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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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49 深夜の撤退

 その頃リーンフェルトはアトロ、クライブを連れてカインローズの指示に従い馬車にてマイムまでの撤退を行っていた。

 宿には夜更けに突然出立せざるを得ないと詫び、支払いを済ませて馬車に飛び乗る。

 アトロとクライブがカインローズ達の荷物も馬車に運び入れていたので出発はすんなりと行う事が出来た。


「リンさん一体こんな時間に何なんすかね?」

「カインさんからの指示でこれから至急マイムまで撤退します」

「これ……なんすかね? 水……あれ? 水路から水が溢れてたりするっすか?」


 今手綱を捌いているのはアトロでありリーンフェルトとクライブは幌の付いた馬車の中で外の様子を伺う事が出来ていた。

 クライブが指差す方向を見れば降りしきる雨の中、既に水路が決壊している所があり、そこから市街地に水が溢れているようだ。


「水路が決壊してますね……このままではエストリアルだけではなくサエス中が水浸しになる可能性があります。どうしたら……」


 そう言いかけてリーンフェルトは口を閉ざす。

 今やるべき事はどうしたらと問う事ではない。

 答えてくれる人もいなければ、クライブはむしろ守るべき相手である。

 自分の感じる不安はとりあえず見せないようにしなくてはならないと気を張りながらクライブに話しかける。


「大丈夫ですよ。エストリアルもこの程度の水害の対策は取っているでしょう」


 そうは言ったものの辺りは徐々に混乱を帯びてくる。

 まず浸水のあった家から避難すべく出てきた人達だ。

 あの爆音で眼覚めた者が少なからずいたようである。

 悲鳴と怒声が徐々に色濃くなりエストリアルの街境にある門のあたりに差し掛かる頃にはすっかり渋滞に嵌ってしまい身動きが取れなくなっていた。

 馬車の車輪は四分の一程度、ちょうど脛丈くらいまで水位が上昇している。

 ここに至ってもなお門番達はお役所仕事をしているようだ。

 一人一人を検問しているのだ。

 後が閊える事でこの渋滞はさらに長さを増す事だろう。

 さて、それまでに水に追いつかれる事なく門を抜ける事が出来るのか微妙なところである。


「全く……この非常事態にここの門番達は何をしているのでしょうか」


 苛立っても仕方が無い事は分かっている。

 彼等には彼等の職責があり、それに準じている事くらいは理解しているのだ。

 しかしこれではここで多くの人々の命が失われてもおかしくはないのである。

 そんな中近くで大きな悲鳴が上がる。

 それは空から降ってきた大きな水柱だ。

 その水柱は重量と圧力で馬車ごと穿つと地面を抉った。

 遠くの方では建物が水勢に負けたのだろうか、大きく軋む音と共に倒壊し始める。

 なんという光景だろうか。

 それを目の当たりにした民衆が一斉に走り始めたのは自然の流れだろう。

 混乱が支配した戦場は統制などない。

 そして解放された門からは我先にと人々が逃げてゆくのだ、門のように一時的に窄まった作りをしている所に人が殺到するのだから

 混乱は目に見えている。

 飛び交う怒号、新たな水柱の犠牲者が出てはどよめきと悲鳴が場の混乱に拍車を掛ける。

 水柱が二本、三本と出来上がればあたりの混乱はその度合いを深める。


「このままここで手を拱いていたらいつ水柱に潰されるかわかりませんな」


 アトロは他人事のようにぼやく。

 アトロ自身にはいくつかこれを打開するプランがあったりするのだが、リーンフェルトに聞かれるまでは答えるのを控える事にしていた。

 それは、恐らくカインローズが狙ってこの部隊配置にしたのだろう事が透けて見えたからである。

 緊急の状況下でいかに冷静に判断をして、最善を尽くせるか。

 これは部隊を率いる者にとっては必須と言っても過言ではない。

 しかし緊急な状況という物は体験しようと思ってもなかなか体験できるものではないという事だ。


「さて、リンさんはどう判断しますかね」


 前後左右すし詰め状態の中、全く進まない人々は今にも暴動になりかねない緊張感がある。

 そしていつ降ってくるかわからない水柱への恐怖。

