41 机上の攻防
酒と料理が並ぶ中カインローズは楽しく酒を飲んでいた。
食事は一人よりも二人、二人よりも大勢が良い。
賑やかな方が楽しいし飯も美味くなる。
ただ今回に至っては不満気、いや疑問を抱えた表情の男との食事だ。カインローズとしては楽しく食事をしたい。
もっともジェイドにしてみれば、捕まってしまった事が一番不本意なのだろうが。
そんな彼の口が質問を切り出してきた。
「……そういや、何で王都になんかいるんだ」
これはチャンスを得たとばかりに、カインローズは内心ニヤリとする。
ここからとっておきの話術で、盛り上げ楽しい食事をしよう。ついでに何か面白い話が聞ければ、相手を理解する材料にもなるだろう。その為にはまず自分から打ち解けなければならない。
だから質問には正直に答えよう。
それに嘘は良くない。
例えそれがどんな相手だろうと。
嘘を吐くくらいなら言わなければ良いのだ。
ラム酒を瓶片手にラッパ飲みをしていたカインローズは、それを口から離すとジェイドの質問に答える。
「そりゃアレだアレ。オリクトが届かなくて、クライアントがカンカンでな。ま、お前のせいだな」
ありのままに答えたカインローズだが、この話題では盛り上がらないと考えていた。
折角の酒の席だ。この件を怒る気はさらさらない。
「ふーん? 流石オリクトを扱うクライアント様。王都にいるから呼びつけられたって事か」
皮肉めいた言葉を返すジェイドに再びチャンスを見出したカインローズは直近の話題を繰り出すべく、殊更大げさに切り返す。
「だぁぁぁあ! あのハゲ、思い出した思い出しただけでムカつくぜ!」
きっと冷静なリーンフェルトやリナが見ていたならば、突っ込まずにはいられないほど脈絡なく強引に話題を変える。
普段のカインローズを知らないジェイドには何が起こったのか分からない事だろう。
次に制圧するのは場の空気である。
手に持った酒瓶の底をテーブルにダンと叩きつけると、テーブルが揺れて運ばれて来た皿と皿がぶつかり、ガチャガチャと鳴り料理や酒が揺れた。
ジェイドは自分に配膳されたオリクトが使用されたグラスを抑えて、中の酒が溢れないようにしている。
「大きな声を出すな、騒々しい奴だな……」
ジェイドは訝しげな眼差しと溜息混じりにそう漏らす。
カインローズは少し酒が回ってきたせいで、気持ちの振れ幅が大きくなって来ている。
ボウルダーとのやり取りが鮮明に思い出されてなんだか腹が立って来た。
八つ当たりとばかりにソーセージを口いっぱいに頬張り咀嚼する。
流石にお高い店は一味違うなどという感想を言えれば良いのだが、生憎とカインローズは貧乏舌である。美味しい事は分かれどそれ止まりである。
「だってよぉ! あのハゲ賠償にリンとリナを置いてけとか言うからよ」
カインローズの言葉にジェイドの眉がピクリと動いた。
口をついて出てしまった愚痴ではあるが、ジェイドの前でリーンフェルトの話題は失敗だったか。
微かなだったが明らかな反応であり、意図せず踏み込んでしまう形になってしまった。
ジェイドは暫し間を置いて、徐に口を開く。
「リン…………リーンフェルトか。治ったのか?」
やっぱり反応を示したのはリーンフェルトの事だったかと納得したカインローズはその問いについて答える。
もちろんハゲに心当たりがあればその限りではないし、リナを知っているとなればそれはそれで沢山の疑問をカインローズが抱える事になっただろう。
「あんたが命まで持って行かなかったからな。もし死んでたらここを巻き込んでお前と本気で殺りあうとこだったぜ」
カインローズは軽口半分本気半分を混ぜた回答すると、ジェイドはサラダを皿に取り分けてカインローズの目の前に置きながら小さく笑った。
「命まで持っていくようなやり方はしてないから、あれで死んだのなら君達の手当てが下手くそ過ぎるだけなんだけどな?」
「俺は生憎と治療なんぞ出来ねぇから分からねぇよ、そんな事。意識を失ったあいつを教会まで連れて行っただけさ」
リーンフェルトがジェイドに一方的に絡み、負けて教会へ連れて走った時の経緯を簡素に答えるならこんな感じだろうか。
正直全身を血まみれにして、ピクリとも動かない奴を見て冷静に判断出来る奴は何人いるだろうか?
