184 酒を求めて
外からは祭囃子が聞こえると言うのにどうしてこうなったとカインローズは微妙な顔をしていた。
というのも目の前にいるしかめっ面の父、アベルローズからお小言を受けていたからだ。
「取り敢えずお前、今日酒禁止な」
開口一番にそう告げられたカインローズは、父親と言えどもその権利を奪われてなるものかとすぐさま反論する。
今日と言うめでたい日に酒が飲めないとは何事か。
「なっ……親父それはちょっと酷ぇんじゃねぇか!? 暴挙だ暴挙!」
「何が暴挙だ馬鹿者め。お前が酒を呑むと碌な事にならん。コウシから嫌がらせに金粉が送られてきたわい!」
コウシとは四祭祀家の一家、シュテイの現当主でヒナタの父である。
しかしどうして必殺金粉分身の術の話がシュテイ家まで知れ渡ってしまったのかという疑問に首を傾げる。
それはどうもそのまま表情に出ていたらしくそれを察したアベルローズは当然だろうと言わんばかりにこう言い放つ。
「わかっとらんようじゃな、ド阿保……七福神温泉に勤務しておる者の大半が他家からの密偵よ。そんな事を分からんのかお前は」
「だがよ。俺はあん時、漢として引くに引けねぇ戦いをしていたんだ」
そうカインローズは先に見せられたジェイドの隠し芸に対抗するべく漢のメンツを掛けて勝負に出ていたのだ。
その戦いを生で見ていなかったアベルローズに文句など言われる筋合いなど無いのである。
「全身に金粉を塗ったくって分身して踊る事がか?」
しかしその思いは伝わらなかった様で呆れた顔のアベルローズがそう聞き返えす。
「おうよ、ジェイドの魔法に勝つ為には仕方が無かったんだよ」
自信満々でカインローズは胸を張り自信を持って答える。
勿論ジェイドの見せたという魔法の事を始め、各人の一芸の内容から乱闘騒ぎの顛末まで全てハクテイの手の者から報告を受けて知っていたので何と争った芸であるかはお見通しである。
「……この愚息め。そんな芸ではどこの誰にも勝てんわ!」
誰もがそれを本人に言うのを避けていた真実をアベルローズは息子に突き付ければ、カインローズは過去の成功例を上げて応戦する。
「くっ……冒険者時代にはバカうけだった鉄板ネタなんだぜ?」
「……聞き捨てならん。お前他の大陸にいる頃からそうやって踊っていたのか?」
だがしかしカインローズのセリフに一層深く眉間に皺を寄せるアベルローズは、聞き間違いかと聞き直す。
「当たり前だ。あれをやった翌日にはみんな笑顔で挨拶してくれるんだぜ」
「はぁ、カインよ……それは絶対に皆お前の事を馬鹿にしてるぞ」
アベルローズは頭に手をやって深く大きな溜息を吐く。
実に四祭祀家の一家としての品格を疑われる話であり、カインローズが帰って来てからは彼の行動を観察し要らない噂のもみ消しもしてきた。
というのもやはり、シュルクでありながらベスティアの国であるアシュタリアで政治に携わるアベルローズとしては政敵に弱みを握られるのはやはり癪なのだろう。
カインローズがシュルクとベスティアのハーフであったとしても、それを蔑まれる事なく生きて行けるようにと積極的に意識の垣根を取り払おうとしてきたアベルローズとしては、ベスティア至上主義とも言うべき政敵達が上げ足を取ろうとしている所に裸で踊る息子の話は正直頭の痛い事であった。
勿論コウシとは親友同士である為、金粉の件に関して言えばキツイ冗談である。
「そんな馬鹿な! 皆良い奴だったんだぜ?」
「別に儂は悪い奴等だとは言っておらんぞ」
「宴会なんぞ楽しければ良いんだ。お上品な芸をされても何にも面白くもないぜ!」
「だからと言って羽目を外し過ぎるな。故に……今日は酒抜きじゃ」
「んなっ……殺生な……」
「ふん。日頃の失敗が集ったと思うのじゃな。なおお前がこっそり飲酒しない様に陛下から隠密部隊を借り受けておる」
「クソ親父めそこまでやるか!」
「おうさ、やるとも。散々ハクテイの名を穢しおって……今日この日くらいはしっかり反省せい!」
そう言い渡されてしまったカインローズは自身の背後に二つの気配が現れるのを感じたが、その姿を視認する事は出来ない。
「ふん……早速仕事かよ。ご苦労なこった。だが……必ず貴様らの目を掻い潜って酒を呑んでやるからな!」
そう宣言すると大股で歩き部屋から出て行く。
「やれやれいつまでガキのつもりでいる気なのじゃ……ではお主ら奴がくれぐれも酒を呑まない様に見張ってくれ」
