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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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182 温度差

 勝手に任務を切り替えてゲンテイと共に地下に避難するべく塔を降りていたカインローズの横で玄爺ことゲンテイ・シメイがオイオイと泣いている。

 溢れる涙は拭う事無く、黒竜の隙間から見える暗雲に走る雷を見ては呻くような声を上げている。

 それを励ますようにカインローズは話しかけるのだが、どうにも効果が薄い。



「なぁ玄爺仕方が無かったんだよ。あれはこの国にとってはもはや害しか齎していなかったじゃねぇか」

「ふん……長らく国を空けていた者に何が分かるというのじゃ、あぁレヴィン様はあの黒竜に食われて逝ってしまわれたのかのぅ……御労しや御労しや……」


 見上げる先にはママラガンを覆う黒竜の咢が見える。

 カインローズは街を覆うシャハルを見上げながら語りかける。


「玄爺の領地にだって八色雷公はあったはずだろう?」

「御神体の女神が怒りだしたのは必ず我等に理由があるはずなんじゃ! それも聞かぬ内からレヴィン様を殺してしまうなど……それに儂は初代様と遠い昔に約束したのじゃ。御神体を守ると」

「まぁ恐らくだが初代様も八色雷公なんて物が起こるようになるなんて知らなかったんだと思うぜ」

「ミツタダ公……いや初代様になんと申し開きすればよいのじゃ」


 初代様の本名がミツタダである事知っている者はそう多くなく、シメイが如何に初代様と近い存在であったかが伺える。

 シメイは元々長命な種族のベスティアである。

 それこそ年齢で行けばアシュタリアの最長老と言われても不思議ではない。

 建国当初から生きてきた彼にとって御神体が如何なる存在であり、ベスティアをどのように見守り続けてくれたかを知っている。

 国の何人が御神体を破壊する事に賛成しても、頑なに首を横に振り続けた。

 反逆罪に問われようとも御神体の破壊を阻止するべく兵も挙げた。

 結果は不甲斐無い事になってしまったが後悔は無い。


「後は陛下に裁かれて儂はこの世を去るのみじゃ……」


 すっかり気落ちしているシメイの背中にカインローズが声を掛ける。


「行ってしまった事は仕方が無い。その失敗を次に生かしてこそ我等ベスティアの誇りである。誇りを忘れるな、諦めるな。地平の果てまで駆けるその足があるのなら、食らいつく牙があるのなら……じゃねぇか?」

「それは初代様の……」

「あぁママラガン遷都の際に全国民に向けて言い放ったって台詞だな」

「お前はそれを儂に言うのか。儂はそれを生で聞いておったのだぞ」

「そりゃ玄爺は生きる伝説で尊敬すべきベスティアだからな。それに牙は折れちゃいないならまだ食らいつけるだろ? どこに諦める理由があるんだ」

「……ふん。おだててもこんな爺からはなんもでやせんぞ?」

「さっきの事は俺や親父達からも嘆願書を出させる。必ず陛下の首を縦に振らせてやるから待ってろ」

「全くアベルの倅は口が悪い……奴にそっくりじゃ」

「まぁ一応あれの息子なんでな」

「本当に時の流れは速い物じゃ。お前のおしめを取り換えたのは一体どれほど前の事だろうか……小さかった子が大きくなったものじゃなカイン」

「俺の爺ちゃんみたいなもんだからな。長生きしてくれよ」

「少なくともお前の十倍は生きておるのだがのぅ……」


 シメイは顎の髭を撫でながら笑う。


「御神体が無くなった後の世も儂は見守らねばならんようじゃ」


 そうぼやいて立ち去って行くシメイの背を追う様にカインローズも続き、地下へ避難するのだった。



 地下避難所に吉報が齎されたのは昼過ぎくらいであった。

 リーンフェルトが無茶をして倒れたという話を聞いたシャルロットが凄まじい勢いで避難所から走りゆくのを見かけたカインローズもまたリーンフェルトの元に見舞いに行くつもりだったのだが、先程シメイと約束した皇帝への嘆願書準備の為に奔走する事を優先事項と考えていた。

