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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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47 豪雨と夜の闇

「クソハゲについての対応は間違っちゃねぇ、ああいう奴は一回隙を見せるとトコトン突いてくるからな」

「私もそれについては大した問題ではないんですが」

「ああ、その後の話か?」

「それで……どうしてこんな事になったのですか?」


 宿の一室。

 椅子に腰掛けた三人の尋問官と床に正座させられたカインローズは対峙していた。


「その……なんだ、情報収集の一環であの店に行ったんだ。そしたら席代だ奉仕代だとか言われちまってな。手持ちが足りなくなったって訳だ」


 事を簡潔に述べればそういう事になる。

 情報収集の為に店に行った。

 確かに高級店だとは気がつかずに入ってしまったのは失敗だったといえよう。

 飯代の料金体系が田舎の飯屋と全然違った事が今回の敗因だ。

 思い出しながら話をしていると段々とムカムカする気持ちを抑えながらカインローズは質問に答えていく。


「その情報収集の先、つまり相手の事ですが誰だったのです?」


 ここで素直にジェイドの名を出して良い物か。

 そもそもリーンフェルトにジェイドの名前を教えていない訳だが、さてどうしたものかとカインローズは思考を巡らせる。


「情報屋だ。現地に情報を商売にしている奴なんざ、ゴロゴロとしてるさ」


 結局カインローズはジェイドの名前を出す事を躊躇い、情報屋であるという事にした。

 本人から聞いたが情報は情報であり、彼自身が自分の情報屋であった事になんら変わりはない。

 これで完全に嘘であればカインローズは嘘を突き通す事などは到底不可能であるから必ずボロがどこかに出ていただろう。

 訝しげるアトロはとりあえず他二人の意見を聞くべく促す。


「今の証言をお二人どう思われますか?」


 それに真っ先に答えたのはリーンフェルトだった。


「供述に問題はありません」


 しかしもう一人はニヤリと口元を歪ませ、獲物を追い詰めた狩人のような目でカインローズを見ている。


「問題がありますわね。どこの情報屋ですの? 髪の長い相手との情報も得ていますわ……実は情報屋ではなく情婦ではなくて?」


 どうやら髪の長い相手という情報がリナに伝わっているようだ。

 恐らく情報源は店の店員達だろう。

 しかし情婦か。

 チラリとリーンフェルトの表情を見ると目つきが険しくなっている。

 それを意として狙ったのだろうリナはしてやったりといった感じで目を細めた。


「いやいや待て待て。確かに奴は髪が長かったが男だ。間違いなくな」


 確かに男としてはジェイドは長髪だ。

 なんだか髪がうねうねとして見た事のない髪型である事は確かであると、カインローズは一人脳内で納得する。

 しかし男である事をあの店員たちが間違うだろうか。

 良くは知らないが自称一流の店の店員達はそのようなボンクラではないはずである。

 であるならば、リナが仕掛けて来ていることくらい容易に想像が付くと言う物だ。


「つまり遊んでいた訳ではないと?」


 念を押すように迫るリナに、カインローズは自信を乗せて返答をする。


「当然だ。情報収集の為にあの店に入ったんだからな」


 強い肯定。

 それは功を奏したようでリナの追撃の手を一手払い除けたようだ。


「まあ良いですわ。それで入手した情報はなんだったのです?」


 リナはカインローズをこの場で追い詰めようと追撃の手を緩めない。

 情報屋から仕入れたであろう内容を話せと言っているのだ。

 しかしジェイドの情報については少なくともリーンフェルトがいるこの場では伏せておきたかった。

 何か尤もらしい事を言って、場の空気を引き寄せたい所である。


「そいつはアレだ。確証を得ていない情報なんでな……下手に公表すると現場に混乱を齎す危険がある為、精査中って事で」


 昔セプテントリオンの会議かどこかで聞いた事のある首席アダマンティスの言を、何とか思い出したカインローズは必死に台詞を真似て答える。

 それはアル・マナクの諜報を司るアダマンティスがなんらかの訴追を跳ね除ける時に使った時の言葉だったと思うのだが果たして効果はあるのだろうか。

 そんな気持ちでチラリとリナを見れば、そういう時に限って目が合ったりしてしまうものである。

 内心事故ってしまった事を後悔していれば、天敵がその牙で襲い掛かってくる。


「本当は何も情報を得られなかったのではなくて? そんな普段使わないような難しい単語まで使って成果がなかった事を隠したいんですの?」


 そう聞こえても仕方が無いのだが、そこはカインローズも切り返しを用意しており即時迎撃である。


「成果ならあるんだが、この場で話す事は出来ない。これはセプテントリオン四席としての判断だ」


 リナは渋い顔でカインローズを見ている。

 席次に関してはどう頑張っても公式であり、覆せない現状でもあるのだ。

 内心で鳴らした舌打ちが聞こえてきそうな顔を一瞬すると、皮肉を持って牽制をする。


「あら、ちゃんと自分の席次は覚えていましたのね」


 皮肉の籠った一言に傷つくほどカインローズはヤワではない。

