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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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48 雨夜の品定め

 篠突く雨の中リナは索敵を開始する。

 爆発音はエストリアルの中心、王城の方からだ。

 晴れていれば一望出来るのだろうが、目を向けたところで雨の密度は濃く夜の闇を滲ませ先まで見通す事が出来ない。


「一体何が起こっていますの? この雨の量異常ですわ。まったく……」


 一人ごちて首を左右に振ると雨を含んだ髪が揺れて水が滴り落ちた。

 衣類はすっかり水を吸って重くなりベタリと肌に絡み付き動きづらさを感じる。

 こんな事ならば勢いで飛び出さずにせめて雨具くらい身につけて来れば良かったと後悔をしたが今更である。

 リナは矢嵐のように打ちつける雨の中、屋根を光魔法で強化した脚力を持って飛び越えその勢いのまま王城の様子を探るべく走る。

 この豪雨のせいで市内に張り巡らされた水路の水はうねり、暴れ濁った水が水路の一部を決壊させて建物へと被害が及んでいる。


「津波……いえ、ここは内陸のはずですわよね」


 そう独り言を呟けば背後から返事が帰ってくる。


「まあ、津波じゃねえよな。こりゃ」


 そこには風の魔法を全身に纏い、体が濡れる事のないように張り巡らせリナの光魔法で強化された脚力よりも早いスピードで追って来たであろうカインローズの姿がそこにあった。


