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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
192/192

192 招集命令

 アウグストにカイトが挑戦状を叩きつけた翌日の事だ。

その日も自宅で読書などしていたリーンフェルトの元に本部の隊員から招集命令が届いたのは、昼食後のティータイムを終えた頃だった。


「セラフィス七席は御在宅でしょうか?」


 そんな声が玄関から聞こえて来たので、リビングでくつろいでいたリーンフェルトは読みかけの本をソファーに伏せて置き立ち上がった。


「何かあったのですか?」

「はい。アウグスト様からセプテントリオンの皆様に招集が掛かっております。集合は午後六時、場所は本部の書斎との事です」

「わかりました。リーンフェルト・セラフィスは招集に応じるとお伝えください」

「はい、では失礼致します」


 本部の隊員は右手で敬礼して見せると軍隊を思わせるキビキビとした動きで立ち去って行った。


「これは恐らくあの件、ですよね……」


 そう言って思い当たる昨日の事を思い出す。

マディナムントからの招待を受けたアウグストの事だ、今回の同行者の選定と見て良いだろう。

正直なところで言えばリーンフェルトはマディナムントに行きたいとは思っていない。

なぜならばあのカイトと出来るだけ面と向かって会いたくない。

この一点に尽きる。


 勿論命令とあれば職責として同行もするつもりでいるのだが、カイトのようなタイプをリーンフェルトは苦手としていた。

 何をどう見てそんな気持ちになったのか分からないが、好意を持って異性として言い寄ってくるという相手はどうも貴族令嬢であった頃の事を思い出してしまうからだ。

 無論今もセラフィス家に籍がある事から貴族である事には変わりはないのだが、彼女自身が令嬢とは程遠い存在だと思っているが故の壁のようなものだ。

 傍から見ればリーンフェルトの意識とは裏腹に、その容姿は年頃の貴族令嬢と呼ぶに相応しいだけの美しさは備えているのだから。


 さて支度を済ませたリーンフェルトはセプテントリオンの制服に袖を通す。

自宅内ではスリッパで過ごしている為、ブーツへと履き替える。

このブーツ自体は先のアシュタリアにも履いて行った物なのだが、長い期間だった割にソールの損耗が少ないのは向こうの文化や服装に馴染むように草履を履いていたのでその使用頻度が通常よりも少なかったからだ。

