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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
17/192

17 教会にて

ルエリアの門を潜ったカインローズは昼にも世話になった教会までひた走る。

時間が経ち夜分ともなればオリクトの街灯があろうとも先程より随分人通りが少なくなっている。

スピードを維持したまま街中を駆け抜ける事が出来たカインローズは何かを懐から落としたような感じがしたが、一刻を争う事態だと振り返らず教会へ向いそして辿り着く。

しかし時間も遅く既にその扉は閉ざされていた。


ドンドンッ!


扉を叩く音は荒々しく撃ち破らんばかりであり、焦りの色が濃く見て取れる。

事実カインローズの表情はジェイド達と対峙していた時のような余裕はなく、滴る汗すら拭わず声を張り上げる。


「夜分に悪いが開けてくれ!頼むっ!!」


しばらくして扉の施錠が解かれる音がして、中からクライブを治療してくれたあの司祭が出てきた。


「これはこれはお昼の……当教会に何かご用でしょうか?」


恐らく寝巻用のローブだろう。

白の質素な作りのそれに身を包んだ司祭が手にオリクトを使ったランタンを持っており、その明かりでカインローズの顔と背負われた人物を照らす。


「……っ!?すぐに施術致しましょう!」


血だらけのリーンフェルトを見た司祭の表情が険しく、眉間の皺が深くなる。

白いローブを慌しく翻しカインローズを教会内に招き入れる。


「早く中へ!」


小走りの司祭に案内されるままにカインローズはリーンフェルトを運ぶ。

そして施術室に入ると、中ほどに設置してある施術台にリーンフェルトを静かに降ろした。

施術室の中には施術の準備をしていた修道士がいたのだが、リーンフェルトを見て何かを察したように駆け出した。

施術台に横たわるリーンフェルトの状態を改めて目にする。

全身に血の滲んだ痕があり、それが徐々に暗褐色へと変わり始めている。

所々衣服が裂け両の肩は力なく壊れた人形のようにダラリとしており、その痛々しい姿を見てカインローズは司祭に切り出す。


「司祭さんこいつは……」


しかしそう不安交じりに切り出すカインローズを司祭は静止し、施術室から追い出す。


「不安なのはわかりますが、まずは診察してみない事には……ここからは私達の仕事です。もうすぐ……ほら来ました」


カインローズの後ろには先程の修道士が白い貫頭衣を持って走ってくるのが見えた。


「施術用の貫頭衣ですよ。あのお嬢さんは体中から出血されておりますからね。服は…修繕しても使い物にならないでしょう。その為の物です」

「おっ…俺に何か出来る事はあるか?」


そわそわするカインローズに司祭は左右に静かに首を振り答える。


「何もありませんよ。貴方はどっしりと構えてお待ちなさい。では施術に入ります」


そう言って施術室の扉は静かに閉じられた。



――どれくらい経っただろう?

