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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
32/192

32 箸とフォーク

リーンフェルトがミランダとじゃれ合っている頃。

番頭の仕置きから解放されたカインローズとリナはぐったりとした表情のまま食堂まで辿り着くと遅い朝食を取ろうという事になった。

別々の席に座ろうとしたカインローズを強引に引き留めたリナは正面に陣取る。


「やっと食事が取れますわ」

「なんで正面に座ってんだよ、せめて一席ずれて座れ。狭いだろ!」

「ふふふ、何照れていやがりますか。いい年こいて」

「違うそう言うんじゃねぇよ…見てみろ狭いだろ?」


テーブルを上を見れば配膳された食器が所狭しと並べられ、ひしめき合っている。


一向にずれて座る気配のないリナに、一つ溜息を吐くとカインローズは食事を始めた。

卵焼きを箸で口に運び、汁物を啜る。

ちなみに本日の汁物は大根の味噌汁のようだ。

大根は短冊切りに切られており、油あげと大根の葉がふんだんに盛られている。

元々アシュタリア生まれのカインローズである。

大根もそうだが、味噌汁には馴染み深く、ときおり感心したような声を出しては味噌汁を啜っている。


方やリナは右手にナイフ、左手にフォークを持ち一口サイズに切り分けてから口に運んでいる。

蛞蝓亭としては、箸を推奨しているのだがやはり使い慣れない物を使って食べるよりは、使い慣れた物を使った方が食べ易かろうという事で旅客用にちゃんとナイフやフォークなどもテーブルの脇に備え付けられている。

