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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
170/192

170 不法占拠

 ナギ達のやりとりを最後尾で見ていたのはリナである。

 彼女は今人生最大の忍耐を強いられている。

 リナは自身の鼻を摘まみやや俯き気味の姿勢を取っている。


「そういやリナはどうしたんだ? ずっと喋っていない気がするんだが?」

「えっ、リナさんですか? 城からは一緒に来ましたよね?」


 そんな会話が前方から漏れ聞こえ、その視線が自身に向けられたのをリナは感じた。

 皆がマルチェロ達に目が向いており気が付かれる事が無かったのだが、騒がしい奴が居なくなってしまうとリナの様子がおかしい事は目に見えて明らかである。

 もしかしたら具合が悪いのに連れて来てしまったのかと心配になったカインローズが彼女に声を掛ける。


「なぁリナ、もしかして調子でも悪いのか?」


 正直な所発作の様なこれが収まるまで放っておいてもらった方が復活は早いのだが、問いかけられれば応えなければいけないだろう。

 そう思ったリナは正直に話して納得してもらう道を選ぶ。

 取り繕って嘘をついた所で、心からお嬢様と慕うリーンフェルトと一緒に行動していればいずればれてしまう事である。

 それならばと早い方が良い。


「いえ……大丈夫ですわ。ちょっとお嬢様方に見とれていただけですわ。しばらくしたら元に戻りますからお気になさらずに」


 しかしはっきりと言ってしまうとナギやシャルロットにも引かれてしまうかもしれない。

 そんな思いも相まってそう答えたのだが、どうもこの場にいたほとんどの者が引いてしまったようだ。

 心配して損をしたといった表情のカインローズはさっさと立ち上がって何事もなかったように歩き出 す。

 それを見ていたジェイドが首を傾げているのも見え、ポツリと呟く。


「……残念な美人だな」


 どうやらジェイドは意味を察したらしいが、それに続いたシャルロットには言葉の意味が分からなかった様である。


「な、何ともなさそうで良かったですね!」

「まぁな……」


 体調の方を心配されたようでその優しさにまた少し鼻血が出かけそうになる。

 リナについては心配が無いという事で再び歩み出した彼等の背を見ながらリナは小さな声で呟いた。


「三人もお嬢様が揃うと破壊力が抜群ですわね……」


 リーンフェルトとシャルロット、そしてナギの三人の仲睦まじい姿は彼女たちの愛らしさを一層引き立てる。

 特に妹であるシャルロットとの問題が解消されてからのリーンフェルトの表情は今までとは比べ物にならない程明るい。

 とはいえそれはリナ以外にはさほど気づかれない変化であり、もしかしたら本人すらも自覚がないかもしれない。

 その表情を取り戻した一端を担えた事も、気持ち的には大きいのは間違いない。

 この先も出来ればリーンフェルトと共にありたいと思うリナである。

 少し時間を置けば鼻血を噴きそうな衝動は徐々に終息を迎える。

 気を引き締めてリナは先を行くリーンフェルト達の後を追いかける事となった。



 ナギが案内する一団の最後尾に追いついたリナは廊下が丁字に分かれている事に気が付く。

 どうもここで男女へと別れる様である。

 ジェイドとカインローズの二人は温泉宿の従業員に連れられて奥へと進んでいった。

 女性陣はというと引き続きナギが先導して案内をしてくれている。

 暫く廊下を進めると目的の部屋に着いたらしくナギが足を止め木製の扉を開けた所で固まってしまう。


「お姉様方のお部屋は景観バッチリのこの部屋……ってどうしてマルチェロ様がこの部屋に?」

「ん?気に入ったからに決まってるだろう小さいの。何か問題でもあったか」


 話の流れで分かったが一応部屋の中が見える位置に素早く移動したリナは部屋で既に浴衣に着替え座椅子に腰かけてくつろぐマルチェロの姿が見えた。

 その先にある窓の向こうにはアシュタリア様式、確か枯山水という石や砂を用いて山や水を表現するという物である。

 立派な松の木がその見事な枝ぶりと生い茂る針の様な葉が庭園とマッチして、大変風情ある光景を演出している。

 声こそ出さなかったがシャルロットの身が一瞬で強張るのが見て取れ、リーンフェルトもまたかと苦々しい表情を浮かべている。

 一瞬固まってしまったものの、ナギは直ぐに立ち直ったようであるが、セラフィス姉妹の雰囲気を察したらしくさっさと切り上げる方向に切り替えた様である。


「……いえいえ大丈夫ですよ。私達の方がお部屋を間違ったようですから失礼しますね」

「そうか、小さいのはまだ子供なんだから、そういう間違いもあるな。俺様は寛大な男だからな許してやろう」

「……ええ、すみませんでした」


