44 夜店の香り
リーンフェルトとリナはカインローズの払いを済ませ店を後にする。
「さてお嬢様どう致しましょうか? 折角の観光を邪魔されてしまいましたし……」
リナはカインローズが言い訳を始める前に主導権を握るべくチラチラと視線を向けながら話し始める。
相変わらずのうざったさを発揮するリナにカインローズはすでに諦め顔である。
もはや弁明をしたところで罪は既に確定している以上どうとなるものではない。
「そりゃ悪かったとは思ってるが……」
そう言いかけたカインローズに被せるようにリナは更に言葉を引き出すべく攻勢に出る。
「大変悪いですわ、もはや罪でございます。ならば……バカインローズには誠意を見せて頂きたいですわ。ねっ、お嬢様」
二人のやり取りを外野だと思って見ていたリーンフェルトは突然巻き込まれ、咄嗟に頷いてしまう。
「ふふふ……無一文のバカインローズに何か買ってもらうのは気が引けますから荷物持ちをなさいませ」
「あん? 荷物持ちだと?」
「そうですわよ、荷物持ち。どうせ体力だけは有り余っているのでしょう?」
良い酒だったせいか、思いの外短時間で酔いから覚めていたカインローズには肉体労働しか選択肢がないようである。
これがリーンフェルトだけならば、説教以外にオプションが付いてくる事はないのだが残念な事にリナが罰を増し盛りにしてくる。
ここは変に逆らわず、気が済むまで耐えよう。カインローズは内心そう決めると荷物持ちを前向きに受ける事にした。
「ああ、酒も抜けて体力はあるな。それで良いのなら買い物にでも何でも付き合うぜ」
意外にあっさりと承諾の意を見せたカインローズを訝しげな目でリナは見ていたが、リーンフェルトは少し可哀想な気にもなっていたので、仕切りとばかりに二人に割って入る。
「ではリナさん、カインさんが荷物持ちを承諾してくれましたから、早速買い物に行きましょう」
更に注文を付けようとしたリナはリーンフェルトの言葉に素直に引き、カインローズは助かったとばかりに胸を撫で下ろす。
ともあれ三人は買い物へ向かう事となる。
高級店は時間も遅くなってちらほらと店じまいを始めていた為、一行はメインストリートから少し外れた道に入る。
少し進んだところに入り組んだ水路を背にした露店が多く並ぶ通りに出る事が出来た。
それはちょっとした祭りの雰囲気を持った賑やかな場所だった。
「んで、何を買いに行くんだ?」
当然目的の物があり行き先も決まっていると思っていたカインローズだったが、リーンフェルトとリナはブラブラと歩き時折足を止めると品物を手に取りまた戻したりと一向に買い物の気配がない。
これが所謂ところのウィンドウショッピングと言う奴か。
品物を見る事に夢中な二人に話しかけたカインローズであったが、帰って来た返事はとても冷たい。
「黙ってなさいませ、バカインローズ」
「てめえ、人の名前に馬鹿馬鹿付けやがって」
「なんです? 文句がありまして?」
「いや……ねえけど」
口ごもってしまい続けて文句を言うのを止めるカインローズ。
しかし思わず文句も出てしまうのは、仕方のない事ではないだろうか。
荷物持ちという事で連れまわされているのだが、その役目を全く負う事も無く、女性二人の後ろを只管に付いて行くだけのお仕事である。
正直な感想としては暇、カインローズの興味のない物を延々と彼女らは見ているのだから欠伸の一つも出る。
いっそ解放してくれた方が有益な時間の過ごし方なのではないだろうか?
