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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
178/192

178 朝帰り

 ハクテイ家の城内にある仮住まいの扉がそっと開く。

 そこに現れたのは抜き足で足音を立てないように入ってきたカインローズである。

 一方入り口をじっと見つめ椅子に座りながらも自身の刀を鞘のまま杖にしている様は戦場の指揮官のような佇まいなのは彼の父であるアベルローズだ。


「おい、愚息!」


 彼の第一声にカインローズはビクッと反応した後、恐る恐る家のした方へ顔を向ける。


「なんでお前だけ朝帰りなんだ? 全く……どうせ酒でも飲んで宿で寝扱けておったのだろう。だらしない」


 アベルローズが実に見事なしかめっ面をしているのを見て、カインローズは溜息を吐く。

 どうも朝からお説教モード全開の様だ。

 確かに市井でハクテイの名を穢すような事をするなとは耳にタコが出来る程聞いて育ったが、この任務が終わればケフェイドに帰るつもりでいるカインローズにはどこ吹く風気にした様子もない。


「まぁまぁ親父そう怒るな、確かに温泉宿で泊まってきたのは事実だがこっちもいろいろあったんだよ」

「ほう……では話してみぃ」

「実は……」


 そう切り出したカインローズは昨晩のあらましを面白おかしくアベルローズに報告をする。

 しかし徐々に険しい表情になっていくアベルローズに気が付かず、報告が終わるや否や風魔法を纏った腕がカインローズの頭を直撃する。


「な、何すんだよ! 親父!!」

「何すんだよではないわ、この愚息が!! 家の恥になるような事はするなと言っておるだろうが」

「なんだよ。どこが恥なんだ?」

「お前の裸踊りの下りだ阿呆め!」

「いや親父、裸踊りじゃねぇし!」

「褌一丁に全身に金粉を塗ったくって踊ったと自分で言ったではないか」

「それのどこが恥ずかしいんだ? 俺の筋肉を見れて皆幸せだったろうよ」

「馬鹿抜かせ。いい歳こいたオッサンの裸で誰が喜ぶものか」


 そんな怒号が飛び交う中アベルローズに呼び出されていたリーンフェルトが扉を開けた姿で微妙な顔をしていたのは仕方のない事だ。

 気を取り直して咳払いを一つしたアベルローズは床に倒れたカインローズを部下達に回収させると、リーンフェルト達に向き直った。


「昨日帝都に避難勧告が張り出されておる。いよいよ御神体を破壊する目処が着いたという事じゃな」

「住民の避難にはどれくらい掛かる見通しですか?」

「さてな是が非でも残りたいとごねる者も出て来るだろう。恐らく季節が一つ変わるくらいは掛かるのぅ……もうちと速やかに避難が出来れば良いのじゃがな」

「いいえ住み慣れた家や故郷を置いていくのですから、皆さんきっと辛いと思います」

「まぁそうさな、気持ちは分からんでもない。だがのぅ八色雷公の被害が無くなると考えれば今まで使えなかった土地が使えるようになる」

「田畑として使える土地が増えるのは素晴らしい事ですね」

「そうじゃ。それによりベスティアは数を増やすであろうな。今以上にこの国は繁栄するだろう」

「その為にもあのヘリオドールは壊さないといけないのは分かっているのですが……」

「まぁ……神々の恩恵と謳われた御神体を弑するのは今まで守ってくれていた神に背くという事じゃが、その罪は儂ら老いぼれが背負っていく故どうか全力を尽くして欲しい」


 そう言って深々と頭を下げるアベルローズにリーンフェルトは恐縮するばかりだ。


「勿論です。ですから頭を上げてください」

「とは言えじゃ、リン殿の役目は術者たるジェイドを守り抜く事となるじゃろう」


 確かにヘリオドールを破壊するのはジェイドの仕事だろう。

 しかし彼ほどの魔術技巧者ならば一人でやってのけそうなものなのだが、どうもそういう事ではないらしい。


「アウグスト殿の試算ではな、帝都は跡形もなくなくなる予定じゃ」

「……それほどの雷がこのママラガンに落ちるという事ですか」

「あくまで試算と言うという事じゃが、あながち間違いでもないじゃろう。内包された魔力が暴走して溢れるというのはそういう意味じゃろうそれは覚悟の上じゃ、しかし客人であるジェイドを出来るからと言って人柱にしたのではアシュタリア帝国の汚点となるだろう。それは避けねばならん」

