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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
186/192

186 見送る背中

 女神レヴィンへの奉納祭が終わればアル・マナクとしてもアシュタリアに滞在する理由が無くなる。

 そもそも任務としてこの国に来ているのだから、ヘリオドール破壊という目的が達成されれば当然ケフェイドにある本部への帰還が待っている。

 それが意味する所はアシュタリアでの生活はもうすぐ終わりを迎えるという事。

 つまりシャルロットとの別れもまた近いという事だ。

 頭では分かっていても、呑み込むのに少々問題のあるそれはリーンフェルトの気持ちとは別に刻一刻と迫って来ていた。


 彼等がいつグランヘレネに帰るのかまでは分からないが、ジェイドの魔力が安定する頃には旅立つに違いない。

 姉としてはシャルロットをケフェイドへ連れて帰り、両親に引き渡し安心させてあげたいところである。

 冒険者などをしているよりも実家にいた方がずっと安全な人生を送れるはずだ。


 彼女には両親が怒っていない事は伝えている。

 そして原因となったマルチェロの件は彼の妄言だった事が分かったのだから、シャルロットが抱えていたわだかまりは解消されているはずである。

 もう実家に戻れないという状態ではないのだ彼女には安全な場所で暮らして欲しい、そう願うのは姉のエゴだろうか。


 今の実家の状況ならば貴族でありながら貧乏という事はない。

 クリノクロアは各大陸へオリクトを運ぶ重要な港町だ。

 そこの領主ともなれば入港の手数料だけでも莫大な額になっている筈である。

 オリクトを直接買い求めに来る商人などはクリノクロアに滞在するし、滞在に必要な宿屋が潤う。

 付随して料理や飲料が人の数に比例して伸びれば、そこから徴収する税の額も大きくなる。

 なので実家に戻ればそれなりの暮らしが出来る事は約束されている。

 それに長い事家を空けていた娘が帰ってくるのだ、父であるケテルの顔が緩みっぱなしになるのは想像に難くない。


 しかしシャルロットはきっと帰らないのだろうとリーンフェルトは見ている。

 少なくとも今の彼女の可能性を広げてあげられる場所はジェイドの所だけだろう。

 姉としては使いたがっていた魔法を何一つ教えてあげる事が出来なかった事が悔しくて堪らないところだが、念願かなって魔法を使う事が出来た彼女の表情は実家にいる時よりも数倍明るい気がするのだ。


 もしかしたらシャルロットへの教え方が下手だったのかも知れないと魔法理論については学者の卵レベルまでリーンフェルトは勉強していた。

 尤もそのおかげでアウグストの助手が務まるほどの実力があるのは、優れた指導者と彼女の研鑽の賜物だろう。

 リーンフェルトは魔法力学、魔法理論、魔法工学などは知識はアンリから手解きを受けていた。

 アンリ本人は多く語らないがベリオスの認定を受けているだけに基礎的な所から応用の範囲まで幅広く指南してくれた事には感謝の念が絶えない。

 もっとも時折やってくるスパルタな抜き打ちテストは難問を通り越して意地の悪い設問が多く、罰も厳しかったのでそこは必死だったのだが。


 そんな苦労も全てシュルクならば使えて当たり前の事が出来なかった妹の為である。

 幼い頃から魔女になるという夢があった彼女だ。

 リーンフェルト自身、全属性を使えるという魔法の才能は妹が使えた分まで奪って生まれて来てしまったものなのでは無いかと思った事もあったが、それはそういうものでは無いと分かった頃にはマルチェロ騒動で家から出てしまいそれどころではなかったのは苦い記憶だ。