 子供らしく部屋を間違えてしまった体で引き下がったナギだが、彼女がこの温泉宿で部屋を間違える事は無いと思われる。

 それは普段のナギを知っていればこそ、こんなミスはしない事は明白だ。

 彼女が精一杯の笑顔を浮かべて、マルチェロに謝罪しつつそっと扉を閉めるのだがその肩は微かに震えている様である。

 心配したリーンフェルトはそっと覗き込むようにしてナギに話しかければ、彼女は珍しくその感情を全面に押し出してリーンフェルトに答えた。


「大丈夫ですか? ナギ」

「アイツは絶対に許さないです!」


 自身が敬愛するリーンフェルトとその妹と仲間達をおもてなししようと数日掛けて準備をしてきたのだ。

 部屋から見える景観についてもかなり吟味を重ねてこの部屋を選んでいる。

 折角整えた舞台を台無しにするマルチェロにはきっとこの気持ちは理解できないだろうとナギは思う。

 普段ならば感情をコントロールして表に出さないが、珍しく顔を赤くして地団駄を踏んでしまった。

 それを感情に任せてやってしまった事を少々恥じるナギに、リーンフェルトが静かに頷き彼女に声を掛ける。


「本当に無礼な奴ですよね。私が燃やしてきましょうか?」


 ナギが心を込めて準備したおもてなしプランを台無しにされた事にリーンフェルトは怒り、ナギに向かって物騒な提案をすると隣にいたシャルロットがびっくりしたように姉の顔を見る。

 しかし雰囲気に敏感な八歳は何となくだが、自身の答え一つで温泉宿が焼失する恐れがある事に気が付く。

 良く言えばナギを思う優しさから来る発言であり、自分が心配されている事を素直に喜んだ方が良いと勘が告げている。


「お姉様の手を煩わせる訳にはいきません。大丈夫です! きっちりやり返しますから。それはそうと景観バッチリのお部屋が取られてしまいました……」

「大丈夫ですよ。私達は泊まる訳ではないですし、そんなに気落ちしないでください」

「そうですよ、お気になさらずっ」


 そう口々に行ってフォローしあう姿をリナが少々危ない目で見ていたのはさておき。

 結局直ぐに別の部屋を手配したナギが女性陣を先導して歩き始める。

 おもてなしプランの軌道修正が終わり、ナギの気持ちも落ちついて来たのだろう。

 表情の硬さが無くなって来た彼女を見て少し安心するリーンフェルトであった。




 一方男性陣は無事に部屋に着いて着替えを始めていた。

 しかし男二人きりで着替えと言うのは少々味気ない。

 かと言って思いっきり盛り上がる会話がある訳じゃない。

 せめて共通の話題でもあればと思うカインローズであるが、如何せん戦士と魔法使いである。

 共通の会話なんてそうそう見つかる物ではない。

 だからカインローズは何か話のタネになりそうな物をじっと探していたのだ。

 ジェイドの着替え中に見えた刺青についてカインローズが話し始める。


「お前なんだか格好いい刺青してるな! 俺も一時憧れたもんだがよ。母ちゃんがキツく止めるもんだから断念したんだよ。なんか魔術的効果とかあんのかよ?」

「何でこっち見てるんだよ、あっち向けよ! 男の着替えなんか見て何が楽しいんだよ……」


 声を掛けられたジェイドはあからさまに拒絶を示すあたり、チョイスを間違った感じである。

 カインローズとして明るく楽しく会話しつつ、今後も仲良くやって行きたいのだが中々上手く行かない。


「……別に魔術的な意味合いとかはないよ。グランヘレネ皇国の国章、見覚えないのか? 結構特徴的だから知ってる奴多いんだけどな。ていうか、こっち見るなってば」


 何を一体恥ずかしがっているのだろうかと思えば、背中に掘られた物はジェイドにとって余程見られたくないものだったのか。

 そもそも背に彫られた図案がグランヘレネの物だと言われても、いまいちグランヘレネの国章が思い出せないカインローズは。彼の真剣さとは裏腹に気の抜けた返答をせざるを得ない。


「あん? えっと、そんなだったか? まぁいいや。そんなに気にする事か?」


 確かに言われてみればそうだったかなレベルの認識であれば、細部についてどうこう言えた物ではない。


「……まぁ、君に着替えをマジマジと眺められてる件については気にしてるし気にする事だとは思ってるよ……」

「安心しろ、俺は男には興味ねぇよ。何故そんな勘違いが生まれるんだよ……ったく」


 ちょっと体を見たくらいでどうしてそういう扱いになるのか理解に苦しむカインローズだが、ある一点については例外であったとわざわざ捕捉する。


「男が男見て楽しい訳ないだろ。筋肉以外」


 そう躍動する筋肉。

 鍛え上げられたそれを自身のそれと見比べる事については確かに楽しいので付け足したのだジェイドにはどうも受け入れられない話だったようだ。

 一瞬飛び退くように距離を取ると妙に態度がよそよそしくなってしまった事に、誤解が加速したのを感じたのだった。

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