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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
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18 月明かり

リーンフェルトが目覚めたのは、カインローズに担ぎ込んだ翌日の事らしい。

と言うのも絶対安静の上面会謝絶であった為、誰も姿を確認していないからだ。

その情報はクライブを見舞いに来ていたアトロが修道士より伝え聞いたものだった。


教会には簡易な宿泊施設があり、状態の安定しない患者などは夜通し看病してくれる。

尤も利用するのにそれ相応のお布施が必要であり、リーンフェルトやクライブのそれはアル・マナク付となっている。


「クライブ、お前も明日には治療が終わるぞ」

「本当っすか。この貫頭衣には慣れないし、外に出られないのは苦痛っすよ。馬達の世話も任せっぱなしですんません」


白い貫頭衣を着たクライブがベッドに腰掛けたままアトロに頭を下げる。


「それは別に構わないさ。それよりも絶対安静のリンさんが心配だな」

「そっすね……命には別状ないと聞いたけど、面会出来ないのは心配っすよね」


それにアトロは頷き、クライブもリーンフェルトへの心配の為か表情が優れない。

そんな彼にアトロはもう一つ申し送りをするのだが、その言葉にクライブは顔をしかめた。


「旦那から奴と戦うなと指示が出ている」

「なっ!?なんでっすか!リンさんも荷物もやられたってのに!」


激高するクライブにアトロは若いなと感じる。

確かに冒険者もそうだが、どの業種であろうとも舐められたら終わりである。

奴とはあの襲撃者の事だ。

もちろんクライブがここで静養している原因を作った奴の事である。


「まあ落ち着けクライブ。話は最後まで聞くものだ」


低く落ち着いた声でクライブを制すると、アトロも心情では納得はしていないようで眉間に皺を寄せて苦い顔をする。


「簡単に言うと我々では勝てない。そして旦那が何を考えてか知らないが戦わないと言っているんだ。あの脳筋の旦那がだ」


アル・マナクの中でも武闘派であり、戦闘訓練をこよなく愛すカインローズがそう言ったのだと知ると、ギョッと目を見開いたクライブは相手の力量が自分では到底追いつかない事を痛感して俯く。


「あの旦那がそう言うなら、本当に危険な奴なんすね」

「ああ、どうもそうみたいだ。しかし旦那が珍しく有益な情報を掴んで来ている」


その一言に、クライブは身を乗り出し食いつく。


「一体なんなんすか?」


アトロは一つ頷くとクライブに切り出す。


「襲撃者の名前だよ。何でも名乗りあったらしいのさ、そいつと」

「名乗りあったんすか?」


クライブは不思議そうな顔でアトロに聞き返すが、アトロもどうしてそうなったかまでは聞いておらず納得のいかない表情である。

カインローズが起きた後アトロは確認の為にもう一度その時の事を尋ねて見たのだが、「名前を聞かれたから名乗った。そしたら相手も名を名乗ったんだ」の一点張りだった。


「なんだか間抜けな話だが……確認はしておいて損はないだろう?」

「そっすね!」

「まあ、偽名かも知れないね。旦那が騙されたって線もあるからな」

「確かに。カインの旦那の事ですからね」


アトロはクライブと苦笑した後、単身ルエリアでの聞き込みを開始した。


その頃リーンフェルトは教会の二階にある一室で天井を見ていた、いや見せられていた。

というのも肩と首を固定する為の板のような物に挟まれてベッドに寝かされていたからだ。


「……っ」


そんな状態なので全く体が起き上がらない。


「私は確か……」


襲撃者と戦い気を失った……それはつまり死を意味する。しかし、生きてここに寝ているのは情けを掛けられたとしか考えられない。

まさかあの男に助けられたのかと思うと、苛立ちや不甲斐なさがリーンフェルトを内面から責める。


「……くっ」


では、なぜ助かったのか。それはつまりあの男にとって、自分はトドメを刺すに至らない相手という事だ。

確かに手も足も出なかった。

赤子の腕を捻るが如くあしらわれたのも事実だ。世界にオリクトを安全に供給し、その敵を排除する剣であるセプテントリオンになった事はリーンフェルトの誇りであり、今の自身の存在意義でもある。

頭に血が上り冷静な判断が出来なかった事も敗因の一つだろう。そんなリーンフェルトの視界に司祭の姿が映る。


「あのっ……」


そう言って慌てて起き上がろうとするが固定されている為、思うように動く事が 出来ない。もがき肩に激痛を感じ、その表情を歪めるリーンフェルトに司祭は優しく話しかける。


「ああ、お目覚めになりましたか。そのままそのまま……どうか無理に起き上がろうとしないで下さい。治療の為に肩を固定させております。今無理をしたならばニ度と剣士として使い物にならなくなりますよ」

「……はい」


シュンとして静かになったリーンフェルトに諭すように司祭は続ける。


「今は安静になさい。焦っても良い事など一つもありませんよ」

「私はどうしてここに?」

「貴女の所の隊長さんですかね?あの大柄な赤茶の髪の御仁が血相を変えて夜分にここを訪ねて参りました」


カインローズに運ばれた?