往々にして女性の買い物に付き合う男性は暇を持て余すと誰だったかが言っていた気がする。
ああ、そうだケイの奴がそんな事を言っていたのだ。
確か女性の職員数名からお誘い受けて街に買い物に行った時の事だっただろうか。
行き掛けに出くわしこれからデートだと言って自慢げに出て行ったのにも関わらず、帰って来てからストレス発散にと鍛錬に付き合わされたのだ。
「女性はなんであんなに買い物が長いんだ!」
「いや……俺に当たるなよケイ」
「このむしゃくしゃした気持ちはもう、カインにぶつけるしかないよね!」
「コラ! 俺をサンドバックのように言うんじゃねぇ」
「でも付き合ってくれるでしょ? 鍛錬に」
「ああ、そりゃな」
なんてやり取りがフラッシュバックして蘇る。
恐らくケイもこんな状態に陥ったに違いない。
ここに彼はいないので、仕返しとばかりに鍛錬に付き合わせる事が出来ないのが非常に残念なカインローズであった。
ふと視線を彼女らに戻すと、三人組の男から声を掛けられている。
「なあ君達俺らとこれからどっか行かない?」
「エストリアル初めての人だよね? ここらじゃ見ない顔だし。なんだったら俺らが案内とかするけど?」
「んだんだ」
一人ナンパに慣れていない奴が混じっており、その相槌も田舎者臭く洗練されていない。
なぜ彼を加えて三人でナンパなどしているのだろうと冷静に観察していると、リナと視線がぶつかる。
口パクで何かを言っているようにも思えるが……ここは鈍感な振りをして首を傾げて見せる。
実際問題そこら辺の若者が束になって襲いかかった所で、この二人なら赤子の手を捻るような物であろう。
物理的に全く心配していないカインローズは、ある意味安心して事の成り行きを見守る事が出来る。
いや、見守ると言うよりもちょっとした面白い暇つぶしだ。
色々連れまわされ、邪険に扱われてきたカインローズのささやかな悪戯である。
「あの、すみません私達には連れがおりますから……」
やんわりと断りを入れるリーンフェルトに男達は押しの一手とばかりに強引に食いついてくる。
「連れとかいないじゃないか。さあ俺達と一緒に遊びに行こうぜ!」
「そうそう、君達みたいに綺麗な子を待たせる男なんておいてさ。ほら!」
「んだんだ、オラもそう思うだ!」
すっかり弱った感じのリーンフェルト。
そして意外にもリナが噛みついていかない不思議。
よくよく観察してみれば、男達の対応に四苦八苦するリーンフェルトの表情を楽しんでいるようだ。
「つまりさっきの口パクは助けてじゃなくて、邪魔すんなって事か……そりゃリンの奴が不憫だよな」
そうぼやくとリナのお楽しみを邪魔すべくカインローズがリーンフェルトと男達の間に割って入る。
「おう、お前ら俺の連れになんか用事か?」
少々ドスを効かせた声色で睨めば、ナンパ三人組の体は竦み上がる。
なんやかんや言ってもカインローズは歴戦の戦士である。
「ほ、ほんとに連れがいやがったか!」
「くっ……こんなの相手に荒事は御免だぜ!」
「んだんだ。逃げるべ!」
蜘蛛の子を散らすようにあっという間に雑踏に消えて行ったナンパ男三人組の後姿をカインローズは見送る。
これで殴り合いにでも発展したらどうだっただろうか。
考えるまでも無くカインローズの圧勝だろう。
一喝でナンパ男達を追っ払ったカインローズは、完全に三人組が視界から消えた事を確認してリーンフェルトの方へ向き直る。
「カインさん助かりました。あの方達全然言っている事を聞いてくれなくて……」
困った表情から一転、少し安堵した表情のリーンフェルトにカインローズは思った事を述べる。
「リンならあんな連中叩き伏せれただろうに」
それは勿論なのだが、リーンフェルトはサエス王都エストリアルの露店街で騒ぎを起こすなど、アル・マナクへの悪評に成りかねないと思いやんわりと断っていたのだ。
「街中ですよ? そういう揉め事起こしたくないじゃないですか」
「確かにな」
そんなやり取りの後方にいたリナが小さく舌打ちしたのをカインローズの耳はしっかり捉えていた。
「おいリナお前どうしたんだよ。しっかりお前のお嬢様をお守りしないとだろう?」
その指摘を受けてリナはばつの悪い表情となる。
普段凛々しい表情のリーンフェルトの眉が八の字になり困り顔になったのを見て、普段とは違う表情を可愛らしく思い観賞していたなどとは口が裂けても言えない。
しかしカインローズの言い分は尤もであったので悔しい思いをする事になった。
「くっ……バカインローズの癖に……」
珍しく追い込まれたリナにリーンフェルトはチャンスを見出すと、思っていた事を切り出す。
「あの、リナさんそろそろ私の事をお嬢様と呼ぶのを止めませんか? どうしてもくすぐったく感じてしまうのですが……」
「そ、それはいけませんわ! 今度はしっかり護衛致しますので、お任せくださいませ! さあお嬢様、次はあの店を覗いてみましょう!」
そう言い切るとリーンフェルトの手を取りスタスタと歩き出す。
リナに一矢報いたカインローズは少し気が晴れるのを感じると二人の後を追って歩き出した。