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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
33/192

33 剣術指南

「はぁ、スッキリした」


 ミランダは清々しい笑顔をリーンフェルトに向けると、大剣を担いだままあばら家に戻る。

 家の中で砕けた木箱の破片を集めると大剣に再封印を施して戻ってきた。


「あれはあれで曰くつきの武器でね。時々使ってあげないと怒るのよ」

「剣が怒るのですか?」


 思わず聞き返してしまうリーンフェルトに、ミランダはいたずらが成功した時の子供のような笑みを浮かべる。


「冗談よ冗談。ただ時々使ってあげないと可哀想じゃない?」

「それだけ愛着があるという事ですね」

「そうそう。お気に入りのお人形みたいに可愛いでしょあの子」


 大剣をあの子と呼ぶ、ミランダに一抹の不安を覚えながら二人はマイムの街中まで戻ってきた。

 来た時と同じく、水路の脇を通って大通りまで出るとマイムでも有数の商業地区に出る。

 その足でミランダは武器屋の暖簾を潜ると、開口一番店内に響く声を上げた。


「お邪魔するわよ。店主、今日はいるかしら?」


 今度こそ脱線せずに武器屋に辿りつけた事をリーンフェルトはこっそり安心した。


「やっと武器屋に着きましたね」

「うふふ、ごめんなさいね。でもちゃんと武器も選んであげるから任せなさいって!」


 ミランダは両手を合わせ、頭を少し下げると先の脱線について謝罪をする。

 ついつい悪い癖が疼きリーンフェルトに戦いを挑んでしまったが、久々に自分より強い相手と戦いストレス発散できたようだ。

 戦闘をした事により若干普段よりもテンションが上がっているミランダが、リーンフェルトから視線を店の奥へ向けると丁度老人が一人出て来るところだった。

 その老人の眉毛が長く目尻に向かって狐の尾のようにフサフサと垂れており、顎にも胸元まで届くかどうかの髭を蓄えている。


「あら? もしかしなくてもご隠居じゃない?」


 ご隠居と声を掛けられた老人は笑いながらミランダの前に立つと、いきなり頭を引っ叩いた。


「痛いじゃないのさご隠居!」

「馬鹿者! 街中で暴れるなと何度言ったら解るんだお前は。して……そちらのお嬢さんは……ふむ。客のようじゃな」


 どうやら先程の事は、この耳の早い老人の知る所のようだ。


「ふむ。お嬢さんは剣士にしては上半身の肉付きがさほど良くないが、魔法使いにしては下半身が引き締まってるな。剣もいけるが魔法が主かの? どうじゃミランダあっておろう」

「さすがご隠居ね」

「ふぉっふぉっふぉっ、伊達に武器屋を七十年もやっとらんわな」


 そうやって笑う老人にリーンフェルトは、初対面の人間に戦闘スタイルを見破られた事に驚きを隠せない。


「あのご隠居様、どうして私の戦っている姿を見た事もないのにそこまで分かるのですか?」


 その問いに老人は眉毛をピクリと動かし、右手を顎にやると、髭を扱く。


「そうさな。体のバランスじゃろうかの……例えばお嬢さん右利きじゃろ?」


 そう聞かれてリーンフェルトは黙って頷く。


「なぜ分かるのかは至って簡単じゃ。使ってる方の……つまり利き手の方が肩の肉が付いている物なんじゃ。それも武器を扱う利き手ならば何かしら重量のある物を振り回す事じゃろうな」


