21 プレゼント -アトロ編-
クライブが露店でプレゼントを探していた頃、アトロはマイムの繁華街に出向いていた。
もちろんリーンフェルトへのプレゼントを探す事が第一の目的ではあるが、こっそり家族への土産物も仕入れてしまおうと考えていた。
「さて、まずはリンさんへのプレゼントですか」
そう呟くアトロは迷いなく繁華街にある女性物の服屋へと入っていく。
勿論リーンフェルトへのプレゼントを買う為ではあるのだが、先程の会議での発言は嘘であったのだろうかと言えばそうではない。
他の二人がリーンフェルトに無用な物を買わない為の牽制であり他意はない。
サイズの合わない服など貰っても意味はないし、特にカインローズの服のセンスは壊滅的で同じような服を揃えて着ていたりする。
レパートリーも少なくお洒落とは言い難い。
女性であり、小物に気を遣うリーンフェルトが満足出来る物など選べないだろう。
だからこそ最初に思い描くであろうイメージを断ち切っておく必要があったのだ。
リーンフェルトと言えばブーツを大事にしているイメージがあり、プレゼントならばこれだろうとカインローズとクライブが飛びつく事は話を始めたあたりから想定出来ていた。
しかし真に気に入る物とはやはり、自分で飽きるまで吟味して手に入れた物であるとアトロは考えている。
現にアトロは冒険者時代から身嗜みに気を付け、装備も実用的でありながらどこか洒落っ気のある物を選んで使用していた。
だからこそお気に入りは自分で選んで買えばいい。
そもそもサイズが分からない履けるかすら怪しいブーツなど貰っても困る。
先にサイズの分からない物は避けた方が良いと言うのは当然として、アトロ自身もリーンフェルトの服のサイズなど知る由もない。
しかし今服屋にいる。
この矛盾はあの二人にはわからないだろう。
「別にサイズなど分からなくても良いのですよ」
そう言ってアトロは売り場の一角に設けられた秋冬物コーナーで物色を始める。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
店内に入るとブラウンの髪を肩辺りの長さで結わえ、眼鏡を掛けた店員が話しかけてきた。
こういう店に入れば店員は声を掛けてくる。それを当然であると認識しているアトロには抵抗感はない。
きっとクライブやカインローズならば店員から逃げるか無視するか、はたまた言いくるめられてしまうのか。
いずれにしても流されてしまいそうである。
そんな事を脳内の片隅で考えつつ、アトロは目的の物を扱っているか店員に聞く事にした。
「ええ。女性物の、冬も使えるような少し厚手のストールなど取り扱っていませんか?」
「ストールでございますね。失礼ですがプレゼントですか?」
客のプライベートを聞いてくるのは店員としてはタブーであるとアトロは思うのだが、その程度の事でいちいち怒っていてはカインローズの持ってくる面倒事の方が余程質が悪い。
なので心に余裕のあるアトロは簡単に今回の趣旨を答える。
「いえいえ、歳の離れた友人を励まそうと思いましてね」
「なるほど、恋人へのプレゼントですか」
どう勘違いをしたらそうなるのか?
確かに友人だと言ったはずなのだが、店員の頭の中はどうも違うらしいので念を押しておく。
「違いますよ友人です」
しかし店員も下がらない。
おどけた調子でアトロを今度は違う角度から攻めてくる。
「またまた、お客様ほどの男性なら恋人の一人や二人いても不思議ではありませんよ」
「それはどうも。しかし、貴女が考えているような関係ではありませんので悪しからず」
「そうですか?残念ですね」
その残念という言葉に一体何が含まれているというのだろうか?