履き替えてしまえば後は本部に時間通り向かえばよい。

リーンフェルトの自宅とアル・マナク本部はさほど時間の掛かる距離でもないので、精々一時間前に家を出て後は他の六人が揃うまで待機していようと考えそれを実行に移す。


 午後五時、辺りは夕焼けの中にあり道を歩く自身の影を長く伸ばしている。

本部入口までやってくると初めにリナと出会った。


「あれ、リナさんも早いのですね」

「それは……お嬢様が早く来そうな気がしましてお待ちしておりました」

「……そうなのですね」

「そうなのですわ。ご一緒しても宜しいですか?」

「えぇ、問題ありませんよ。行く場所は一緒だと思いますので」

「はい。では参りましょうお嬢様」


 リナはリーンフェルトが誰よりも先駆けて本部に現れそうだと推理して、どうやら待ち伏せしていた様である。

 従者として見ればこれほど主人の行動を読み解き、自身が行動できるメイドであれば優秀なのだろうと思うのだが生憎とリナは同じ組織の序列上位者である。

 お嬢様と呼ばれる事については最早リーンフェルトがいくら訂正しても話を聞かないので諦めている。

 リナはリナでリーンフェルトの事を相当気に入っている様で、出来れば専属メイドとして傍に居たい考えだ。

 しかしそのちょっと残念な感じで頑張ってしまった事が、今の所全て裏目に出ている事を彼女は知らない。

 リナはリーンフェルトの後ろに三歩下がって歩き始める。


 メイドとして主人の前を歩くなど許される事ではない。

 もし本当のメイドであれば確かにそうなのだろうが、残念な事にリーンフェルトはセプテントリオンの序列から行くと下位者である。

 当然そんな状態で本部の中を進むのは居心地が悪い。


「リナさんせめて横に並んでいきませんか?」

「いえお嬢様、私は……」


 こんなやり取りを数回繰り返した後にやっとリーンフェルトの隣を歩き始めるリナ。

 せめて並んでくれているのなら、序列に対する配慮としては申し分ないだろう。


 集合場所であるアウグストの書斎は本部二階にあるのだが、普段は書類が散らかり足の踏み場もない場所である。

 たまに表向きの用事で使う際にのみ、片付けを行っていたらしい事をリナから聞いて納得する。

普段のアウグストの……尤もアシュタリアの自室兼研究室の乱雑振りは助手を務めていたリーンフェルトにとっても記憶が新しい。

 彼は自分の周囲に書類を撒き散らしながら研究するタイプのようで、散らかした本人は大体どこにどの資料があったかなど覚えているものだから迂闊に片付けられない。

 しかしいくつか法則性があって、それさえ分かってしまえば助手の仕事に没頭する事も出来るのでリーンフェルトにとっては比較的楽な仕事である。

逆にコミュニケーション能力が低い訳ではないが、高いとも言えない為外交的な仕事はどちらかと言えば苦手なのだ。

 勿論貴族として、公爵家の長女として最低限のマナーも弁えているし、作法も修めているのだがそれは教養であって本人の気質とは関係ない。


 本部二階奥にある部屋の扉の前に立ってふと思い出した事がある。

思えば初任務でサエスに向かう際、辞令を受けたのもこの部屋だったとリーンフェルトは思いつつ、ノックをして部屋へと入る。

 部屋からはアウグストからの返事では無く、アンリの声であったが。


 アシュタリアの散らかった部屋を見ているだけに、書斎が小奇麗に片付いていたのに少々驚きを持ちつつ、リナと共に部屋の中ほどにあるソファに腰かけた。

 軽く部屋を見回して見ると最近はアウグストが良く国外へ行ってしまう為、比較的綺麗に部屋は保たれていた様である。


「二人とも休暇は満喫しているか?」


 リーンフェルト達が座ったソファーの向かいにあるソファーに腰かけたアンリが低めの声でそう二人に問う。


「私は色々とやる事があったのでそこまでは。お嬢様はいかがですか?」

「はい、久しぶりにのんびりとさせてもらっていますが、そろそろ休暇も終わりではないかと思っています」

「あぁリン。君が彼の使者を案内したのだったな」

「一応、カインさんも一緒にいたのですけど……」

「そうだろうねぇ彼はマディナムントでは有名な女好き……あぁでも態度が災いしてか女性に逃げられているようだがね」

「そうなのですか……確かに想像に難くないですね」


そう言って苦笑して見せるリーンフェルトは、部屋に入って来てから一言も発さないこの場の主について尋ねる。


「そういえばアウグストさんは?」

「あぁアウグストならば、今ヘリオドールの所だな。集合の時間は自ら指定したのだから遅れずに来るだろう」


相変わらず眉間に皺を寄せながら、アンリはそうリーンフェルトの質問に答えると不意にノックの音が下かと思うと大きく扉が開け放たれた。

しかしその勢いが強かった為、扉の蝶番が壊れてしまったようだ。


「や、皆元気?」


扉を特に気にする様子も無く明るい感じで入ってきたはケイだった。


「……ケイ、もっと普通に入ってきたまえ。アダマンティス殿にお仕置きされても知らんぞ」

「分かったよ。流石にお仕置きは嫌だし。でもさ、僕が直すよりもアンリの方が得意でしょ? パパッと直しちゃってよ」


一瞬間を置いたアンリは一つ鼻を鳴らしてこう答えた。


「……はぁ、仕方が無い」


恐らくケイに扉を修理させた場合と結末を想定して、やらせても被害が大きくなるだろうとなまじ諦めのようなものだろう。

そう言ってアンリが扉の方に手を翳すと、床に倒れていた扉がムクリと起き上がり、何事もなかった様に元通りになる。


「これくらいじゃ本部は壊れないんだよ。大体アンリの魔法で作ったんだ。アンリの魔力が馴染むのは当然さ」

「かもしれないが、無駄に壊して回るのも止めて欲しいのだが?」

「あははは、もうちょっと手加減できるようになったらね」


笑って誤魔化すケイに割とアンリは渋々といった感じで扉を直してしまう。

この扉騒動に紛れてちゃっかりとリーンフェルトの隣に収まっているのはアルミナだ。

元々それほど存在感が無い為かいつ入ってきたのは分からないが、ともかく気が付くと隣にアルミナが現れただからリーンフェルトも驚いた表情を隠せない。


「祝、成功」

「あ、アルミナ何時の間に!?」

「嘲。偽メイド、排除」

「ちょ、ちょっと!」


リーンフェルトとリナの間に体を滑り込ませたアルミナは尻と肩を駆使ししてリナをソファーの上から追い出してしまう。


「笑。勝利」


などと言いながらアルミナはリーンフェルトの腕に抱きついて離れなくなってしまった。

そうなるとリナの怒りゲージが上がってくるのが手に取るように分かる。


「リナさんはこちら側で」

「お、お嬢様っ!」

「否、独り占め!」

「くっ……女性陣の中で一番の年長者が何をしているのです? みっともない」

「嘲。早い者勝ち」

「言わせておけば……」


 早速犬猿の仲を発揮するリナとアルミナに挟まれたリーンフェルトは何とか仲裁するべく二人に話しかける。


「お二人とももうセブテントリオンの半分が揃っているのですから、静かになさってくださいね?」


 リーンフェルトの注意は言外に殺気を込めて言い放つと二人はびっくりした様子で小競り合いを止めのだった。


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