 それにミランダが補足を入れてリーンフェルトに理解を促す。


「要は武器を持って戦っていると筋肉が鍛えられちゃうって話ね」

「じゃがもちろん例外がおるな。魔力で肉体強化しておるパターンがそれじゃな。見た目には解りづらい」

「そうそう、可愛い顔した女の子が突然彼氏を殴り飛ばすような事が起こるのよね」

「それは極端な例じゃが……ない事はない話じゃな」


 そこでリーンフェルトはいくつか思い浮かぶ人物の体格について考え始める。

 まずはカインローズだろう。

 思い返してみるとカインローズは筋肉ダルマなどとマルチェロから呼ばれていたような気がしたが、その体はとてもバランスが良い。

 両肩の筋肉に自分のような癖があったとは思えない。

 少し魔術に比重を置き過ぎただろうかとリーンフェルトは思案し考え込む。

 すっかり黙ってしまったリーンフェルトに気がついたミランダに声を掛けられるとその思考は中断される事となった。


「あはは、ごめんなさい。すっかりおいてきぼりにしちゃったわ」

「すまんかったのお嬢さん。ところで、お嬢さんの武器を探しに来たんじゃろ? ならば詫びではないが儂が見てやろう」

「あら……ご隠居が見てくれるなんて珍しい。明日は雪でも降るかもしれないわね」


 冗談めかして笑うミランダに、ご隠居は――癖なのだろう顎の髭を右手で扱くと改めてリーンフェルトの方に向き直る。

 片目を瞑り、リーンフェルトの体のバランスを見極めているようだ。


「片手剣で半身の姿勢が多いかな? 少し利き手の肩が内側に入っているの……少し左のバランスが悪いかもしれん」

「最近までレイピアを主に使っておりました。それを先日壊されてしまって武器を探しています」


 ご隠居は静かに頷き言葉を続ける。


「なるほどの、レイピアであったか。両刃の剣などを扱う者よりは肩の高さにバランスの悪さを感じなかったのは武器の重さ故じゃな」


 確かにブロードソードなどの両刃の片手剣は片手で扱う事が前提だがレイピアに比べてその比重は重たい。

 負荷がかかればそれを支えようと筋肉が発達するから、利き腕の肩と反対の肩では若干バランスが違うという事なのだろう。


「一流の戦士になってくると反対の腕も鍛えるようになる。そこが一流と二流の肩の違いじゃな」

「なるほど……。私の師匠も確かに肩の肉が均一だったように思います」


 カインローズを思い出しつつ、リーンフェルトは彼が一流のラインにいる戦士である事を再認識する。

 尤もそれ以外はだらしないのだが。


「ならばそやつは一流なのだろうな。もちろん戦士に重要なのは肩だけではないがの」


 ご隠居はそう言い商品の棚へ目をやると、手を伸ばし一振りの剣を選ぶ。

 柄に手を掛けた老人が鞘から剣を抜くと、カインローズの武器に良く似た反りのある剣であるようだ。


「ほう。刀を見ても驚かんか……」

「はい。師事している人の武器もそのように反りのある剣なので」


 その返事に垂れた眉毛に隠れた目を見開き驚くご隠居。

 確かにあの剣は珍しい形状をしている。

 アルガスでもそうだったが、武器と言えば両刃の剣である。

 斬るというよりも叩き潰すという表現が適切だろうか。


「それは珍しいのぅ」

「確かアシュタリア出身だったと思います」

「それならば道理じゃな。これはアシュタリアの剣で刀と呼ばれるものじゃ」

「刀ですか?」

「そうじゃ。こう反りがあってな。叩き潰すよりも撫で切るのを得意とする武器じゃな」


 カインローズとの特訓の日々ではいろいろな武器を持たされた。

 剣に始まり槍や斧、もちろんこの刀と呼ばれた武器も扱った事があった。


「お借りしても?」

「うむ、構わんよ。刀の扱い方はご存知かね? お嬢さん」

「はい、一通り習ったと思いますので」


 そう言ってご隠居から刀を受け取るとカインローズに教わった通りの型を構えて一振りする。

 勿論、店内である為大きくは動けないが、刃の風切る音が耳に届く。


「ほう狐月派一刀流の構えじゃな。これは眼福眼福」


 聞きなれない単語にリーンフェルトは思わず、ご隠居に聞き返す。


「あの……狐月派一刀流というのは……?」

「ん? なんじゃ知らなんだか。恐らくお主の師匠の剣術の流派じゃな」

「流派ですか?」

「うむ。知らぬか? ならばついて来なさい」


 ご隠居は一つ頷き自分も一つ刀を持つと、リーンフェルト達を連れだって店の勝手口から店の裏手に移動する。


「店の中は少々狭いでな。こちらで話そうかの。この刀には流派という物が存在するのぉ。簡単に言うと剣術に名前が付いていると思ってくれてよい」

「えっと王国式剣術とかそういう感じで良いでしょうか?」

「まあ、そんな感じじゃな。刀の流派はそれを作った開祖というのがおってな。そやつが命名するもんなんじゃ。そしてお嬢さんの型は狐月派一刀流という物に良く似ているという事じゃな」


 老人は自ら刀を構えると先程リーンフェルトがしたように、刀を振るって見せる。

 客観的に見てみるとリーンフェルトの構えより、彼の構えの方が隙がなく振り下ろす剣先に鋭さを感じる。

 これが本来の構えなのだろう。

 リーンフェルトは瞬きをせずに構えを見つめる。


「お嬢さんはどこまで型を習いましたかな?」

「あの、それが名前がある事すら教えてもらってなくて……ですが型なら二つだけひたすら繰り返すように教わりました」


 そう言うとリーンフェルトは刀を構える。

 まずは先に見せた構えから一振りだ。

 鞘から刀を抜き上段に構えてから一振りして鞘に戻す。

 二つ目の型は鞘から抜刀し中段を一文字に振りぬいた後に、手首を捻り刃を返して切り上げ最上段まで振り、手首を戻し縦一文字に刃を滑らせて鞘へ戻す。

 ご隠居には思い当たる節があるらしく、うんうんと頷いている。


「お嬢さんの師匠は狐月流で間違いなさそうじゃな。一つ目を弧月、二つ目は閃雷という型じゃな」


 カインローズの流派を思わぬ所で知る事になったリーンフェルトであったが、武器を選びに来たはずがすっかりご隠居の剣術指南が始まってしまいミランダは苦笑を浮かべている。


「ご隠居、そろそろ武器を選んでもらって良いかしら?」


 切りの良いと判断した所でミランダが本題への修正を口にすれば、老人はリーンフェルトが今持っている刀を指差す。


「刀でよかろう? そもそもうちは刀くらいしか置いておらんしな。はっはっは」


 そう言って笑うご隠居を見たミランダは溜息を吐く。


「という事なんだけど、リンちゃんそれでいい?」

「刀ですか……」

「まあ、折角ご隠居が選んでくれたものだし、武器はないよりあった方がいいでしょう。どうかしら?」


 リーンフェルトは手に持った刀をまじまじと見る。

 店に来て、ご隠居と短時間だが振るう事になった刀だが、不思議と手に馴染むのを感じた。


「どうじゃ手に馴染むじゃろ?」


 ご隠居は髭を扱きながらニヤリと口元を歪ませる。


「そうですね。こんな短時間しか触っていないのにずっと使っていたかのような感じですね。なんだかとても不思議です」

「まあ、儂の見立てじゃからな。当然じゃろう」


 自信満々にご隠居がそう言えば、ミランダはリーンフェルトに意思確認をする。


「それじゃリンちゃんこれにしちゃう?」


 見れば見る程、確かに良い刀ではある。

 手によく馴染み、自在に取り回しが利く事、そして刃に走る波紋が見事な一品である。



「そうですね。折角選んでもらいましたし、武器は欲しかったのでこれで良いと思います」

「だそうよ? ご隠居」

「これは頑張った甲斐があったもんじゃ」


 マイムの空に老人の笑い声が響いた。

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