176 斬撃、破砕、閃光の宴
リーンフェルトが舞台から降りてくると、興奮した様子のリナが我先にと立ち上がる。
「お嬢様が温めて下さった場を盛り上げますわ!」
多分お前の為ではないぞというツッコミを内心抑えつつカインローズは、舞台へと上がるリナの背中を見ていた。
普段のメイド服ではなく旅館の浴衣姿であり、黒髪をアップにしており項も見えるのだが如何せんカインローズはいつもと違う髪型位の認識でしかない。
その気合いの入り様は明らかにリーンフェルト達に良い所を見せてやろうと言った所だろう。
普段以上に気合いが入っている事が見て取れるその姿は、過去の任務中にも見た事ないほどである。
そうこうしている間にリナは舞台の袖から現れ、中央までやって来て軽く一礼をすると懐から一本のナイフを取り出した。
相変わらずどこに隠し持っているのか分からないそのナイフを、リナは宙へと放り投げる。
丁度リナの真上に放り投げられたナイフは普通であれば床に向かって落ちてくるのだが、目的の位置に着いたそれは空中で回転しながらその場に留まった。
観客の視線が宙に浮かぶナイフに注がれている間に、リナは両手に四本ずつ計八本のナイフを用意する。
そして皆の視線がリナへと戻る頃にはいつもの間にか手にナイフが増えている。
一瞬の出来事に驚嘆の声が漏れ、それを見た者達は一様にどよめく。
皆の反応を確認するとリナは更にその八本のナイフを宙に放り投げる。
いずれも宙に浮かんだままになった所でリナは真っ白な紙を取り出す。
これはリーンフェルトが腹話術を披露している間に近くにいた温泉の従業員に用意させたものだ。
勿論これ自体はどこにでも売っている普通の紙である。
両手で広げて持つほどのサイズのそれもまた宙に放り投げると、今まで静止していたナイフ達が一斉に紙目掛けて殺到する。
さながら狼が狩りをするが如く四方八方から死角なく襲い掛かるナイフは牙の様に獲物を切り刻んでいく。
滅茶苦茶に切り刻むだけならば、ちょっと派手なパフォーマンス程度の芸なのだがここからがリナの妙義の真骨頂である。
出来上がったのは真っ白な花であり、観客の頭上から降らせるというものだったのだ。
恐らく観客の誰もがそれは想像していなかったのだろう。
勢いに乗るリナは次から次へと宙に舞うナイフを自在に操り、犬や猫などの動物から、雪の結晶などの複雑な物やひらひらと飛ぶ蝶まで一枚の紙とナイフで描ききって見せる。
それを見ていたナギはその光景にうっとりとした表情であり、シャルロットは興奮のあまりに盛大な拍手をリナに送っている。
「すごいっ、リナ様すごいです!」
「やるなぁ……」
ジェイドの口からそう漏れたのをきっと本心だろう。
リナも盛り上がりに満足したのだろう、笑顔で舞台から降りてくる。
ナギも大分表情が明るい、一人一芸の案は満更でも無かったなとカインローズはそう思いつつ酒を煽った。
さて次は誰の番だったか。
誰もやりたがらなさそうならば、自分が名乗り出ようと思いつつ刺身を堪能していると、廊下の方から巨大な岩が搬入されてきた。
どうやら次はシャルロットの番になってしまったようだ。
自己申告で告げていた岩砕きを披露するようだ。
名乗り出るタイミングを失ったカインローズは自身の腕に力を入れて力こぶを作り出すと、自身もやってやれない事はないだろうと考える。
しかしシャルロットはカインローズの様に筋肉を鍛えている様子はない。
そもそも未成年の女の子である。
確かに身体強化の魔法は筋力とは別次元の力なので鍛える必要はないのかもしれない。
事実光魔法を使う事の出来ないカインローズとしては分からない感覚だ。
とはいえ筋肉を育てる事はとても楽しい事だと認識しているカインローズは光魔法が使えたとしても筋トレを止める気はないだろう。
旅館の従業員が岩を設置している間に弟子の隠し芸が気になったのだろうジェイドがシャルロットに心配そうに声を掛ける。
「おい、シャルロット……本当にやるのか? 辞退しても……」
しかしジェイドの言葉とは裏腹にシャルロットから返って来た返事の方がよほど男らしい。
「いえっ、ここまで来たらやります!」
やたら元気よく言いきったものだから思わずカインローズの口から言葉が飛び出す。
「おう、派手にやっちまえ」
立ち上がり岩へ向かう彼女の瞳にはやる気が満ちている。
突然風の魔力がサワサワと動き始めたのはどうもジェイドによる物らしい。
カインローズ自身も扱う事の出来る風の魔力が岩と観客の間に壁を作っているのが分かる。
砕いた岩が万が一こちらに飛んでくるのを防ぐ為なのだろう。
随分と気の利いた事をしていると感心して見ていると、シャルロットは所定の位置に着いた様である。
舞台の上に設置された岩の大きさはシャルロットとほぼ同じくらいの大きさに見える。
彼女は岩と向き合い目を閉じると呼吸を整えているようだ。
