25 プレゼントの行方
リーンフェルトが買い物を終え蛞蝓亭へと足を向ける。
買い物前に着ていた服は、ミランダが店を出がけに袋に詰めてくれていたのでそれを小脇に抱えている。
宿に入った所でクライブは手にした織物の布を握り、うろうろしていたのでリーンフェルトは声を掛けた。
「あら?クライブさん、こんなところで何をしているんですか?」
「へ?」
一瞬呆けた声を出したクライブは、声を掛けてきたのがリーンフェルトであると認識するまで数秒を要した。
いつもの見慣れた制服姿ではなく、新調したのだろうか白のコートを羽織り珍しく薄い桃色の服を着ている。
恐らくクライブが見てきたリーンフェルトの姿の中で最も女性らしい姿であり、しかも可愛い感じになっている。
「ああ、リンさんっすか!いやどこのお嬢さんが声を掛けて来たのかと思ってびっくりしてしまったっす」
そうリーンフェルトの変化に驚く。
お嬢さんなどという単語にちょっと嬉しさを感じる彼女は恥ずかしそうに笑った。
「お嬢さんって……そんな事はないです。着ている服が違うだけです」
「いやそんな事ないっすよ。やっぱり服で雰囲気ってのは変わるもんなんすね。それに髪も結んでないし」
「そういえばそうですね……」
「そっ…その!これリンさんにプ、プレゼントっす!」
いつになく挙動不審なクライブから差し出されたのは、紺地の布である。
ハンカチというよりは紐に近いそれをリーンフェルトはクライブから受け取る。
「ありがとうございます。何かありましたか?」
「えっっとすね……快気祝いってやつっすよ」
「それだったらクライブさんだって……」
「俺の事はいいっすよ。リンさんのおかげで助かったんすからそのお礼っす」
手渡された布をまじまじと見たリーンフェルトは、それが普通の布ではなく織物である事に気がついた。
「これ…織物じゃないですか?」
「そっす!リンさん髪を結う布なかったみたいだから、それにしたっすよ」
「こんな高価な物を貰ってしまって良いんですか?」
「いいんすよ!ささ、着けて見てくださいっす」
「そ、それじゃ早速……」
リーンフェルトは慣れた手つきでクライブからもらった紺地の織物でいつも通り髪を結わえる。
「これでどうですか?」
「ああ…なんだかとっても似合うっすよ」
「ありがとうございます」
「そ、それじゃ俺また馬の世話に戻るっすから!」
クライブはプレゼントを渡す事に成功すると、とても照れくささが込み上げてきて思わず逃げるようにリーンフェルトの前からそそくさと消えて行った。
クライブは人生初めてのプレゼントを渡す事に成功した瞬間だった。
渡した後の様子がヘタレている気もするが。
――さて。
自分が借りている部屋の前にいたのはアトロだ。
「お帰りなさいませリンさん。おや?新しい服ですか…これはちょうど良かった」
「あっ、アトロさんもお疲れ様です。クライブさんならさっき馬の世話をすると出て行きましたよ」
「そうですか。それはそうと嫁へのお土産のついでという奴でリンさんにも、お土産を買ってきましたよ」
そうして取り出したのはワインレッドに近い色合いのストールだった。
「これからの時期だと寒くもなりますし、こういう色合いの物もたまにはいいでしょう?それに新しいその服とも似合いそうですしね」
ストールを受け取ったリーンフェルトはその場で首に巻いてみる。
少し厚手の絹が使われており、ふわりと軽く暖かい。
光沢のあるそれは色合いと共に上品さを醸し出している。
想像以上に着こなして見せたリーンフェルトにアトロは満足げに頷く。
「やはりリンさんに似合いましたね、これはなかなかいい買い物でしたな」
「なんだか申し訳ないです。アトロさんありがとうございます」
「いえいえ、リンさんが元気そうならそれでいいのですよ。では私もクライブの所に用事がありますので、これにて失礼」
そういうとアトロは颯爽と去って行った。
今日はいったい何かの記念日か何かなのだろうか?
