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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
20/192

20 プレゼント -クライブ編-

蛞蝓亭の一室。


そこで会議が行われていた。


暗い部屋に薄っすらとした明かりだけを残し、四角いちゃぶ台の上座に座るカインローズは胡座をかき腰を据えると両腕の肘をつき、ちょうど鼻辺りに来るように手を組む。

組んだ手の上からカインローズの双眸が見えており、徐に口を開く。


「これより第一回リンを励ます方法について議論する会を開始したい」


今この部屋にいるのは、リーンフェルトを抜かしたカインローズ、アトロ、クライブの三人である。

リーンフェルトがいまいち元気ではないのを気にしていたカインローズがそわそわしているのを察して、アトロが話し合おうと纏めた結果、カインローズの部屋に男性陣が集まった。

議事進行はカインローズが行うようである。


「さて諸君。リンの奴が復活した訳だがどうにも暗くていかん。そういう訳で何か良い案はないだろうか?」


至極真面目な声で話すカインローズは、司令官の如き雰囲気で初めにクライブを指す。


「どうかねクライブ君、何か良い案はあるかね?」

「良い案っすか、そっすね…何かプレゼントとか良いんじゃないっすかね?」

「成程プレゼントか、確かに良い案かもしれない。では何をプレゼントしたらいいと思うかね?アトロ君」

「次は私ですか。旦那の意見は…まあないのでしょうな」


アトロは小さく咳払いをすると、今回の作戦の要点を詰めてゆく。


「今回リンさんはいろいろあって落ち込んでいます。ついでに自分の為にマイムまで来ているのだと思っている筈です。本当はただ単に旦那が温泉に入りたかっただけとはとても言えないですよね」

