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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
36/192

36 紫のシチュー

 昼食を済ませたリーンフェルト達は、カインローズとリナが暫く待っても帰って来なかったので各自出発へ向けて準備する事になった。


「私達の荷物はそれほど多くはありません。馬車の手入れと馬の世話へ向かいます」

「右に同じくっす」


 アトロとクライブがそれを告げると、リーンフェルトはそれを了承する。


「それではお二人は馬車の方をお願い致します」


 一人時間に余裕の出来たリーンフェルトはマイムで世話になったミランダへの挨拶をする事にした。

 宿から出て大通りに向かい商人ギルドへの道を進み、少し行ったところがミランダの店である。

 この街に来て何度も通った道なので、迷う事なく目的地まで辿り着く事が出来た。


「ミランダさんいらっしゃいますか?」

「あら? リンちゃん、どうしたの?」


 店の奥から出てきたミランダはリーンフェルトの姿を確認すると、首を傾げて見せる。


「実は急な話なのですが、明日旅立つ事になってしまいました。それで、お世話になったミランダさんには挨拶をしておこうと思いまして」

「あら……わざわざ有難うね。寂しくなるわ」

「また遊びに来ます。必ず」

「そう? なら約束しましょう」


 ミランダはリーンフェルトの手を取り小指を伸ばす。

 そこに自身の小指を絡めて、呪文めいた言葉を紡ぐ。


「指切りげんまん、嘘ついたらグリフォンに食われる! 指切った」

「何ですか? その呪いみたいなおまじないは」

「嘘はついちゃ嫌ですよ、嘘ついたらグリフォンに食べられてしまいますよって、子供の頃に教えられるおまじないね。本家アシュタリアのおまじないだと違うらしいんだけど、ここらへんじゃグリフォンが一番の脅威だから、いつの間にかグリフォンで定着したらしいのよ」


 リーンフェルトはミランダの解説に納得すると、一つ頷いて答える。


「ええ、必ずまた会いに来ますね!」

「そうね。その日を楽しみにしているわ。さあもう行きなさい、あんまり長居すると湿っぽくなっちゃうから」

「……はい」


 リーンフェルトはミランダと握手を交わすと、入口まで見送ってくれた彼女に一礼をする。


「またね。リンちゃん!」

「はい!」


 大きく手を振り見送るミランダに、リーンフェルトはもう一度頭を下げ踵を返した。

 多少の雑貨を買い揃え、蛞蝓亭へ戻るべく歩き出す。

 もうこの街でやり残したことはないだろう。

 蛞蝓亭の脇を通り過ぎた時の事だ。

 宿の裏手から聞き慣れた声が二つ聞こえてきた。


「これだからバカインローズは、戦闘の事以外何も出来ないと言われるのですわ!」

「んだとこの! 自慢じゃないが俺は一人で飯だって作れるぜ?」

「そんな事誰でも出来ますわ!」


 リーンフェルトは大声の主たち向かって大きく溜息を吐く。

 これは明らかに近所迷惑であり止めなければならないと思い至ったリーンフェルトは、二人が繰り広げる舌戦の中に飛び込み仲裁する為に様子を伺う。


「何言ってんだリナ! お前料理なんて出来ないだろうが!」

「なっ……料理くらい私でも出来ます! ただちょっと味付けが独創的だと言われるだけです!」

「誰も言わないらしいからな。この際だ真実を教えてやろう! お前が花壇のお礼にとアンリの為に作った夜食の炒飯! ジャリジャリとガリガリでやばかった! 思わず毒を食わされたのかと思ってアンリを殴っちまったよ!」

