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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
191/192

191 嵐の前の塵に同じ

 しかめっ面のカインローズがリーンフェルトに向かって質問を投げかける。


「それでカイトは何の用事でアルガニウムまで来たんだ?」

「カイトさんは何の用事でこちらに?」

「ははは、実はね招待状を持って来たのですよレディ……」


 それをそのまま通訳する様にリーンフェルトが質問するとカイトがにこやかに答える。

 目の前で繰り広げられる茶番に面倒臭い奴と言う認識がどんどんと高まって行くカインローズを尻目に、リーンフェルトはカイトへの聞き込みを続ける。

 それについてカインローズは小さくぼやく。


「めんどくせぇ……」


 事実その通りだとリーンフェルトも思っているのだが、下手に機嫌を損ねて話が進まなくなるのはもっと面倒臭いという事で表面上は我慢している。

 そんな自分に少しだけ大人になったものだと思いながら、目の前の男カイトとの話を進めていく。


「招待状ですか?」

「あぁそうさレディ……私の様に高貴で美しい者が使者である事を感謝するのだね」

「……え、えぇ……それで誰宛ての招待状なのでしょうか?」


 どこからこの妙な自信が湧いてくるのだろうと疑問に思いつつ、リーンフェルトはカイトに尋ねると彼はわざわざマフラーを跳ね上げ、その流れで非対称にした髪の長い方を掻き上げる。


「それはだねレディ。こちらに先日帰って来たというこの世界で最も成功を収めていて、聖石の知識はシュルクの中でも一番だと評判のアウグスト博士その人にさ! さぁ 知識の殿堂マディナムントからの使者たるこの私を案内したまえ!」


 カイトの台詞を受けて一端呑み込み、この風変わりで迷惑な客人がアウグストに用事があると言う事を知ると、リーンフェルトは何だか妙に腑に落ちてしまって彼女の表情にふと笑みが零れる。

 しかしその笑みはどうも彼にとっては何がどう作用したのか効果覿面だったらしく、突然リーンフェルトの前に跪くとどこからともなく取り出した小箱を開けて見せる。

 その小箱の中には精巧な彫りが施された指輪が鎮座していた。

 それはリーンフェルトの後ろにいたカインローズからもしっかり見えており、それがどういう意味を指しているのかは知っていた。


 跪き、指輪を見せたカイトは声高々に宣言する。


「結婚しよう! レディ!」

「……は?」


 一瞬の間とそれに続くリーンフェルトのいつになく呆けた声が静寂の中で漏れ響く。


「だから私と結婚しようレディ!」

「ま、待ってください! そもそも私はレディという名前ではないですし! 突然そんな事を言われても困ってしまいます!」

「なんと! この高貴で美麗な容姿を持つ私の求婚に躊躇いを見せるだなんて……この私カイト・アジュールはマディナムント第一位の魔法使いにして世界最強の風魔導師……その私からの求婚を断ると言うのですか!」

「えっと、返事に困っているといいますか……」

「そうだねレディ。躊躇う気持ちは分かる。しかし私は出会った瞬間に雷で打たれたような衝撃をレディ、君に受けたのだ。私はこれを運命的な出会いだと確信している。確かに突然の事で戸惑うかもしれない。だが私は君を幸せにする……全身全霊を掛けて約束しよう。さぁ私を信じてこの胸に飛び込んでおいでマイハニー!!」