クライブに続きアトロからも物をもらう事になったリーンフェルトは、宿で割り振られた自分の部屋へと下がる。
しばらくリーンフェルトは自室に備え付けられていた鏡に向かって見た目を確認する。
やはり普段とは違う服装である事が大きいのかそわそわとした気持ちになる。
なんとなく落ち着かないので、飲み物でも飲もうとグラスを棚から取り出した所で部屋の扉をノックする音が聞こえた。
――コンコン
「はい。今開けますね」
リーンフェルトはそう返事をしてグラスを取り出した場所に戻し扉へと向かう。
そこにいたのはカインローズだった。
「おう、なんだいつもと違う服じゃねぇか?」
「さっきここの街の店で買ってきたのですよ。ところでカインさんは何か私に用事でしょうか?」
「あ、ああ…実はだな。これを買ってきたんだ、ついでに稽古もつけてやろうと思ってな」
そういってリーンフェルトの前に差し出したのは、カインローズが普段から使用しているアシュタリアの剣である。
「これは……アシュタリアの剣ですか?」
「ああ、手持ちの武器もないだろうからな。仕入れて来たんだ」
そう言って渡されたリーンフェルトは、徐に鞘から引き抜き刀身に走る波紋の美しさを確認すると、今度は静かに仕舞う。
カインローズの特訓の際にいろいろな武器の使い方を叩き込まれたリーンフェルトはこのアシュタリア式の剣の扱い方も身につけている。
「カインさんと稽古ですか……随分と久しぶりな気がしますね」
「まぁ入れ替え戦前くらいまでだったからな」
セプテントリオンになったあの戦いの前までリーンフェルトはカインローズから稽古をつけて貰っていた。
それくらいとなると約一月ぶりになるだろうか。
今回の旅では自分の力不足を大きく感じたリーンフェルトは、その申し出を受ける事にした。
「カインさんお願いします」
「んじゃ、早速やるか」
リーンフェルト達は新しい獲物を携え、宿の裏手にある少し広めの庭に出る。
ここは前もってカインローズが宿側に話をつけていたらしい。
カインローズも自分の獲物を持って来ており、アシュタリア剣術の型を復習させるつもりだった。
リーンフェルトはカインローズから与えられた剣を抜くと、まず型をなぞりイメージ通りに動けるか反復する。
青眼に構えて一振り、薙いで一振りして元の姿勢に戻る。
それを三十分も繰り返している内に、辺りは徐々に暗くなってきた。
暗くなってしまうと、稽古にも支障が出るだろう。
「そろそろ日が暮れて来たな。仕上げと行くか!」
「はい!」
カインローズの仕上げとは大概模擬戦である。
アル・マナクの戦闘員が恐れるそれである。
二人は距離を少し取って対峙する。
――少し風が出て来ただろうかリーンフェルトの纏ったストールとコートの裾がふわりと浮かんだ。
風の魔法で加速したリーンフェルトは、一気にカインローズとの間合いを詰める。
しかしそこはカインローズも予想していた。
こと戦闘になると二手先、三手先の読めるカインローズである。
リーンフェルトの組み立ててきた動きも予想がついていたのか、確実に往なしていく。
「どうした!そんなもんか!!」
「くっ……相変わらず素早い……」
リーンフェルトが風の魔法で加速しているように、カインローズもまた風の魔法で加速をしている。
それに加えて雷の魔法で反射速度を底上げしており、リーンフェルトの一太刀は入らない。
鍔迫り合いにも持ち込めぬまま、往なされ、躱され体力だけが奪われていく。
単純に剣術の腕では敵わないリーンフェルトは、魔法によってカインローズの隙を作ろうと画策する。
火球を放ちそれを躱す為に動くだろうカインローズの隙を突いて雷の魔法を叩き込み、最後は氷漬けだろうか。
素早く動きを決めると、それを実行に移していくが初手で躓く。
カインローズはその場から動かず、火球は一刀の下に切り飛ばされる。
相変わらず出鱈目な事をするなと思いながら、カインローズに向かって被せて放った雷の魔法が当たるのだが、カインローズの方が雷の魔力への親和性が高いのだろう。
あっという間に雷も躱して、カインローズが肉薄してくる。
しかし、リーンフェルトも三枚目の氷の魔法を放つ。
それはカインローズ本体ではなく、今回は足元へである。
踏み込む足の先を氷漬けにしてバランスを崩すが、カインローズの振り下ろした太刀は若干の力を弱めながらもリーンフェルトの剣に向かって落ちる。
全身筋肉なのではないかと思う程の剛腕から繰り出された一撃を、リーンフェルトは受け止めるべく構える。
ガキィィィン!!
刃と刃がぶつかり、甲高い音を立てる。
しかし次の瞬間リーンフェルトの剣にひびが入る。
ピシッ!
それを目先で見ていたリーンフェルトは大声で叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいカインさん剣にひびが!」
「ん?ああ!!」
徐々に剣先から力が抜けていくカインローズであったが、刃を放した瞬間に無残にもその剣はポッキリと折れてしまった。
「あ…あのカインさん?なんだか貰った剣が折れてしまったのですが……」
「ぐぬぬ…なんてこった。結構高かったってのにぃぃぃ!!」
突然頭を抱え込んで地に倒れ伏したカインローズは、ショックのあまりに絶叫してしまう。
凹んでしまったカインローズにリーンフェルトは声を掛ける。
「あの…カインさん。元気出してください」
「お、おう……」
「今日買ったものなら返品が効くかもしれませんし!」
「おぉそれだ!今すぐにでも行ってくるぜ…あの店番め……」
そういうとカインローズは折れた剣を回収し、小脇に抱えるとリーンフェルトを置いて街の方へ走り出した。
体を動かせたからだろうか?
リーンフェルトは少し気持ちがスッキリしていた。
少しクリアになった頭で考えたら、もしかして皆に心配を掛けてしまったのではないかと思う。
それがプレゼントなり稽古だったりしたのだろう。
皆の優しさに気がつきリーンフェルトは一人部屋へ戻る。
――その頃カインローズは武器屋に戻っていた。
開口一番先ほど買った剣が折れた事を店側に伝えると、先程の店番とは違い店主が出てきた。
恰幅のいい男であり、彼は折れた剣を見るなり一言呟いた。
「アンタこりゃ観賞用の模造刀だ。波紋は綺麗かもしれないが…軽かっただろう?まさか実践に使ったんじゃあるまいな?」
「ああ使ったさ。軽くて使いやすそうだったんでな。というかここは武器屋だろう?なんで模造刀なんぞ置いているんだ!」
「ここが観光地だからに決まってんだろう!」
「武器屋なんだから実戦で使える物だけ置いておけ!!」
「それじゃ客は買っていかねぇんだよ!!」
とかなんとか言い争った末に代金の半分を返してもらったカインローズはトボトボ宿に向かって歩き出す。
「クソッ!今晩はヤケ酒だな……」
そう一人ごちた。