「何でバカインローズが差し入れを食べてるんですの!」

「アンリに食わされたんだ! 食った途端に頭がグラグラして、視界が黄色と黒のチェックに変わって明滅するような危ない物作りやがって、絶対殺す気だっただろ!」

「そんなはずありませんわ! だって私が作ったのはチーズリゾットですのよ!」

「炒飯ですらないのかよ!」


 ジャリジャリとガリガリはどうやら元はチーズだったようだ。

 しかし一体何を入れたらそんな症状を引き起こすのだろうか。

 遠巻きに言い争いを聞いていたリーンフェルトの脳裏にいくつもの疑問符を残しながらも、これ以上セプテントリオンの名誉を傷つけまいと二人に割って入る。


「カインさん! リナさん! これ以上周りに迷惑をかけるのは止めて下さい!」


 二人は固まり一瞬リーンフェルトの方を向くとニヤリ笑う。

 何だか良くない事が起こるのではないかと、リーンフェルトは思わず身構える。


「いや待てリン、ちょうど良いところに来た。この偽メイドが絡んできて困っているんだ!」

「おや、絡んでいるとは失礼で御座いますよ?お嬢様、このオッサンあろうことか私の花壇を破壊した張本人ですのよ! これを怒らずにいられましょうか!」

「確かに花壇は壊しちまったがちゃんと直しただろう?」

「ええ、アンリさんに直して頂きましたからね」

「あの、ちょっとお二人とも落ち着いて下さい。ちゃんと話は聞きますから! まずは落ち着きましょう!」


 リーンフェルトの一言に二人はやっと沈黙を得る。


「では、街の外まで参りましょう。そこまで行けば大声でも暴れても迷惑は掛からないでしょう」


 そう提案するリーンフェルトに二人は渋々といった感じで着いていく事にした。

 暫く歩きマイムの街から出たリーンフェルトは二人に切り出す。


「では、さっそくお話を聞きたいと思います。どうしてこうなったのですか?」


 早速、口を開いたのはカインローズだった。


「いつまでも過ぎた事をグチグチと根に持ってるからこんなことになるんだ。大体花壇の件なんて一年近く前の話だしな」

「そうは言いますがカインさんまず、リナさんの花壇を破壊した時にちゃんと謝っていればこんな事にはなっていなかったと思います。ちゃんと謝ったのですか?」

「お、おう……ちゃんとさっき謝ったぜ」


 渋い顔をするカインローズをリーンフェルトは提案をする。


「分かりましたカインさん。私が証人になりますので花壇を壊した件は、もう一度謝りましょう」

「あ、ああ……リナ、花壇の件だが本当に悪かった。許してくれ」

「嫌ですわ」


 カインローズの謝罪に反射的に拒否反応をするリナにも諭すようにリーンフェルトは話しかける。


「リナさん。ちゃんと謝罪を受けてください。それでなければ話は進みません」

「お嬢様がそういうのなら、その……謝罪は受け入れますわ」

「はい、これで一先ず花壇の件はお仕舞いです」


 これでお終いだとばかりに一つ手を打つリーンフェルトだったが、リナはまだ他に案件を持っているようで次の案件を話し始める。


「あのお嬢様。このオッサンあろうことかメイドである私の料理についてケチをつけてきました。私は納得がいきません」

「そうですか。わかりました、ではリナさんに料理を作ってもらいましょう。そして皆で食べてみてどちらが正しいのか判断しましょう」

「分かりましたわ! 腕によりをかけて料理を作りますので楽しみにしていて下さいませ、お嬢様」


 嬉しそうにするリナに、カインローズは何かの味を思い出したのだろう。

 身震いをすると、全力で試食を回避するべく頭を左右に振った。


「ああ……本当にやらせるのか? これだけは言っておく、俺は食わないからな!」

「それはダメですよカインさん」

「そうです逃げるんですの? バカインローズ」

「いや断固として今回の試食は辞退させてくれ!」

「駄々をこねないでくださいカインさん。決定事項です」


 がっくりうなだれるカインローズ。

 リナはこのまま今晩の料理のための食材を買出しに行くというので、一旦お開きとなった。



――さて、時間が過ぎ夕食の時間となった。

 この時間になるまでに何度か逃亡を図ったカインローズであったがいずれもリーンフェルトによって阻止されている。


「なんで今日に限って全部防がれるんだ……」


 納得のいかない不満顔のカインローズといつの間にか試食に巻き込まれてしまったアトロとクライブ、そしてリーンフェルトは食堂の一角に座っている。


「嫌だ……あれは食いもんじゃねぇんだ……」


 隣で虚ろな目をしながらブツブツ言っているカインローズの横には、イベントに参加出来た事を喜ぶクライブ。その向かいに座るアトロは些か優れない表情だ。


「さあ、腕によりを掛けて作りました。リナ特製シチューですわ」


 そう言いながら配膳を始めるリナであるが、テーブルに展開されたシチューからは既に得体のしれない匂いが漂っており、色も紫と斬新である。


「こ……これ、なんのシチューなんすか?」


 恐る恐るリナに尋ねるクライブにリナは満面の笑みで答える。


「スペシャルなシチューでございます。食べて頂ければほっぺたが蕩けてなくなりますわよ」

「……いやぜってぇ溶けてなくなるの間違いだろこれ……」


 ぼやくカインローズを余所にリーンフェルトは試食会の開始を告げる。


「では早速。スペシャルという事なのでまずはカインさんからどうぞ」

「いやっ……最後で良い! つか食いたくない!」

「諦めて下さいカインさん。そもそもカインさんがリナさんの料理が美味しくないと言ったから、皆で試食してみましょうという話じゃないですか。まずはカインさんが食べてみて一言感想を下さい」

「いや一言も何も……見りゃわかんだろよリン……」

「いえ。香りが不思議な感じですが、ドリアンなんかは匂いがきつくても食べられるじゃありませんか」

「ドリアンってなんだよ……」

「そんな事は良いのです! さあ一口食べてみて下さい」


 人一倍鼻の良いカインローズには既に耐えられないレベルの臭気の塊をスプーンで掬うと、覚悟を決めて一口頬張った。

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