黙々と食事をしていた二人だが、カインローズが二匹目の焼き魚を注文したタイミングでリナに話しかけた。


「んでだ。どこのどいつに謝りに行けばいいんだよ?こう見えても俺は忙しいんだぜ?」


自分の部隊の失敗は当然隊長であるカインローズの責任である。

しかし戦闘事以外はほとんどダメなオッサンは、忙しい事を言い訳にするも無視をされる。

謝りに行く方法を回避する事をいい加減諦めたカインローズは、ムカムカする気持ちを目の前の目玉焼きに向ける。

目玉焼きを箸で串刺したかと思えば、一口で平らげるカインローズに同じメニューを頼んでいたリナが顔を顰める。


「もっと行儀よく食べられませんこと?」

「生憎と俺は育ちが悪いんでな無理だ。諦めろ」

「ナイフとフォークの使い方くらい覚えてくださいませ」

「んなもん使えるに決まってんだろ。俺はこっちの箸に馴染みがあるだけだ」


悪態をつくカインローズにイライラとしながらも、ナイフとフォークを使い綺麗に食べるリナは次に話すべき事を考えていた。

元々カインローズとの相性が良くないというか、なんだかこの子供っぽいオッサンがムカついて仕方がないのだ。


「もしかしてこれが恋というものでございましょうか?」

「何考えてんだか知らねぇけど、それ絶対違うから」

「何でしょうこの胸のムカムカ」

「そりゃお前ソースの掛け過ぎだろう」


見ればリナの目玉焼きにはこれでもかというくらいソースが掛かっており、見た目食べ物かどうかも怪しい状態になっている。


「これ食べられますの?」

「いや、やったのお前だろうが……責任もって食えよ。食べ物は粗末にしちゃいかん」

「まったく面倒なオッサンですこと。そうそう謝りに行く相手でしたわよね?」


やっと話が進んだかと思うカインローズに、リナは徐にポケットからメモを取り出しそれを見せた。


「ん…? えっと、ボッタクリ?」

「違いますオッサンになると字もまともに読めなくなるんですの?もしかして老眼ですの?ボウルダー・クリケット氏です」

「んなもんわざとに決まってんだろ。そのボウルダーってのはどこにいるんだよ」

「クリケット氏はサエスの大店ボウルダー商会の会頭をされておりますので、活動拠点と言えば王都エストリアルですわよ」


商売をするのなら人口の多い所の方が良い。

ましてや大顧客である貴族や王族など金を持ってそうな奴がうじゃうじゃいる所の方が儲かる。

言われてみれば確かに道理だなとカインローズは納得して首を縦に振る。


「分かった。うちの隊の方針だからな負傷者を先に返すかどうか話し合ってみよう」

「そうですわね。お嬢様の事もありますしね」

「お嬢様?ああ、リンの事か」

「そうですわよ。生粋のお嬢様ですもの憧れてしまいますわ」

「そうか?アイツは色々抱えてるからな。楽な生き方じゃねぇぞ?」


まともなカインローズのコメントに一瞬凍りつくリナを余所に、至極真面目な顔をした彼は続ける。


「なにせ旧アルガス国内ならば超が付く有名人だしな」

「未遂事件の話ですの?」

「それもあるが他にもあんだよアイツはさ」


どうやらカインローズはリーンフェルトの過去の話に大分詳しいらしい。

部下の事を把握する上司として見るならばそれは優秀な事だが、リナは勿論そのような目でカインローズを見てなどいない。


「女性の過去を無駄にいろいろ知っているのなんて、正直気持ち悪いと私は思いますわよ?」

「なんでそうなるんだ!だってあいつ小さい頃からいろいろやらかしてて面白いんだって!」

「それでも女性から見たらただのストーカー?いえただの気持ち悪いオッサンですわね。汚らわしい」

「だから! はあ……もういいお前はそういう奴だった。真面目に話した俺が馬鹿だったよ」


カインローズは途中でリナと正面からやりあうのを止めて切り上げる。


「冗談はさておきですわね」

「お前の冗談はどれだけ俺の心を抉っているか知っているのか?」

「もちろん計算ずくですわよ。今頃気がつきましたの?」


どうやら計算づくらしい。

つまりリナの掌の上で踊らされていた事を認識したカインローズは、重力が倍になったのではないかと思える程身体が重く感じられた。

何とか気を取り直したカインローズは、再び真顔に戻ると話を勧めるべく切り出す。


「ふざけるのは置いといてだ。どうせこっちに来る前にアポも取って会えるように手筈を整えているんだろ?ならこのボッタクリのオッサンにはいつ会える?」


アル・マナクという組織は……と言うよりもアウグスト・クラトールというリーダーの仕事の進め方というのだろうか。

事前の根回しという物に重点を置き、指令をスムーズに行くように動く部隊が存在するのだ。

だからこそ本部の指示が現地で言い渡されても、次の行動が早い。

これはアルガス王家との戦いの中で培われた技術である。

王族に次の指示をお伺いを立てる為に伝令を飛ばしていた非効率的な指揮系統の下、軍隊運営を行っていた王家軍側と情報伝達の早いアル・マナクとでは、情報戦で大きく勝ち越したアル・マナクが王家軍を分断し、数に勝った王家軍を優位に立たせないように嘘の情報を織り交ぜながら兵力を分散させて各個撃破したという実績がある。

それをそのまま引き継いだ部隊は今、各国でオリクトの販売網を広げるべく活動している。

つまりリナが来た時点で既に次の指示は確定しているのであって、動かなければならないという事なのだ。

それでも、うだうだと言ってしまうのはカインローズの性分だろう。


「そうですね三日後くらいといった具合でございますね」

「なら明日にはマイムを出なければいかんな」

「計算上そうなりますわね」

「俺のバカンスが……」

「そもそも任務に失敗する方が悪いのですよバカインローズ」


窘めるような口調でリナが言えば、カインローズは苦笑いをしながら左手で後頭部を掻いた。


「お前は見てないからそういう事が言えんだぜ? かなりの魔力の使い手だったよ襲撃者のジェイドってのはさ」

「その方ジェイドっていうお名前なのでございますね……」


その一言に目を細めるリナの表情は強者に聞く強者の情報である為、興味津々といった感じである。

当然の事ながらカインローズは四席という位置に立っており、リナよりも強者である。

その彼が認めた相手であれば、どれほど強いのだろうか?

機会があれば戦ってみたいとリナはそう思い、情景を想像してうっとりとした表情を示す。


「おい、リナ。表情に出ているぞこの戦闘狂め」

「あら、私としたことがはしたないところをお見せいたしました」


そう口が動くも依然として戦闘への渇望が引かない様子である。

深く突っ込むと戦闘に巻き込まれかねないと判断したカインローズは逃げるように話を切り上げる。


「では明日の出発を視野に入れて行動するとしよう」


その言葉を見計らってか直後に注文していた焼き魚が運ばれてきた。

二匹目の焼き魚を平らげると、カインローズは未だ妄想の世界から帰ってこないリナを放置してそそくさと食堂から逃げ出すとアトロとクライブを捕まえるべく厩舎に足を向けた。

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