22 プレゼント -カインローズ編-
会議を終えて最後まで唸っていたのはカインローズである。
カインローズに当てられた部屋で会議していた事もあり部屋を出るタイミングを失ってしまったのも大きかったが、何より問題が解決できず唸っていた。
「ブーツがダメってなんだよアトロの野郎……」
そう、カインローズはリーンフェルトを励ますならばブーツだろうと決めていた。
会議を開く流れでリーンフェルトの趣向などの情報を手に入れられればと打算していたのだが、分かった事はブーツを買うのは危険だという事だ。
アトロの弁は尤もであり、リーンフェルトの足のサイズなどカインローズは知る訳がない。
そんな訳でカインローズは何を買ったらいいのかを振り出しに戻って考えねばならず、現在に至る。
「ああ…何にも思いつかないぞ。こうなったら適当に街でもぶらぶらしてみっか」
そうして先の二人に遅れながらも、カインローズはマイムの街へと繰り出す。
マイムの街並みはアシュタリアの影響を受けているらしくアルガスやサエスの他の街並みと見た目からして違う。
アシュタリア出身のカインローズにとっては故郷にそっくりであり懐かしい気持ちにさせる。
ちなみにカインローズの獲物が反りのある片刃の剣なのは、アシュタリアの剣だからである。
東にあるボーテス大陸は独特の文化が形成されており、他の大陸の文化と一線を画す。
こちらでは一般的に作られた生地を布と呼ぶが、アシュタリアの工芸品となると織物と呼ばれ一般的な布とは別物であり価値も数段違う。
このマイムでも取り扱いはあるらしく、プレゼントを探して歩いている内に何件か取り扱っている店を見つけたがカインローズの心には響かない。
「そもそもリンのやつはそういう恰好をしようとはしないし、律儀に支給された制服着てるしな……」
アル・マナクのセプテントリオンには公式の際に身に着ける為の制服が支給されている。
普段リーンフェルトが着ているのがそれである。
制服と言っても色は青、紋章の位置は右腕の二の腕あたりと指定されているだけで形は自由なので、各員それぞれの個性が表れている。
例えば第二席アンリ・フォウアークのそれはローブであるし、カインローズは儀礼用の鎧であったりする。
リーンフェルトの物は士官学校の制服をモデルにしたものだ。
ともあれ支給された制服はしかるべき時に着れば良いのであって、常に来ている必要はない。
彼女には彼女なりの理由があるのだろう。
それよりも今はいろいろと失敗が続き凹みまくっているリーンフェルトを励まさねばならない。
上官としてそれなりに気を遣っているが、やはり女と言うのは良くわからないとカインローズは思う。
失敗などはぶっちゃけると腐るほどある。
カインローズ自身の性格や行動が禍いして、窮地に陥ったりする事などざらである。
それでもなんとかやって来れたのは、何より至らないその身を補佐してくれる仲間が多くいたからだ。
決して一人で乗り越えて来れたとはカインローズは考えていないのである。
そして失敗を恐れずに進めば、いつかは自分の望んだ場所に辿りつけるだろう……これはカインローズの師匠の教えである。
だからリーンフェルトの師匠としてカインローズは周りの仲間の大切さを彼女に伝えたいと思っていたのだ。
しかし、いざそれを伝えようとすると上手く言葉に出来ない。
頭が真っ白になるし、今更気恥ずかしくて真面目な事も言い辛い。
結局アトロがそれに気がついて補佐をしてくれる。
本当は自分で出来た方が格好も良いだろう。
だがカインローズのプライドはそういう所に判断基準はなく、他にある。
それさえ守れるのであればカインローズは基本無敵なのである。
どうしたって自分よりも上の力を持った奴はこの世界にはいるのだ。
多少の任務失敗がどうしたというのだ、少しばかり人生に影響はあるかもしれないが直接死ぬわけじゃない。
失敗は恥か?そこにプライドを置くのは本当に優秀な奴が持てばいい。誰にだって失敗はある、死んでいなければいくらでも取り返せるのだ。
失敗を落ち込むよりも失敗から学び前に進む力として欲しい。
なんだか普段よりも真面目に頭を使ったせいだろうか、なんだか頭が痛い。