教会内にある小さなステンドグラスが朝日を受けて壁に模様を写し出し、窓から差し込む陽の光は礼拝堂にある椅子とカインローズの影を長くする。

カインローズは顎の無精髭が伸びているのを指でなぞったり、時に立ち上がり右往左往するとまた座ったりと実に落ち着かない様子である。

辺りには一般の礼拝をしに来た人や怪我人も運ばれてきているが、そちらは助祭や修道士が対応しているようだ。

カインローズも流石に人目を気にしてか、その頃には礼拝堂の最前列で黙って座っていた。

施術室の扉が静かに開いた頃にはもう昼近くとなっており、施術時間の長さを物語る。

カインローズは一睡もせずに施術が終わるのを待っていた為、目の下に薄らとくまを作っておりその眼は若干充血している。

そんな彼に司祭もまた長時間の施術を終えた体でフラフラになりながらも、カインローズの前まで来るとにこやかな笑みを作り一言結果を告げる。


「あのお嬢さんは助かりました」


それだけを告げるとヨロヨロと礼拝堂の椅子に腰かけ大きく息を吐いた。

年齢もあるだろうが、やはり長時間施術を行った負担が大きかったのだろう。

司祭は疲れ切った体でへたり込んでいたが、突然フワリとその体が浮く。

驚いて視線を上げると充血した瞳が見えた。


「疲れているところに悪いんだが……リンの様態はどうなんだ?」


カインローズは風魔法で司祭を浮かせ、嘘は許さないとばかりにその双眸を覗き込む。しかしそれを司祭は一笑すると、赤い目を捉えて落ち着いた声で話し始める。


「ははは…心配症ですな。まず体からの出血はかすり傷程度の浅い物でしたよ。それでも全身くまなく傷だらけでしたが。一体どのような無茶をされたのですか……」


そんな呆れ混じりの非難めいた視線をカインローズは受け止めると、一息ついて司祭は続きを話し始める。


「問題は肩の方ですな。骨が外されておりました」

「骨が外れていたからあんなにブラブラしてたのか……」


それに司祭は黙って頷き続ける。


「まず骨接ぎをして、断裂した筋肉の治療にかなりの時間を費やしました。この方はおそらく剣を持って戦う方でしょう?ならば肩は入念に治療せねばならない。

肩も腕も剣士には命よりも大事なものですからね」


そう言ってフッと笑うと司祭は己の肩に手を当てて擦って見せた。


「ふむ…体力には自信があったのですがね…寄る年波には適わない物です。昔は二晩続けて飲み歩いてもまだ元気だったというのに」

「しかしだ。あれだけの施術後にこれだけ喋れるんだ。司祭さんもたいした物だよ」

「そうそう…彼女はしばらく安静にして貰う為にこちらで二日程お預かり致しますよ。一応光魔法の施術で回復はさせておりますが、まだまだ無茶はさせられませんからね」


安心したのかカインローズは頭をガシガシと掻き毟ると、風魔法を解き床に着地した司祭に頭を下げた。


「有難う御座いました」

「いえいえ…これも神に仕える者の勤めですから」


そう穏やかに答えると司祭は教会の奥へと戻っていった。

カインローズは建物から出るとそのまま宿に直行する。

気が抜けたのだろう。

体が泥のように重く、足取りも大分遅い。


何とか宿に着いた所で入り口にアトロが立っているのを見つける。

心配そうな表情で辺りを見回しながら、いつになくイライラとした雰囲気を漂わせていた。

宿の従業員は配慮してか近くを通らないようにしているようだ。


「旦那……こんな時間まで何をしていたんですか?」


カインローズの姿を見つけたアトロは、行動規範に煩い教師のようにしかめっ面で尋ねた。

なんの連絡もなしに一晩リーンフェルトとカインローズは宿を開けていたのだ。


思わず身構えるカインローズはアトロに肩をしっかりと掴まれ、拘束される。


「まずは何があったのか説明してください」


カインローズは無言で頷くと睡魔で意識が飛びそうになりながらも経緯を話し始めた。


「リンがな、襲撃犯を見つけたんだよ。それを追いかけて…多分戦ったんだろう。結局返り討ちにあっちまったようで、今教会で預かってもらっている。

俺の方はお前が言ってたいように妹の方を探して街に出ていたんだが、偶然その妹に遭遇出来てな」

「妹さんを見つけたんですか?」


本当に見つけたのかと驚くアトロにカインローズは、神妙な面持ちのまま言葉を繋げる。


