175 アシュタリアかくし芸大会
カインローズはマルチェロによって白けてしまった宴会の場を何とか盛り上げようと一人一芸を提案する。
残ってしまった面子で出し物をやって少しでもナギの気持ちが晴れればいい、そう思っての事だ。
彼自身中々の名案だと自信満々に提案したのだが、早速ケチがつく。
呆れた様な表情でリナはカインローズ向かってあからさまに溜息を吐いた。
「無茶な事を言いますわね、バカインローズ」
「なんだよリナ。お前だって得意なのあるだろう? それを見せてやればいいんだよ」
「芸事としては学んだ訳ではありませんのよ?」
リナもそう言われれば出来ないとは言えない。
貴族の護衛などをしていた時は良くその子息の相手も務めていた。
故に子供受けしそうなネタという物を実は持っている。
彼はリナの戦闘スタイルを知っているのでそう言ったのであって、その辺りを意識して言った訳ではないのだが当のリナは勿論そのような事には気が付かない。
カインローズはリナの弁を適当に流しながらこの場の賛同を取り付けるべく、リーンフェルトに声を掛ける。
「いいからいいから。なっリン、お前もリナの隠し芸見たいだろ?」
「あっ、はい。折角なので楽しい宴会にはしたいです。それにナギが可哀想なので私も微力ながら一芸させてもらいます!」
リナが難色を示すのに対して、マルチェロの件に思う所のあるリーンフェルトとしてはカインローズの提案はありがたい。
彼女が一体どんな出し物をするのかは分からないが、ともかく賛成票を得られた事は大きい。
リーンフェルトの返事が思いの他意外だったらしくジェイドが不思議そうな顔をしている中、突如とし怪しげな笑い声が聞こえてくる。
「ふっふふふ……お嬢様にそこまで期待されては仕方がありません! このリナ・パイロクスの美技を堪能くださいませ!」
リーンフェルトが賛成に回ると掌を返したようにリナが一人一芸に賛同する。
それも酷くやる気に満ちているのは、きっと気のせいでは無い。
それについてカインローズはしてやったりと口元を緩める。
リナがどのあたりをリーンフェルトに期待されていると捉えたのかについては、敢えて考える事はしない。
考えても何だかとても面倒臭そうだと思うくらいである。
一人一芸なんて無茶振りをリーンフェルトは受けないだろうと踏んでいたリナは、リーンフェルトの回答に思わぬチャンスがある事に気が付く。
これはお嬢様方に喜んでもらえるチャンスであると。
そうなれば俄然やる気が出て来る。
リーンフェルトは勿論、シャルロットにナギもいる。
この状況で場を盛り上げて、沈んだ空気を払拭出来れば自身の評価も上がるに違いない。
評価が上がればアル・マナクをもし辞める時が来た時に、敬愛するお嬢様の傍に就職出来るかもしれない。
そんな打算と欲望に思わず笑みが零れる。
後はどのように盛り上げるかについてリナは考える為、暫しリナは出し物の構成に思考を割く。
「おう! ノリノリだな。んで、お前は何をするんだジェイド?」
「…………ぁー……」
アル・マナク側を制圧する事に成功したカインローズは、残り半分つまりジェイド達の攻略に入る。
場は整ったとばかりに畳み掛けるカインローズだったが、当のジェイドは微妙な声を上げて返事をする。
これは断られるのではないかと一瞬考えたが期待しているぞと暗に視線に乗せて返事を待っていると、ジェイドは少し考えた後にこう返した。
「……先に言ったらつまらないだろ」
確かにネタを披露する前から何をすると宣言するのは少々無粋である。
それは見てからのお楽しみ。
その方が盛り上がる。
実に納得のいく回答だと腕を組みながら数回頷く。
ナギを主賓に考えれば、満場一致で一人一芸の案は可決される事となった。
さてそうなれば次はその順番を考えねばなるまい。
「さて……順番はどうすっかな」
そうぼやいたカインローズに反応したのはリーンフェルトである。
「なら私から参ります」
リーンフェルトとしてはナギの無念をなんとか晴らしたい気持ちで一杯である。
正直な所、一芸と言われても大した事は出来ないのだが、やる気だけは十分だ。
魔法にしても綺麗に扱うというよりは攻撃に特化しており威力重視のそれはジェイドの様にどこか洒落た魔法と言うより、無骨な武人が一太刀で全てを薙ぎ払うが如しである為出し物として成立するかは甚だ疑問である。
ならばと思案していると脳裏に声がした。
(何をそんなに悩んでおるのじゃ?)