リーンフェルトは街の外にいた奴の場所に、何故カインローズが辿り着けたのか気になる所だ。もしかしてつけて来ていたのだろうか?その何故が埋まらないので、大変消化不良ではあるが司祭が言うのだから事実だろう。何にせよリーンフェルトには想定外の人物であった為に驚きを隠せない。


「カインさんが……?」

「ええ、そうですよ。昼過ぎまで掛かった施術に、あの御仁は一睡もせずに礼拝堂で待っておりましたよ」


あのカインローズがそうまで心配してくれたのだ。何だか気恥ずかしさを感じ、頬を赤らめるリーンフェルトに司祭は続ける。


「貴女は大事に思われているようだ。しっかりお治しなさい」


司祭は手を肩にかざすと、陽光のように温かい治癒の光りがリーンフェルトの全身を包む。


「治癒にはもう少し時間が掛かるでしょう。どうです、その間お話なぞしませんか?」


別段断る理由もないリーンフェルトは小さく首を縦に動かす。


「そうですな。貴女は剣士…いや魔法もお使いになるのでしょうな。私も昔はそのようにお勤めをしておりました」


教会には大きく分けて二つの部門がある。

一つは市井にあって生活に寄り添う今の司祭のような者達。そしてもう一つは魔物と戦い人々を守る聖堂騎士の事だ。

貧しく冒険者ギルドに金を払えない山村や力無き者達の守護者として認知されている教会の武力である。


「私も当時はそこそこ強かったのですよ」


そう右肩を擦りながら寂しげな笑みを浮かべると話を続ける。


「もうだいぶ昔になりますが、ある村にグリフォンが現れましてな。その狂暴なグリフォン退治を聖堂騎士団が行う事になったのです」

「聖堂騎士団がですか」

「だいぶ被害も出ておりましたし、冒険者も多く犠牲になってましたからね」


司祭は当時の事を思い出すように少し遠い目をする。

少し間をおいてリーンフェルトは藩士の続きを司祭に促す。


「それで、どうされたのですか?」

「ああ、すみません。勿論退治は出来たのですが私も怪我を負ってしまいました。まだ傷が治りきらない中、周りの皆が止めるのを聞かずに魔物退治に出向いて失敗をしてしまいましてね。その怪我が元で聖堂騎士団を引退したのです」

「……」

「つまりそういう事です。無理などしてはいけませんというお話ですな」


そう言って司祭は力なく笑うと、本日の治療分は終わったのだろう。

小さく頷くとベッドの傍から離れて行った。

しばらくするとリーンフェルトは睡魔に襲われ、眠る事になる。

先程の司祭の話を胸に留めて。


次に目を覚ました時は辺りは暗く、夜になっているのが解った。

こんな時間に起きたとしても、動き回る事ができないリーンフェルトにはどうする事もできない。

そういう時に限って中々眠れないものである。

部屋には明かりはなく、窓から見える星空と月だけが唯一の光源となっている。


その暗がりの中、頭だけが妙に冴えた状態が苦痛だ。

つい、色々と考えてしまう。

特にあの男との戦闘の事は、傷口をいじるが如く胸が痛みリフレインする。


「悔しい……」


そう口から洩れるほどに悔しいという感情はリーンフェルトの内で暴れる。

これほど悔しかった事が今まであっただろうか。

涙が頬を伝うが、それを拭う事は固定された両の肩が許さない。

声を殺して一頻泣いた後、改め強くなろうと心に決める。

もう無様な姿を晒さないように、誰にも負けないように。

では、自分に足りない物は何なのだろうと考える。

長所を伸ばすのか、短所を補うのか。

正直、私服などと言う軽装でなければもう少し戦えたのではないか?

いや…過信は良くない。

あれだけ完膚なきまでに敗れたではないか。

そうリーンフェルトを自分を戒める。


「カインさんにでも相談してみようかな……」


元々カインローズはリーンフェルトの師匠でもあるのだ。

相談してみるのも良いかもしれない。

体を治す為に寝なければいけない事と寝れない事へのジレンマは幾分かリーンフェルトに焦りを感じさせる。

結局あれやこれやと考えてリーンフェルトが眠りに着くのは、空の白んできた黎明の頃だった。

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