「ああ、それを追いかけて行ったら俺も偶然…いや、妹のシャルロットも襲撃現場にいたんだ。襲撃者と関係があるのは間違いなかった。その結果リンの所に辿り着いたんだ」

「リンさんは無事なのですね?」


その問いに深く頷き、先ほど聞いた司祭の診断をアトロに教える。


「ああ、夜中から今まで教会で施術してもらって命には別状ないとさ」

「それを聞いて安心しました。もし何かあったらケフェイドにも帰れなくなってしまいますよ……しかしリンさんも無茶をする」


心底安心したという声色に変わったアトロからは先ほどまでの緊張感はなくなっていた。

幾分か表情が和らいだものの、その目つきは依然険しいままである。


「まあ、思う所は色々あるんだがその気持ちも分らない訳じゃないだろ、お互いに」

「そうですね旦那。我々ならきっちり仕返しをしますからね」


アトロはカインローズが襲撃者を撃退した物だと思い込んでいたようでニヤリと笑ったが、それを聞いたカインローズは一呼吸置くとガバリと勢い良く頭を下げた。


「襲撃者なんだが……見逃したわ。すまん」

「何故です?!」


普段穏やかなアトロの殺気が一瞬で漲りピリピリした空気が流れるが、それを物ともせずカインローズは状況の説明に入る。


「何故ですも何もリンのやつが地面に突っ伏してピクリとも動かないし、ぶっちゃけさっさと回収しないと不味い雰囲気だったんだよ」


説明に一定の理解を示したアトロはカインローズに質問を投げかける。


「ふむ…リンさんもセプテントリオンの一人ですからね。それを凌駕する魔法の使い手ですか。旦那がもし本気で戦ったらどうですか?」

「ああ、本音を言うと戦いたくないな」

「それほどですか?」

「相性とかもあるかも知らんが、俺はあのジェイドって奴とは戦いたくないね」

「あの襲撃者はジェイドというのですか」

「ああそうみたいだぜ」


名前一つでも情報収集は容易になるだろうと、カインローズの仕入れてきた情報の価値をアトロは脳内で計算する。

相手の事が分かれば対策を練る事が出来る。対策が出来てしまえば後は排除するだけである。

アトロはこれについて本部に報告する事にした。

しかし、それもまずは相手の情報を仕入れるところからである。


「ならば私の方で彼について少し調べてみましょう」

「ああよろしく頼む…俺はもうそろそろ限界なんだ。気を張っていたせいか魔法を乱射したような気だるさだよ」


くまを目の下に濃く作ったカインローズは覚束ない足取りで宿の中へ向かって歩き出す。


「それなら旦那は早く部屋に戻った方が良さそうですね。私はこのままそのジェイドという男について当たってみたいと思います」


後ろ手に手を振ると少し低い声でアトロに声を掛ける。

お互い背中越しの会話だが、どんな表情でそれを言っているのかは想像できるくらいの付き合いの長い二人だ。

だからこそカインローズはそこで釘を刺しておく事にした。


「ああそうだ。何かあっても手を出すなよ」

「ははは…旦那がそこまで言う相手に戦いなんて挑みませんよ。私には妻も子供もいますからね」


冗談めかしてそう答えるアトロの表情はもちろんカインローズには見えていないのだが、きっと苦笑い交じりの顔をしているに違いない。

これでアトロも暴走してジェイドに突っ込んでいく事はないだろう。

カインローズは務めて明るい声で一言だけ返す。


「そうだったな」

「私も命は惜しいので深追いはしませんよ」


殺気は微塵も感じないアトロの背中をちらりと見やり安心すると、今度こそ宿の中へ入り自室へ向かう。

自室のドアの前でカインローズは懐を弄り部屋の鍵を探すが、そこに鍵は無い。

しばらくガチャガチャと取っ手を回し部屋に入ろうとするが入れず、借りた鍵を失くした事に気が付き頭が真っ白になる。

確かにリーンフェルトを抱えて走っている時に何を落とした感じはしたのだが、それどころではなかったのだ。

しかし失くしたのも事実。

ガックリと肩を落としたカインローズは気分的にも重くなった体を引きずってフロントまで向かう。

一泊の間に二度も部屋に入れなくなったカインローズは、その宿の要注意人物として記録される事になったのだった。


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