4 初任務
入れ替え戦から一週間が経った頃、リーンフェルトはアウグストに呼ばれ、アル・マナク本部に来ていた。
元々ケフェイドの最北端にあったエンデルで活動していたアル・マナクであったが、内乱終結後にアル・マナクはアルガニウムに越してきた。
貴族達が住んでいた貴族街の一画に新しく建てたのだ。
エンデルの本部もそうであったが、アルガニウムにある本部もまた白を基調とした清潔感のある建物になっている。
ちなみにこの建物を建てたのはセプテントリオン次席であるアンリ・フォウアークである。
彼は地属性の魔法が得意であり、それを以って建てたのだ。
まず純粋にシュルクの身には膨大な魔力量、そして白い砂を選り分けそこから編み上げる様に本部を建てている。
リーンフェルトが本部の入り口に入ると、職員がせわしなく仕事している風景が見える。
受付まで移動してきたリーンフェルトは受付嬢に話しかける。
「アウグストさんに呼ばれてきました、リーンフェルトです。お取次ぎ願いします」
「はい。承りました」
受付嬢は手際よく手続きを済ませると、書斎への迎えがやってくる。
そのお迎えに連れられてリーンフェルトは本部の中を進んでいく。
「それではリーンフェルト七席には早速任務に就いてもらいます」
アウグストの書斎に呼び出されたリーンフェルトは軍式の敬礼で返す。
それをみたアウグストは苦笑すると、特に何も言わずに内容を告げた。
「君には西大陸に行ってもらう事になっている。オリクト輸送の護衛任務だね。お目付役にカインを付けるから安心して欲しい」
「わかりました。出発はいつでしょうか?」
「二日後ですね。荷馬車で2台分を運んで貰います。あちらの引き取り手は何度か取引のある商人ですし、オリクトの扱いも慣れているでしょう」
そんな流れでリーンフェルトとカインローズの両名を護衛に荷馬車2台分のオリクト輸送任務が始まった。
西大陸は水のヘリオドールの恩恵豊かな土地らしい。その水は豊かな緑を育み、風光明媚な場所が多いとか、そんな事をアンリさんが言っていた気がする。
大した事件も起きず出発の日となり、リーンフェルトとカインローズは王都を後にした。
西大陸に渡るためには、船に乗らねばならない。
旧王族直轄地から南はリーンフェルトの実家…セラフィス領である。
セラフィス領は海に面している領地が多い事から港街がその領内に幾つかある。その中でも特に大きい都市がクリノクロアである。
「なあ家出娘」
「誰が家出娘ですか!」
「いや他の奴みんな男だしな。お前しかいないだろ」
今回はリーンフェルトとカインローズの他に御者が二名いずれも男性と言う編成になっている。つまり娘はリーンフェルトだけである。
「実家に寄らなくて良いのか?」
「ええ…まぁ……」
歯切れの悪いリーンフェルトにカインローズはニヤリと口の端を上げる。その顔は悪戯を企てる悪ガキのようだ。
「やはり挨拶に行かねばなるまい。なにせ公爵令嬢様をお預かりしている身としては」
突然声色を変えて、最もらしい事を言っているが結局カインローズの悪戯であり、席次から拒否権もない。
リーンフェルトはこれ見よがしに盛大なため息を吐くと、ガックリと肩を落とした。
セラフィス領クリノクロア。
王都から二日という距離と貿易港があることから各大陸の品物が通過する街だ。
ここがセラフィス家のお膝元であり、リーンフェルトの故郷とも言える。
王家時代は品物が入ってきても、街にはさほど流通せず寂れた感じがした大通りであったが、今は火のオリクトを使用した街灯が並び、暖かさと明るさを供給しており、人通りも記憶に比べてはるかに多い。
「どうだ? 久々の故郷は?」
「随分と変わったものですね……」
リーンフェルトが家を飛び出して実に四年の歳月が流れているのだが、その歳月がもたらした変化はまるで知らない場所に来てしまったかのような気にさせる。
「ともあれ公爵家の場所が変わったわけじゃないだろう。案内を頼めるか?」
「はいはい。お父様が居るかまでは知りませんが…妹とお母様は要るかもしれませんね」
「お前の母さんに妹か…ふむふむ」
「何を想像しているか知りませんが、変な事言ったら串刺しにしますよ」
「はっはっは怖い怖い。今回は大人しくしておくよ」
「そうしてください」
そんな会話を聞いて一緒に笑っていた壮年の御者アトロが今日の予定の確認をカインローズに尋ねた。
ちなみにもう一人の御者はクライブといい、小柄だが陽気な人物である。
「今日はクリノクロアで一泊ですかね?」
「あぁそうなるな。アトロは宿の手配を、クライブは西大陸への定期便への運行状況の確認をしておいてくれ。その後は自由で構わん。そうだリン、お前どこかお勧めの宿とかあるか?」
カインローズがリーンフェルトに問う。
この2年間修行に付き合ってきたカインローズはリーンフェルトの名前が長いと言う理由からリンと呼ぶようになっていたのだが、気がつけばアウグスト他多くの者にあだ名が浸透してしまい今日に至る。
またカインローズもその際カインと呼んで構わない旨をリーンフェルトに伝えている。
「カインさんは何か食べたい物とかありますか?」
「そりゃやっぱり肉だろう」
「ここは港町なので魚介の方がお勧めなんですが、お肉ですか……」
しばし記憶を手繰り、お肉の美味しかった店を思い出す。
「北区三番通りにある竜王亭でしたら行った事がありますよ。一応公爵家ご用達でしたから味は保証します。宿ならそのお向かいの海神の揺りかごと言う宿屋がありますからそちらで」
