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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
177/192

177 真打登場

 さて内心穏やかではないカインローズは言いだしっぺとしてトリを任される事になった。

 煽った酒が胃の辺りで燃える様に熱い。


 声を掛けて来たジェイドには余裕があるようにこう答える。


「ん? 俺か……まぁ期待に添える様に頑張るさ」


 二人しかいない男の中で好評だったジェイドの魔法に対して自身の芸は本当に宴会芸である。

 最初はそんな手の込んだものを期待して提案した訳ではなかったのだが、なぜそうなった。

 ともあれ舞台袖でカインローズは温泉の従業員に用意してもらったアイテムを受け取る。

 その名も「宴会用金粉」である。


 用途は至って簡単である。

 全身に塗る、そしてステージに立つそれだけのアイテムである。

 しかし本物の金粉を使用している事もあり、何気に良い値段がするのが珠に傷なのだがあんな派手魔法の後だ。

 少しでも煌びやかにする必要があると考えて慌てて用意を頼んだのだが、流石宴会場を備えている温泉である。

 そういう客もいて需要があるという事で常備しているのだとか。

 恐るべしアシュタリアの温泉である。

 しかしそんな品揃えの良さから救われる事となったカインローズは感謝をしながら全身に金粉を塗りたくり仕込んでいく。

 さっき風呂に入ったのに後でもう一度入らなければならないなと考えて、次は酒も一緒に持ち込もうと心に決める。

 それくらいしてもバチは当たらないだろう。


 さて準備の整ったカインローズはステージへと向かって歩き出す。

 スポットライトが全身を照らせば、細やかな金粉が光を反射してキラキラとしている。

 ジェイドが作り出した夜空とはちょっと規模が小さいがキラキラというラインでは並んだだろうと確信したカインローズは口上を述べる。


「俺の隠し芸は鍛え上げた筋肉によって生み出されるイリュージョンだぜ」

「怖……」


 観客席が唖然としている中、ジェイドの声がそう聞こえてきたが気にしない。

 冒険者仲間の内ではそれなりに好評だったのだ。

 ここは一つ自信を持ってやって行こうと早速芸を始める事にした。


「ふんぬっ!」


 全身に力を入れて左右に高速ステップを行えば一人だったカインローズの姿が四人になる。

 ただ目の錯覚でそのように見えると言うだけで、実際は一人の身体を残像を残す様なスピードで動いているだけである。


「残像が残る程の高速移動だな。頑張れば……はぁっ!」


 そう言ってもう一段ギアを上げたカインローズは更にもう四体残像を生み出す。

 ステージ上のカインローズの姿は全部で八体に見えている筈だ。

 芸をやっている当の本人は残像に残すポーズを変えながら、客席にアピールする。


「凄まじい速さですわね……」

「ですが、あれだけの高速移動ですがどうやって止まる気なのでしょうか……」


 観客席のリナとリーンフェルトの呟きもまた耳の良いカインローズの耳には届いている。

 彼女達の感想は概ね褒め言葉として捉えても大丈夫だろう。

 しかしリーンフェルトの呟きにふと言われた事を考えてしまったのは、耳が良すぎるカインローズにとって事故のようなものだ。

 多くの残像を出す事に集中していて止まる方法を全く考えていなかったのは、先のジェイドの出し物への対抗意識で見落としていた落とし穴である。

 実際にどうやって止まったら良いのかと考え焦り出すと、一気に汗が体中から噴き出てくる。

 勿論運動量と相まって床に滴るほどの汗がそこらに飛び散っていた。

 そしてその汗を踏み、不意に足が意としなかった方向に取られるのはある意味時間の問題であったのかもしれない。


 カインローズはバランスを崩して盛大に転ぶ。

 筋肉ダルマの大男が高速で動いた揚句にその勢いを殺す事も出来ないまま転べば、それに見合った激しい音が宴会場に響き渡る。

 当然動きが止まれば八体いたカインローズの内七体があっという間に消えてなくなる。

 これで綺麗に止まる事が出来れば、もしかすると拍手喝采の内に芸を終える事が出来たのかもしれない。

 金粉交じりの汗がこめかみを伝って流れ落ちる。

 しかしこんな締まらない終わり方でもトリはトリなので、たっぷりのやり遂げた感を出して自分の席へと戻る。


「まぁこんなもんだ……どうよ?」

「どうよと聞かれましても……基本的にカインさんが増えて見えるだけですから……」


 そこはお世辞でも良いから凄かった、面白かったとか前向きな言葉が聞きたかった所だが生憎とリーンフェルトにそれを求めるのがそもそもの間違いである。

 しかも誰も拍手すらしないこのスベッてしまっている状況の方が空気としては苦しい。


「な、なんだと? そりゃよ、ジェイドのやつに比べたら地味かもしれんが、こっちは全身金色だぜ?」


 そう金色はゴージャスで派手な色である。

 それは決して星々の色と比べてみても負けているとは思えない。

 しかし、その辺りの主張は誰からも共感を得られないようである。

 ともあれ全員が一芸を終えたという事で、主賓のナギへ視線が集まる。

 もてなす側のつもりが突如として始まった一人一芸のお蔭でもてなされる側へと回ったナギが、皆の視線に気がついてピクリと反応して直ぐに柔らかな微笑みを浮かべる。


「はい、カイン様も素敵でしたよ」

「そうかそうか、楽しんでもらえたなら何よりだ」