随分と久しぶりに現れた彼の声を聞く。
リーンフェルトの内側で眠っているドラゴンのシャハルである。
彼はあれこれ魔法で出来そうな事を提案してくれるが、今一イメージが掴めない。
リーンフェルトは属性こそ複数扱えるが、美しく魅せる魔法の腕はさほど磨いて来た訳ではない。
そこを伸ばすくらいならば、威力に特化して敵を殲滅する方が職務に合っていたのは事実だ。
シャハルについても彼が表に現れたのはヒナタの治療以来なので、随分久しい。
何をしていたのかと尋ねれば、魔力を使いすぎて寝ていたとの事。
あのヒナタを救った技術は想像以上に魔力を消費するようだ。
確かに傷口を魔力で縫合して、切断された魔力回路を復旧させるなどと言うのはシュルクにとっては離れ業だ。
それほど魔力も保てないし、そもそも精密な技術と知識が必要である。
自身の魔法では宴会芸に向いていない。
そう結論付けたリーンフェルトはいっそ彼を使って何か出来ないか考え始める。
「やけにやる気だなリン」
不意にカインローズがそう声を掛けて来たので思考が途切れてしまったが、何をやるかについては大体決まった。
「あれはケフェイドの恥ですから……」
そうカインローズに答えて眉を顰める。
今回のはいくらなんでも少々度が過ぎた。
ナギのもてなしは言わば、これからの大仕事への壮行会的な事も兼ねているのだとリーンフェルトは思っている。
なのでナギを通してとはいえ、間接的には皇帝も関わっているに違いない。
それはアシュタリアという国の面子を賭けてもてなしてるのであって、一介の傭兵風情が邪魔して良い物ではない。
仮にあれをアルガス王国の王子と捉えたとして、そこは現皇帝に対してという意味では身分すら追いついておらず不遜でしかないだろう。
ナギの小さな背には皇帝の思惑と国の威信が掛かっているのである。
それに泥を塗るようなマルチェロの行動はケフェイドに生まれた者として、また親戚筋としてもそうだが看過出来ない。
アシュタリアでのケフェイドの評判が下がるような事はしてはいけないとリーンフェルトは考える。
勿論所属はアル・マナクであるが、そこはリーンフェルトの出自が思考に影響しているのは仕方のない事だと言える。
リーンフェルトの言動の端々からそんな思いが感じられるので、カインローズは一応それについて言及する。
「あぁマルな。気にせんでも良くないか?」
「そういう訳には行きませんので」
こうと決めてしまったら中々考えを改めない頑固者であるリーンフェルトに、もう少し肩の力を抜いて生きれば良いのにという感想を持つカインローズであるが今回はそれを諭す程の時間がある訳でも無いので今日の所は流すように話を進める。
「んで、何するんだよ?」
「腹話術を……」
「おい、リンそれは……」
リーンフェルトが持っているのはシャハルの仮の姿ぬいぐるみモードの彼である。
酷く嫌そうなオーラを纏っているシャハルを若干憐れに思いつつ、カインローズは思った事を口にする。
「もっと魔法でガァーっとなんかやると思ってたんだがなぁ」
普段のリーンフェルトを知る物ならばそれこそ火力に物を言わせて何かを盛大に破壊する方がそれらしい。
それをしなかったのは妹シャルロットとネタ被りするからだろう。
さらに魔法ではジェイドの完成度には追い付けていない。
妹の申告した特技と被っては彼女の出し物が見劣りしてしまう。
それでいてジェイドには勝てないそうなると魔法でも破壊でもない所で考えた結果、相談に乗っていたシャハル自身を使った腹話術というなんとも珍妙な芸を披露するに至る訳である。
シャハルの魔法で作ったぬいぐるみボディーを小脇に抱えて舞台に上がり一礼する。
シャハルとの連携事態は念じるだけで会話も出来るのだから随時打ち合わせ調整も可能である。
(ほ、本当にやるのかのぅ……)
シャハルのぼやきを余所にリーンフェルトはトップバッターとして場を盛り上げるべく声を張り上げた。
「では、始めます! ここに取り出したお人形はシャー君と言います。シャー君御挨拶!」
「シャー君なのじゃ……」
(主殿。シャー君というのは吾輩の事であろうが……)
(シャハル、テンションが低いです。声も可愛くありません。もっと高い声でお願いします)
(ぬっ……う~む……吾輩にも羞恥心というものがだな……)
「そこはもっと可愛い声で」
念話で四の五のいうシャハルに今度は普通に声を発して指示を出す。
そうなってしまえは腹話術という建前、極力リーンフェルトが芸をやっている風を装わなければならない。
(早くしてください、腹話術ではないと疑われてしまいます!)
(ええい、ままよ!)
「シャー君なのじゃ~」
見事にプライドの壁を破ったシャハルは先程よりもかなり可愛い声を出して台詞を言えば意外にも受けが良い。
「わぁ~お姉様上手です!」
「お姉ちゃん、頑張ってー!」
彼の苦労知ってか知らずかカインローズから漏れた感想はこうである。
「ナギの機嫌が直って来たか。あの爬虫類意外とノリがいいじゃねぇか」
舞台の上のシャハルはそれを聞いて内心毒気付く。
(半獣人め勝手な事を言いおって……)
(いいから、芸に集中してくださいシャハル!)
(わ、分かってるのじゃ……)
繋がっているリーンフェルトにはそれはダダ洩れであり、念話で注意される。
ともあれ、リーンフェルトの腹話術、いやどちらかと言えば竜との即興劇はその場の従業員も見入る程の成功を収め、拍手喝采の内に幕を閉じる事が出来たのだった。