 まずどこに落ちて来るのかが全く読めない。

 さらにそれが水であり無色である事、日の光でもあれば反射して見やすいのだろうが今は夜中である。

 星屑が散りばめられた夜空から突如として襲ってくるのだ。

 そしてその時は張り詰めた意図がぷっつりと切れるように始まろうとしている。


「このままじゃ水に潰されて死んでしまうぞ!」

「あの門番共を殴り倒してでも外に逃げるべきだ!」


 あたりから物騒な声が聞こえ始め、その怒りが一点に向けて矛先を向けつつあった。


「リンさんこのままじゃ暴動に巻き込まれちゃうっすよ!」


 クライブの声でようやくリーンフェルトは思考するのを止める。

 今すべきことは何か。

 いっそ暴動に任せて門を抜ける方法もある。

 しかしこれは下策だ。

 混乱に乗じて門を抜けても結局の所、違法行為である事は変わりないのである。

 ならば、いかに合法かつスムーズに物事を解決出来るかを考えなければならない。

 まずは門を開ける必要が出て来るだろう。


「アトロさん! これから門番を説得に参ります!」

「了解しました、リンさん」


 アトロは想定内の回答が来た事に安堵して返事をする。

 リーンフェルトの性格を考えれば、順当な選択肢と言える。

 しかし、それで物事が解決するものなのかそこは交渉の手腕次第だろう。

 風の魔力を纏ったリーンフェルトは徒歩では混雑して先に進めないので、空へと舞う。

 カインローズのように暴風を伴う物ではなく自分だけが浮いたり飛んだり出来るあたりに影響が出ないように飛べるのはリーンフェルトの魔力コントロールの上手さに起因するだろう。

 ふわりと浮きあがると人でごった返す門への道を進む。

 そして、先頭で金切り声をあげる神経質そうな門番長と揉める住人の傍に降り立つ。


「なんだアンタは! この時間はエストリアルの出入りは禁止されているのだ、大人しく戻りなさい!」


 そう危機に響く声で怒鳴りつけて来た門番にリーンフェルトは話しかける。


「この異常事態にそれほど職務が大事ですか? ここに留まれば多くの人があの水柱の餌食になるでしょう。速やかに門を解放して貰えませんか」

「くどい! 我らは我らの職務を全うする。命令に無い事をして仕事を失う事は出来ない!」


 彼の言い分は尤もだ。

 命令違反は恐らく職を失う事に直結しているのだろう。

 門番である彼に仕事と生活があるのだ。

 しかし些か現状が理解しきれていないようである。

 そうこうしている間にまた二本、三本と水柱が出来上がり少なくない犠牲者が出て来ている。

 なにか他に説得する材料はないだろうかと、思考をフル回転させながらリーンフェルトは言葉の攻め方を変える。


「ここの門だけ多くの死者を出したのなら、王宮の方々はどう思われるでしょうか。例え真面目に職務を全うしていても自身の保身の為だと後ろ指を指される事になるでしょう」

「だがしかし……」


 言い澱む門番長の反応を見たリーンフェルトは冷静に分析をする。

 恐らくだが彼は自身の保身の為に門を閉ざしているのだ。

 では開ける事にメリットがあればどうか、リスクを負うがそれ以上の見返りがあれば動くのではないかと判断する。


「ここで多くを救えれば貴方の英断は確実に上層部からの評価され、民衆からは英断を下した英雄として扱われるようになるでしょう」

「む……むむ……」

「そしてその決断を出来る時間はもう僅かです。先程から頭に血が上った者達から暴動を示唆する声が上がっていました。もしここで暴動になればまず貴方は生きていないはずです」

「……本当に開けていいものだろうか?」

「今は開けねばならない時です。さあ一声命令ください。貴方も部下を失わずに済みますし評価も上がるでしょう」


 門番長はしばし目を瞑り考えた後、右手を挙げて叫んだ。


「私の権限でこの門を開放する! もしも怪我人がいるならば詰所を開けて手当てしてやれ!」


 どうやら門番長はリーンフェルトの思惑に流されたようだ。

 重厚なエストリアルの門が徐々に開かれてゆく。

 鈍く重い音を立てながら門は間一髪の所で開いたのだ。

 待ちわびていたぞとばかりに、民衆から歓声が上がる。


「門番長、貴方の行動と勇気に感謝を」


 リーンフェルトは門番長にそう言い残して再び風魔法を使い元いた場所へ戻ったのだった。

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