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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
190/192

190 嵐の訪問者

 懇親会が中止になってしまえば休暇中は特にする事がなく、アル・マナクより貸し与えられている自宅で読書だの料理の稽古だのとそんな日々を過ごしていた。

 時折、リナがやってきたりアルミナがやって来ては、お茶して帰る様なそれはそんな穏やかな休暇中に起こった。


 その日はいつになく風が強く、窓ガラスがガタガタと音を立てる程の強風が吹いていた。

 それだけを見れば一見普通な事の様に感じるが、ことアルガニウムに関して言えば異常である。


 本部のある旧王都アルガニウムは所謂城塞都市という奴で街の周囲を城壁がすっぽりと囲う作りとなっている。

 その為、南からの潮風も北から山風も城壁で遮られてしまう為、城下町はあまり強い風は吹いたりはしないのである。

 勿論強い風が吹く事はあるのだが、それは決まって嵐の時くらいなものだ。

 それ故にこの異常に強い風に関しては嵐の前触れか何かかとリーンフェルトは一瞬考えたのだが、天候自体は至って快晴であり雲一つない良い天気なのだ。

 自然相手のそれではないのならば、自ずとそれは魔法的なもの以外には考えられない。


 風魔法と言えばカインローズの事が思い出されるが、彼の風はこのように窓ガラスを揺らすような物ではない。

 彼の風は暴風と表現するのが正しく窓など割ってしまうくらいの荒々しさがある。

 だからこれはカインローズの風では無いと判断する。

 それにアル・マナクに入ってからはかなりの頻度で会っている為、彼の風ならばその魔力を微細にも感じ取る事が出来る筈である。

 確認の為に窓を開けてみればめくれ上がったカーテンに襲われ、吹き込んだ風に机の上を蹂躙されてしまい慌てて窓を閉める。

 散らかった物を片付けつつも、先程の風について考えれば微かにもカインローズの魔力を感じない。


 では一体誰がこんな迷惑な風を巻き起こしているのだろうという疑問が湧きあがり、リーンフェルトはそれについて思考を巡らせる。

 この規模の風魔法を行使するのであればそれ相応の……少なくとも風の魔法でベリオスに認められるくらいの腕と魔力は持っている筈だ。

 そしてこのアルガニウムに住まうアル・マナクの構成員にはそこまでの魔法の使い手は居なかったと記憶している。

 それほどの魔力を操る者という事を考慮するとセプテントリオンという事になるのだが、風魔法という事で行けば該当者は二名しかいない。

 その内の一人は今ここでこうして状況を分析しているリーンフェルトであり、もう一人はカインローズである。

 リーンフェルトの知り得る限り高度に風魔法を自在に扱って見せ、且つ長時間強風を生み出す程の魔力を有している者というのはこの二人しかいないのだ。

 例外的にもう一人それが出来そうな人物に心当たりがあるのだが、彼はアシュタリアで別れた後グランヘレネに帰って行ったのでそれはないだろう。

 では今吹き荒れているこの風は誰が起こしている物なのだろうか。


 内心これで休暇は終わりかもしれないと思いながら、リーンフェルトはセプテントリオンの制服に袖を通す。

 ダークグレーの編み上げブーツの紐をキュッと締め、手早く髪を後ろで一つに束ねる。

 相手は手練れの魔法使いに違いない。

 まずは話してみて言葉が通じなければ、最悪力で黙らせる事も想定しなければならない。

 そう考えたリーンフェルトは帯刀する事も忘れない。

 壁に掛けて置いてあった刀を一振り持って玄関へと進む。

 玄関先にある姿見に映る自身の姿を確認するとリーンフェルトは家を出る。


 先に窓を開いた為に風の強さは分かっていたが、いざ外に出ると歩くのが若干困難なくらいに風が体に吹き付けて来て煩わしさを感じた。

 仰け反りそうになる上半身の姿勢を低くせねばならなく、折角結わえた髪も動物の尻尾の様に大きく風下に煽られて後方へと棚引くのだがまた引っ張られるようで気になる。

 巻き上げられた砂塵が顔にも飛んでくるので、リーンフェルトは目に入らない様に瞼をすぼめ薄目にして辛うじて視界を確保した。


「動きにくいですね……」


 強風の中でそう呟いたリーンフェルトはすぐさま自分の風魔法を展開して、吹き付けてくる風に対して風の壁を作り上げる。

 そうする事でリーンフェルトは一切の風からの干渉を遮断する事に成功する。

 大分動きやすくなった事もあって、その足でまずアル・マナク本部へと向かう。

 運が良ければ発生源についての情報をアダマンティスの諜報部隊が押さえているかもしれない。

 その予想は概ね合っておりアダマンティスの元で情報の精査が行われている最中であった。

 程なくして南門付近にいくつもつむじ風が起こっているという情報が入り、リーンフェルトはそこに急ぎ向かう事になった。

 本部を出るとそこには同じく己の魔力で吹き荒れる風を無効化したカインローズがやってきたところに出くわす。


「おう、リン話は聞いたか?」

「アダマンティスさんの所につむじ風の話が入ったので、そちらに向かう様に指示されたところです」

「そうかそうか。恐らく術者はそこだろうよ。それじゃ俺も同行するぜ。こんな所で風起している馬鹿はちょっとばかし痛い目を見て貰わないと俺が疑われるからな」


