしないでくださいよ!」

「閣下? いやいや……パパと呼んでくれてもいいのだよ?」

「いえ! あんなじゃじゃ馬いりません!!」

「うちの娘をじゃじゃ馬と呼んだか! リーンフェルトだってやれば出来る子なんだ! お淑やかにお嬢様の真似事ぐらいできるわ!」

「ちょっとお父様! 真似事だなんて失礼ではないですか? それにカインさんも随分と酷い事を言ってくれますねぇ……?」


 二人の男は鬼と化したリーンフェルトに気がつき、仲良く一目散に屋敷へ向かって逃げ出したのだった。


「お父様……カインさんも覚悟しなさい!」


 リーンフェルトは自身の身長の半分くらいの大きさの火球を作り出すと、二人に向けて放った。

 二人の男が業火に包まれようとした時、おっとりした声が聞こえた。


「あら……?」


 その女性は一瞬で氷壁を作り上げると、リーンフェルトの炎を相殺した。


「これは何の騒ぎですの?」


 セラフィス邸の入り口まで必死に逃げたケテルとカインローズは、入り口で待っていた女性の魔法で救われる事になる。

 女性はライトブラウンのふんわりとした髪を持ち、黄緑を基調とした緩やかなドレスを纏っており、

 その手には青い宝石を散りばめ、水の魔力を強化する効果のあるワンドが握られている。


「アリアお母様!」

 思わず声を上げたのはリーンフェルトだ。

「あらあら? リーンお帰りなさい。でも帰ってきて早々お家に火球を放つのは良くないわよ?」

「えぇ……すみませんでした。そこの二人が私に無礼を働いたので……つい」

「あら貴方、折角帰ってきた娘に何をしたのです?」

「うっ…えぁ……」


 言葉に出来ないような声が公爵の口から洩れる。

 そのおっとりとした雰囲気とは裏腹に、なにやら恐怖を感じたカインローズは状況を打開すべく紳士モードに戻り公爵夫人に声を掛けるが、それをリーンフェルトが遮る。


「公爵夫人様、初めまして私アル・マナク第四席を拝命しておりますカインローズ・ディクロアイトと申します、この度はお目に掛かれてこうえ……」

「お母様騙されないで! そいつも敵よ!」

「あらあら……貴方もうちの娘をいじめたのかしら?」

「そっそれは……」

「お二人とも私は全面的に娘を信じておりますので……反省くださいませ?」


 とてもにこやかに笑うリーンフェルトの母アリアだが、身に纏う水の魔力がとても濃縮しているのが感じ取れる。


「こらこら…お前、お客様の前だぞ?はしたない……」


 公爵モードに戻ったケテルは、たしなめる様に注意をするも妻子から睨まれる。


「親が子を守らないでどうするのですか?」

「私はもう子供と言う程幼くはないのですが?」


 苦笑交じりだが、リーンフェルトも久々の両親との対面だっただけに嬉しそうな表情をしている。


「うふふ…いくつになっても私の子供である事は生涯変わりませんのよ?」

「それはそうですが、なんだか恥ずかしいです」

「仕方ないですわね。貴女四年も親元を離れていたのですから」


 慈しむような優しい目をしたアリアに、リーンフェルトは実家に帰って来たという安心感から穏やかな気持ちになった。

 元々アリアとは仲の良い親子であり、飛び出して行った自分がどれほどこの母に心配を掛けたかと思いを馳せる。


「そうだぞリーン。私たちがどれだけ心配した事か」


 ケテルがそれに追従する様に言葉を口にするが、アリアは先の件をまだ許してはいない。


「貴方は黙っていてくださいませ」

「はい……」


 ピシャリとケテルを撃沈して、視線をカインローズに向ける。

 恐るべしアリア夫人と内心思っていたのがばれてしまったのか、矛先はカインローズへと向かう。


「貴方も反省致しましたか? ディクロアイト様」

「ええ……いい大人が悪ふざけをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 カインローズの謝罪を受けるとアリアはチラリとリーンフェルトに視線を配る。

 それに気がついてリーンフェルトは小さく頷いた。

 いつの間にか腰のホルダーにワンドをしまったアリアが、仕切り直しとばかりに手を叩くと

 皆に聞こえる程度の可愛らしい音が響いた。


「はい! それでは暖かい飲み物を用意させましょう。ディクロアイト様、リーンの事よろしくお願いしますね」

「お任せください」


 カインローズの言葉に満足そうな笑みを浮かべて頷くと、アリアは屋敷の扉を開けた。


「さて、立ち話もなんですからどうぞ中へおあがりなさいな」


 そうして、カインローズとリーンフェルトに向けて一言。


「ようこそセラフィス家へ。おかえりなさいリーン」

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