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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
180/192

180 皇帝の大望

 曇天の空。

 見る間に湧き立つ雷雲は雲霞の如く広がり、雷のヘリオドールは眩い輝きを放つと一気にその魔力を解放し始める。

 それは瞬く間に頭上の雲へと駆け上がり、猛獣の遠吠えのような轟音と共に遠くへと堕ちた。

 狂える女神の舞、八色雷公が始まると暴れる様に雷を撒き散らし始める。


「八色雷公の時にヘリオド……いや御神体はその強度を若干ですが弱める事を確認しました。カハイ陛下におかれましては破壊する可能性の高まるこの日を実行日にする事を進言致しますよ」

「さようか……勝算はあるのだろうな?」

「そうですね。それはジェイド次第でしょうか。しかし彼にはもう二つ壊した実績もありますし、問題ないだろうと思いますが?」

「あれが壊れて無くなる事こそ我が大望。必ず成功させねばならん」


 そんなやり取りがあったのはママラガンの住人達が半分ほど避難した頃の話だ。


 徐々に激しくなっていく稲光と雷鳴にこの場に残った面々の表情に緊張の色が見て取れる。

 リーンフェルトもまた大気を震わせて至近距離に落ちる雷を吸収しながら、その男の後姿を見ていた。


「邪魔が入ったけどもう時間もなさそうだ。改めて、……そろそろいくぞ?」


 彼が振り返りそう告げると、皆が一様に黙って頷く。


「さてちょっとしたハプニングがありましたが、そろそろ始めましょうか。宜しいですかな陛下?」

「うむ……これで八色雷公から解き放たれればアシュタリアは更なる繁栄する事ができよう」


 アウグストがカハイにお伺いを立てると、見た目に似つかわしくない程威厳に溢れた声でそう返す。


 時は満ちた。

 カハイはこの時をどれほど待ち焦がれてきたか。

 女神を弑するという大それた考えを持った時の罪悪感、それにも増して八日に一度訪れる神の怒り。

 我らベスティアが一体何をしたというのだ。

 何についてそんなに怒っているか。

 それを考えない日は一度たりともなかった。

 元々安置されていた場所からここママラガンに運んできた初代様に対してずっと怒りを露わにしているのだろうか。

 それともベスティアなど滅べ滅せよと仰せなのだろうか。

 考えても正解など見つかる訳がない。

 直接手を下す事は叶わなかったが、あれを壊すのは己の殺意に他ならない。

 ゴクリと喉が鳴る。

 もう止まる事は許されない。

 皇帝としてこの瞬間を余すことなく見届けなければいけない。

 カハイはその視線をもう一度御神体に向けると、リーンフェルトが確認を取るように口を開く。


「ヘリオドールが壊れた後は、その魔力が暴走が暴走して溢れだすのを知っていますか?」


 それについては他国の惨状も合わせて報告が上がって来ていたので、カハイは静かに頷く。

 報告の通りであるならばママラガンは雷によって焦土と化すに違いない。

 民は全て避難済みである事。

 御神体信奉者であるゲンテイ家には若干だが申し訳ない気持ちがある。


 そんな事を考えているとリーンフェルトの言葉を補足する様にアル・マナクのアウグストは話し出す。


「アル・マナクの調査部隊からの報告ではサエスでは水が、グランヘレネでは土がといった具合だったね」

「ならば今回のも大体ですが想像が着きます。通常の数十倍の八色雷公がアシュタリア全土に降り注ぐはずです」

「ではリン君、全てとは言わないが出来るだけママラガンを守ってやってくれるかね。恐らくここが最も激しい雷に晒されるだろうからね」


 カハイはそう言われたリーンフェルトの目に強い意志を感じ、その少女を見ていた。



 皇帝からの視線に身が竦む思いをしたリーンフェルトであったが、気を一層引き締める。

 視線の先にある雷のヘリオドールに顔を向け、一つ頷いて見せる。

 今までの経緯から推測すれば、ヘリオドールを中心としてその災害が広がって行く事が分かっている。

 ならば最も激しく雷が落ちるのはここママラガンである。

 逆を言えばこの場でどれだけ防げるかに寄っては、被害を最小限に留める事が出来るかもしれない。

 改めて重要な任務であると再認識したリーンフェルトに始まりの合図が聞こえた。


「ではジェイドとリン君、やってくれたまえ」


 何故か少々腑に落ちないといった表情を一瞬浮かべたジェイドがヘリオドールに向き直る。


「……全員、怪我するなよ」

「はい、全力で雷から皆を守ります」


 そう答えれば早速ジェイドは行動を開始する。

 魔力を込めた右手でヘリオドールに手を当てようとその手を伸ばす。

 そのヘリオドールはと言えば雷の魔力をその身に宿して表面に紫電を走らせており、普通の者であればまず触ろうとは思わないだろう。

 紫電はジェイドの右手を向かって伸びるのも、吸収で絡め取り直撃を防ぐ。

 体内に取り込まれた魔力が強すぎて中々安定しないのだが、そうも言っていられない。

 ヘリオドールから溢れる魔力は矢嵐の様な雷をいくつも降らせてくる。

