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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
46/192

46 神明裁判

 カインローズが衛兵に男達を引き渡し事情聴取された後、疲れ果てた様子で戻って来たのは露店もそろそろ店仕舞いするような時間だった。

 ギリギリまだやっていた露店から、売れ残り野菜が萎びたサンドイッチを手に入れる。

 それを一口で頬張るとトマトとレタスの水分を吸って重くなったパンから水気が溢れ、すっかり不味くなった不快感だけを口内に残して飲み込まれていく。

 冒険者時代にはこれでも食べれるだけマシという事もあったのだが。


「舌が肥えて来ちまったかな」


 アル・マナクに所属するようになって大分食生活が豊かになったものだとカインローズは苦笑する。

 本部にいる時はちゃんとしたメイド達が当番制で食堂を担当していた。

 勿論そこに似非メイドの料理が出されたことはない。

 出せば多大な被害が出る事は火を見よりも明らかであり、誰一人として首を縦に振る者がいなかった程だ。

 因みにカインローズのオススメは薄く切り落とした肉を幾重にも重ね、チーズを挟み衣をつけて揚げた物である。

 なお料理名がいまいちわからないカインローズはこの料理を肉スペシャルと呼んでおり、オーダーも肉スペシャルで通るし隊員達もそう呼んでいる為、アル・マナク内で浸透していると言える。

 そんな事を思いながらリーンフェルト達を探し始めるも、直ぐに気配を捕える事が出来た。

 小腹を満たしたカインローズがリーンフェルト達と合流したのは露店街を抜けた先にある小さな喫茶店だ。

 特に打ち合わせなく合流出来たのは一重にカインローズの優れた聴覚と嗅覚のお陰だろう。

 丁度露店もはけて、すっかり人通りが疎らになっていた為、難なく声は見つける事が出来た。

 その方向に向かえば芳ばしく焙煎されたコーヒー豆の香りが鼻腔を通してカインローズを誘う。


「こんな時間までよくやったなこの店」


 辿り着いて開口一番、カフェテラスに腰掛けた二人に話し掛けた。

 辺りの店が閉まる中、煌々と火のオリクトを使用した明かりが灯っており目立っていたのもポイントである。


「お嬢様の人徳で御座います」


 そう答えるリナにリーンフェルトは慌てて首を左右に振ると訂正に入る。


「無理を言ってこの時間までいさせて貰いました」


 間違えなくリーンフェルトの内容が正しいだろう。


「お店との交渉はお嬢様がされましたので」


 リーンフェルトの交渉はここに来てようやく成功したようである。

 リナの言葉に心なしか嬉しそうなリーンフェルトを見てカインローズは一つ深く頷いた。


「そうだ、あいつらな」


 カフェの店主に謝辞を述べ、カフェテラスを後にして宿泊先へ戻る道すがら思い出したようにカインローズが話し始める。

 カインローズの言うあいつらとは誰の事か。

 恐らく先程の男達の事だろうと見当をつけたリーンフェルトは、ほやきのような話し出しに確認の意味を込めて返事をする。 


「あいつら……もしかして先程の人達の事ですか?」

「ああ、あいつらはここらを牛耳っていた冒険者崩れだとさ。腕っぷしは強いが粗暴であまり仕事に恵まれなかったらしい」


 怪我人こそいるが死者を出さない配慮がなされていた為、ほぼ全員から供述が出来たらしい。

 薄壁一枚向こうの別室で彼等の事情聴取が行われていたのだが、カインローズの聴力を持ってすれば筒抜けと変わらない。


「なかなか尻尾が掴めなくて困っていたらしいぞ。それとほら見てみろ」


 カインローズが懐から取り出したのはどこからか破り取ってきた指名手配書である。


「あのリーダー格の男な。懸賞金付きのお尋ね者だったらしい。これでここいらの治安も少しは良くなるだろう」


 指名手配の上、懸賞金付きと聞いてリナの目の色が変わる。

 なにせ今回彼らを倒したのは他でもないリナである。

 気になって当然とも言える。


「それで懸賞金はいくらでしたの?」


 カインローズにそう尋ねてみれば、ほぼ即答で返事が返ってくる。


「生死を問わず金貨一枚。その程度の小悪党だな」

「それでその賞金はどうしたのです?」


 そう野郎共の顛末などリナにとっては些細な事だ。

 リーンフェルトに絡み不快な思いをさせただけで万死である。

 そして金貨一枚の臨時収入とくれば、金貨の行方を聞くのは不思議な事ではない。

 間髪入れずにリナがカインローズに問うとニカリと笑って結果を話し出す。


「そりゃお前辞退するだろ。あいつらの更生に使って下さいってな具合だな」


 良い事をしたとばかりに誇らしく言い放ったカインローズに対して、リナは反射的に吠えた。


「お前の頭はどうなってやがりますか! この馬鹿、バカインローズ!」


 金貨一枚手に入れ損ねたリナはそう叫んだが、リーンフェルトはまた違った反応だ。


「彼等は確かに悪い事をしましたが、こちらが怪我をさせたのは事実ですし」


 その言に便乗するようにカインローズも顎の無精髭を指で弄りながら口を開く。


「そうだぜリナ? あいつら小悪党過ぎて極刑の対象にもなりゃしねぇんだ。怪我を治さなきゃ多分野垂れ死ぬ」


 話を聞いたリナは納得も出来ないし疑問も残る。

 果たして完治した彼等が更生する事などあるのだろうか。

 そもそも今回サエスに来たのは任務であり、当然任務が終われば帰るべき場所がある。

 彼等のその後などここにいる誰もが知りえる事はないのだ。


「彼等のその後など知る由もありませんし、そもそも彼等が更生して真っ当に生きる可能性なんて低いのでは?」


 カインローズは笑みを深めるとリナにこう答えた。


「怪我が完治次第、俺の部隊で預かる事にした」


「「はっ?」」

 