少なくともカインローズはあのリーンフェルトの姿を見て内心焦りに焦っていた事はばれてしまったのだろう。
ジェイドは続けてカインローズの言葉に質問を繰り出してくる。
「何だ、手当ての一つすら他人任せなのに、もしもの話とは言えリーンフェルトが勝手に突っ走って喪った命に対しての八つ当たりを、君がするというのか? ……悪いが、君には感謝
はしていても謝る事はしないぞ?」
別に感謝される為に見逃した訳じゃない。
戦う事を生業としていれば怪我をする事など茶飯事、まして死ぬ事だって普通にある。
それよりも殺す事の方が多いか。
ともあれ戦士と言うのは命と命やり取りをして、数多くの屍の上に胡坐を掛ける者の事だ。
リーンフェルトが怪我をした、戦いに敗れたという事は生業である以上織り込み済みであるとカインローズは考えている。
当人であるリーンフェルトは負けた事、怪我をした事を酷く恥じていたようだが勝つ時もあれば負ける時もある。
死ななければある意味勝ちで、次に繋がる負けならば糧にすればいい。
冒険者や傭兵などしていれば、昨日の敵は今日の味方などという事だってある。
逆にいちいち恨みがましい奴は戦士でもなければ、傭兵にも向いていないだろう。
そういう奴はお国に仕える騎士にでもなれば良い。
そうすれば好きなだけ国の為に恨みを引きずり戦える。
そんな考えの持ち主である為、謝る事についてもカインローズは思った事をそのままジェイドに返す。
「俺に謝るは筋違いだ。謝罪なら当人同士でやりゃいい。そんな事よりあのハゲだハゲ、お前借りを返すつもりで、あのハゲの店燃やしてこねぇか?」
カインローズなりの冗談にジェイドは即答する。
「王都で? 絶対嫌だ。その店がどこかの無人島にでも移転するというのなら、額次第ではやらなくもないけれど」
この返しは冗談だと分かってジェイドは答えているのだろう。
ならばと、もう少しネタを引き延ばす。
「じゃ仕方ねぇ、ハゲを連れてくるから燃やしてくれ」
こちらは冗談として言ってるのだが、ジェイドは意外と真面目なのかもしれない。
「…………。……いくらで?」
金に困っているのか?
いや、彼ほどの魔法の腕の持ち主ならば、仕事に困る事はないだろう。
これは、冗談が通じてない反応だ。
だからカインローズは茶化しに入る。
これであのハゲこと、ボウルダーの身に何かあっても寝覚めが悪い。
「ここの飲み代で」
「寧ろここの飲み代は、君の世話代だと思っていたけれど」
冗談だと分かったのだろうジェイドはそんな軽口でカインローズに返して見せた。
冗談が通じると分かったのだ。
後はどれくらいまで、くだらない冗談を交えながら打ち解けられるかどうかである。
男臭くニヤリと口の端を上げてカインローズは笑う。
「先の件でか今の件でか。遅かれ早かれだろ? それに俺はまだ酔っちゃいねぇしな! おい次の酒持って来てくれ!」
「ペース早くないか? リーンフェルトの手当ても出来なかったってことは光属性の魔力、持ってないんだろう?」
カインローズはジェイドに冗談が通じる事について、だんだんと楽しくなって来ていた。
もっともこれは所謂、酔った勢いであるのだが。
ジェイドが言うようにカインローズは光属性の魔法は使えない。
しかしこれにもカインローズは一過言ある。
「呑むなら、んな無粋な方法使うんじゃねぇよ。酔いに身を任せる事も楽しまなきゃだろ?」
酒は飲めば酔う。
自然の摂理を曲げてなお酒を飲む事、それは本当に酒を楽しんでいると言えるだろうか?
「多少はアルコールも残してはいるさ。無様にならない程度には」
「だははは、カッコつけて呑んでるうちはまだまだ餓鬼だぜ?」
酔うから魔法で緩和。
それでは酒は楽しくない、楽しめない。
酒を飲んでパッと忘れてしまう事も生きて行く上では大事だろう。
酔う事を恐れている内は酒なんて早い。
餓鬼のようにミルクでも飲んでいればいい。
「その餓鬼を煽ってどうしたいんだ、オッサン」
「ん? 俺がオトナの呑み方を教えてやるって事だよ」
「そうか、ではそのように。好きに飲んでくれ、俺を巻き込むな」
拒絶とも取れるジェイドの言葉に、一瞬がっかりしたが聞く耳を持っていない訳ではない。
他人を心から締め出すのは、カインローズに言わせると餓鬼である。
ジェイドに拒絶されてしまった事に距離を感じたカインローズは、距離を埋めるべく親しげに話しかけた。
「何言ってんだ、兄弟? 俺とお前の仲じゃねぇか」