31 好奇心
悪人面の男達数名が取っ組み合いの喧嘩をしている横でミランダはリーンフェルトの手を引く。
「さあ行くわよ!リーンフェルトちゃん…うん、長いわね。リンちゃんで良いわね!そうしましょう」
一人で何かを納得したミランダはリーンフェルトを連れ、店の中を抜けて表通りに出る。
「待ってなくて良かったのですか?」
「あははは、いいのいいの。ショッピングに男は不要よ。それにあいつらじゃあんまりセンスに期待できないしね」
そういって笑うミランダにリーンフェルトは戸惑いを覚えたものの、彼女はグイグイと手を引っ張り進んでいくので流される形となった。
手を引かれ大通りを歩き、街中を流れる水路沿いに歩いてゆく。
大人しく彼女に着いて行くと軒も疎らになって来た。
果たしてこんなところに武器を扱っている店はあるのだろうか?
そう不安に思うリーンフェルトを余所に、ミランダは一軒のあばら家の前で足を止めた。
「ここそのお店なのですか?」
そうリーンフェルトが思わず聞いてしまう程のボロさ。
本当に武器など扱っているのかどうかすら疑わしい。
「あはは流石にここは武器屋じゃないわよ。ちょっと物を取りに来ただけね」
ミランダはあばら家の戸を乱暴に開ける。
一瞬家が崩れるのではないかというくらいあばら家が波打ったような気がしたが、見なかった事にしようとリーンフェルトは思った。
その開かれた扉の向こうには何もない。
迷う事なく進むミランダに着いて行くリーンフェルトはあばら家の中を見回す。
見た感じ家具などはなくどうやら倉庫として使用しているらしい。
色々になものが乱雑に置かれている。
その中に一際大きな木箱があり、壁に立てかけられている。
少々埃を被っているそれの前で立ち止まるとリーンフェルトの方に向き直った。
「武器を選びたいという事だったわよね?」
「そうですけど…ここに何かあるのですか?」
「リンちゃんの実力ってどんな物なのかなと思ってね。さっきの悪人面の冒険者達だけどあれでもサエスの上位冒険者パーティーなのよね」
「えっと…えっ?」
「何だか久しぶりに冒険者だった頃の血が滾って来ちゃって」
ミランダが手を伸ばした先はあの木箱だ。
その木箱には封印が施されており、不思議な模様が描かれている。
その木箱にミランダが手を翳すと魔力に反応してか、急激に描かれた模様が木箱の表面滑り出し一つに纏まったかと思うと木箱が弾け飛ぶ。
木箱のあった場所には身の丈程もある大剣が姿を現しており、その刀身にミランダが映り込む。
「その剣は…?」
「これ、私が現役の時に使ってた奴ね。リンちゃん強そうだし私も本気出しちゃおうかなって」
ミランダはその大剣を片手で掴むと軽々と担いで見せた。
その大剣は白銀色の輝きを持つ刃に十字の柄の部分は金色という派手な作りである。
「ねっ、リンちゃん腕試ししましょう」
「あの…ミランダさん、私は武器になりそうなものは持っていませんよ?」
「そうね。それじゃ…リンちゃんの武器はこれにしましょうか」
一度大剣を壁に立てかけると部屋の隅にある木箱をミランダは漁る。
そこから拾い上げた物をヒョイとリーンフェルトに投げて寄越す。
投げて寄越した物はレイピアだった。
「昔武器に悩んで、私もいろいろ試したのよね。ここにあるのはその時の武器ね。さあ勝負しましょう?」
「ミランダさん本気ですか?」
「本気も本気。お姉さん頑張っちゃうわよ」
あばら家から連れ出され、人気のない広場まで引っ張り出されたリーンフェルトは、仕方なくレイピアを構える。
「それじゃ行くわねッ!」
そう言うや否やミランダは急激な加速でリーンフェルトに接近してくる。
「早いッ…でも!」
これよりも早い相手を知っている。
それだけでリーンフェルトの心に余裕が生まれてくる。
使い慣れない獲物だが、まずはレイピアの細身の刃では大剣からの一撃を受けきれるまず不可能だろう。
当然スピードに乗って接近し、一撃離脱スタイルで戦うのが常道だがミランダは元冒険者上位と言うだけあって隙はなく、風魔法の力で素早く動いてくる。
丁度大剣を持ったカインローズのような戦闘スタイルであるといえる。
とはいえ、カインローズよりも幾ばくはスピードが遅い為、対処は出来るといった感じだろうか。
ミランダがスピードに乗ったまま、大剣を横薙ぎに振るえば風切音と共に銀色の刃が閃く。
リーンフェルトは冷静に間合いを見極め紙一重で躱して、カウンターと狙うがそこはミランダも経験からなのだろう対処が早い。
右手で振りぬいた大剣をその重さに任せて、身体を一回転させると同時に左手に持ち替えた大剣が上段からの袈裟切りに変わる。
それも動きが見えていたリーンフェルトはすぐさまカウンターを止めて、後方へ間合いを取ると先程までいた場所に大剣が突き刺さる。
「やっぱり、リンちゃん強いのね。さっきの一撃を躱せるのなんてなかなかいないのよ?」
ニコニコしながらミランダは地面に刺さった刃を引き抜き、今度は地に引きずるように大剣を構え、左手で何かを空に放り投げるとそれを砂を巻き上げながら大剣を振るい叩き割る。
リーンフェルトへの距離を考えても大剣を振るっただけでは当然刃は届かない。
戦闘で無駄な動きは全て自身のロスに繋がる。
それは体力であったり、一手仕損じる事で後手に回ったりするものなのだ。
だからこそ、冒険者上位であったミランダが無駄な動きをするわけがない。
叩き割った物はリーンフェルトにとって馴染みのある物だ。
(あれは……オリクト!?)