 リーンフェルトとリナの声が綺麗にハモる。


「何かおかしな事を言ったか?」

「おかしいと気がつかない頭を持っている事に驚きですわよ!」


 そのツッコミに意外にも真顔でカインローズは答える。


「行く場所がないなら受け入れてやらんといかんだろ? 住み慣れたサエスからは追放なんだから。それに腕っぷしが強いなら後は規律を守って行けばいいだけだ。簡単なもんだろ」


 刑の内容について、良く教えてもらえたものだと思いながらリナは聞き返す。

 

「彼等は追放ですの?」

「ああ、手足を縛って川に流すらしいからな」


 カインローズのこの一言でリーンフェルトは思い当たる節があった。


「あの……カインさんそれって」


 リーンフェルトが言うよりも早くリナがその答えを口にする。


「神明裁判ですわよね?」


 カインローズはなんだそれは大きく首を傾げたと同時にリーンフェルトとリナは溜息を吐く。

 いまいち神明裁判についてカインローズは理解していないように思える。

 リーンフェルトは諭すように話し始める。


「いいですか? カインさん、多分ですがそれは神意に裁量を任せる裁判です」


 そう言ったリーンフェルトに怪訝そうな表情を向けたカインローズは声色にもそれが滲み出ている。


「じゃ、何か? 運任せって事か」


 一つ頷いたリーンフェルトは少し悲しそうな表情で補足を話し始める。


「おそらく怪我を治した後に行われるはずです。私はサエスの法律には詳しくありませんが、おそらく神明裁判だと思います」


 そう言い切るリーンフェルトにカインローズはあっけらかんとしたものだ。何か根拠がある訳でもないのだが、妙な確信を持って答えた。


「ならば生きて辿り着くだろうよ。俺が預かると決めた連中だ。心配なら女神様にお祈りしときゃいい。案外優しいかもしれんだろ?」


 笑いながらカインローズがそう言うと、暫く黙っていたリナが話を蒸し返してきた。


「そんなことよりも金貨一枚、後で返して下さいませね」


 やはりまだ覚えていたらしい。

 納得のいかない表情で睨みつけるリナにカインローズは思った事を口に出す。


「がめついな。もっと大らかにいろよ」

「大らか過ぎて馬鹿になるよりマシですわ」


 そんなやり取りをしながら宿へと向かう。



――三人が宿に戻ると大分遅い時間であるのにも関わらずアトロが待っていた。


「皆さん随分と遅いお帰りで」


 開口一番そう言えば、三人は苦笑するしかなかった。

 一連の話をアトロに簡潔に伝えたのはリーンフェルトである。

 ボウルダー氏との会見の際啖呵を切って終わらせた事、その後店で飲んで酔い潰れた事、おまけにお金が足らずにリーンフェルト達が呼び出された事などを実に淡々と報告を上げていくリーンフェルトとは対照的にアトロの目が鋭くなりこめかみに血管が浮き出て来ている。

 一通り聞き終えたアトロは額に手をやり数回左右に小さく頭を振ると、一拍置いて話し始める。


「成程そのような事が……旦那、少しは自重してください」

「ああ、そりゃ判ってる。悪かったって」


 今回取った宿は中心街からの距離がそれなりにあった。

 位置的に行けばエストリアルの外周の方が近い。

 当然中心街の方へ赴いていたカインローズ達が帰るまでに時間を要する事となる。

 そうして遅くなった事でアトロは表情こそ普段と変わりない物であるが、節々に怒りが見て取れる。


「ではご自身の弁明も含めて詳細を聞かせてもらえますか旦那」


 リーンフェルトとリナに罰と称して荷物持ちをさせられた事を知っているはずが、それはそれとばかりにアトロは説教モードに移行したようだ。

 何よりスケジュールでは夕食後に全体ミーティングを行い、明日にはケフェイドへ帰る為の資材の買い付けを行い、エストリアルに入る際に前泊した宿場まで進む予定でいたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば予定されていた時間には誰も揃わず、帰って来て見れば明日の行動に支障が出そうなレベルだ。

 公式ではないにせよアトロはカインローズの副官的なポジションだ。

 これはアトロの性分なのだろう、予定が崩れる事をとても嫌う。

 それでいて時間や予定という物に極めてルーズなカインローズが上司なのだから、その苦労が窺い知れるというものだ。

 勿論、付き合いの長いカインローズもその事を知っているので、これから始まるだろう彼のお説教について実に嫌そうな顔をしている。

 クライブは明日の御者当番の為、早めに就寝していたので事情聴取はカインローズの部屋で行われる事になった。

 荷物運びで禊が済んだものと思っていたカインローズにとっては、悪夢再来といったところだろうか。

 そんな訳でカインローズの取り調べが始まったのは皆が就寝するような時間からだ。

 取り調べなどではなく、明日の為に寝ると言う方法があるのではないか。

 それこそ明日の予定に響くのではないかというのが、喉元まで出かかったのをグッと堪える。

 アトロも物静かなタイプだが、リナ同様一言えば百で反撃が来るタイプである。

 だからこの場をやり過ごすのは、大人しくしている事なのだ。

 流石にそのあたりを学んだカインローズは殊勝にも床に正座をする。

 それを囲むようにアトロ、リーンフェルト、リナの三人が座り、当事者が弁明を始めるのを待つ事となる。

 そういう場の空気が高まり部屋が静まりかえると、カインローズは徐にその口を開き弁明を始めた。


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