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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
35/192

35 因縁

 番頭に連れらされたカインローズとリナは従業員スペースとも呼べる客側からは見えない場所で正座をさせられていた。


「お前らなあ、うちの宿になんか恨みでもあるのか?」


 番頭はそう二人に問い質す。


「恨みなんてこれっぽっちもないぜ? ここは飯も美味いし良い宿だと思う」

「そうですわね。落ち着いた佇まいといい流石老舗と言ったところではないでしょうか」


 真顔で答える二人に番頭は大きく一つ溜息を吐くとこう切り出した。


「つまり、宿への妨害工作じゃねって事か。ならなんだ単純にお前らの仲が悪いだけって事か? まったく迷惑な話だな。おい。ならどうだ? ここいらで仲直りしないか」


 しかし二人は示し合わせたかのように、ピッタリと息を合わせて即答する。


「無理だな」

「無理ですわ」


 そんな二人を見て番頭は若干禿げ上がってきた頭を抱えてたが、立ち直りも早く次の提案へと移る。


「お前らこんなところで息を合わせどうするんだよ……袖振り合うも多生の縁っていうくらいだ。原因を俺に話してみないか?」


 番頭から提案に食いついたのはカインローズだった。

 カインローズ自身なぜリナにこれほどまでに嫌われているのか、原因が知りたいと思っていた。

 リナとの出会いはいつだっただろうか?

 カインローズは目を瞑り、記憶を漁り始める。

 

 ――隣で目を瞑ったカインローズを見てたリナは、なぜ自分がカインローズと仲が悪いのかを考える。

 いや考えると言うよりも、答えは決まっている。

 アルガス王国時代まで話が戻るのだが、王都アルガニウム近くの農村がリナの故郷である。

 王都から近いという事は、恵まれていたということだ。そして何代も神々に愛され選ばれてきた王族がこの世で負けるはずがない。

 誰しもがそう思い、反乱の鎮静化は早期になされると思っていた。

 一日や二日くらい騒ぎ立てて、鎮圧されてしまえばまた平穏な日常が戻ってくるそう信じていたのにだ。

 この男カインローズ・ディクロアイトという男のせいで、国王軍は崩壊。敗残兵は逃走の果てにとある農村を占領する。死神と言われ刈り取るのが仕事ならば、確実に刈り取ってもらいたいものだ。この男の仕事が雑なあまりに故郷は滅茶苦茶になったのだ。

 勿論、それはカインローズのせいではない事くらいとっくに整理はついている。

 だからカインローズへの態度は八つ当たりだ。

 当時のリナはその腕の良さから要人警護の任務を主とする雇いの冒険者だった。

 アルガスがアル・マナクによって色が変わってゆく中で、故郷の村を攻め落としたのはカインローズが率いた部隊である。

 国王派の拠点になっていたのだから、確かに攻略対象ではあったのだろう。

 仕事から故郷に戻ってみれば村は半壊しており、アル・マナクの一隊が炊き出しを行っていた。

 故郷の惨状を目の当たりにしたリナは怒りに任せて、その部隊の隊長に食って掛かり返り討ちにあうという苦い記憶だ。

 今ではすっかりオリクトのお蔭で村は元通り、王国時代以上に豊かな生活をして繁栄を見せている。

 別に身内が死んだとかそういう話でもないだから、カインローズを恨むのはお門違いなのだ。

 そうしてリナの中に残った物はこの時の敗北だけである。

 要人警護という依頼は難易度が高く、冒険者の中でも本当にギルドと警護対象となる貴族への信頼がなければ、依頼される事すらない。そんな仕事のエキスパートを自負していた、対人戦において無敗だった自分に土をつけた男。

 これで私生活面も紳士であれば、きっと惚れていたに違いないのだ。

 しかし実際はだらしないオッサンであり、戦闘事以外は殆ど使い物にならないと知ってしまっては、こんな奴に負けたのかと自分が情けなくなってくる。

 だからリナはカインローズをいつの日が打ち倒すまで、唯一残った小さな核を燃やし続けて行こうと思っている。

 リナは自身の歩みを振り返っている最中、隣からいびきが聞こえてくる。

 

「ふごぉ……」

「くっ……そういうところが本当にムカつきやがりますわ……ねっ!」


勢い良く振りぬいたリナの裏拳が、綺麗にカインローズの鼻っ柱にクリーンヒットする。


「ぐおぉ……痛ぇじゃねぇか!」

「というかなんですの? 目を閉じたら三秒も経たずに寝ていましたわよ?」

「そりゃお前、目を閉じたら寝るだろう」

「なら目を開けて考えてくださいませ! それで……理由が何かわかりまして?」


 どうせ目を閉じて直ぐに寝てしまったオッサンの事だ。原因の事など考える余地も無く睡魔に誘われたに違いない。

 カインローズにとってリナが突っかかる理由など些細な物でしかないのだ。

 忘れているのだろうという落胆と、忘れているのかという怒りとが混ぜ合わさったような感情に苛立つ。

 とりあえずもう一発殴っておこうとして、拳を握り構えた時だった。

 

