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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
24/192

24 乙女心とワンピース

「これ本当に着るんですか?」


 若干頬を赤らめるリーンフェルトにミランダはニヤニヤとした笑みを浮かべて頷く。


「そうよ。こういうのを着てみると今までとは違って新たな自分を見つける事が出来るの!」

「そ、そういうものですか?」

「そういう物なのよ。似合う似合わないを決めているのって結局自分なのよね。だ・か・ら!騙されたと思って着替えてきなさいな」


 そう言って試着室に押し込まれるリーンフェルトは仕方なく、ミランダに手渡された服を着てみる事にしたのだが、閉じようとした更衣室の扉がこじ開けられミランダがもう一着追加で服を差し入れてきた。


「そうそう忘れる所だったわ。これからの時期は寒くなるから黒のタートルネックのインナーを合わせましょう。渡しておくわね」

「これもですか?」

「そうよ。お洒落の基本は重ね合わせなのよ。制服って決まってるととても便利だけど味気ないのよね」

「私の手持ちの服は制服を着る事前提で揃えてしまっているので……」

「あらあらいけないわね。まずは色に拘ってみて。そこがクリアできたら次は形かしら。それじゃまず着替えて見せて」

「分かりました」


 勧められるがままリーンフェルトは、早速試着してみる事にした。

 制服を更衣室内にあったハンガーに掛け、着ていた白のブラウスも脱ぐ。

 試着室に入って正面にある姿見の中に飾り気のない下着を身に着けたリーンフェルトが映り込んでいる。

 タンクトップの丈を短くしたような下着であり、リーンフェルトの胸元をしっかりとガードしている。

 妹シャルロットの下着にはワイヤーが入っており、下部と側面から押し支えるような作りの下着であった。

 あの防具のような下着はなんなのだろうと思った事は一度や二度ではない。

 お姉ちゃんっ子であったシャルロットは、いつもリーンフェルトの後を追いかけるような子供であった。

 当然お風呂も何度も一緒に入ったりしたが、ニコニコと笑う妹の胸元にどれだけ嫉妬したものかは想像に難くない。


 ふと、そんな事を思い出しつつ下着の上に、黒のタートルネックのインナーを着てみる。

 インナーは伸縮性があり着心地が良く肌触りが良い。

 続けて淡いピンクのワンピースを着るべく腕を伸ばす。

 ワンピースの丈はリーンフェルトの膝よりも少し上くらいの丈があり、下着が見えるほどの短い物ではないのだが少々気になってしまうところだ。

 裾の部分が少し外に広がっているタイプの物である。

 姿見に移る姿を見てリーンフェルトも満更ではないようで、年相応の笑みを溢す。


「見慣れないせいか違和感が……」


 そう鏡の中のリーンフェルトの口が動く。

 今まで避けてきたような可愛らしい色合いの服を纏った自分の姿に、まるで別の誰かを見ているような落ち着かない感じがしてソワソワとした気持ちになる。

 不意に試着室の戸がノックされ一瞬身構えるが、今この店は貸切状態である事を思いだした。

 

