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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
45/192

45 串焼き乱舞

 露店街を楽しむリーンフェルトとリナの後ろから保護者のようにカインローズが続く。


「そろそろ買い物は終わりそうか?」


 などと聞けば先に突いた分リナは倍にして返して来るだろう。

 そう警戒して言う事を止めたカインローズだが表情に出ていたらしく、目敏く見つけたリナに先制を許してしまう。


「なんですのその顔は? これは罰でしてよ。最後までちゃんと荷物持ちとして来てもらいますわよ」


 顔は昔からこんな感じなんだがとやれば碌でもない事にしかならない。

 リナとは極力喋らない、これが正解である。


「ああ、分かっているさ」


 そう短く答えて隙を与えない。

 リナの気がリーンフェルトに戻る事を確認してからカインローズは深く深く溜息を吐いた。


 夜店には真贋入り混じった商品が多く並んでいる。

 これが夜店の雰囲気とマッチしてとても綺麗に見えるのだからタチが悪い。

 いや、これも雰囲気料と思えば安いものか。

 目利きの出来ないリーンフェルトに代わり、リナは補佐すべく先を歩く。

 荷物持ちとして連れて来たカインローズは未だ出番がなく、だらしない表情であったので注意する。

 折角お嬢様とのショッピングを楽しんでいるのだ。

 オプションである荷物持ちに気分を害されるのは時間の無駄だろう。

 しかしカインローズを使うような大きい物が夜店では手に入らない。

 いっそ店の立て看板が気に入ったとでも言って持たせてしまえば良いかもしれない。

 恐らくカインローズは躊躇なく看板を担ぎ宿まで運ぶだろう。

 その後はどうなるか考えずとも分かるほど無駄な買い物である。

 嫌がらせの為だけにそれをやるのは実にリスクが高いと判断する。

 ふと思考の海から意識をリーンフェルトに戻せば小太りの露天商になにか勧められている。


「どうだい嬢ちゃん、サエス名物なんだよ! この串焼き! 一口食べたら毎日でも食べたくなるよ!」

「あの……毎日はちょっと……」

「いやいや、これがなかなかヘルシーでね、全く太らないとくりゃ食うしかないだろう!」


 そう言って十本もの串焼きを手渡すと戸惑うリーンフェルトを他所に景気良く声を張り上げた。


「え……ええ?」

「十本まいどあり! お代は銀貨一枚だ!」


 リーンフェルトは基本優等生タイプだ。

 戦闘以外では事を荒げようとはしない。

 それ故に押しの強過ぎる街場の商人には弱いようだ。

 お会計をしそうになるリーンフェルトをリナは静止して露天商の前に立ちはだかる。


「お嬢様になに下賤な物を勧めてやがりますか! 口に合うわけありませんのでお返し致しますわ」


 リーンフェルトの手から串焼きを取り上げると露天商に突き返す。


「なんだよアンタ! メイドの癖になに出しゃばってるんだ? アンタの主人が手に取ったんだぞ」

「半ば押し付けられて受け取ってしまったが正しく御座いましたね。こちらには買う意思など御座いません。商品をお引き取りを」


 メイド姿のリナに露天商は一向に引く気配が見えない。

 リーンフェルトが場を収めようと支払を済ませるべく財布を出そうとするのを見ていたカインローズは、彼女の肩をポンポンと叩くと首を左右に振り話し始めた。


「なあ、リン。そりゃダメだ。きっと今まであの手口で買わされた奴は沢山いるんだ。そろそろ痛い目みないとじゃねぇか?」

「ですが一般市民ですし」

「どうだかな。手口が汚いんだよ。それに串焼きに銀貨一枚だぞ? ぼったくりもいいとこじゃねぇか」


 相場からいけば少々高い程度か。

 しかし何の肉かもわからない物を押し付けて買わせようとするなど、悪質であると判断するには十分である。

 リナと露天商の言い争いに拍車が掛かり、声を荒げるにつれてどこからともなくガラの悪い男達が周りに集まって来ていた。

 それに助けを求めるかのように露天商が叫んだ。


「この人達私の商売に文句を言うんですよ! 何とかしてもらえませんか!」


 集まってきたガラの悪い男達はどうやらここら辺を取り仕切る冒険者崩れか何かなのだろう、ニヤリと笑みを浮かべると男にこう言った。


「トラブル解決料で銀貨五枚だ」


 そう言って露天商の男に手を差し出すと、男はいそいそと銀貨五枚を支払った。


「ほんとお願いしますよ」

「ああ、任せておけ」


 金を受け取ったガラの悪い男達のリーダーなのだろうその男は銀貨を懐に仕舞いながら、言い争っていたリナに向かって、ドスの効いた低い声で怒鳴った。


「おい! お前らこの店で騒ぎを起こすんじゃねぇよ! あんまり商売にケチをつけるとこっちもそれなりの対応をしなくちゃいけなくなるだろう?」


 リナはすっかりガラの悪い男達に取り囲まれて、脅されている状態になっている。


「リナさん!」


 心配そうに呼びかけるリーンフェルトを余所に、リナの表情はとても楽しそうな表情で答えた。