叩き割ったオリクトに内包されていた魔力を吸収したのだろう白銀の刀身にふわりと赤みを帯びた魔力が纏わりついている。
リーンフェルトはそれを見逃さなかった。
「今度はこれよっ!」
ミランダは魔力を帯びた刀身をリーンフェルトに向けて大きく振りかぶる。
「遠距離攻撃ですねっ!防ぎます!!」
リーンフェルトはすぐさま土魔法で目の前に土壁を作り上げると、その壁を盾にしてミランダ側面へと回り込むタイミングを計る。
魔法の直撃と同時に凄まじい土煙が舞いあがり、ミランダの視界は一瞬奪われる。
この隙に走り始めたリーンフェルトが横目で土壁を確認すれば、襲ったのは炎の球であったらしく土壁に焦げ跡が残っていた。
ミランダも視界を奪われる直前突然現れた土壁に炎の球が弾かれた事を確認しており、大剣を上段に構えリーンフェルトからの反撃に備える。
一方、側面に回る事が出来たリーンフェルトはミランダに牽制の火球を数個作り出し時間差で打ち込むと同時に、地を這わした水の魔力を操作してミランダの足元に水溜りを作り出す。
ミランダは散発的に放たれた火球に対処している間に、足場に水溜りが出来ている事に気がつき、その表情に焦りが浮かぶ。
場を作り上げたリーンフェルトは一路ミランダに向かって走り出す。
手には雷の魔力を貯めつつ、仕込んでおいた水たまりの端まで走り込み一気に雷の魔力を流しこむ。
水の中を走った雷がミランダを捕えると、彼女は片膝をついて動けなくなった。
「きゃっ!?痺れて、う…動けない……」
「これで勝負ありです」
リーンフェルトはミランダから借りたレイピアの刃先をミランダに突き付ける。
「あーあ、負けちゃった。でもリンちゃん本当に強いのね。正直驚いたわ」
「えっと…ありがとうございます。今、痺れを取りますね」
そう言うとリーンフェルトはミランダに光魔法を掛けて痺れを取り除く。
「ふぅ…やっと体が動くようになったわ、それにしてもリンちゃんいくつ魔法使えるのよ!正直実力を見誤ったわ……」
「えっと…闇以外なら一通り……」
「嘘でしょ…でもそうよね、確かに使えてたもの。本当にいるのね複数属性使える人って」
驚き感心するミランダにリーンフェルトは頬を少し赤くして照れた表情でそれを否定する。
「そんな事ないです。私は本当に大した事なくて、今回の任務も失敗してしまって……」
「そう?リンちゃんは強いじゃない。生きてるうちに失敗なんていくらでもあるわよ。私なんて依頼に失敗してギルドに怒られた挙句に、賠償金まで取られた事があるわ」
「ミランダさんみたいな人でも失敗はあるんですね」
「それは勿論あるわよ」
あっけらかんとして笑っているミランダを見ていると、リーンフェルトは少し心が軽くなった気がする。
失敗にめげて周りに心配までされてしまった事は、良く考えてみると恥ずかしい事だ。
それはそうと本題から完全に逸れてミランダと戦ってしまったので、確認は必要だろう。
そう思ったリーンフェルトはミランダに問いかける。
「あのところでミランダさん」
「あら?何かしら?」
「私の武器って……どうなるのですか?」
「あらいけない。腕試しがしたくてすっかり忘れていたわ。そこは私が責任を持ってちゃんと見てあげる」
「安心しました。それではミランダさん、武器屋の件お願いしますね」
笑顔でミランダにお願いしたリーンフェルトはとても楽しそうな表情を浮かべている。
「そうね。武器の事もお姉さんがバッチリ選んであげるわ」
ミランダはそう答えると、先の戦闘で乱れた髪を掻き上げながらウインクを一つして見せた。