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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
37/192

37 万能薬の効能

 次の瞬間にカインローズの体に何があったかは分からない。

 分からないが、リーンフェルトの前で白目を剥いたカインローズが泡を吹きながらひっくり返った。


「ごふぁ」

「かっ、カインさん! 大丈夫ですか?」

「何故でしょうか、レシピ通り普通に作っているのですが……きっとバカインローズだけですわよね。クライブとアトロも食べてみて下さいませ」


 リナから突然振られたアトロとクライブは、カインローズの状態に戦々恐々である。


「ほら、食べませんの? ならば私がサービスして差し上げますわ」


 リナは手にスプーンを持つとシチューを一掬いし、そのままクライブの口に突っ込む。


「ふぐっ」


 クライブは声とも悲鳴ともつかない声を出すと、テーブルに突っ伏してぴくぴくと痙攣を起こしている。


「リナさん……お聞きしますが一体何を入れたのですか? 二人も倒れてしまってはとても普通の食べ物ではないと判断します」

「そっ……そんなお嬢様まで。私が心を込めて作ったシチューで御座いますよ?」

「それはそうなのでしょうけど……リナさん味見をしてみては如何ですか?」

「分かりました。自信を持ってお嬢様にお勧めできる事を私自らが証明致しますわ!」


 そうして一口シチューを口にした所でリナは卒倒した。


「きゅう……」

「えっ……ちょっとリナさんしっかりして下さい!」


 床に倒れ込むリナを寸での所で抱きとめたリーンフェルトは静かに床に彼女を寝かせる。


「これはもうカインさんが言っていた事が本当だったと言わざるを得ませんね」

「そうですね。しかし一体何が入っていたのでしょうな」


 難を逃れたアトロはリーンフェルトにぼやく。


「えっと……リナさんの愛情でしょうか」

「であるならば恐ろしい話ですな」


 動かなくなった三人を番頭にお願いをして、人を出してもらい少し広めの空き部屋に運んでもらった。

 番頭は運び終えると他の仕事があるからと去って行く。

 シチューは流石に食堂へ置いておく訳には行かなかったので、鍋ごとリーンフェルトが部屋まで持って来ている。


「二度とリナさんには食事を作らせないようにしましょう……」


 それだけは心に固く誓うリーンフェルトであった。



――倒れた彼らが目覚めたのは、難を逃れた二人が夕食を食べ終えた頃であった。


「こ……ここは、どこっすか!」


 最初に目覚めたクライブが、ガバリと上半身を跳ね上げる。


「クライブは生き返りましたね、リンさん」

「良かったです。治癒しなければ今頃もっと危なかったと思います」


 倒れた三人に向かってずっとリーンフェルトが光魔法で体内を浄化していたのだ。

 これもひとえにリーンフェルトの魔力総量が人よりも多い為成せる技と言えよう。


「身体に異変などないですか?」


 アトロがクライブに体調を心配してそう尋ねるが、クライブの回答は意外な物だった。


「それがっすね。滅茶苦茶調子がいいっす」

「は?」

「え?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった二人だが、クライブはすこぶる調子が良いようである。


「どういう事でしょうか?」

「長時間かけた浄化魔法が体に作用しているのでは?」

「でも基本浄化だけですから、リナさんの料理が体に良かったという線も捨てられませんよ?」

「つまり気絶するほど体にいい料理という事ですか」

「もちろん可能性に過ぎませんが……そういう事も考えられるのではないかという事です」


 リーンフェルトはリナの料理を肯定し、アトロはなんとも懐疑的である。

 いずれにしても残りの被験者は二人もいるので検証するのには十分だろう。

 クライブが復活してから十分程経った頃だろうか、リナの目が覚める。


「ここは……確か私スペシャルな料理を皆様に振舞おうとしていたかと思うのですが……その後の記憶がありませんわ」

「リナさんは体に異変はありませんか?」

「異変でございますか?」


 そう言って首を傾げるリナであったが、さほど間をおかず答える。


「いえ、体には異変はございません。むしろ調子が良いくらいです。お気遣い感謝いたしますわ、お嬢様」

「それは良いのですが、リナさん。シチューに一体何を入れたのですか?」


 リナは不思議そうな顔をしながらも、リーンフェルトの質問に答える。


「そうですわね……普通にお野菜と鶏肉を入れたクリームシチューでしたわ」

「そうなるとどうして気絶するのかわかりませんね。少なくとも食材ではないということでしょうか?」

「食材が良すぎて皆の舌に合わなかった? いえそれは考え辛いでしょう。そもそもここマイムでそのような食材があるとも思えません」

「でももしかしたら、アシュタリア原産の野菜で私達の食べ慣れない物が入っていたかもしれませんよ」


 そこにリナは割って入り、リーンフェルトの言葉を否定する。


「いいえお嬢様。私は普通に芋と人参、それにちょっと奮発して手に入れたバジリスクのお肉ですわね」

「バ……バジリスクですか?」

「はい。これが大変美味しいのですよ。私の料理の師匠もこのお肉を使った料理がとても得意で、良く煮物を食べておりました。まあ、師匠の味よりも数段と落ちてしまいますが

作り方は間違っていなかったと思うのです」


 そう証言するリナにリーンフェルトは少し間を置くと原因を断定する。


「でもですね。現にリナさんを含めた三名が食べた直後に卒倒して、しばらく帰って来てくれませんでした。なので原因はリナさんの料理だと思うのです」


それに追従してアトロもリナに対して一言加える。


「状況証拠だけは、変わらず犯人はリナさんですね。確かに」

「犯人だなんて悲しいですわ。お嬢様……私お嬢様の喜ぶ顔が見たくてお作りしたというのに」


 食材を聞く限り毒物と思わしき物は入っていないようだ。

 それにリナに殺意があったとも思えない。

 だが、実際には三人も気絶している、その事実は変わらない。

 いっそ自分も食べてみて試してみようかという衝動に駆られる。

 今もなお紫色のシチューが入った鍋のお玉に手を伸ばそうとした時だった。

 それを察したアトロがリーンフェルトに何かあっては大変だとばかりに、慌てて止めに入る。


「リンさんいけません。今、自分も食べてみようと思いましたね? いいですか? まず、普通にクリームシチューを作ったのなら紫色になりません。明らかに危険な物が入っていますよ」