 サエスで再会し、グランヘレネ、アシュタリアを経て垣間見る彼女の成長は、冷静に考えて見ると目に見える成長である。

 ジェイドの教え方が良いのかは分からないが、きっとシャルロットには合っているのだろう。




――そんな事を考えていた日から一週間も経たない内にジェイドは魔力を回復させていた。

 常人であればもう半月は寝たきりになるような魔力量を放っているはずなのだが、城の中で遠巻きに見かける彼はケロリとしたものだ。

 そんな彼にアウグストは違った意味で興味がある様子で、ジェイドを見つけると隠れて遠巻きに観察したりしている。

 現に今も視界の大分先にジェイドの姿が横切るのを見て、アウグストは慌てて隠れた為に少々息が上がっている。


「アウグスト。何故私まで隠れる必要があるのでしょうか?」


 仲直りもしたので面と向かって話す事については問題ない。

 ただヘリオドールを破壊する事を手伝って欲しいという提案についての回答にのみ気まずさを感じる程度でだが、それ以外では特にどうという事は無い。

 その為、わざわざアウグストと共に城の柱の陰に隠れてしまったリーンフェルトは非難めいた視線を彼に向けた。


「なんだろうねぇ。やましい気持ちは無いのだが、いや寧ろ逆だね。神々しくさえ思うよ」


 柱に隠れていながらもジェイドを盗み見るその様は国の王子に恋心を抱いた少女を描いた宮廷恋愛小説に出て来る乙女のようだが、現実は中年のオッサンである。

 それも少々ひきこもりが過ぎて小太りの。

 そんなアウグストの弁にリーンフェルトは暫しの沈黙の後に答える。


「……つまり畏怖だと」

「そうだとも。男を見てハァハァしているわけでは無いのだよ」


 もしそういう趣味に目覚めたというのならば、アル・マナクへの所属の件は考え直す必要があるとリーンフェルトは考えていた。

 人の趣味にとやかく言うつもりはないが、如何せん相手が顔見知りというのは変な想像をし易く微妙な気持ちになってしまっていたのだった。


「そんな趣味でしたら皆に言いますよ?」

「無いに決まってるじゃないか。それにそれは困るね……アンリあたりだとかなり手の込んだ嫌がらせをしてくるし。そうそうアンリと言えば彼等からサエスでの仕事が終わったと報告が来ていたよ。ついでに……えっと五席のあの地味な子……」


 自身で任命しておいて名前も忘れかけている彼に少々呆れた声で助け舟を出す。


「アルミナさんですか?」

「そう! アルミナ・バイランダム女史からもグランヘレネでの仕事が終わったと報告があったよ……数ヶ月前に」


 名前が分かればフルネームが出て来るあたり完全に忘れてしまっていた訳ではなさそうなので安心をしたのだが、終わりの言葉が何とも切ない。


「えっ?」


 釣り目であるリーンフェルトの瞳が、驚きのあまりに大きく見開かれる。


「いやぁ研究資料に紛れていたのだよ。彼女の報告書が。そろそろアシュタリアともサヨナラするから、撤収準備で片付けていたら出て来たんだよね」

「結果放置していたと?」

「先日付で帰還命令を出しておいたよ。彼女には悪い事をしてしまったな」

「ホントですよ。可哀想じゃないですか!」

「でもまぁ友達も出来たともあったし、基本彼女も働きっぱなしだからね。休暇だよ休暇、つまり世界は平和という事だね」


 そう言って笑っている間に件のジェイドはこちらに気が付く素振りも見せずに居なくなってしまっていた。


 その彼がグランヘレネに引き上げると発表があったのは昨日で、準備をしてあったらしくその翌日には出発という運びになってしまった。

 彼等に用意された牛車とそれを見送るアシュタリアの人々による見送りはアシュタリアの皇帝カハイ他四祭祀家の当主達やその従者達だ。

 リーンフェルトの隣にいるナギは目元に涙を溜めているが、決して泣かないようにと頑張っているようだ。

 ママラガンと山を繋ぐ橋の上での見送りは超満員の状態だ。

 後方にあるママラガンの正門付近には、国の恩人の見送りをしたいと多くのベスティア達が詰めかけておりちょっとした騒ぎとなっていた。


「リンお姉様……」


 いつものトーンでは無く消え入りそうな声でそう話しかけてくるナギにリーンフェルトは自身にも言い聞かせるように話し始める。


「またどこかで会えますよ。今生の別れでは無いのですし、ナギももう少し大きくなったら会いに行けば良いのですよ。だから笑顔で見送りましょうね」


 ナギにはそう言い聞かせる。

 そうしてから牛車に向かってリーンフェルトは歩き出す。

 皇帝達よりも前に出て来てしまったが、見送りの対象が身内であるから大目に見て欲しい。

 出来るだけ冷静に、普通にしていようと努めるあまりにいつもよりぎこちない動きになってしまったのは仕方のない事だろう。

そうしてやっと一言妹に向かって投げ掛ける。


「……私達とくる?」


 この質問についてシャルロットからちゃんとした回答を得られていた訳ではないので、ダメ元でそう質問する。

 しかしシャルロットはふわりと微笑んで首を左右に振って見せた。

 リーンフェルトも頭では分かっていたはずなのだが、やはり現実を突きつけられると胸にこみ上げてくるものがあるようだ。


「そう、やっぱりジェイドといくのですね……」


 そう言って数歩後ろに下がって牛車との距離を取る。

 そしてリーンフェルトが元の位置まで戻ってくるのを見計らってナギが新しく出来たもう一人の姉に聞こえる様に声を上げる。


「また来て下さいね!」

「またいつでもアシュタリアに来るが良い。歓迎しよう」


 カハイの良く通る声は牛車にも届いているのだろう。

 皇帝の声を合図にするかのようにゆっくりと牛車は動き始める。


 徐々に遠ざかってく牛車を見ていたナギが遂に泣き出してしまう。

 ナギの頭を撫でながら姉として振る舞えば、その瞳から涙がこぼれる事は無かったのだった。

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