「あら、いい感じじゃない?」


 自身の姿を見てぼおっとしているリーンフェルトの後ろからミランダの顔が現れた。


「そ、そうでしょうか……なんだか落ち着かなくて」

「そうね。その辺りは慣れだと思うけど、大丈夫ちゃんと着こなせているわ」

「あ、ありがとうございます」

「さっ、そのままの勢いでアウターも行っちゃいましょう」


 そういってミランダが手渡してきたのは白のコートである。


「白ですか…白は汚れが目立っちゃいますし…旅とかには向かないですよ」

「ふふふ、そこらへんは心配しなくても良いわよね?貴女さっきちらっと胸元に見えたペンダント、あれベリオスの石よね?」

「あっ……はい、そうです。確かにベリオスの認定を受けた時に貰った石をペンダントにしてますけど」

「なら、冒険者ギルドの報酬で水のオリクトを買って洗濯をしたらいいわ。それ、雨とかに濡れても平気な革だから」


 普段見えないように服の中にしまっているのだが、リーンフェルトは羽根をモチーフにした緑色の石をワンポイントにしたアクセサリーをしている。

 魔導協会ベリオスが認定した魔導師に渡される緑色の石を加工して作ったものだ。

 ベリオスから認定を受けた魔導師はこの緑色の石を何らかの形で身につけなければならない。

 そのような決まりがある為、リーンフェルトはペンダントとしてそれを身に着けている。

 これを身に着けているという事は、どの属性にせよ一流である証拠である。

 ベリオスの石を所持していれば、冒険者ギルドの報酬も雲泥の差が出て来る。

 故にミランダは汚れなどはその報酬で購入したでオリクトを使って洗い落とせばいいと言っているのだろう。

 オリクトは既に生活の一部として溶け込んでいて、無くてはならない物になっている。

 このペンダントも長い事リーンフェルトが身に着けてきた物の一つであるが、あまり人前にこれは晒そうと思っていない。

 一番の原因はやはりベリオスの試験に落ちてしまった妹、シャルロットの目に触れる所に着ける気になれなかったのが大きい。

 結果、身につけなければならないが見える場所には着けないようにする為に、服の中にしまうという事が常態的に続いてきた。

 どうやらそれをミランダに見つかってしまったようである。


「そっか貴族で魔導師ね。貴女凄い人なのね」

「いえ、私は全くそんな事なくて……」


 一般的にベリオスから認定を受けた魔導師というのはどこに行っても優遇されるし、冒険者ギルドではベリオス認定の魔導師と無認定の者では、依頼料に先も言ったように依頼料に差が出る。