 ナギの小さな手が彼の芸を称えて拍手を始めると、カインローズはなんだか肩の荷が下りたような気持ちになりそう答える。

 彼女の拍手が呼び水となり宴会場にいた全ての者は拍手を始め、広い宴会場を埋め尽くしたのだった。


「皆様に気を遣わせてしまいました! もう大丈夫です!」


 そう宣言する彼女の表情は一人一芸が始まる前とは打って変わって、誰が見ても分かるほど明るい物になっている。

 すっかり穏やかな雰囲気になった宴会は歓談と飲食とで時間は過ぎて行き、泊まる者もいないので帰る時間を考慮した上で少々早目ではあったがお開きとなった。



 宴会場から去って行くジェイドとシャルロットを見送ったリーンフェルトとリナ、そしてナギは後片付けを温泉の従業員に任せて帰路に着く。

 この場に居ないカインローズは先ほど金粉を洗い流すべく温泉宿の従業員用の風呂の方に案内されて行った。

 流石にあのままの姿で街中をうろつけば不審者である。


「皆様楽しんで頂けたでしょうか? なんだか私の方がもてなされてしまったようで申し訳なく思うのですよ」

「それは気にしなくても大丈夫だと思いますよ。皆ナギへの感謝の気持ちで張り切った結果ですから」

「私への感謝……ですか?」


 小首を傾げて頭に疑問符を乗せる少女をふわりと抱き締めてリーンフェルトは続ける。


「いつも私達の為にいろいろと手を尽くしてくれてありがとう」

「え、えぇ? そんな、私は私のしたい様にしているだけなのですよ」

「それでも皆の事を考えてくれているのでしょ? たまには私達がお返ししないとね。私達の気持ちはちゃんとナギに届きましたか?」

「はい、リンお姉様とっても、とっても伝わりました!」


 リーンフェルトは一つ頷いてナギを離してから、手を差し伸べる。


「それでは帰りましょうか」

「はい! リンお姉様」


 元気にそう答えるナギの脇からリナが徐に声を上げる。


「反対側の手は私が握っても宜しいですか?」

「勿論ですよリナお姉様!」


 満面の笑みで答えるナギの愛らしさに一瞬気色の悪い笑い声が出そうになるのを堪えて、リナはナギの手を取る。

 そうして三人は仲良く温泉宿を後にして城までの道を月明かりの中歩き始める。


 一方やっと金粉が取れてさっぱりしたカインローズは、酒を持ち込んで今度は客用の大浴場へ移動する。

 どうせ女性陣は先に帰ってしまっているだろうし、そこに無理矢理入って行くのも気が引けたのでそんな時間の潰し方を選択したのだ。


「しっかし……月を見ながらやる酒ってのは格別だな。こう風呂に入りながらってのオツだし。これはお子様共には分からん贅沢だよな」


 独り言を呟いてお盆に乗せて露天風呂に浮かべた徳利とお猪口に手を伸ばし一口煽ってから温泉の縁にもたれ掛かる。

 緩やかな日々を送っていると、アル・マナクの任務で来ているという事を忘れてしまいそうだが任務である事は間違いないのだ。

 実家の事や自身の許嫁だったナギの事も含めていろいろ決着がついたのは、カインローズの人生の中でかなり有意義な物になった。


「あぁそういや……」


 そう小さくぼやいて視線の先にある岩陰に声を掛ける。


「居るのは分かってるんだぜ? 今回のはちょっと度が過ぎた様だなマルチェロ」

「チッ……気が付いていたのか。まぁ俺様程の気品に満ち溢れていると空気にも漏れてしまって困ってしまうな」

「……誰に気品があるって?」

「そこは勿論俺様にだ」

「っか知らなかったんだろうがよ。あの小さい女の子な」

「おう、あの小さいのがどうしたんだ。やたら気は利くし何だか宿の連中がソワソワしていたな」

「そりゃなぁ……あれは公爵家の一人娘だよ。端的に言って皇帝の親戚な」


 しかしマルチェロはそれを聞いても特に信じようとはしなかった。


「全く詰まらん冗談だ。そんな身分の高い奴が温泉宿で女中まがいな事をすると思うか?」


 言われてみれはその通りなのだが、ナギという人物に関していは答えはノーである。


「まぁ信じるも信じないもマル次第だぜ」

「あぁそうさせて貰おう。そんな事を言ったら俺様だってアルガス王国の最後の生き残りだからな」


 そこはきっと張り合う場所ではないだろうというツッコミをしたが、深く関わると面倒だよなという結論に至りカインローズはそのままマルチェロの主張を関係ないなとバッサリ切り捨てて、右から左に流して黙っている事にした。


「そういえばカインローズ聞きたいのだが。俺様の部下達は今どこにいる? さっきから姿が見えないのだが」


 その質問にカインローズは眉間に皺を寄せて一言返してやる事にした。


「お前が捕まっている間にしょっ引かれたぜ。まぁ明日には帰ってくるだろうよ」


 マルチェロに顛末を教えてやると彼はポツリと呟く。


「フン……馬鹿な連中だ」


 そこに如何程の感情があるのかは窺い知れないが、馬鹿な連中と切り捨てられているのも可哀想になりフォローを入れる。


「そう言ってやるなよ。皆お前の事が心配で乱入してきたんだぜ? お蔭で捕まっちまった訳だが」

「つまり俺様のせいか」

「そんな所だな」


 カインローズの返事に少し俯いたかと思うと、徐に顔を上げて念を押すように確認してくる。


「……おい、明日には帰ってくるんだな?」

「多分だがな」

「そうか……」


 短い言葉のやり取りの後、マルチェロは一人静かになりしばらくすると露天風呂から上がって行く。


「先に上がる」

「おうよ」


 その背を見送ってカインローズは一人だけの月見酒を続けるのだった。

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