 というよりも流石に自分の席次くらい覚えているとばかりにリナへカウンターを入れる。


「ああ腐っても四席を拝命しているからな、六席殿」

「てっきり忘れている物だと思っておりましたわ」


 徐々に二人の口論が激しさを増し始め声が大きくなってきたところで、やり取りを聞いていたリーンフェルトが口を挟む。


「そろそろお二人とも静粛に。アトロさん、進行をお願いします」


 口論から物理攻撃にならないようリーンフェルトが釘を刺して、アトロはそれに深く頷く。


「心得ました。さて旦那の四席としての発言についてはとりあえず尊重致しましょう。酔い潰れた後の事ですが……」


 アトロの声に被せるようにカインローズは間髪入れずに割り込んでくる。


「それについてはこいつらに詳しく聞いた方が早ぇぞ?」

「概ね報告通りでという事で宜しいですか?」


 先に聞いた報告が間違いないかという問いに関しては女性陣は黙って頷く。


「なるほど……結論と致しましては、旦那には当分禁酒を申し付けたいと思います。最近酒での失敗が多いですからね」

「それほど失敗してるか?」

「納得頂けていないのなら一個ずつ説明致しましょうか?」

「ああ、それは止めておく。なんだか面倒そうだしな」

「ええ、私も思い出すのが面倒なので、黙って禁酒を受け入れてください。それと女性のお二人は時間が遅れてしまうのであれば連絡を入れて下さい」


 アトロはそう言うとリーンフェルトとリナにチラリと視線を向ける。

 二人からは特に反論もなく受け入れられ、返事が返ってくる。


「「はい」」


 その声が綺麗にハモれば、リナが少々嬉しそうな表情になっている。


「宜しい。では旦那の不始末に関してはこれにて終了です。ちゃんと私が責任を持って本部に報告致しますのでご安心下さい」

「何だよ報告すんのかアトロ」


 実に嫌そうなカインローズを余所に淡々とアトロは答える。


「それは勿論ですよ旦那」

「はあ、こりゃ減給は免れなさそうだな」


 そう言ってカインローズは肩を落とした。

 やっと解放されたカインローズは窓から見える月を見て何となく心を落ち着けると大きく伸びをする。


「しっかし疲れたぜ……」

「お疲れ様でしたカインさん」

「ああ、リンも済まなかったなこんな時間まで」

「あら私もこんな時間まで付き合わされたのですよ? 何か言葉はないのですか? 薄情ですわね」


 まったくどの口がそのような事を言うのだろうか。

 つい先ほどまで罠に嵌めようとしていた奴が何を言うのだ。

 そんな思いの丈をぶつけてやろう、皮肉の一つでも言い返してやろう。そう思ってカインローズが口を開いた時だった。

 遠くに聞こえた爆発音とほぼ同時にぶちまけられたような雨が突如として降り始めたのだ。


「今の爆発音は一体なんでしょうか?」

「街中で爆発なんて只事じゃないだろう。それとこの雨な、ついさっきまで雲のない月が出ていたんだ。それがどうだいきなりの雨だ。一体どうなってやがるんだこの国は」

「なら……私が確認して参りましょう。屋根伝いに移動すれば偵察も容易でしょうしね」


そうリナが申し出ればカインローズは頷く。

それを見てリナは瀑布の如く降り注ぐ雨の中、窓から身を投じて夜の闇に消えてゆく。


「正直何が何だかさっぱりだが、物凄く胸騒ぎがする。あんまり良い事はおこっちゃいねぇな」


野生の勘を信じるならば一刻も早く逃げろと訴えかけている。

こんな事は生まれてこの方初めての感覚だ。

こういう時は素直に勘を信じる事が出来るのもカインローズの特殊性故かも知れない。


「なあアトロ、悪いんだが今からクライブを起こして馬車を走らせてこの街から出ろ。最悪俺の事は見捨てて構わん」

「旦那、一体何が起こってるんです?」

「そこは分からんが嫌な予感が迫ってくる感じだ。半身が逃げろと言っているな。理由は分からんがここも危険なのかもしれん」

「そんな確証もないまま動くのですか?」


リーンフェルトはリナの帰りを待つ方向で考えてるようだがカインローズの判断はそうではない。


「リナの奴ならそんなヘマをしねぇよ。合流地点も大体わかっている筈だ」

「本当ですかカインさん。リナさんとはあまり仲が良くないですから心配なのですが……」

「確かに普段のやり取りを見てればな。だがアイツが自ら提案して来た事だから、奴は奴なりに手があるという事さ。それを信じる」


そう言い切ったカインローズは改めてアトロに声を掛ける。


「取り敢えずリンを連れて行けアトロ。合流地点はマイムだ。行け!」

「了解しました」


そういうや否やアトロはリーンフェルトの腕を掴んで引っ張る。


「えっ、カインさんは?」


アトロに引きずられ行くリーンフェルトはカインに声を張り上げる。


「俺か? 俺は俺の用事で動く。ついでにリナ待ちだな。だから俺のの勘を信じて避難しろ! 以上だ」


そう言ってカインローズはリーンフェルトとアトロを送り出すと意識を耳に集中させる。

遠くからでも微細な音を捉える事が出来るカインローズだが、この叩きつけるような雨にいろんな音がかき消されてほぼ聞き取れない。


「くそっ……俺も行かねぇとダメか」


リナが出て行った開けっ放しの窓からは大量の雨が部屋に入り込んでいる。

叩きつけるような雨によって濡れた窓の縁に足を掛けて、カインローズもまた夜の闇に身を投じた。

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