「なあリナ。お前が俺に突っかかってくる原因な……あれだろう? 本部にある花壇を破壊しちまった事だろ? なっ? ありゃ本当に不可抗力ってやつでな」

「はぁ? あの花壇を壊したのは貴方でしたの?」

「うぇ? 違っただと……」


 リナは普段から所謂メイド服を着て仕事をしている。

 本来の仕事は本部での要人警護、つまりアウグストの警護である……のだが、本人の趣味なのか本部の一角に小さな花壇を作り世話をしている。

 その花壇をリナが世話している事は、アル・マナクの本部にいる人間なら知らない者はいない事なのだが、ある日その花壇が木端微塵になるという事件が起きた。

 怒りに肩を震わすリナが、わざわざ土魔法が得意なセプテントリオン第二席のアンリをどこからともなく捕まえてくると、花壇を土魔法で直させていたという顛末を迎えた原因不明の話だ。

 この花壇には故郷に自生している花を植えてあり、リナの癒しスポットであったのだ。


「……ませんわ」

「はっ?」


聞き取れなかった呟きの様な声にカインローズは聞き返してしまったのだが、その一言はリナの怒りに油を注ぐ結果となる。


「絶対に許せませんわ! あの花壇をどれだけ私が大事にしているか! そうでございましたか……バカインローズが犯人でございましたか」

「いやいや……あれはそもそもケイとの戦闘訓練での事故だったんだ! 信じてくれ!」

「ええ、信じましょうとも、壊したのがオッサンだという事だけわかれば十分でございます。息の根を止めて差し上げますわ!」


 展開が怪しくなってきた事を察した番頭は、宿で暴れられては堪らないとばかりに大声で叫んだ。


「待てお前ら! ここはまだ宿の中だ! 暴れるなら外でやれ!」


 番頭はリナの背後から首根っこを掴むと引きずって外に連れ出す。

 リナと番頭がいなくなった事を幸いとばかりに逃げ出そうとするも、正座をさせられていたせいで両足が痺れてしまったカインローズは戻ってきた番頭に捕まり同じく外へ。


「良くわからんが、壊したのなら素直に謝ればいいだろ。なんで黙ってたんだ?」

「その話をアンリから聞いたのは、アンリが直しちまった後だったからだ。それに直接破壊した訳じゃなくて魔法の撃ち合いによる事故だったんだ。直っちまって事件が収まった所に謝りに行っても思い出して悲しい気持ちになるだろ?」

「なんですの? その気遣いは。ズレてますわ!」

「ズレてるってなんだ!」

「壊したタイミングで謝ってくださいませ! 今更そんな事を思い出させて……殺意が二倍になりましたわ」


 眼鏡の奥から鋭い視線をカインローズに向けるリナに、彼は頭を下げた。


「その節は本当に済まなかった! でもちゃんと花も戻しておいたじゃねぇか!」


 この花壇木端微塵事件には怪談めいた続きがある。

 花壇に咲いていた花々だが、花壇が直った数日後に植えてもいないのに、花まで復活していたという物だ。

 アンリの土魔法が強力過ぎて花まで土の魔力で復活したというのが、最終的なこの事件の見解であった。

 多忙なアンリは笑うだけで自身が魔法で再生させたとは明言していなかったので、それが定説となっていたのだ。

 実際はさすがにまずいと思ったカインローズとケイが二人でリナの故郷まで赴き、花を入手してくるとこっそり夜中に花壇に植え替えたのだ。

 二人は勿論アンリに相談して、枯れないように植え直している。


「あの事件はそれが真実なのですね」

「ああ、その件については本当に悪かった!」

「ふぅ……そうですか。あの怪現象が人為的な物だと分かっただけでも良しとしますわ」

「それじゃこれで許してくれるな? うるさいリナから絡まれないだけでも大分大力に余裕が出るぜ」


 清々しい笑みで笑うカインローズにリナは一言付け加える。


「このバカインローズ、絶対に許す訳がないですわ。それになんですの? うるさいというのは!」

「うるさい奴にうるさいと言って何が悪いんだ!」

「なんですの? もう開き直りまして?」


 再び騒ぎ出した二人に番頭は完全に諦めた顔で呟く。


「もう好きにやってくれ……」


それだけを言い残すと彼はさっさと宿の中に帰ってしまった。

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