思わず気になってしまったアトロは店員に聞き返してしまう。
これがきっとこの店員のスタイルなのだろうと気がついた時にはすでに遅く、聞き返してしまったのだから仕方が無い。
「何がでしょうか?」
「いえ勿体無いなぁと思いまして、良かったら私も恋人候補にいかがですか?」
店員は暗にもっと女遊びをしたらどうなんですかと言っているようだ。
例え恋人であっても一人で十分だろうに、変わった考え方をする店員だなとアトロは思った。
確かに貴族であれば確かに愛人だの妾だのと、多くの女性を侍られている事はあるがアトロは平民上がりの元冒険者である。
複数の女性を囲うという事に抵抗があるし、趣味もない。
そもそもアトロは愛妻家であり子供も愛している。
妻とのなれ初めを語り始めたら朝まで行ける自信がある。
実際それを聞いたカインローズが朝まで酒に付き合わされた事があるのだが、それは別の話だ。
「生憎と妻も子もある身ですから」
苦笑いを浮かべながらそう答えると、店員は大変悔しそうな顔をして呻いた。
「くっ……久々の優良物件だと思ったのに……」
店員は確かに美人の部類に入るのだろう、眼鏡の奥の瞳はぱっちりとしているし服屋の店員であるだけに着こなしも洗練されている。
「それは残念でしたね。さてストールを見せてもらいましょうか店員さん?」
アトロは自分が狙われていた事に一瞬怯んだが、そこは場数と経験の差だろう。
話を本来の目的に戻すと、その店員はジト目でアトロを見返す。
「これでも店長なんですけど?」
少し棘がある。
しかしそこは既に精神的に優位に立っているアトロである。
紳士的に躱して本題を進める。
「これは失礼。では店長のオススメを見せてください」
「動じない殿方は素敵ですわ…って、いけないいけない。ストールでござますね?お客様」
すっかりアトロを気に入ってしまった店員ではあるが、相手にその気がないと見るとスイッチを切り替えてきた。
いくつか商品を漁り始めた後姿に、アトロは追加で情報を店長に与える。
「シルエットの細い方で、暖色系を好まれません」
「ふむふむと。その方の髪の色はどんな感じでしょうか?」
「そうですねえ…薄いブロンドで癖っ毛ではありませんね」
「ブロンドで秋冬物でストール……こんな感じでいかがでしょうか?」
そう言って出されたのは暖色系の色のストールだ。
「暖色系の色は好んでいないようなのですが?」
語気に若干の苛立ちが混じるアトロではあるが、店長は何も心配はないと笑って差し出した。
「これでもここでちゃんと服を作って販売しているんですから信じてくださいませ。多分その人女性として自信がないのでしょう」
「ほう…」
「話を聞いた限りだとこう……スカートとかもあまり着たりしない方なのですよね?」
「ええ確かに」
「その方お若いようですし、きっと似合います。ですので私を信じてこのストールをお持ちください」
どういう訳だか店長はそのように言うのでアトロは思案する。
ここで普段着ないような色合いの物を選んでしまって良いものかと。
目の前の店長は自信があるという。
確かにアトロ自身もお洒落という物には自信はあるが、女性の物を女性が選んでいるのだ。
信じて見てもいいのかもしれない。
「こういう色合いなら大体の娘に合いますわ。まあ、騙されたと思って買ってくださいよ!」
「ふむ、騙される訳にはいかないんですが…確かに普段買わないような色合いの物をプレゼントしてみる、ですか……。気分転換には良いかもしれませんね」
「でしょ?きっと女性として自信つくと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「そういう物ですよ。後はもう手放しで褒めてあげてください。それで自信なんて案外持ててしまうんですから」
そう言って笑う店長に納得したアトロはオススメのストールを購入する。
後は嫁へのプレゼントとしてサエスにしかないという香水をお願いする事にした。
香りは爽やかで妻のイメージに合う。
洒落た小瓶に薄緑の液体が揺れると、喜ぶ顔が浮かぶようである。
「こっちは本当に奥様用なんですね?」
「こっちは妻のですよ」
「愛人のでは?」
「ありません」
即答するアトロを悪びれずからかう店長は、手慣れた様子で香水の小瓶を包装してくれる。
それをアトロは大事そうに懐にしまう。
「ストールの方はリボンでも掛けましょうか?」
「いえいえ、そのままで結構です」
そう答えて包みを受け取り小脇に抱える。
「また何かご用がありましたら当店をご贔屓下さいね」
「私は旅の者ですから、なかなかそういう訳にはいきませんがね」
「それじゃ旅先でマイムにあるミランダ服装店の事を話してくれるだけで構いません。それでいらっしゃるお客様もいますからね」
「成程、旅先で宣伝してくれと言う事ですか…承りましょう」
「お願いしますね」
店長の見送りを受けながらアトロは蛞蝓亭への向かう。
途中で子供への土産の砂糖菓子の小瓶を買い、こちらも内ポケットにしまう。
「さて…カインの旦那とクライブは何を買ってくるのやら……」
その呟きは風に溶けて消えた。