23 気持ちの切り替え方
時間は少し遡る。
男性陣がカインローズの部屋で会議を行っていた頃、リーンフェルトはマイムの街の繁華街に来ていた。
一つ目は手持ちの金がなくなりつつあったので、商人ギルドへ行く為だ。
商人ギルドでは所謂銀行業務を行っている。
各大陸で使われている金貨や銀貨はそのままでは大陸を移った時などは使えないので、両替が行われる。
リーンフェルトの育ったケフェイド大陸の貨幣価値は未だ五大陸中最も低くサエスの三分の一程度である。
窓口で黒い金属プレートを取り出すと、接客していた職員がギョッとして目を見開く。
通常であれば銀色のプレート、さらに上に金色のプレートが存在するのだが、リーンフェルトが提示したのは黒のプレートである。
このプレートには特殊な技術が施されており、雷のオリクトを使った専用の機器から出る光に当てると、持ち主の顔写真と登録情報が表示されるようになっている。
これもオリクトを使った最先端の技術であり、大量の貨幣を持ち歩かなくても済むようになった革新的な発明でなのだ。
どこの商人ギルドでも使用可能であり、預けてある金銭を受け取る事が出来るという代物だ。
「お客様ブ…ブラックでございますか!?は、初めて見ました。噂には聞いたことがあるのですが……」
ブラックプレート…それはゴールドプレートのもう一つ上を行くVIPなプレートである。
「サエス金貨で5枚下ろしますね」
「か、畏まりました!!」
緊張する職員をぼぉっと眺めながら、リーンフェルトは黙って待っていた。
大人しくしていれば、リーンフェルトは所謂美人である。
剣術が好きだ、魔法が得意だとその力に目を奪われがちだが、綺麗好きであるし可愛い小物が好きな女性である。
しかし、女としての魅力は胸なのだろうか?
たわわに実る妹の胸を思い出すと気分が暗くなった。
どうしてこの胸は薄いのかと。
ケテルがセラフィス家のお世継ぎ問題で奔走し、いろんな男性とお見合いをしてきた十代半ば。
お客…この場合お見合い相手だが、家族総出で迎えるのが公爵家の習わしだった。
お見合い相手はリーンフェルトの顔を見てニヤリとして、視線を下げてあからさまにがっかりする。
こんな事が一度や二度ではなく続けば、嫌でも胸にコンプレックスを持ってしまう。
こと最後のお見合いになったマルチェロに至っては指を刺して笑った挙句に、妹の胸の方が良いから相手を変えろと言っていたか。
世の男共は胸の大きさがそこまで大事なのか。
なぜ、自分を見てくれないのかと悩んだものである。
女性として見られないのならいっそ男装を、公爵令嬢として無価値ならば好きな剣術と魔法で生きて行こうと士官学校に転がり込んだ結果の果てが
アル・マナクであり、唯一周囲から認められるようになった証がこの制服である。
見た目から士官だとわかる事、そしてそれがアル・マナクのセプテントリオンである事。
リーンフェルトは認められているような気持になっていたのだ。
しかし実際はどうだろう?