「それ……ずるくありませんこと? 私はこんなにずぶ濡れですのに」


 リナはここに至る短時間の間に髪や衣類は台無しになっている。

 雨に濡れないのであれば、お前が立候補して偵察に行けば良かったのではないかとさえ思える。


「あん? だってお前風魔法使えねぇじゃねぇか」


 カインローズの言う事は確かに尤もなのだが、なんだか納得が出来ないリナは対抗策を考えて呟く。


「こうなったら落ちてくる雨よりも早く動いて……」

「おいおい。んなアホな事考えてる場合じゃねぇだろうが」


 話しながらも二人はエストリアルの屋根の上を疾駆する。

 若干リナのスピードが遅いのは足回りに張り付いたスカートのせいだろうか。

 カインローズは風魔法の使い手ではあるが、細かいコントロールと言うものが苦手である。

 これがリーンフェルトあたりならばリナの周りに風魔法を展開して雨から守ると言う芸当も思いつくかもしれないのだが、生憎と追ってきたのはカインローズである。

 そしてやっと王城を視認できる距離まで来た時、カインローズは声を上げ指を刺す。


「それよりも見えてきたぜ! あれ見てみろよ」


 リナはカインローズの指差したその先に本来あるべきはず物が無残に倒壊した姿を目の当たりにする。


「貴婦人の艶髪が……」

「跡形も無く見事に禿げ上がったな」

「おだまりなさい! バカインローズ!」


 リナとカインローズの視界の先に本来ある物がない。

 貴婦人の艶髪と呼ばれた水のヘリオドールが鎮座しているはずの王城の一画にあった塔が崩れ去り、見るも無残に水没してゆく様だった。


「水のヘリオドールに何かあったのでございましょうか……?」

「ああそこらへんは間違いなさそうだ。諜報部からの報告にも王城にヘリオドールがある事は調べが付いていたしな」


 確認すべき事は確認できた。

 冷静になり改めて周囲に目をやれば地上は大混乱の極みだ。

 水路から溢れた水が浸水を始めた事に気がついた住人が慌てて逃げるが、間に合わず水に呑み込まれる。

 ある者は家財道具を荷台に乗せ逃げる、ある者は我が子を抱いて少しでも高い場所へ逃げようとしているが路地を埋め始めた水が彼等の進路を塞ぐ。


「なあリナ。非常時だし良いよな?」

「見てしまいましたから見捨てるのはどうかと思いますね」

「だわなあ」


 カインローズがぼやくように口を開きながら自身の得物を抜刀する。

 そしてその刃に風の魔力を這わせ、腰を落としたかと思うと一気に振りぬく。

 風の刃は雨を弾きながら一直線に大きな建物の壁面を抉る。

 そうしてバランスを失った建物が綺麗に水が流れ込んで来る路地の一か所を塞ぐ。

 流れ込んでくる水が弱まれば若干だがそこに時間が生まれる。

 なんとか子供を抱きかかえた一人が窮地から脱すると、荷台に家財道具を乗せて逃げていた者もついに荷台を諦め己の身一つで逃げ出す。

 各所から聞こえる怒号と悲鳴は水の量に比例して激しく、大きくなる。


「ん……ここらもそろそろヤバそうだな。行くぞリナ!」

「私に指図しないでくださいませ!」


 そう言いながらもカインローズの後を追い撤退を始める。

 一体この国で何が起こっているというのだろうか。

 この雨がいつまで降り続くのだろうかと空を見上げて、カインローズは違和感を感じる。

 なぜなら空には星と月があり、雨雲がなかったのだから。


「なあ、リナ」

「なんですの? こっちは早く帰って着替えたいのですけど?」

「いや、雨が降る時ってのは雲から雨が降るんだよな」

「なんですいきなり……魔力切れでイカレてますの? それとも幼子に教えるように雨は神様が泣いているのですと言えば納得しまして?」

「ああ、そうじゃねぇよ、空に雨雲がないんだ」

「あら……え?」


 顔を上げたリナの顔面に容赦なく雨が降り注ぐが、伊達眼鏡が視界を保ちカインローズが言った事に驚き深く頷く。


「訂正致しますわ。晴れているのに雨が降っていやがりますわね」

「ならこの雨は……ん? 危ねぇ!」


 何かが上空から迫りくる気配を感じ咄嗟に回避行動を取り、振り返ればつい先ほどまでカインローズが経っていた場所に突然水柱が出来上がる。

 雨とは比重が全く違う重量と圧力がかかり屋根を突き破り貫通する。


「一体なんだ今の水柱は! 雨の比じゃねぇぞ!」

「……日頃の行いではなくて?」


 声を荒げたカインローズにリナはぼそりと呟くが、彼の耳はしっかりとそれを捉えていたようだ。


「ああん? 俺はいつだって品行方正だろう」

「はいはい、そんな事どうでも良いですわ。それにしてもこれが雨でなければ一体なんだと言うのです?」

「さぁな、明るくなってからもう一度調査という事になるだろうな」


 カインローズはこの事件の顛末について興味があるようだが、リナは眉を顰める。


「これ以上サエスにいるのは危ないのではなくて? 下手に首を突っ込むと引き返せなくなりますわよ?」

「乗りかかった船ってのもあんだがな……ちぃと気になる事もあるしな」

「何にしても私は撤退を支持しますし、お嬢様を無事にアルガスに返さねばなりません」


 こういう時のリナは以外にも慎重論を展開する。

 それはリーンフェルトを危ない目に合わせない為の一言に尽きる。

 しかしカインローズもまた彼女の性格を知る人物である、そこから導き出される行動も粗方推測が付く。

 恐らくだが彼女は持てる力でサエスの民を救済しようとするのではないだろうか。

 明確な命令違反であるが、目の前に苦しんでいる人がいるのに手を差し伸べないような性格ではないのだ。

 だが部隊長としては割り切ってもらわなくてはならない。

 生真面目な部隊長ならばそんなジレンマを抱えそうな案件なのだが、元々命令違反など気にしないカインローズだ。


「リンか。確かに公爵令嬢と見ればそれは必要な事かもしれんが、アイツがそれを良しとするかどうか」

「……難しいかもしれませんわね」

「まあそういうこった。俺は極力リンの意見を尊重してやるつもりだ。初任務だしな」


 いろんな事に巻き込まれているが、一人の部隊長として部下であるリーンフェルトを見るならば初任務中の雛である。

 これから様々な局面に接してその判断力や任務遂行能力を磨いて欲しい所である。

 セプテントリオンでい続ける以上、隊員の指揮権と組織の命令は付いて回る。何よりも部下の命への責任もある。

 ここでサエスの民を見捨てて部下の命を優先する判断だってこの先にはあるはずなのだ。

 だからこそ目の届く今は沢山の失敗を重ねて欲しいし、判断も間違って欲しい。

 手が届く距離ならば上官として修正してフォローしてやる事が出来る。

 その失敗から次回に繋がる経験を見出して欲しいのである。


「ともあれ今はアトロ達とマイムまで撤退指示を出しているからな。そこまではアトロがリンを補佐してくれるだろうさ。俺達もマイムまで戻るぞ」

「そうですわね。でも指示した陸路は逃げ出す市民でごった返していますのよ? サエスの地形を考えれば寧ろ危ないのではなくて?」


 その指摘にカインローズはニヤリと笑ってリナに答える。


「それも経験という所じゃねぇか? 逃げ惑う市民に紛れての撤退戦だ。まあ追ってくるのは水だが」

「お嬢様は大丈夫でしょうか……」

「大丈夫に決まってんだろ! 俺の弟子だからな」

「だから一層不安なんですけれどね。思考が毒されていないか」


 こと戦闘に関しては一流のスキルを持つカインローズであるが、それ以外は学んではいけない事が多々ある。

 そういう部分で毒されていないかリナは心配なのである。

 もっともリーンフェルトは所謂優等生タイプの思考の持ち主なので、影響すら受けていないのだが。


「んでリナ。どうするよ? 俺はリン達が無事に辿り着く事を信じてマイムで待つ事にするが」

「ヘリオドールの件に首を突っ込むならば撤退しますけど、お嬢様の事ならば後方から着いて行って影からサポートしますわ」

「それはそれで構わんが過保護な事だな」

「なんとでも言いなさい。私はお嬢様が無事ならばそれで良いのです」


 リナの思考がいまいち理解できないカインローズは曖昧に濁して動き出す。


「まあお前がそう言うなら俺は止めねぇよ、んじゃマイムで合流だ。それと任務に就くにしても雨具ぐらい用意しろ、お前がぶっ倒れても看病なんぞしないからな」

「別にバカインローズに看病してもらおうなんて思ってませんわ」

「だろうな。どうせリンにでも看病させる気なんだろうが……アトロとクライブを付けてやるからな安心して風邪を引いてこい」

「クッ……さっさと行きなさいバカインローズ!」

「ああ、そうさせてもらう」


 カインローズが纏う風の魔法が勢いよく吹き荒れる。

 跳躍一つで既に夜の闇にその姿は追えなくなってしまった。

 リナはカインローズの後姿を見送り完全に姿見えなくなると、行動を始めリーンフェルトに張り付く事にした。

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