「ご心配しないでください。三分……いえ、二分でこのゴミどもを片付けますので」


 それを聞いていた男達は大声で笑いだした。


「はははは、おいおい……ただのメイドが俺達相手に二分で片付けるだと? 何の冗談だ笑わせるな」


 冗談だと受け取った男達もゲラゲラと笑いだしたが、リナはしれっと言い放つ。


「無駄に数だけ多いから二分と申し上げているのですよ。お前程度ならばの十秒もあれば片付けられますのよ? 私こう見えて掃除は得意ですの」

「ナメた口利きやがって、おい!」


 リーダーの声に数人の男がリナに向かって襲いかかる。

 それを見ていた野次馬達からリナを憐れむ悲鳴が聞こえたかと思うと、空気が一気に張り詰める。


「ではお嬢様、少々掃除をして参ります」


 そういうや否やリナの姿が掻き消える。

 それはおそらくこの場ではカインローズくらいしか何が起こったか把握できなかっただろう。


 リナから見て左から襲いかかった男の足元に滑り込むと、低い姿勢から突き上げるような掌底が男の顎を強かに打つ。

 顎を強打され脳を揺さぶられたのだろう。

 よろめいた男に容赦なくリナはその腹に向かって蹴りを放つ。

 そしてその反動を利用して跳躍したリナは男の顔面を踏み台代わりにして方向転換をする。

 顔面を踏み台にされ倒れた男の鼻がおかしな方向に歪んでいたが自業自得と言うものだ。

 相手も何が起こったかなど理解出来なかっただろう。

 後ろから羽交い絞めにしようとしていた男はもっと悲惨だ。

 股倉を蹴り上げられ、前かがみになり位置の下がった首を狩り込むようにしなる蹴りが決まると男は顔から石畳に叩きつけられた。

 一番最後の男は殴りかかってきた勢いをそのまま利用されて、足払いを食らわされると勢いを殺せずつんのめった男を蹴り飛ばして水路に叩き落とす。

 これを数秒のうちにこなし元の立ち位置に戻る。

 辺りは夜である事も加えて街灯と露店の明かりだけと少々視界が悪い。

 視界に入るだけの敵に向かって暗器を投げつけると薄く張った雷の魔力で誘導し確実に行動不能にしてゆく。

 襲いかかってきた男達がリナに到達する前に倒れたようにしか見えないだろう。

 そして音も無く飛んできた暗器の餌食になり、足を貫ぬかれた男達がぐらりと崩れて呻き声を上げる。

 もはやリーダーの男しかこの場に残ってはいない。


「な、何が起こった……?」


 男達のリーダーは悪夢を見るような光景だ。

 男は呻くように漏らす。

 一瞬で全ての部下が倒された恐怖がじわじわと込み上げて来て震えが止まらない。


「なんだってんだ……」


 その声にリナは彼の背後から耳元に向かって囁くように答えた。


「お掃除ですわよ。ゴミのね」


 そう告げると手に雷の魔法を宿らせ、背中に向かって解き放つと男は意識を奪われたようだ。

 力なくダラリとへたり込むように石畳に突っ伏した。


 カインローズは一連の流れるような動きを見て口元をニヤリと歪める。

 リナは光と雷の魔法を主体とした体術メインの戦闘スタイルだ。

 それは過去にしていた護衛任務が建物内であることも多く、武器が携帯出来ない状態では体を張って守らなければならなかった。

 従って格闘がメインとなったらしい。

 そんな事を考えていると荒事担当の男達が倒された事でこの場から逃げ出そうとしていた露天商の男が視界に入る。

 それを捕まえようと動こうとした時には既にリナに肩を掴まれている所だった。


「ひぃぃぃた、助けてくれっ! この通りだ!」


 恐怖に染まった表情を張りつかせた小太りの露天商がリナに許しを請うが、相手はリナである。

 当然許されるはずもなく一撃を食らってあっさりと意識を刈り取られたようだ。


「食べても太らないのならば、貴方のような体型になどならないでしょうに」


 そう冷たく言い放つとリーンフェルトとカインローズの下に戻ってくる。

 辺りにいた野次馬達はその圧倒的な強さに少々引いてるようだった。


「お待たせしましたお嬢様。掃除が完了致しました」

「そんな事より、リナさんお怪我はありませんか?」

「この程度の相手で怪我などするはずがございません」


 そうリーンフェルトに答えるとカインローズに目を向けたリナが口を開く。


「バカインローズ、後の処理をお願い致しますね。ざっと十数人ほど荷物が増えましたので、これをサエスの衛兵に引き渡してくださいませ」


 確かに荷物持ちでここまで付いてきたが、果たしてこれは荷物と呼べる代物だろうか。

 一瞬脳裏にそんな事が過るが、ここは大人しく引き受けようとカインローズは頷く。

 同時にこの買い物からも解放される物だと思い、内心は飛び跳ねたい気持ちだったがどうも表情に出ていたらしい。


「私達はここらへんで買い物を致しますので、早く帰ってきてくださいませね?」


 リナの一言に大きな溜息を吐いたカインローズ。


「まだ解放されないのかよ……」


 これくらいの愚痴は許されるだろうと、カインローズは小さくぼやいた。

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