「ですが、復活されてからのお二人はとても調子が良さそうですよ?」

「であるならば、それは副作用みたいな物ではないでしょうか」

「副作用ですか?」

「そうです。それならばまだ理解のしようもあります」


 力説するアトロに説得されたリーンフェルトは試食するのを止める事にした。


「後はカインさんだけですか」

「旦那は正直一番一口の量が多かったですからな……危ないかもしれません」

「なんですの? アトロ。私が毒薬でも盛ったとでも言うんですの?」

「リナ嬢は本来、白い物が紫に染まった段階でなぜ料理を止めなかったのですか」


 そんな言い争いが始まろうとしていた時だ。

 番頭が仕事を片付けて様子を見に来た。


「おっ、二人起き上がってるじゃないか。後はそっちの大きい奴だけか」


 そう言って番頭がリーンフェルトに渡したのは、湯呑み一杯に広がる緑色の液体である。


「番頭さんこれは?」

「所謂、秘伝の万能薬だな。飲めば内側から治癒を促進する効果が期待できる。さあ飲ませて見ろ」


 未だぐったりとして動かないカインローズの上体をアトロとクライブそしてリナの三人がかりで起こすと、リーンフェルトが万能薬を口に流し込む。

 カインローズの喉が数回上下するのを確認すると、その効果は劇的だった。


「ほぐわっ! ゴホッゴホッ……に、苦ぇ……」


 万能薬の味はどうやら苦いらしい。

 ふとそんな事を思ったリーンフェルトであったが、意識がはっきりしてきた所でカインローズに話しかける。


「カインさん大丈夫ですか?」

「あ…ああ、なんだかとんでもない目にあった気がするんだが……」

「リナさんのシチューを食べた瞬間に」

「あいつの料理が原因だったか、まだちょっと記憶が曖昧だし口の中は温泉臭いし……これ、俺を殺す為にやってないかあいつ」


 それを聞いていたリナは怒りを瞳に宿し、睨み付けながら反論する。


「バカインローズを仕留めるのにわざわざ料理など作りませんわ。むしろ後ろから一刺しですわよ」

「しかしどうだ。料理に関しては俺が言っていた事が合っていただろ?」


 この結果を見れば確かにカインローズが言っていた事に反論の余地などなく、リナの料理は危ない物という事で決着が付きそうである。


「取り敢えず皆無事でよかったです」

「本当にひどい目にあったぜ、明日の出発には支障もなさそうだし予定はそのままでいく。俺はもう寝るぞ……まったく」

「カインさんすみませんでした」


そういって頭を下げたリーンフェルトにカインローズは手をニ、三回振ると溜息を吐いた。


「メイドの恰好もしてるしな、あれで料理が出来ないなんて想像できないだろうから無理はねぇよ。リナも自分の料理が毒物だってのは分かっただろうから良かったんじゃねぇのか?」


 リナは不承不承といった感じだったが、自身の料理が招いた惨劇に肩を落としたのだった。

 そして、何かを思いついたのか、勢いよく顔を上げる。


「バカインロース! 料理の方もリベンジさせてもらいますわ!」

「俺はぜってぇ食わねぇからな!」


 そう言って逃げるように部屋から出て行ってしまった。

 


 翌朝を迎えた一行は、王都エストリアル目指して出発する事になった。


「うるさい客が居なくなってせいせいするぜ」


 見送りに来た番頭が、宿屋らしからぬ事を言っていたが、いろいろと迷惑を掛けたのも事実なので、全員が無言で頭を下げた。


「ま、店が賑やかなのは嫌いじゃない。また来るといい」


 後ろを向いてポツリと漏らした番頭に、一行はもう一度頭を下げるとカインローズを先頭に馬車は進み始めた。


 マイムから王都エストリアルまでは早駆けで半日、普通に馬車を走らせるなら一日と言ったところだ。

 今回はゆっくりと馬車を走らせて進む事になっている。

 エストリアルまでの旅路は全くと言って良いほど何もなく順調そのものだった。

 寧ろ、順調過ぎて何かあるのではないかとリーンフェルトは警戒していた程だった。

 しかし、そんな事は余所に無事宿場町で一泊の後、その日の昼には王都の門をくぐる事が出来た。

 宿を探しながらエストリアルの街中を進むと、水路に面した宿を見つける一行。

 そこに宿を決めるとカインローズが各自に指示を出し始める。

 

「アトロとクライブは馬車の方を頼む。俺はこれからギルドまで行って情報収集だ。リンは宿に待機。リナに関しては俺は命令権を持っていないからな、好きにしたらいい」


 そういうカインローズにリナもあっさりとしたもので一言返して姿を消す。


「私は自由行動で」

「んじゃ俺達の部隊は各自行動してくれ。なお、今日の夕食は自由とする。リンはクライブかアトロと交代で食事に出てくれ。以上だ」


そう言うと各自が自分の任務を果たすべく動き始めた。

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