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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
172/192

172 防衛結界

 時を同じくして浴衣に着替え終えたカインローズとジェイドは大浴場へとやって来ていた。

 木製の温かみのある廊下は掃除が行き届いており、窓には曇り一つない。

 カインローズ達は男湯と書かれた暖簾を潜り、脱衣所に足を踏み入れるとその先には妙な人だかりが出来ている。

 何かと思って見れば、腰にタオルというほぼ全裸のマルチェロが鏡に向かってポージングをしている。

 どうやら屈強な傭兵仲間達に囲まれて己の筋肉のチェックをしているようだ。

 筋肉について一家言あるカインローズであるが、それについてマルチェロと語り合うのは面倒くさそうである。

 ジェイドはと言えばマルチェロが視界に入るや否やすぐさま踵を返して逃げようとしたのだが、カインローズに襟首をしっかりと掴まれて捕まってしまう。

 確かにここ数日、やたらマルチェロが絡んだ場所に顔を出しているジェイドの事だ。

 きっと要注意の面倒くさい奴認定にでもしているのだろう。

 しかし入浴のタイミングまで被って、おまけにその部下まで引き連れて男湯は非常にむさ苦しい。

 この宿自体は今日一日を貸切としていたはずなので、大浴場で泳ぐ事も可能だったはずである。

 それがどうしてこんなに手狭な感じを受けるのか。

 気分的には普通に温泉に来た時と大差ないとカインローズは思っていた。


「あ~やっと風呂についたぜ。しかし、脱衣所でマルの野郎がポージングしていた時にはびっくりしたぜ」

「最悪な気分だな……この疲労感を流してしまえるだけの温泉だと良いんだけど」


 そういう彼等にマルチェロは特に気にした様子を見せずに答える。


 「俺様の肉体美を皆に見せていただけだが」


 さも当然のように言う物だから、カインローズが半ば呆れたような感じでツッコミを入れる。


「あれって毎回か? お前の部下達は良く付き合ってくれるな、それ」

「それは勿論俺様が部下に好かれている証拠に他ならないだろう」

「まぁ自分でそれを言っちまうのがお前だよな」

「ふん、褒め言葉ととっておこう!」


 どこも褒めてはいないのだが、なぜかふんぞり返るマルチェロに、彼のメンタルの強さは一体どこから来ているのだろうと疑問に思う。

 いやこの場合ちゃんと人の話を聞いていないのかもしれない。

 とにかく自分の都合の良い様に捉える事に関していえば、彼に勝てる気がしない。

 ぼんやりとそんな事を考えていた為に注意が散漫だったらしく、正面からマルチェロの部下が突然現れた事にカインローズはびっくりして動きを止める。


「大将! あっちの方に露天風呂がありますよ!」


 マルチェロの部下が報告しに来たのは露天風呂の存在であった。

 屋内にある風呂もかなり豪華であり内装も然る事ながら、観光の目玉になりそうなほど多彩な温泉を引き込んでいるという湯の豊富さは目を見張るものがある。

 そこに来てさらに露天風呂である。

 アシュタリアは金があるんだなぁなどと思いながら、露天風呂の方に目を向ければガラス越しに見える枯山水の庭園と配置された松の木の景観に惚れ惚れとする。

 この温泉プロジェクトには当然と言っていいほどハクテイ家も一枚噛んでいる。

 庭園に使われている石や砂などはハクテイ家の領内から産出されていたはずだ。

 特に素材の白さに定評のあるのは、ハクテイの加護の成すところなのだろうか。

 隣を歩くジェイドも庭園に目を奪われている様でじっとそちらを向いている。


「ほう……では行ってみるか。どうだお前達も」


 何故かこの場の主導権を握ったマルチェロがカインローズとジェイドにそう持ちかけるが、言い方が自身が従えた部下に聞くような感じだったので少々不快であった。

 恐らく言った所で右から左へと流れてしまうのだろうが、それでも言っておくことは言わねばならないとカインローズは口を開く。


「まぁ行くんだが、別に俺達はお前の部下になった覚えは無いぞ」


 露天風呂に行く事は何も反対ではないのだ。

 しかし彼に場を仕切られると、どうしてもおかしな方向に流れてしまうのだからやはり注意したい。

 だがマルチェロはやはりマルチェロであり、それ以外の何者でもない事を痛感する事になった。


「まぁいずれ俺の部下に加えてやるさ。さぁ露天風呂がお待ちかねだ」

「はいはい……」


 そうして颯爽と露天風呂の方に向かって行ってしまう。

 ジェイドはやれやれといった感じで肩を竦め、カインローズも半ば諦めの表情でだが彼の後に続いて露天風呂へと向かった。


 大浴場の奥にある露天風呂への入り口を空ければ、温度差を感じずにはいられない。

 立派な松の木の下に広がる露天風呂にもまたマルチェロの部下達が所狭しと溢れている。

 それでも温泉のマナーは知っているらしく皆が皆しっかりと整列してかけ湯を行っていた。


 かけ湯を終えて露天風呂に入れば自然と息が吐き出される。

 やや熱めの湯に身を沈めれば、疲れが溶け出してくようだ。

 両手でお湯を救い上げて顔をごしごしとやれば、指先に無精ひげがあたりチクチク、ザラザラといった感触を返してくる。

 お湯に浸かり気が抜けてしまうとカインローズの耳に随分と聞きなれた声が入ってくる。