 そう言ってカインローズはリーンフェルトとの同行を申し出て来たので、快く頷く。


「ではカインさんも来てください。お願いします」

「おうよ! 任されたぜ。全くどいつもこいつも俺が悪戯してるとか言いやがるんだ。絶対に犯人を捕まえるぞリン!」


 どうやらこの街に住む者達は強風とカインローズはイコールだったらしく、本部に到着する前に方々から突っ込まれたらしい。

 当のカインローズ本人には当然全く身に覚えも無いのに文句を言ってくる住人達と口論となりながらも、本部を目指してやって来たようだ。


「なんで俺ばかりに苦情が来るんだ……リンだって風魔法使えるだろうによぉ……」

「それはカインさん日頃の行いという物ですよ」

「ははは、品行方正な俺に何でそんな文句が来るんだろうな」


そう言って笑うカインローズを見るリーンフェルト目はジト目だ。


「その説明本当に要りますか?」

「……いやすまん。いろいろ心当たりがあり過ぎて言い訳できん」


 アル・マナク本部は中央広場のやや西側に位置しており、南門へと抜ける道は広場を抜け東西南北に広がる大通りを真っ直ぐ行くのが最短ルートだろう。

 中央広場は閑散としており、強風に煽られて倒れてしまったのだろう馬車が散見される。

 リーンフェルトとカインローズは風の影響を受けないようにしているが、一般市民はそうはいかない。

 建物の柱に捕まっている者や身を低くして何とか歩いている者等がちらほらといる程度で、中央広場から南門に向かって伸びる目抜き通りは南に位置するクリノクロアで荷揚げされた各国からの輸入品が運び込まれるケフェイド大陸の中でも屈指の繁華街なのだが、やはり強風の為だろう店自体が閉まっており普段では想像出来ないくらい閑散としている。

 そうこうしている間に南門付近へと到達した二人は風を生み出している男を見つける事が出来た。

 なにせ大通りの真ん中で強風に煽られながら奇妙なポーズを取っているのだがら、誰がどう見ても不審者である。

 その彼は上下を紫で統一した服を着ているのだが、素肌にジャケットを着ているらしく胸元がはだけている。

 そしてもう夏も差し迫って来ているというのに、長く垂らしたマフラーの様な物を身に着けている。

 その恰好をして寒いのであればマフラーなどせずに大人しく服を着ればいいのにとリーンフェルトは内心ツッコミを入れる。

 隣にいるカインローズもまた奇抜な恰好をしている彼に一瞬呆気に取られてしまい暫し動きが止まっていた。


 リーンフェルトにとってその男との出会いはこの出会いのインパクトのせいで人生の中でも忘れがたい人物の二人目となる。

 勿論一番は因縁深いマルチェロであるのだが、この紫の服を来た風魔導師も大概である。


 まずは話をするべく、この強風に対してリーンフェルトは干渉を始める。

 その魔力による干渉に直ぐに気が付いたのだろう紫の男はマフラーをはためかせながらカインローズとリーンフェルトの方へと視線を向ける。


「貴方は誰ですか! 取り合えずこの風を止めて貰えませんか? 住民が迷惑をしています!」


 そう大声でリーンフェルトは叫んだのだが、急に風の勢いが増してリーンフェルトの魔力干渉を跳ね退けられてしまう。

 それを見ていたカインローズが少しの驚きと、妙にニヤニヤした顔で話しかけてくる。


「おっ……リン、手でも抜いたか? まぁじゃなきゃ俺の出番がなくなっちまうわな!」


 そう言うやカインローズの魔力が一気に膨れ上がり紫の男の風を文字通り吹き飛ばしてしまう。

 紫の男が生み出す風の回転とは逆の回転を掛けた風をぶつけて一気に無効化する力技はなんともカインローズらしい。

 いきなり風が止んでしまった事で勢いよく舞い上がっていたマフラーが彼の顔に被ってしまったのは不可抗力というものだ。

 しかし彼の方も別にこれと言って気にする様子も無くマフラーを手で払いのけるとその顔がはっきりと見える。


「……ふっ。この国に強力な風使いがいると話に聞いて来て見れば、もしかして君達がそうかい?」


 そう言ってグレーの瞳をこちらに向ける彼は非常に特徴的だ。

 ダークブラウンに近い髪をアシンメトリーにして左側を長めに伸ばした毛先を整髪料で緩く跳ねる様にセットしたその髪型からして既に独特の雰囲気がある。

 そんな髪型であるにも関わらず非常に似合っており、顔立ちも整っている為、貴公子と表現しても差し支えない程だ。


「おっと……レディがいるのに名乗らないとは失礼だったね。私の名はカイト・アジュールという。以後お見知りおきを」


 カイトと名乗った紫の男は少々気障な笑みをリーンフェルトに向けてから、流麗な動作で一礼して見せた。

 その洗練された動きからどこかの貴族か何かではないかと推測していると、横にいたカインローズが口を開く。


「んでそのカイトが何の用だ?」

「……おやこれはまた美しくない男が何か言っているね……残念だが君と話すと私の美しさが損なわれるようだ。そこのレディを介して君は喋りたまえ」

「んだとこの野郎……ちょっと顔が良いくらいで」


 カインローズの歯がギリリと音を立てる。

 しかしカインローズもこれまでの事で学んだようで、これでは話が進まないと思ったのだろう。

 仕方なくリーンフェルトを介して話す事にしたのだった。

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