 盛大に盛り上がって見せるカイトにリーンフェルトとしてはドン引きである。

 突然の求婚に一瞬動揺したものの、少なくとも未来の伴侶がこれであるはずかないと判断を下すのには、十分過ぎる程リーンフェルトの理想としている男性像と彼は合わない。

 どちらかと言えば寡黙でも構わないので筋が通っており、心に正義を持ち悪しきを挫く。

 弱い者に手を差し伸べ、強者に屈しない。

 何より共に戦い支え合う事が出来る相手というのがリーンフェルトの理想とする所であり、未だに彼女のお眼鏡に適う者は現れていない。

 小説のような創作物の中以外でそれを見つけるとなると、アシュタリアの初代様あたりが実在したという意味では最も近いと言えよう。


 そもそもこの男、自己賛美からしてまず気にくわない。

 一瞬躊躇ってしまったのは、寧ろ客人に対してどのように返事をしたら良いのかという一点のみであって了承するという意味は微塵も含まれていない。

 自身の価値基準を押し付けてくるのにも耐えられそうにもない。


「申し訳ありません――」


 リーンフェルトはそこまで言いかけた時、カイトはその先を言わせない様に牽制を掛けてくる。


「皆までいうなレディ。分かっているきっと二人が分かり合える時間が必要なのだね! だがこれは運命的な出会い。言うなれば神々が引き合わせた赤い糸! 何も恐れる事はないのだよ。それとも何かね……そこの筋肉が君の伴侶だとでも言うのかい?」


 突然矛先が向いたカインローズはてっきり自分は認知されないままで、この面倒な客人はリーンフェルトに任せつつ傍観者として状況を楽しむつもりで居たのに巻き込まれてしまった事に驚き、適当な返事を返してしまう。


「なっ!?」

「そうかそうか愛には障害は付き物だ。だが君の様な筋肉ムキムキ男はレディに相応しくない」

「いや、だから!」

「ふっ……この恋の狩人である私に楯突き、求婚の邪魔をするならば許さぬぞムキムキ男め!」


 勘違いをしたままカイトが話を進めていく。

 寧ろ自身がカインローズに話を振ったのにも関わらず、相変わらず彼の声がカイトの耳に全く届いていない為に誤解は解けない。


「あ~男の声は基本聞こえないんだったか? めんどくせぇ……」

「面倒臭いとはなんだ!」

「聞こえているのかよ!」

「残念。これは読唇術なる我が家に伝わる秘儀。君のような汚らわしい男の声など私の耳には届かぬ!」


 そんなやり取りに辟易とした気分になってきたリーンフェルトはカイトに切り出す。


「……まずはアウグストさんへの面会でしたね。使者の方」

「おぉ!そうであった。すっかりムキムキ男に注意が行ってしまった。さぁ私の任務遂行の為に案内してくれたまえ! マイハニー!」

「マイハニーではありませんが……本部はこちらになりますので、着いて来てください」

「ふっ……分かった。マイハニーの頼みとあらばこのカイト、どこまでも着いて行こう!」


 もはや答えるのも面倒になっていたリーンフェルトは黙ってアル・マナク本部へと案内する事にした。

 カイトの後ろには一応カインローズも着いて来ており、彼の歩く度に撒き散らすように舞い立つ風を彼が封じている。

 その為自慢のマフラーが風に棚引かない為、カイトは少々不満のようだった。


――リーンフェルトはアル・マナク本部へとカイトを案内すると、直ぐに傍にいた隊員にアウグストに来客である事を伝える様に指示し、自身は応接室まで彼を通すとさっさと下がろうとする。