 勿論これは彼の耳が飛びぬけて良いだけで、恐らく普通の者では聞き分ける事は出来ないだろう。

 カインローズの耳に届いた事はリーンフェルトの声である後はナギとシャルロット、リナもいるみたいだ。

 そう認識すると碌な事にならない予感しかしない。

 思わず眉間に皺がよってしまい、いくつか考えられる事について対処方法を考える。

 ちなみに一番は即撤退である。

 水面を見ながらあれやこれやと考えていると、こちらを気にしてみていたジェイドがカインローズに話しかけた。


「ふむ……」

「どうしたカインローズ」


 これを伝えたらジェイドはどう思うだろうか。

 ムッツリだと思われるかもしれないが、聞こえるのだから仕方が無い。

 それにマルチェロという不確定要素がいらない方向で動いた場合被害を受けるのはカインローズとジェイドの可能性が高い。

 そう判断したカインローズは、事実をありのままに彼に伝える事にした。


「ん? あぁ、そこの壁の向こうからリン達の声が聞こえたような気が……いや、いるわ」


 しかし配慮に欠けるのもカインローズである。

 不確定要素だと思いながらもそのままの声の大きさで話してしまったが為に、バッチリとマルチェロに隣の風呂にリーンフェルト達がいる事を聞かれてしまったのだ。

 案の定マルチェロはニヤリとした笑みを浮かべてこう言った。


「ほうほう……これは男として覗かねばなるまい!」


 いや男としてはここは覗かずに逃げるべき所だ。

 大体が知っている面子なのだ。

 どういう連中であるか知っているなら、わざわざ覗きに行くのが如何に自殺行為であるかを認識するべきだろう。

 自分が言った言葉で死者が出るのも寝覚めが悪い。

                                              

 だから贖罪がてら一つマルチェロに忠告をする事にしたのだった。


「男としてなぁ……俺は止めておいた方が良いと思うぞマル」


 これで止めてくれるならばまだ冗談で通じる。

 しかし彼は全く意に介さないといった感じでこう述べた。


「ふん、意気地の無い奴め。お花畑達という事は妹の方も一緒なのだろう? ならば一度拝んでおくべきだろう」


 なるほどリーンフェルトが目的ではなくて、妹のシャルロットの方が狙いか。

 確かに結婚を迫ったという話もあるし、シャルロットの胸はリーンフェルトの倍以上は確実な存在感がある。


「男としてというか、人としてもどうかと思うけどな……」


 この覗きがばれればというか、恐らく確実にばれる事は確定している。

 向こうの風呂には要人警護のスペシャリストが一緒なのだから、それくらいは想定済みだろう。

 リナ・パイロクスという女性は色々素行に問題があるが、元々要人警護専門の冒険者である。

 先程は少し具合が悪そうに見えた彼女だが、風呂にも同行しているのが声で分かる。

 この要人警護という一分野ではカインローズよりも的確に判断を下して行動が出来る筈だ。

ましてや露天風呂などという状況であれば、遮蔽物も少なく矢を射掛ける事も容易だろう。

 仮にナギやリーンフェルトが刺客に狙われているという事を想定して行動していたならば、リナの右に出る者はいない。

 ふと視線をジェイドへと向ければ髪を纏めて風呂に入っている彼の目が大変険しい物になっている事にいる。

 その険しい視線の先にはマルチェロの背中が見える。


「なんだジェイド、お前も俺様を止めるのか?」

「どうせ止めても見るんだろ。部下の件でも強引な君の事だから」

「ふん、隣にあんな立派な物を持った奴が居るんだ。見るくらい問題ないだろう」

「いや……十分問題だと思うがな。俺は止めたからなマル」


 これで責任は果たしたとカインローズは早々に説得する事を諦めた。

 一方マルチェロは生き生きとした表情周囲の部下達に指示を出す。

 

「さて……余計な邪魔は入らなくなった。お前らそこに足場を作れ。作れないなら誰か肩を貸せ!」


そう言うとマルチェロの部下達は話し合いを始め、尤も背の高い男がマルチェロの足場になるようだ。

彼の背に乗ったマルチェロはいよいよ女風呂と男風呂を隔てる壁へと手を掛ける。


「どれどれ……くそ……湯煙でうっすらとしか……ってうわっ!」


 こっそりと黙って覗けばもしかしたらばれずに済んだかもしれないのだが、そんな事はなく早速マルチェロに向かって木製の桶が投げつけられた。

 つまりリナはなんだかんだとしながらもしっかりと男風呂からの覗き対策を怠ってなどいなかったのである。


「あぁ……だから言わんこっちゃない。あっちにはどうせリナの奴がいるんだ。その辺りの警戒は怠らねぇよアイツは。元々身辺警護専門の傭兵だぞ?」

「それを早く言え!」


 そう叫ぶマルチェロだったが、そもそも除く事が間違っているのだ。

 言わば自業自得である。


「言ったところで効果あるのか……向こうにリーンフェルトもいるんだろ? 燃やされるって事も考慮に入れておけよ……」


 女風呂にはあのリーンフェルトがいるのだ。

 何故それでも覗こうと思ったのだろうか、身に及ぶ死の恐怖を彼は感じないのだろうか。

 そもそもそれを真っ先に言ったはずなのだが、マルチェロは自身の都合の良い所しか耳に入ってい無い様だ。

こうしてマルチェロの覗き作戦は失敗に終わるのだった。

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