 それに耐えながらジェイドの様子を伺う。

 丁度その手はヘリオドールへと届き、ジェイドの右手の魔力がどんどんと膨れ上がって行くのが見て取れる。

 その長いようで短い時間に魔力が流し込まれると輝くヘリオドールの中ほどから崩壊が始まる。

 辺りを駆けずり回る雷の魔力がパチパチと頬を跳ね、前髪などをあらぬ方向へと持ち上げていく。


 調査の時もそうだったが、この後髪は潤いを失くしたようにパサパサになるのだ。

 無事任務が終わったならば必ず手入れをしなければと一瞬考えて首を振り、今は目の前に集中するべきだとリーンフェルトは自身を律する。

 寧ろここからが本番ではないだろうか。


「……っ」


 ジェイドが小さく呻く声が聞こえる。


「クッ……流石に壊れていても、なんて膨大な魔力なの!?」


 吸収の能力を使いながら目の前から溢れてくる膨大なまでの雷の魔力に呑み込まれそうになるのを何とか耐える。


「更に魔力詰め込むぞ! もっと漏れるから取り零すなよ……ッ」

「えぇ、ここにいる皆は守って見せます!」


 ジェイドの魔力が一層込められると遂に耐え切れなくなったヘリオドールに亀裂が走る。

 その亀裂からは無数の雷が溢れ出て破壊されるのを拒むように、ジェイドへと殺到するが全てリーンフェルトが吸収の能力で絡め取られていく。

 自身より後方にはカハイやアウグスト達がいるのだ。

 取り漏れれば誰かの死に直結しかねないその魔力が、体内に取り込まれては暴れる。

 それを強引にねじ伏せて黙らせる。

 誰かに怪我を負わせる訳には行かない。

苦痛にもがく大蛇のようにのたうちまわる無数の雷一手にリーンフェルトは引き受ける。


「一撃たりとも漏らしはしませんよ!」


 両の手に展開された吸収の力の効果範囲を広がるべく左右に手を大きく伸ばす。


「やるなリーンフェルト! だけど、油断するなよ……!!」


 目の前にいるジェイドがこちらも見ずにそんな事を言ってくる。

 勿論油断などするつもりはないので、お返しとばかりに出来るだけ明るく余裕があるように声を張る。

 後ろを気にさせる様ではいけないのだ。


「大丈夫ですから、ジェイドは集中してください!」


 とは言えリーンフェルトは自身の限界が近い事も分かっていた。

 内に吸収した雷の魔力が体内を駆けずり周り今や腕や足の感覚が痺れているような状態だ。

 このまま意識を失い倒れるような事があれば、堰を切った水の如く溢れた雷は後方で見守っている彼等を驟雨が打ち付ける様に瞬く間に襲うだろう。

 自身で最後まで守りきれるのならばそれに越した事は無いのだが、そうも言っていられない。

 自分のプライドよりも誰か守るべき者の命の方が余程大事だ。

 だからこそ頼れる相棒にバトンタッチする事にした。


「流石に全てを吸収しきるのは難しい……ですね……シャハル交代を」


 薄れゆく意識にシャハルの声が聞こえる。


「全く主殿は無茶をする。さてこの街を守れば良かったのじゃったな。ではその魔力吾輩が食らってやろうかの」


 それに安心したリーンフェルトはゆっくりとその意識を手放した。




――さてリーンフェルトが意識を失った事で表面に現れたシャハルは目の前の男に強烈な違和感を感じる。

 彼の胸元辺りの魔力が途轍もなく異質、いや寧ろ何処かで感じた事のある魔力である事に引っ掛かりを覚えたのだ。

 ここでそれを追及するほど余裕があるかと言われれば然程無い。

 器として使っているリーンフェルトのサイズ感ではどうしても視認できる範囲程度というのが限界である。

 色々と考える事はあるが今は良いだろう。


 それはさておき今は忠実に主であるリーンフェルトの願いを叶えるやるべきなのだろう。

 シャハルは辺りに満ちる雷の魔力をありったけの吸収の能力で吸い上げる。

 リーンフェルトの体内にある魔力も辺り一帯の雷も今度はシャハル自身の物としてどんどんと魔力を吸収していく。

 勿論主であるリーンフェルトに負担が掛からない様に自身の魔力貯蔵庫の方へとだ。

 一体こんなに魔力を食らったのはいつ振りの事だろうかとシャハルは自身の記憶を遡ってみたが、やはりそうある事ではないと確信する。

 さてもう一仕事。

 シャハルは掻き集められるだけ集めた魔力をその体に取り込んでいくのだった。


 リーンフェルトの時とは違い格段にその効率を上げた結果、ジェイド及びカハイやアウグストの元に雷が届く事は無くなった。

 多少の取り漏れはご愛嬌と言えようそこまで守備範囲が広い訳ではないのだ。

 全てを掬おうとして最も大事な事が疎かになり誰か死んでしまったら、目も当てられない。

 そんな理由でママラガンよりも遠くに落ちる雷に関しては無視を決め込む。

そうこうしている間に目の前の男、ジェイドはその魔力を以て遂に雷のヘリオドールを砕く事に成功する。

膝を着き崩れ落ちそうな状態であったが寸での所で持ちこたえた様である。

右手を地について何とか自身を支え切った後姿に感心する。

リーンフェルトはまだ意識を失ったままだ。

もうしばらくリーンフェルトの面倒を見なければいけないようだ。

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