頭の芯がじんわりと痛みを覚える。
我慢できない痛みではないと軽く頭を振ったカインローズは、目に映った店の暖簾を潜る。
――そこは武器屋だった。
カインローズの獲物である反りがある片刃の剣の取り扱いもある。
確か襲撃者…いやあの男ジェイドにリーンフェルトの獲物であったレイピアは粉々に砕かれていた事を思い出した。
「となると今のリンは何も武器を持っていない事になるな。これにすっか」
そうと決まれば後は品定めをして、買ってしまえばいい。
「後はそうだな。買った獲物の慣らしで稽古でもつけてやるか」
カインローズは考えている事が口からダダ洩れている事に気がついていないようで剣を見ていく。
リーンフェルトはレイピアを好んで使っているが器用な事に武器なら大体扱いを知っている。
勿論カインローズ仕込みではあるが。
という訳で、カインローズは自分の獲物である片刃の剣をリーンフェルトの為に購入する。
服の事は正直わからないが、武器の事に関しては得意分野だ。
リーンフェルトが使っていたレイピアの間合いも感覚で分かるのだから、自ずと獲物の長さや距離感というものが解る。
カインローズは店番をしていた若い男を捕まえて、見定めた剣を指差してこう言った。
「人にやるもんなんだが、これ包んでくれ!」
「はあ…贈答用ですね。では箱に入れましょう。少々ここでお待ちください」
そういうと店番の若者は箱を探しにいったのだろう奥へと下がっていった。
カインローズは手にした片刃の剣をまじまじと見る。
刀身は美しく、重さもレイピアに引けを取らないくらいに軽い。
これならばリーンフェルトでも扱えるだろうと納得する。
それは自分の獲物の重さの半分くらいだろうか?軽いのだが、突剣のように使うのだろうから剣先の切れ味の方が重要だろう。
そんな事を思いながら奥から出てきた若い男がカインローズの選んだ剣を箱にしまう。
木の蓋を閉めると紫の飾り紐で縛りカインローズに手渡した。
「お客様有難う御座いました、箱代を含めて金貨3枚でございます」
「む…少しばかりまけてもらえないのか?」
「はい、私はただの店番でございますから」
「そこをなんとか……」
「なんともなりません。諦めてください。そもそもどうして値段を見なかったのですか?」
男の言う事は尤もであるが、カインローズは直感を頼りにするタイプだ。
これが良いと思えば良いのであって、値段は二の次である。
しかし今回の買い物は少々高くついた。
ここはひとつ値切ってみるのも良いかもしれないと、カインローズは男に向かって剣について語り出す。
「剣はよお…兄さん。握った時の相性って大事だと思わないか?」
「私は剣士ではありませんし、店番ですので分かりかねますが……そういう物ですか?」
しかしあっさり躱された上に、切り返される。
「そういう物さ」
得意げな笑みを浮かべて頷く。
「ならば問題ありませんね。金貨3枚です」
「な、なぜ?」
「それはお客様が納得して購入されているからですよ、ならばこちらを曲げる道理はございませんね?」
「ああ……」
交渉に負けたカインローズは結局金貨三枚を懐から出して支払いを済ませる。
「有難う御座いました!」
若い男の爽やかな笑顔に見送られて、カインローズは店を後にする。
小脇に抱えた木箱を持ってマイムの街中を蛞蝓亭へ向かって歩き出した。
果たしてこのプレゼントは正解だったのだろうか?
自信はない。
ふとその歩みを止めて別な物にしようかという思いが過る。
もっと女性らしい物の方が良かったか、可愛らしい小物でも良かったのではと考えては、脳内がぐちゃぐちゃになるが一つだけカインローズの中に確信がある。
武器であれば役に立つだろう。
気を取り直したカインローズの歩は再び動き始める。
「そういや、プレゼントをいつ渡そうかな……」
各自でプレゼントを探して贈るという事になっていたはずだ。
なぜ個別にしてしまったのか悔やまれるが会議の主導権は途中からアトロに持って行かれており、気がつけばそう決まっていたのだから。
さてどうしたものか。
カインローズは次の悩みを抱えて唸り始めた。