アトロとクライブは頷くとカインローズの指示に従い動き出した。
リーンフェルトとカインローズの乗って来た馬は、宿を取りに行く方に預けて、二人は北門から続く大通りを中央広場に向かって歩き始める。
大通りは石畳で舗装されており、内側は馬車が二台並んですれ違える程の道幅があり、外側を歩行用となっている。これは港からの物資や商品、食材を速やかに王都に運べるように馬車優先で整備されたものだ。
中央広場はちょうど東西南北に伸びる大通りの交差点となっており、馬車を妨げないように円形交差点となっている。
その中央スペースには、昔剣を掲げ持つ初代のアルガス王の石像があったのだが、今や見るも無惨な瓦礫と化している。
それだけでアルガス王国の圧政がいかに民の怒りを買っていたかわかるというものだ。
そんな瓦礫から視線を戻し、東区へと足を向ける。
クリノクロアは王都に続く北門から伸びる大通りを中心軸におおよそ東西南北の区画整備がなされている。東区は貴族街であり、リーンフェルトの実家もそちらにある。西区は居住区であり、この都市に住む多くの者はこちらに居を構えている。南区は港湾区であり、港と資材保管の為の倉庫などが連なっている。北区は商業区になっており、大通りと東西に伸びる5本の道に面して商店や宿屋などがある。
そうする事で機能的な都市作りをしているのだと、父が言っていた事を思い出しながらリーンフェルトは東区の入り口までやって来る。
そこには兵士が常駐しており、貴族街へ立ち入る者を止め、身分などを検めている。
兵士長の腕章をした兵士がこちらの対応にあたるようだ
「そこの二人、こちらは貴族街だ。入るには身分を明らかに出来る物が必要だが持っているだろうか?」
昔の感覚でリーンフェルトは素通りしようとして、兵士に呼び止められる。
「これでいいか?」
カインローズがアル・マナクの紋章が刻まれたプレートを見せる。
アル・マナクの紋章は一匹の蛇が己の尾を噛み、背を内側に巻き、翼でオリクトを抱えている図案が採用されている。
翼には猛る炎、凍てつく水、吹き荒れる風、芽吹く土の意匠が施されている。
中でもセプテントリオンの紋章はアル・マナクの紋章に七つの星が描かれており一般のそれとは異なる。
「これは…アル・マナクのセプテントリンの紋章ですね。大陸の英雄殿が、こちらにどのようなご用でしょうか?」
紋章を確認した兵士達に緊張が走る。
それはこの大陸の英雄への敬意なのだろう。
なにか粗相があってはいけないとするあまりに、動きがぎこちない。
「失礼ですが、そちらの方も身分証を提示いただけますか?」
兵士はそう言ってリーンフェルトの顔を見ると、一瞬の間をおいて叫んだ。
「リーンフェルトお嬢様!!」
どうやら四年の月日が経とうとも、兵士達はリーンフェルトの顔を忘れてはいなかったようである。
お嬢様と呼ばれたリーンフェルトもまた、外行き用とも呼べるお嬢様スマイルをして兵士長に答える。
「私の事を覚えていたのですか。今の私も身分証はこちらになりますが確認しますか?」
「はっ!確認させていただきます!」
リーンフェルトもまたセプテントリオンの身分証を兵士に提示する。
「お嬢様がセプテントリオンに…おい!誰か公爵様にお伝えしろ!」
兵士長が詰所の方に振り向き、他の兵士に声を掛けると、その兵士は駆け足で公爵家へ駆けていった。
「ちょうど公爵様はご自宅へ戻られている時間です。ささ、お通りください」
兵士長は綺麗な敬礼をしてリーンフェルト達に道を開けた。
「お勤めご苦労様です」
リーンフェルトは笑顔のまま労いの言葉を掛けると、兵士長の目が潤んでいた。
よほど嬉しかったのだろうとリーンフェルトは思いながら、改めて貴族街に足を踏み入れる。
「なあ、さっきの兵士長泣いてたぞ?いったい何があったんだ?」
カインローズは先程の兵士長が泣く理由がいまいち思いつかないだようだ。
「さぁ?嬉しかったのではないでしょうか?」
「そういうもんかね?」
「カインさんが隊員に声を掛けると、みんなあんな感じじゃないですか」
「あー。良くわからんなそれは。ともかくだ公爵邸に案内してもらうか」
「はいはい」
リーンフェルトに連れられるようにしてカインローズは貴族街を歩く。
内戦の爪痕は軽微と言って良い。
おそらくここは戦場になどならなかったのだろう。
王都の貴族街にある屋敷などは、事実いくつか焼失しているし、二年経った今でもそのままにされている物もある。
クリノクロアは内乱の間でも治安を維持していた事が推測される。
「お前のおやっさんは相当やり手だな」
公爵の為政者としての手腕をカインローズは素直に褒めた。
父親を褒められたリーンフェルトも満更ではないようで、珍しく笑みを浮かべカインローズに返事をした。
「そうですね。実際にお父様は戦後の評議会で議員をしてますし」
内乱後アルガス王国は、アルガス共和国と名を変えている。
評議会制を取っており、解放軍の有識者から十名、地方貴族から十名、計二十名からなる。
その中でも貴族側の大物として公爵は名を連ねている。
ちなみに解放軍の大物と言えばアウグストになる。
彼は基本研究者であり政治はあまり興味がないらしく議員を降りたい旨を議会に伝えているのだが、議会は英雄を政治の場から手放したくないようである。
その愚痴を聴く事になったカインローズは、げんなりした記憶を思いだし苦笑した。