 付き添いに関してはシャルロットに任せようと気持ちを切り替えた。

 シャハルが顕現していたので宿主であるリーンフェルトは概ね無事なのだろうと想像出来たのは、やはり付き合いが長いせいだろう。


 八色雷公から解放されたママラガンの住人達は歓喜の渦に呑み込まれている。

 そんな人々を見ながら少々寂しそうな表情のシメイは連れて来た兵士達と共に自身の領地へ引き返していった。

 その複雑な心境は推し量れる物ではない。


「さてまずは親父から捕まえるか……」


 シメイを見送ったカインローズは一人ぼやくと嘆願書についてアベルローズに相談するべく行動を開始した。




 リーンフェルトが意識を取り戻したのは陽が西に傾いた頃である。

 目を開けるとベッドの脇に泣きそうな表情のシャルロットが目に入る。

 そんな彼女に手を伸ばす。

 負った筈の火傷などは綺麗に治っており体に痛みなどはなかったのでいつも通りに動く。

 柔らかい感触を指先に感じながらその頭を撫でる。

 意識を取り戻した事が余程嬉しかったのだろう、シャルロットはガバッとリーンフェルトに抱き着く。

 彼女は正直何を言ってるのか聞き取れないくらい体を揺さぶりながら喜んでいるのだが、リーンフェルトはもう一度意識を失いそうになっている。


「お姉ちゃん……!」

「大丈夫だから……落ち着いて……苦しいわ……」


 何とかそれだけを伝えるとようやくシャルロットは身体から離れてくれた。

 ごめんなさいと謝る彼女に怒ってない事を伝えると思い立ったように部屋から走り去って行ってしまう。

 多分誰かに姉であるリーンフェルトの意識が戻った事を伝えに行ったのだろう。

 昔から時折突飛な行動を見せる妹ではあったが、しばらく見ない内にどうも拍車が掛かっているような気がする。

 シャルロットが戻ってきた時に連れて来たのはナギとリナである。


「リンお姉様、ご無事でしたか!」


 そう叫びながら部屋に入ってきたナギもまたリーンフェルトに駆け寄ると手を取って心配そうに覗き込む。

 どうもいろいろ心配させてしまったようでナギには泣かれてしまう。


「お嬢様の身に何かあったらどうするおつもりだったのですか!」


 リナに至ってはどうも倒れた経緯の詳細を聞かされていたらしく怒られてしまう。

 特に体の不調も感じない程だったので立ち上がって見せると、やっと納得してくれたようである。

 シャハルには後でしっかりと感謝を伝えようとリーンフェルトは思う。


 そうした訪問者が一段落した頃にはもう夜の帳が降り始め、少し冷たく感じるくらいの涼しい風が部屋に入るようになって来たので窓を閉める。

 その足でリーンフェルトは食堂へと向かう事にした。

 半日近く意識を失っていた為に体が食べ物を欲していたのだ。

 部屋の角を曲がった所でジェイドと鉢合わせる事になるとは、思いもしていなかったので随分と素っ気ない反応になってしまった。


「おっ、……と。悪い」

「あ、いいえ」


 流石にこのままでは気まずいので、リーンフェルトは率直な感想を彼に伝える事にしたのだ。


「それにしてもジェイド、貴方と任務に当たる日が来るなんて想像出来ませんでした」

「あ、ああ……そうだな。そっちもお疲れ様……助かったよ」


 初任務に泥を塗られオリクトを破壊されてからいろいろあったが、こんなにも穏やかな気持ちでジェイドと話す日が来るとは数か月前からは想像が着かない。

 そんな彼の口から次の言葉が紡がれる。


「あのさ、リーンフェルト」


 何時になく真面目なトーンに少し驚いてジェイドの顔を見上げる。

 彼は一つ大きく息を吐いてからゆっくりと話し始める。