「ですが私では守り切れるか分かりませんよ」

「いやリン殿なら出来るさ。お主は既に一度奇跡を起しているしの」


 アベルローズの言う奇跡とはやはりヒナタの蘇生の件だろう。

 しかしある意味蘇生は言ってしまえばその範囲は人一人分である。


「それにジェイドを守るのはリン殿だけではないぞ。陛下を始め儂も降り注ぐであろう雷の対処に当たるつもりじゃ」

「それでは多くの犠牲が出てしまうのではないですか? 破壊へ赴くのは最少人数にして皆は避難するべきだと思います」

「しかしな……先にも言ったがこれは我が国の問題なのじゃ。それを部外者の命で贖ってくれとは口が裂けても言えんわい」

「ですが……」


 言葉を続けようとするリーンフェルトは、不意に頭に大きな手が乗せられる。


「そんくらいにしとけリン。これが親父達の覚悟だ穢すんじゃねぇよ」


 復活してきたカインローズはリーンフェルトの頭に手をやって黙らせようとするが、リーンフェルトはその程度では引かない。

 頭に掛かる大きな手をさらりと払い除けると言葉を紡ぐ。

 減らせる事の出来る犠牲は最小限に留めるべきだ。

 ましてや皇帝や四祭祀家の当主であるアベルローズは国の中枢にいるべき人達である。

 余計な犠牲を払ってまでその場にいる必要がないとリーンフェルトは考えるのだが、名誉を重んじるアシュタリアでは自国の事を他人の命で解決する事など以ての外なのだろう。

 その矜持は凄まじい程である。


「ですが……やはり陛下やアベルローズ様は避難するべきです」


 気持ちは分からなくはないのだ。

 国や文化が違えど民を守る立場にある者の考え方としては。

 だがしかし、それはプライドだけが邪魔をした自己満足的な犠牲でもある。

 被害者は少ない方が当然良い。

 それに世話になっているアシュタリアの面々が無駄に命を散らそうとしているのは、忍びないのである。


「それでは国の者に顔向け出来なくなってしまうわい」


 だからアベルローズの言い分は理解しているつもりだ。

 国の大事に我先にと逃げ遂せる輩の言葉など、誰も耳を傾けないという事は。

 口を一文字にして俯くリーンフェルトにカインローズがフォローを入れる。


「んなもん俺等が全力で守ってやればいいじゃねぇか。誰一人として死んじまわないようにだ」


 そう言ってカインローズはリーンフェルトの方をポンと叩いて、いつもの様にニヤリと笑って見せる。

 こういう時だけはとても頼りになるなとリーンフェルトはカインローズを見る。

 しかし昨日の金粉まみれの分身の術が頭にチラついて、乙女心は全くときめかない。

 そんな事を言ったのなら、カインローズからのこんな返し文句が来そうなので言葉にはしない。


「リン、お前に乙女心なんてあったのか」と。


 一応人並みには恋愛という物に興味はあるのだ。

 ただ、そうなるような相手に巡り合わないだけなのだ。

 あぁせめて初代様くらい強くて憧れを抱ける男性はいない物だろうかとリーンフェルトは考える。

 しかし候補に初代様が上がってくるあたり、大分ナギに洗脳されて来ているなと苦笑する。


「まっそういうならちゃんと守ってくれよ? カインローズ」

「おう、大船に乗った気持ちでいろよ」

「はぁ……何が大船じゃ。儂は泥船じゃねぇ事を切に願うわい」

「……それは私も同感です」

「酷くないかお前ら? ここ感動する所だろうよ」


 恰好のいいセリフを吐いたはずが、散々な言われようだったので声を荒げて抗議するカインローズは内心笑う。

 このくらいやり返してくれないとむしろ安心できない。

 深刻な雰囲気の時ほど笑え。

 ピンチはチャンスでもあるから心に余裕を持て。

 冒険者時代に当時トップランカーであったアトロと一緒に探索したダンジョンの中で魔物に挟み撃ちにされた事がある。


 他のパーティーメンバーとはぐれた二人が、ダンジョン深く人が一人分通れるくらいの狭い道で背中を預けて戦った時にアトロが言った言葉だ。

 彼はカインローズにこんな事を言ったのを、果たして覚えているのだろうか。

 それは分からないが、今日までカインローズの心に深く刻み込まれた言葉でもある。


 だから周りが深刻で重い雰囲気の時程、場を笑わせる事を心がける。

 リーンフェルトの肩の力は少し抜けただろうか。



 カインローズがそんな事を考えているとは露知らず。

 誰一人として被害者を出さないように全力を尽くそうと、固く心に決めるのだった。





――案の定と言って良い程住民の避難には時間が掛かった。

 居残って抵抗する者を見て、誰もがその思いに共感しながらも結局は避難とはいえ住み慣れた場所から引き剥がされる現実に多くの住民が涙した。


 彼等の避難が終わるまでの間にジェイド達と何度か顔を合わせる機会があった。

 あれほど因縁のあったジェイドとも今はそれなりに話が出来るようになったり、姉妹水入らずで合う事もあった。

 避難が進むにつれてママラガンの街中は閑散として行く。

 当然と言えば当然なのだがこれほどまでに初夏の風を寒々しく感じた事が果たしてあっただろうか。

 リーンフェルトの今日のお供はナギである。

 お散歩と称しているが実の所避難していない者がいないかのチェックの為の見回りである。


「そう言えばなのですが」


 そう切り出したナギにリーンフェルトは顔を向ける。


「どうしたのですか?」

「はい、実は七福神温泉が先日避難の為に閉鎖したのです。思い出のある場所なので御神体の件が片付いたら、またお姉様達と一緒に行きたいです」


 ナギのお願いにリーンフェルトは少し考えて頷いて答える。


「そうですね。また温泉に入りたいですものね」


 そう返事を返した所でふと引っかかる人物を思い出す。


「温泉と言えば……」

「もしかしてマルの事ですか? あれなら部下達と一緒にハタタガミで罰を受けて貰っていますですよ。主な仕事は共用トイレの清掃です」

「そうですか……共用トイレの清掃をしているのですね」

「はい。賃金は返済に充てられますからほぼタダ働きです!」


 妙に明るく答えるナギに数十年後の彼女を想像して、リーンフェルトは恐怖を感じて身震いをする。


「どうしたのですか? リンお姉様?」

「な、なんでもないですよ。さぁ行きましょう」


 小首を傾げて愛らしい笑みを浮かべるナギに手を差し伸べると小さな手が握り返してくる。

 少々強引に誤魔化すように手を引いてしじまの街を歩のだった。


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