「うむ。否定は出来ないな」

「そこでです。今回リンさんは私服と、新しく購入したブーツを失くしてます。ここは我らでプレゼントをしてみたらどうかと思う訳です」


コクコク頷くカインローズとクライブに視線を回し、ここまでの説明が呑み込めているか確認をする。

どうやら大丈夫と判断した アトロは引き続き今回のミッションについて説明していく。


「まず、リンさんのブーツ。これは相当難易度の高いプレゼントなので除外します」


アトロの言葉に疑問を持ったカインローズとクライブは考えていたのであろうプレゼントを除外されて戸惑い交じりに抗議する。


「ん?なんでだよ。あいつブーツだけは大好きだろ?」

「そっすよね?宿に入ったらちゃんと手入れとかしてるっすからね」


しかし、アトロは額に手をやると左右に首を振った。


「良いですか?それだけ思い入れのある物という事なのです」

「だからそれなら喜ぶんじゃないか?」

「ならばお聞きしますがね旦那。リンさんの足のサイズとかご存知ですか?」

「ああ…」

「ああ…」


的を得たツッコミにカインローズとクライブが同時に溜息を吐いて沈黙する。


「そういう事なんですよ靴とか服という物は。勿論本人の好みである事も大事ですがブーツですからね、実用品なのですよ。我々も合わない靴を履いては戦えないでしょう?」

「確かにそうだな」


尤もだとばかりに大きく頷くカインローズとクライブ。

そのクライブからアトロに質問が出る。


「なら何が良いんすかね?ブーツや服とか、サイズのわからない奴はダメって事っすよね?」

「そうです。だからそれ以外で考えなければなりません」

「なんか良いもん売ってねぇかな…」


そうカインローズは漏らさずにはいられなかった。

結局、各自でプレゼントを考えて渡すという事で話が纏まったので、その場でお開きとなった。


――マイムの繁華街は、湯治客と観光客とで賑わっている。

そこにポツリと佇む青年が一人、露店で商売をしている行商人が地面に敷物を敷いて並べてある商品を見ながら唸っている。

クライブである。


「何か良い物はないっすかね……」


そう一人でブツブツ言いながら露店を冷かしてゆく。

クライブが思いついたプレゼントはリーンフェルトが髪を結う為に使っていた緑色の布である。

さほど給金も高くはないし冒険者をしていた訳でもない為、蓄えもあまりないクライブとしてはあの髪留めに使っていた布こそが自分の手が届く限りのプレゼントだろう。

そういう訳でクライブはリーンフェルトが使っていたような緑色の布をプレゼントする事を決めた。

女性ならばリボンやバレッタなどの髪飾りをと思うのだが、いまだかつてリーンフェルトがリボンやバレッタをしているところを見たことがない。

これはアトロが言っていた好みと言うやつに違いない。

そう判断したクライブは布一択に絞り込んで探していく。

クライブは平民出身であり、リーンフェルトは貴族である。

今でこそ組織が一緒で話す機会があるが、アルガス王国が滅びなければ話す事すらままならない存在だ。

それでもリーンフェルトは公爵令嬢であるし、クライブは平民。

そんな身分や出自を感じさせず話し掛けてくれるリーンフェルトに、少なからずクライブは好意を持っている。

しかしクライブには貴族が満足するようなプレゼントなど、とても用意できるはずがない。

ましてや女性へのプレゼントも初めてであり、正直何を贈ったらいいのかすらあの会議がなければ掴めずに悩んでいただろう。

いつもと違い髪を下ろし、それを耳に掛けるように搔き上げるのを馬車の中で見ていたクライブは布を探して露店を彷徨う。


「お兄さん、何をお探しかね?」

「ええ、緑色の布なんすが扱ってるところを知らないっすか?」

「布…布ねぇ……ああ、ここから少し行ったところにそういうお店があったと思いますよ」


話しかけてきた露店商に質問されたクライブはその問いに答えて、目的の物を取り扱ってそうな店を教えてもらう事に成功する。


「どうもっす。助かったっす」

「いえいえ、お兄さん彼是二時間くらいここを彷徨っていたでしょう?なんだか気になってしまいましてね」

「面目ないっす」


どれだけ真剣に悩んでいたのだろう。

どうやらここら辺を二時間も唸りながらうろうろしていたようである。

おまけに商人に気を遣われた事が、なんとも恥ずかしくクライブは商人に頭を下げた。


「いえいえ、それにしても布ですか。服でも仕立てるおつもりですか?」

「そうじゃないっす。命の恩人に髪を縛る布をプレゼントするんすよ」

「命の恩人ですか。成程成程」


商人はクライブの表情から何かを読み取ったらしく、ニヤリと笑うと何故か納得したように頷く。

クライブはきっと表情に出ていた事を見透かされたのだろうと気恥ずかしくなり、逃げるように教えてもらった店に向かおうとする。


「それじゃその店に行ってみるっす!」

「はい。お気をつけて」


一通りのやり取りを終えるとクライブは頭を下げて走り出す。

教えてもらった方向に行けば、布を多く扱う区画に出てきたようだ。

その中に一つ気になった店があったのでクライブはそこに歩を進める。

その店は老人が一人でぽつんと店番をしているようで、あたりに客はいない。


「あの…布を見せてもらってもいいっすか?」

「なんじゃい若いの」

「えっと布を見せて欲しいっす」

「ああん?布…布じゃと?何に使うんじゃ?」

「髪を縛る為に使うっすよ」

「おい若いの。ワシが取り扱ってるのはわざわざアシュタリアから仕入れてきた織物ってもんじゃ。そこらの布と比べるんじゃねぇ」


確かに老人の扱っている商品を見れば綺麗な模様が描かれた布が並んでいる。


「綺麗っすね…これ……初めて見るっす」


クライブは商品を見ながら初めて見る織物に目を奪われる。

これをリーンフェルトが着けたならば似合うだろうか?

そう頭に思い描いてクライブは確信を深める。

贈り物にするならばこの織物が良いのではないかと。

しかしわざわざ東の果てにあるアシュタリアから仕入れてきたという老人の商品は、当然のように値が張る。


「ワシの織物はどれもサエス金貨三枚からじゃよ」


サエスで流通している金貨を三枚。

クライブの給料は普通であれば月にアルガス銀貨五枚程度であり、半年分の給料を貯めればアルガス金貨三枚になる。

しかしアルガス金貨は価値が低く、三枚あったとしてもサエス金貨一枚分にしかならない。

今回のプレゼント資金としてカインローズからサエス金貨一枚が支給されていたが、これではとても買えた物ではない。

項垂れるクライブに老人は貧乏人と判断したらしい。


「なんじゃ金を持っておらんのか。ならば他の店に行くがいい。うちの商品はどれも高いからのぉ」


そういう老人にクライブは交渉をしてみようと思い、話し始める。


「実は命の恩人に布…いや織物をプレゼントしたいっす……手持ちは金貨一枚しか持ってないっすが譲って欲しいっす!まけて欲しいっす!!」


精一杯クライブなりに交渉するも、これでは交渉にすらなっていない。

当然老人は渋い顔をする。


「若いの…そりゃこの織物の良さを分かってくれるのは嬉しいがのぉ…金がないんじゃ譲る事は出来ん」

「そこを何とかお願いするっす!」

「いや無理じゃな」

「小さいやつで構わないっす。髪の縛れる程度の大きさで良いんです!お願いするっす!!」


懸命に粘るクライブの周りにいつしか観客が出来ており、彼らはクライブの応援を始める。


「いいぞ!兄ちゃんがんばれ!」

「爺さんまけてやれって!」


観客達が口々にそんなことを言うのだから老人は堪った物ではない。


「全く煩い連中じゃ。そうじゃな…髪を結える程度とか言っておったな若いの。ならこれを金貨一枚で譲ってやる」


そういって老人が出してきたのは織物の端切れではあった。

描かれていた物が何かは分からないが、端切れの本当に端の方に羽根の図案が織られている紺色の布だった。

普段リーンフェルトがしてる物と比べると格段に色が濃く、その紺地に浮き上がるように羽根が一枚あしらわれている。


「アシュタリアの民族衣装を作った後の切れ端だが、物は良いしこのくらいの大きさならば髪結いにも使えるじゃろう」


クライブは出された織物を見て悩む。

何故ならばリーンフェルトは常に緑色の布を使って髪を縛っていたからだ。

これも好みというやつなのではないか。

紺色の布がリーンフェルトのプラチナブロンドに似合うかどうか正直、クライブには判断がつかない。

もしかしたら気に入って貰えないかもしれない。

クライブにとって金貨一枚は決して安い買い物ではない。

出来れば気に入って着けて貰えたら嬉しい。

物はとてもいい物なのだ。

手触りにしても滑らかであるし、色は少し暗めだが一枚描かれた白い羽根の図案は精巧に描かれている。

そしてクライブは勝負とばかりに購入したのである。


「その織物をくださいっす!」


野次馬たちが一斉に声を上げ、クライブの肩を叩き喜び合う。

後から聞いた話だがこの老人は相当に頑固であり、品物を見せるだけ見せて売らないという人物だったらしい。

野次馬の多くは見せびらかされ、吹っかけられ買えず文句を言われて追っ払われるという事をされていたらしい。

クライブはプレゼント用として箱に入れてもらったそれを抱えて蛞蝓亭への道を急いだ。

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