「世界には未だ二つ、ヘリオドールがあるだろ。……あの破壊を、手伝ってもらえないか?」


 ジェイドの言葉にリーンフェルトの思考が一瞬止まり混乱する。

 彼は一体何を言っているのだろうか。

 少なくともその申し出について徐々に思考が追い付いてきたリーンフェルトは、その危険な考えに怪訝そうな瞳を向けて答える。


「本気で言っているのですか? あれはシュルクには無くてはならない物……今回は壊すのを頼まれただけです。協力については即答出来ません」


 その回答は彼にとっても予測は出来たのだろう。

 しかし常識的に考えればヘリオドールを破壊して回るジェイドはこの世界の秩序にとって危険人物でしかない。

 彼によって水が溢れ多くを流し、大地は黒く腐った。

 確かにアシュタリアのヘリオドールに関して言えば依頼されるという異例のパターンだ。

 そう今回の事自体が異例なのである。


「……俺は、本気だよ。無くてはならない、っていうのは精神面での安心感とか信仰の為か? 一番ヘリオドール信仰の強かったグランヘレネ皇国を見れば、その心配は杞憂とも思える。生活面において心配してるなら、それだって杞憂だ。無くなってもどの国も何とか上手く回せてるだろ? それよりももう、五つある大陸の内の三つは壊れてるんだ。国家間のバランスを考えてもマディナムント帝国と、ケフェイドのヘリオドールは壊してしまうべきだと俺は思っている」


 国家のバランスと言う物を考えた時にヘリオドールの有る無しは大きいと考えられる。

 しかしだ。

 それを破壊して回る事が正しいかと言われれば、そうではないだろうとリーンフェルトは考える。

 第一壊しているジェイドがそれを言っても説得力に欠ける。


「それは結果論です。女神を信奉する者の方が多いですし、むやみに壊すのは良くないと思いますが?」


 そう彼の言っている事は破壊を行った上での結果論としか言えず賛同する事は出来なかった。

 きっと言葉を積まれても応じる事はないだろう。

 沢山の言葉が口から溢れそうになるのを堪えてジェイドの目を見る。

 今言った事にきっと嘘は無く、揺るがないといった物が見て取れるのだがリーンフェルトはやはりそれに納得は出来なかった。


「……ま、そんな事を考えてるっていうのは伝えておきたかったんだ……俺の考えてる事なんて興味ないだろうし、知りたくなかったかも知れないけど。折角仲良くなれたんだしな。じゃ、俺腹減ってるからまた後でな」


 そう言ってジェイドは事をうやむやにして食堂の方に向かって歩いて行ってしまう。

 食堂に向かおうとしていたリーンフェルトはこのまま食堂に行ってもジェイドと顔を突き合わせる事になると考えて元来た道を戻る事にした。

 食事を取り損ねたリーンフェルトはアル・マナクから支給されている非常食を食べる事にした。

 ドライフルーツが練り込まれた棒状のクッキーを一口頬張った所で部屋の扉をノックされたのでそれを水で流し込んで対応する。

 部屋の扉を開けるとそこにはカインローズが立っており、手には食事の乗ったお盆があった。


「何時まで経っても食堂に来ないから持って来てやったぞ」


 そう言ってお盆を手渡してくれたカインローズに礼を述べると、彼はニカッと笑って見せる。

 その顔を見てふと思い出した事が合ったリーンフェルトはカインローズへと質問を繰り出す。


「カインさん、任務を放り出してどこに行っていたのですか?」

「あぁそれなぁ。それは明日にでも説明するからお前はそれを食ったらとっとと休め、上官命令だ」


などと言って勝手に扉を閉めると逃げる様にリーンフェルトの部屋から去って行ったのだった。

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