43 チャージ&サービス
耳元で誰かが叫んでいる。
「うるせぇ……こっちは気持ち良く寝てんだ……起こすなよ」
激しく体を揺さぶられたカインローズは、テーブルに突っ伏したまま、そう答えると再び夢の中へ戻ろうと意識を手放す。
体の揺さぶりが終わったかと思えば、後頭部に強烈な痛みと衝撃を受けて目を開ける。
「んあ……痛ぇな……なんだよ?」
目を開けてみれば辺りに店員だろう男達がカインローズを取り囲んでいた。
そのうちの一人、注文を受けていた店員に何となく見覚えがある。
「なんだよではありませんお客様、お勘定をお願いします」
お勘定?
確かここの支払いは一緒に呑んでいたあいつのはずである。
カインローズの思考が徐々に途切れた記憶を手繰り寄せるとケープマントの男を思い出す。
確かジェイドと酒を呑んでいた。
そう思い出した所で、見覚えのある店員から会計伝票が提示される。
そこには締めて金貨七枚と書かれていた。
背筋にそって嫌な汗が流れる。
咄嗟にカインローズの口から出て来た言葉はこうである。
「呑んでません」
呆気に取られた店員達の顔がみるみる赤くなり目に怒りの火を灯す。
「そんな訳ないでしょうが! あんた踏み倒すつもりか!」
やはり駄目だったか。
いや、そんな事は分かっているのだが金貨七枚とか、何だこの店。価格設定に問題があるのではないだろうか?
「いやそんなに高いもんは食ってねえよ。良く計算してみろよ」
確かに沢山の料理がテーブルを埋め尽くしていた。
突き付けられた伝票にも記憶にある料理の名がある。
その横には丁寧にも料理の金額が記されている。
カインローズが、ざっと流し見ても料理の金額は金額四枚程度である。
「ほら見ろ、やっぱり間違ってるじゃねぇか! 金額四枚だろうが」
そう言うカインローズにやれやれといった風に店員は左右に首を振ると、嫌味混じりに説明を始めた。
「貴方みたいな人がこの店に来てはいけませんよ……いいですか? まずこの店、リストランテ・リーヴェはサエスの中でも超がつく一流のお店です」
そう言い、誇らしい表情を浮かべた店員にカインローズは気圧されて声が漏れる。
「ああ……」
それを相槌と取った店員は一つ頷くと続きを話し始める。その表情はもはやゴミを見るかのようなものに変わっていたが、口調が乱れないあたりやはり教育が行き届いているのだろう
。
「当店のお席には席代が掛かります。お二人でしたので金貨二枚、そこに私共が提供致します奉仕に料金が発生致します。計算に合わない端数は当店が被りました迷惑料とお考え下さい
。田舎の飯屋とは訳が違うのです」
言われた事の半分も理解出来ないカインローズは納得しない。
「飯屋に飯代を払う、それは分かる」
子供のような回答だがどの店でも当たり前の事なのでそれは理解出来る。
しかし奉仕料と席代はなんだろうとカインローズは解せない気持ちでいっぱいである。
街場の飯屋で席代など掛かったことなどない。
店の席に座るのに金貨一枚掛かるだなんて馬鹿らしく思うのだが状況は思いの外、カインローズに不利であるようだ。
「だからお客様のような品のない方は嫌なのです。高級店では当たり前の料金形態でございますよ。そんな事も知らずに当店にお入りになられたのですか……」
店員からは呆れと共に深い溜息が漏れる。
確かにこの大男は入店時から場違い感があったのは事実だ。
しかし店員達もジェイドのテーブルマナーを見て、連れ方の素行には目を瞑っていたのである。
王侯貴族などの上客が護衛の礼にと店を利用する事もあり、どうせまたどこぞの護衛もしくは傭兵の部隊長がクライアントに連れられて来て、調子に乗って飲み食いしているのだと店
側は見ていた。
そういう事例を経験して来た店員達は仕事であると割り切り接客をする。
「私どもはてっきり貴方が連れの方だと思っておりました。でなければこの店の品格に沿わないお客様などお断りです」