 勿論この面倒な男とこれ以上の関わり合いを持ちたくない一心である。

 しかしカイトはそれを無駄に流麗な身のこなしでソファーに座ると、彼女に声を掛けた。


「どこに行くのだねマイハニー。一緒に居てはくれないのか?」

「私の役目はここまでですので……」


 引き留められている彼女を救うべくカインローズが少し大きめの声でリーンフェルトに声を掛ける。


「おい、リン行くぞ!」


 上官の命令ならば言い訳が立つというもの。

 リーンフェルトは一礼してドアを閉めようとするのだが、カイトはまた要らない所で反応を見せる。


「そこのムキムキ。彼女はリンというのか。というか気安く彼女の名前を口にするな。彼女が腐ってしまう!」


 本当は聞こえてますよねというツッコミをリーンフェルトは敢えてしない。

 そもそもカインローズは応接室まで案内はしたが中には入っていない。

 その上で呼び止められた彼女を廊下から呼んだのだ。

 当然、カインローズの口の動きなど見える筈もないのだが、彼はきっと頑なに認めはしないだろう。

 それにしても名前を呼んだだけで相手を腐らせてしまうカインローズを少し想像してみるとなんと不憫な事か。

 そう思ってカインローズの表情を見れば、見事な縦皺が眉間にくっきりと浮かんでいる。

 それでも怒鳴り散らさないのは、カインローズの性格に寄るところが大きいと言えよう。


「待てムキムキ。リンさんを置いていきたまえ!」

「いや、ここに置いておくのは上官として認めらんねぇな」

「ふん……職権の乱用か。全く腹立たしいムキムキ野郎め!」


 先程の設定はどこに行っただろうとリーンフェルトは突っ込まずにこれまた押し黙る。

 首を突っ込めば一層面倒な事になる事だけが分かっているのだから、大人しくするのは道理とばかりにここはカインローズに丸投げる。

 なお、彼等は面と向かうのはお互いに嫌だったらしく、カインローズは廊下でカイトは応接室のソファーに座ったまま叫びあっている。

 実に迷惑な二人だが今のリーンフェルトでは事態を拗らせるだけだろう。

暫く二人が言い争っている内に、呼びに行かせていたアウグストが応接室へと続く廊下に現れる。


「何をしているのだねカイン?」

「あぁ、アウグスト! あいつを何とかしてくれ!」


 そう言って指差したのは応接室の方ではあるのだが、その指先にはリーンフェルトが居る。


「リン君が何かしたのかね?」

「ちげぇよ! 応接室の中の奴だ。なんでもマディナムントからの使者らしいぜ」

「ほう……それはそれは一体なんの用事でしょうかねぇ?」


 一言ぼやくとアウグストは応接室へと入って行く。


「貴方がマディナムントからの使者殿ですか?」

「……」


 部屋に入って早々アウグストはカイトに向かってそう尋ねるが、客で有りながらソファーから立ち上がりもせず足を組んだままの上に返事をしない彼に怪訝な面持ちをして見せる。

 男相手だと途端に聞こえないふりをし始めるカイトを仕方なく思いつつ、リーンフェルトはアウグストの台詞をなぞる。


「貴方がマディナムントからの使者ですか。一体どういったご用件でしょうか?」

「ははは、リン。私に対するその順応性実に素晴らしい……流石未来の伴侶! やはり私達の間には運命という物を感じてやまない。さてそれはさておき……そこの丸眼鏡のオッサンがアウグスト殿か」


 アウグストもやはりカイトの奇抜な服装と不躾な物言いに少々驚いているようだったが、なんとか気を取り直したアウグストがカイトの対面のソファに座ると来客用の笑みを作って見せた。


「リン君、彼とはいつそんな仲に?」

「……彼が勝手に言っているだけですので、気にしないでください」

「それで彼はどういった用事でこちらに?」

「なんでもマディナムントから招待状を持っていらしたらしいのですが……」

「ふん。オッサンになどに興味は無いのだが……アウグスト殿、端的に言うと我が主が主催するイベントに参加して欲しいのですよ。今や世界最高峰の知恵者と名高い貴方よりもさらに上を行く我が主の知識でもって貴方を完膚なきまでに倒して御覧に入れましょう!」


 そう言って懐から一枚の書状を出すとアウグストの前に叩きつけるようにして投げつけた。

それは招待状と言うよりも挑戦状なのだと彼が勘違いをしているのではないだろうかと思う程だ。

事実書状には招待状と書かれている。

書状を開いて一読したアウグストはとてもいい笑顔になるとこう答えた。


「この招待お受けさせて頂きます」

「そうか怖気づく事なく受けるか。では詳しい事はそれに書いてあるから読んでくれたまえ。さて仕事も終えた事だし……リン私とまずはデートに行こうではないか!」

「お断り致します。用事を終えられたのでしたらどうかお引き取りを」

「ふぅ……全く連れないものだね。しかし障害があればあるほど愛は燃え上がる物だ。今日はこれでお暇するとしよう。次回会えるのを楽しみにしているぞリン!」


 カイトはリーンフェルトだけにそう挨拶すると風の魔力を解放する。

 当然だが応接室の調度品なんかは吹き飛ばされ、窓ガラスが微塵に砕け散る。

 そうして開いた窓からカイトは颯爽と去って行ったのだった。


「……結局なんだったのかね、あの失礼で迷惑な奴は……」

「私にも良く分かりません」


 リーンフェルトに呆れた表情で尋ねて来たアウグストは、部屋の片付けをアル・マナクの隊員達に指示を出すと不機嫌な様子で部屋へと帰って行くのだった。

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