誰の姿も確認出来ない部屋でアベルローズは声を発すれば、先程まで感じていた気配がスッとなくなるのを感じた。
屋根の上でカインローズはぼやく。
「だぁーー本当にしつこい!」
彼是二時間ほど逃げ回っているのだが一滴の酒にも有り付けず、更に背後に気配だけが感じられるがその姿は一向に確認出来ないと言う何とも気持ちの悪い状態に置かれたカインローズは屋根伝いに移動しながら屋台などを確認しつつあまり混んでいない店を中心に料理と酒を頼もうとしている。
しかしママラガンは彼等の庭に等しくその守りに余念がない。
向かう先々で提供されるのは料理のみ。
酒を頼もうものならば追い払われる始末。
折角の祭りに酒の一つもまともに呑めないとはと身の不幸を嘆いていたカインローズではあったが、脳筋の彼にしてはまともに思考していたらしく。
いや酒の為にいつもよりいろいろ考えていたカインローズは打開策を見出して一人でにんまりと笑う。
それは傍から見れば悪だくみを思いついたアベルローズにそっくりという評価が貰えそうな程意地の悪い笑みであった。
「そうなるとだ。まずはこっちの一手が早いだろう……リン達と合流しよう」
一人ではどうにも対処出来ない事を悟ったカインローズは第三者を巻き込む方法で酒を手に入れようと画策しているのだ。
脳が酒を求めているのか、本来ちゃんと真面目に始めに考えればこれくらいの事脳みそが備わっているのかはさておき。
今朝出掛けに衛兵呼び止められてアベルローズの元に向かってから今まででざっと四時間経過している。
あのタイミングで外に出たのならばいい加減大通りに展開されている屋台めぐりなどを終えて城の方に戻って来ているのではないかと推測が付く。
合流してしまえば後はリーンフェルトにお使いを頼むだけである。
なんならそこの屋台の料理位奢ってやってもいいくらいだ。
それくらいに今は酒が飲みたいとカインローズは本気で力を行使していく。
聴覚嗅覚を研ぎ澄ませて雑念を払い、ただひたすらにリーンフェルトの気配を探るのだ。
しかし今日ばかりは条件が厳しいようで見つける事は出来なかった。
外に繰り出している人数は数千単位、匂いを追おうにも屋台や露天で料理が売られているのだからいろいろな匂いが混ざる。
ならばと第二プランに移行する。
第二プランも人を巻き込んで酒を手に入れようとする話なのだが、今度の相手はリーンフェルトではなくアウグストだ。
彼も突然の居残り組であり、時間の経過こそあれど彼の場合は皇帝陛下に呼ばれたのだがらその席には酒や食べ物くらいあるだろう。
ましてや今回の玄爺を怪我なく排除した功績で、ご相伴に与ってもバチは当たらないだろうという算段だ。
仮に皇帝が事情を知っていたとしても、アウグストの命令ならば飲まない訳にはいかない。
そのシチュエーションまで持って行けば合法的に酒が飲めるというものだ。
アウグストの事だ、一度タイミングを逃すと中々外に出られないというアウグストの癖を知っているだけに恐らくまだ城の方だろうと考えられる。
ならば行動にもしかしたらが残るリーンフェルトに頼むよりも、ほぼ確実に城で燻っているであろうアウグストを捕まえた方が酒にあり付けそうだ。
長い闘逃走の果てにカインローズは一縷の望みを掛けて城まで戻る事にしたのだった。
城に戻ってみれば案の定アウグストが外出のタイミングを失って資料整理している場面に出くわした。
「ようアウグスト。実は頼みがあるんだが……」
そう切り出すカインローズにアウグストはスイッチが入っている状態だ。
「何だね。今私はとても忙しいのが?」
「いや実はよう……」
「聞こえなかったかね? カイン。仕事の邪魔だ」
「いやさ、ちょっと……」
「申し訳ないねカイン。今ちょっと手が離せないのだよ。カハイ皇帝からの直々の依頼なのでね」
そう言って取りつく島さえ無い状態で部屋から追い出されてしまう。
完全に予想が外れて酒に有り付けないままのカインローズはイライラが収まらず背後の影に声を掛ける。
「居るんだろ? 出てこいよ!」
傍からは一人でいるようにしか見えず、完全に危ない人である。
しかしこの隠密は任務に対してかなり忠実だと言える。
カインローズのそんな呼びかけにも言葉を返す事なく、後方の気配だけがひしひしと伝わってくる。
姿の一つでも見せてくれればまだ面と向かって文句も言えるのだが、彼等はそういう事もさせてくれないようである。
カインローズは酒を諦めて一つ溜息を吐いて自室へと帰るのだった。