言われ放題のカインローズにトドメとばかりに店員は金貨七枚と書かれた伝票を目の前に突きつけて詰め寄る。
「さあ払ってください。今すぐここで!」
仕方ないとばかりかにカインローズは自分の財布を取り出し中身を見るが当然のように足りない。
「すまん、手持ちが足りねえ……体で払っても良いか?」
冒険者時代も勢いで飲み食いした店で勘定が足らず、店の仕事を手伝って返した経験のあるカインローズはそのつもりで言ったのだが、店員はそう捉えなかったようである。
「……私にそのような趣味があるとでも? 実に心外です!」
「ああ、そうじゃねぇよ。皿洗いとかあんだろ? そういうやつだ」
勘違いした店員は一瞬の赤面の後、また先の表情に戻ると咳払いをして気持ちを落ち着かせる。
「コホン、つまり労働で返済と……しかし当店ではそのような事はさせておりません。何故なら皿一枚とっても一流でございますので、割りでもしたら支払いが増えますよ」
店員の言葉に顔を顰めるとボヤくように声を漏らす。
「んじゃ、どうすりゃいいんだ……?」
「食い逃げではないですから役所に突き出します、そちらで労働についてもらいそちらから支払いをして貰います」
「ああ、そうなるか。それは面倒だな」
「お客様はお一人旅ですか?」
「いや仕事でこちらに来ているんだが」
「ならばお連れの方に足りない分をお支払いして頂ければ当店としても、お支払いが済んでおりますので問題ないですよ」
「なるほどな、正直それも嫌なんだが……」
嫌ではあるが背に腹は変えられない。
仕方ないのでリーンフェルトを指名する事にした。リナならば金こそ持っているだろうが後が面倒くさい、ついでに借りを作るのも嫌過ぎる。
アトロやクライブでは財布的に荷が重く話にならないだろう。
カインローズは脳内で人選を終えると、店員に向かって話し始める。
「では連れを呼んできてもらってもいいか?」
そう口にする事は分かっていたとばかりに店員は頷くが、口から出てきた言葉はマニュアル通りなのだろう。そんな内容だった。
「いいえ、当店から人を出すなどあり得ません……とはいえお客様が、食い逃げする可能性は否定出来ません。ですから冒険者ギルドへの依頼という形でお受けします。費用はもちろん
お客様持ちです」
さらに金が掛かるのかとうんざりした気分になったが公共奉仕の賃金など微々たるものだろう。そうなれは金貨一枚稼ぐのにどれ程の年月が掛かるだろうか、考えただけで一年や二年
は掛かると容易に想像出来る。
特に組織への帰属意識はないが自由を奪われるのは到底我慢出来るものではない。
そう腹をくくればリーンフェルトへ連絡するよう頼む事にする。
もっとも、この時カインローズはリーンフェルトとリナが一緒に行動していた事を失念していたのだが。
――彼女の声がカインローズの耳に届いたのは依頼を頼んで三時間も経とうした頃だ。
「何をしてやがりますか? バカインローズ!」
確かリーンフェルトを探してくるように依頼したはずだが何故奴が現れたのだろうか?
カインローズは最も会いたくない人物との対面を果たした。
そして納得の行かない感情のままに叫んだ。
「なんでお前が来たんだ! 俺はリンの奴を呼びに行かせたはずだ! 一体どうなってやがる!」
お仕置きとばかりに店の裏で正座をさせられ、三時間待った挙句にリナの登場である。カインローズが叫びたくなるのも無理はないだろう。
「カインさん大丈夫でしたか?」
そちらの声が正解と顔を上げたカインローズだが、その先にはリーンフェルトとリナが鬼も逃げ出す形相でこちらを見ている。
早くもこの場から逃げようとするカインローズではあるが、この二人が逃がしてくれるはずもない。
「どういう経緯でこうなったのか……しっかり説明して下さいね? カインさん」
いつになくいい笑顔のリーンフェルトがそう言うとカインローズはガクリと肩を落とした。