なので魔力を持つシュルクの多くは魔導協会の試験を受けるのである。

 ことリーンフェルトに関して言えば家のしきたりだったりするので、本当に気に掛けなくてはならないのはシャルロットの事である。


 そんな事を考えているとミランダがじれったくなったのか、コートを着るように促した。

 リーンフェルトは先ほど考えていた事を一旦頭の隅に追いやると、慌てて受け取りそれを羽織る。

 ワンピースの丈よりやや長めであり、リーンフェルトから見ても纏まった感じがする。


「後は靴よねぇ。今履いてるブーツも悪くないけど、統一感の為に白にしちゃいますか」


 そう言って白いブーツをいくつか更衣室に運んでくる。

 ブーツに一家言あるリーンフェルトである。

 いくつかあるブーツの内、サイドに三つずつグレーの飾りボタンをあしらったデザインの物をチョイスした。

 ミランダは満足そうに頷くとリーンフェルトに問いかける。


「どうかしら?」

「なんだか自分ではないみたいで気恥ずかしいです」

「元々の素材が良いのよ。大丈夫、自信を持ちなさい」

「でも、この恰好では戦闘が出来ないような……」


 お洒落着は戦闘服ではない。

 耐久度にしても、防御力にしても微々たるものだろう。

 リーンフェルトは魔法と剣術を併用するバランス型の戦士だ。

 戦う事が仕事である為、お洒落着を着ていては戦士は務まらないだろうと考えている。

 しかし、ミランダは言いたい事を察して不敵な笑みを浮かべている。


「うちの商品が防御力や耐久度に問題があると思うなら、そのコートを切り裂いてごらんなさいよ」


 そう言ってナイフが手渡される。


「え…でもこれ!商品なんじゃ……」

「いいからいいから。思いっきりね」


 そういわれて観念したリーンフェルトは受け取ったナイフの刃をコートの裾に当て、力いっぱい引く。

 白のコートを刃先が滑る。

 しかし切り口が出来るどころか傷一つ出来ない。


「どういう事ですか?普通の服に見えるのに」

「それは企業秘密だけど……一つ言えるのは、うちの商品は可愛い服を着て戦う女の子を応援しているわ」


 胸を張ってミランダはリーンフェルトにそう答える。

 ともあれ、どうやら普通の服に見えて防刃性に優れる素材から出来たコートらしい。


「ちなみに…防刃の他にも耐性が着いている優れものよ」

「一体何から出来ているんですか?気になるのですけど……」

「そうねぇ…強いて言うなら水辺の生き物とか?」

「水辺の生き物ってなんですか…一体……」

「正体を知ちゃうと引いちゃうかもしれないわよ? それでも聞くの?」

「そう言われると知るのが怖いような気もしますけど、教えてください!」


 興味が勝ったリーンフェルトはミランダに素材について質問をする。


「これね、ホワイトミストサーペントっていう魔物なんだけど……」

「サーペントという事はドラゴンの系譜にある生き物ですよね?」

「ドラゴンの系譜というよりも亜種と思った方が良いわ。見た目大きな蛇だもの」

「私は見た事ないのですが……そんな魔物がいるのですね」


少し真顔になったミランダは元冒険者らしくこの魔物についての知識をリーンフェルトに話す。


「森の深い所にある湿地とか沼地に居るのは幼体で大きくなると餌を求めて海に出るのよね。その素材も幼体の方から作ったわ。そうそう……幼体と言っても六メートルはあるけどね」


 正体が分かった所で素材の美しさは変わらず嫌悪する事もなかったリーンフェルトは、もう一度姿見に映る自分の姿を見てはにかんだ。

 昔はこういう恰好が似合わないと思っていたし、男は胸ばかりを見るしといろいろ思うところはあったが、今回ミランダに選んでもらった服は

 リーンフェルトの中でもかなり高い評価である。

 昔はこういう恰好が似合わないと思っていたし、男は胸ばかりを見るしといろいろ思うところはあったが、今回ミランダに選んでもらった服はリーンフェルトの中でもかなり高い評価である。

 商品を気に入ったリーンフェルトはミランダに購入の意志を伝える。


「これ、気に入りました。買っていきますね」

「あらありがとう。コーデした甲斐があるってものね」

「一体これでおいくらになるんですか?」

「あ…ちょっと待って。そうね……一緒にタイツもどうかしら合わせやすいし、やっぱり生脚は気になるんでしょ?」

「そうですね…それならタイツもお願いします」

「ちょっと待ってね。タイツね、タイツ…インナーも黒にしたし、タイツも黒にしちゃいましょうか」


 そう言って黒のタイツをミランダから手渡される。


「どうせなら買った服着て行きなさいな」

「あの、お会計は……」

「そうねえ…金貨十五枚って所かしらね?」


 その額を聞いて手持ちが足りない事に気がつき、リーンフェルトの表情が曇る。


「手持ちは金貨五枚なんです。ごめんなさい」

「そう…なら金貨五枚で手を打つわ。貴女可愛いし良しとしましょう」

「ほ…本当に良いんですか?」

「いいのいいの。他の客から絞ればいいんだし」


そう言って笑うミランダにリーンフェルトは頭を下げた。


「ありがとうございます。早速着て行きますね」

「そうそう女の子は可愛いのが一番いいわ」


 そんな言葉を贈られながら、リーンフェルトは再び試着室へ入り、受け取ったタイツを履く。

 こちらもインナーと同じような素材から作られているらしく、肌に吸い付くような着心地である。

 選んだブーツはコートと同じ革作られているようで、上品な光沢を放っている。

 ブーツを履き更衣室から出てきたリーンフェルトをみて、ミランダは満足そうに頷く。


「いい仕事が出来たわ」

「あの…やっぱり好意は嬉しいのですが、ちゃんとお金はお支払致します」

「あら?無理してない?」

「いえ、商品が良い物である事は判っているので、ちゃんと買いたいのです」

「そう…分かったわ。近い内に持ってらっしゃいな」

「分かりました必ず近い内に」


 そう言ってリーンフェルトは金貨五枚を支払うと、もう一度ミランダに頭を下げると店を後にした。

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