その雰囲気はリーンフェルトの知っているシャルロットの雰囲気とは打って変わって見た事も無い程張り詰めた気を放っている。
誰しもが固唾を呑んで見守る中、もし失敗したらその時は直ぐに駆け寄り痛めた腕を治癒しようとスタンバイしていた彼女の心配を余所にその時は訪れる。
「はあッ!」
短い掛け声と共に繰り出された一撃は低い打撃音を宴会場に満たす。
岩の真上から打ち下ろされたそれは上下に綺麗に亀裂を走らせると真っ二つになり、バランスを崩した岩が床に転がり轟音を轟かせる。
どこの流派だか分からないが深く息を吐き残身を留め、姿勢を正し目を開けるといつものシャルロットに戻ったようで場に張り詰めていた物がふっと霧散する。
「終わりですっ!」
誇らしげにそう宣言する彼女に拍手と共にカインローズは叫ぶ。
「見事だったぜ!」
彼女はどこかで武術を習ったのだろうか。
とにかく綺麗に真っ二つに割れた岩を改めて眺める。
いろんな国を冒険者として渡り歩いたカインローズはシャルロットの武道の作法にアシュタリアのそれを感じていた。
特に技を放ち終わった後の残身はアシュタリアの武術の特徴とも言える。
あれだけ見事に割れているので手を痛めるようなヘマはしていないと断言出来るのだが、それでもリーンフェルトは心配でシャルロットに声を掛けた。
「シャル、手は大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫よ。ほら!」
掌を開いて裏表見せながら笑う彼女の手には傷一つ着いていなかった事に感心して気を取られている内に次の出番を名乗り出る者がいた。
「じゃあ次は俺だな。トリは御免だし」
そう宣言したのはジェイドである。
カインローズもまた次の出番を狙っていたのだが、シャルロットに気を取られている内に取られてしまった格好となった。
実はカインローズ、二番手か三番手かを狙っていたのである。
自身で発案した一人一芸だが、自身の持ち芸はどちらかと言えば中堅の出し物であり、トリを飾るほど立派な物ではない。
ましてや魔法の技巧者であるジェイドの後では自身の芸など霞んでしまう。
出来れば彼にトリを取ってもらいたかったというのが素直な感想なのだが、先に名乗り出てしまわれたのは痛恨のミスである。
ならばせめて見た目だけども派手にしようと考えたカインローズは温泉の従業員を捕まえると急いで用意して欲しい物を告げるのだった。
舞台ではシャルロットの砕いた岩が綺麗に片付けられた所だ。
ジェイドは観客席に向かって一礼をして自身のショーの始まりを宣言する。
「折角の夜だからな、……星見酒でもさせてやろう」
そう言って展開し始めたのは土魔法と風魔法である。
土魔法で生み出した大きな葉を風魔法で舞い上がらせる。
踊るように巻き上げられた葉が天井に飾られている光のオリクトを包み、隠してしまえば一気に会場は明かりを失い暗くなる。
若干葉と葉の隙間から明かりが零れる程度であったが、ジェイドの魔法の展開はとても鮮やかで早かった。
天井や壁、床あらゆる場所から光の粒子が現れ、さながら満天の夜空に迷い込んだ様な気にさせられる。
それと同時にカインローズはこの後に本当に芸をやらなくてはいけないのかという一種のプレッシャーに嫌気を感じていた。
絶対にやりづらいし、これ以上の感動を与える事は不可能である。
出来るならば自身が風となって逃げてしまいたい程である。
ジェイドの魔法は千変万化、刻一刻とその表情を変えていく。
くるくると踊るように動き回る光の塊は細かな粒子を撒き散らしながら旋回して、床を伝い観客席へと走って行く。
その光は五人の観客に向かって放たれており、驚かせるように向かって来る。
それは皆にぶつかる頃にはそれぞれが薔薇へと変わって行った。
何とも気障な事をしてくれる。
というか男である俺にも薔薇なのかとカインローズが違う所で感心している間に、彼の魔法は終わったらしく天井を覆っていた葉がはらはらと落ちて来て床に着く前には蒸発したかの様に消えてしまった。
その幻想的な魔法に皆拍手を惜しまなかった。
しかし、舞台を降りてくる彼に一言物申さねばならないと、カインローズは声を掛ける。
「ジェイド、ああいう派手なのは最後にやれよ。やりにくいったらないぜ……」
「カインローズが一人一芸って言い出したんだから、きっと凄いの見せてくれるんだろ? 期待してるよ」
自身の番が終わった安心感からか余裕の表情のジェイドがそう返事をして自分の席へと帰って行く。
(どうすんだよこれ……俺の芸はこんなに立派なもんじゃねぇぞ……)
内心に渦巻く不安とスベる訳にはいかないトリというポジションに何だか急に胃が痛くなってくる。
視線の先には満足気な笑みを浮かべて酒を煽るジェイドの姿が見える。
迷っていても仕方が無い。
ウケるかどうかは別として全力を尽くそうとカインローズは腹を括り、酒を一杯煽ると準備をするべく立ち上がった。