襲撃者の男に負けたリーンフェルトは、セプテントリオンとしてしか価値の無かった自分が否定されたようでこの部隊にいる事すら苦しく思っていた。
口数が少なくなり、カインローズやアトロ達ともなんだか距離を感じてしまう程に。
このマイムへ来たのも足手まといな自分が怪我をした事が原因で静養を必要と判断された為であり、結果任務の日程を遅らせてしまっている。
そもそも任務にも失敗している事もあって、己の力の無さを痛感させられる。
――力が欲しい。誰からも認められるほどの。
しかしこの沈んだ気持ちのままでは、いつまでも前に進めないだろう。
こんな事ではいけないと思えるのはリーンフェルトの強さである。
今の自分にはあの制服は着れない。
まずは装備と服を買おう。
そう頭が切り替われば服を買いに行こうとなったのだが、手持ちが殆どない事に気がつき今に至る。
「こちらでございます」
目の前に戻ってきた職員は対応してくれた人物ではなく、頭が薄くなってきている小太りのオッサンだった。
「どうも。それでは……」
立ち上がろうとするリーンフェルトをおっさんは引き留めようとする。
なにせVIPだ。
この世界に恐らく数えるほどしかしない商人ギルドの大口顧客にして爵位持ちでなければブラックプレートは発行されない。
そんな金持ちをなんとか面識を持って商売の一助としたい商人は溢れんばかりにいるだろう。
「ど、どうかお待ちください!私めはここのギルドで長を務め……」
額に汗が吹き出しテカるおっさんの口上を無視して、リーンフェルトは立ち上がり歩き始める。
このブラックプレートはもともとケテルから渡されていたものである。
つまりケテルの力の証であってリーンフェルト本人の力ではないのだ。
今まで気にならなかった物が気になる。
「……私は本当に無力だな」
呟きが口から洩れる。
そういう言葉は愚痴のように出てしまうし、誰に聞かれているかわからない物である。
「あら貴女随分と美人ね…ここらへんじゃ見かけない顔だし旅の人?」
繁華街にある商人ギルドから逃げるように出てきたリーンフェルトは、暫く彷徨い歩いていた。
愚痴が不意に洩れたのを誰かに聞かれていたようで、内心しまったという思いが込み上げている。
貴族として内面を吐露する事は、相手に付け入る隙を与えるような物だと思って育ってきたリーンフェルトは、それが誰か確認する為に顔を上げる。
その視線の先には服屋があり、店先を掃除してたブラウンの髪を肩辺りの長さで結わえ、眼鏡を掛けた女性がにこやかに笑っている。
「貴女…良かったらうちに寄っていかない?」
「え……?」
「うち服を扱ってるんだけどね、貴女に似合う服を見繕ってあげるわ。ささ、いらっしゃい」
「きゃっ……」
あっという間に手を掴まれ店に引きずり込まれるリーンフェルトは、数年振りに可愛い悲鳴を上げた。
――さて店に入ってみると品揃えはそこそこのお店である。
もともと服を買う為にお金を下したのだ。
ここで揃えてしまっても良いかもしれない。
店員は鼻息を荒くしながらガサゴソと商品を漁り、見繕っていく。
「ふんふん。貴女スカートは?」
呑気な質問だなと思う。
「スカートはあまり……」
「あら、勿体ないわねぇ…貴女脚に自信あるんでしょ?綺麗なラインを保ってるし腰回りに余計なお肉もついてないし。ボトムスだけ?」
「あまりスカートが得意ではありませんので…ドレスとかもあまり好きじゃないんです」
「ドレス…ドレスね。うちにもそういう服はあるけど、私の好みじゃないわね。脚綺麗なんだから見せちゃいましょうか」
「えっ…でもはしたなくないですか?」
そう言って恥ずかしがるリーンフェルトに店員は、不敵に笑うと確信を得たように聞き返してきた。
「ふっふっふ……貴女お貴族様ね?そんな風に考えるのはそれくらいしかいないわよ。庶民の服ってもう少し機能美であったり、可愛らしさであったりお貴族様が着る服とは
趣味趣向の方向性がまるで違うわ、まあ私に任せてごらんなさい。貴女物凄く良い物持ってるから私もテンションが上がって来ちゃうわ」
テンションの高いこの眼鏡の女性は思い出したかのようにピタリと動きを止めると、徐にリーンフェルトの方に向き直り頭を下げた。
「自己紹介がまだでしたわ。私この店で店長をしております、ミランダといいます。貴女のお名前聞いてもいいかしら?」
「あのっ…私はリーンフェルトと申します!長ければリンとお呼びください」
「リンちゃんね。それじゃミランダお姉さんが素敵なレディにコーデしてあげましょう」
ミランダは山の様に用意した服を籠に詰め込むと、リーンフェルトを連れだって更衣室に押し込める。
「まずはこれね。着替えたら声を掛けてね。今の内に一回お店をクローズにしてくるわ」
そう言って渡してきたのは膝上まで丈のある淡いピンク色のワンピースだった。
ワンピースなど一体何年着ていないだろうか?
しかも女の子らしいピンク系など。
おまけに丈の短さに思わずはしたないと感じてしまうのは、長らく女性を意識した服装から遠ざかっていたリーンフェルトにとってなかなか敷居が高い。
店に出ている商品なのだから、そういう丈の服を着る客がいるのだろう。
本当に下着が見えてしまわないかとリーンフェルト気になって仕方がない。
リーンフェルトの試練は始まったばかりである。