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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
168/192

168 七福神温泉

 甘味のおかげか大変和やかなムードになってきたので、カインローズは出がけにナギから渡された封筒の束を思い出して懐から取り出しテーブルへと乗せる。


「そういやよぉ、ナギからこれを貰ったんだが……あぁナギってのはまぁ親戚の子みたいなもんだ」


 きっと彼等にナギの事を言っても分からないだろうと、適当な補足を付けて切り出した要件にジェイドが反応を示す。


「これは……?」


 手にしたフォークを置いたジェイドは封筒を手に取り、用心するかの用に裏表を確認し始める。

 別に怪しい物ではない事は直ぐに分かって貰えたようだ。

 封筒の右下に七福神温泉と書いてあるのだから、大凡何が入っているかは分かったはずだ。

 しかし隣のリーンフェルトはと言えばカインローズの言葉に引っ掛かりを覚えて訂正を掛けてくる。


「カインさん嘘はいけませんよ。元許嫁ですよね。それに皇帝陛下の姪っ子ですよ」


 元と着いているのは先の八つ首ヒュドラの一件でナギとの婚約に関しては正式に破棄という事になった。

 しかしそれではロトルの約束が果たされない事になってしまう為、後の代で歳が近い者があった場合という文言が追加されている。

 そして晴れてヒナタはナギを娶るべく目下勉強中である。


「え、君の家が名家とは聞いていたけど……それじゃカインローズってアシュタリア帝の親戚になる可能性もあったんじゃ……」


 ジェイドが驚きを滲ませつつ言い淀む。

 彼の言う通り、そういう身分になりかけていたのは事実だ。

 だが、カインローズとしても八歳の嫁というのは如何にロトルの宿願であっても受け入れる訳には行かなかった。

 どう考えてもつり合いが取れない。

 下手をすれば親子のようなものだ。

 きっとアル・マナクの面々からも日々弄られていた事だろう。

 そもそもナギとの婚姻が成立してしまえば、アシュタリアでの地位と立場が同時にくっついてくる。

 自由気ままを身上とするカインローズに取ってはこれは枷にしかならない選択肢だったのだ。


「まぁ元な元。八歳の嫁なんて迎えられるか! ……それはいい。そのナギなんだがリン事をえらく気に入っててな。新しく出来た温泉に行きませんかと招待券を配っていてさ。どうせお前らも暇だろう? ざっくり十枚ほど貰ってきたから、こっちで世話になってる奴らにでも配ってやれ」

「八歳……。……あ、ああ……有難うな。そうだな……屋敷に出入りしてる奴らにでも配ってみるよ」


 微妙な顔をされたが、どうやら温泉に関しては色よい返事を貰えたようだ。

 さて、ここからが本番とばかりにカインローズは、封筒を手に持って悩んでいるジェイドに話しかけた。


「んで? お前らいつ行く予定だ? いやな、ナギが嬢ちゃんに興味持ってるみたいなんだよな」

「へっ!? 私ですか……?」


 意外だったのだろう、突然話の中心に置かれたシャルロットが目を丸くして驚いている。

 言葉の通り封筒を渡された際にリーンフェルトの妹であるシャルロットの話をどこからともなく聞きつけており、会ってみたいというリクエストを受けている。

 アシュタリアでの生活面では本当に世話になっているナギの要請には逆らえないカインローズとしては、日程を固めてナギとシャルロットの出会いの場を作らねばならないのだ。

 そんな裏事情はさておいて、正面のジェイドは何か考えているらしく黙ったままだ。

 カインローズは時間や日程に関していえば、アル・マナクの面々はいくらでも譲歩出来る事を彼等に伝える事にした。


「俺としては折角だし、お前らに都合を合わせるぜ?」

「なら……四日後の昼過ぎとかに集合ならどうだ。出来たばっかりって言うなら混雑はしてそうだけど……それでもその時間なら客も少なそうだし……? 生憎、俺らもそこまで暇じゃないし」


 妙に暇ではない事を強調してくるジェイドだったが、カインローズは予定を抑えられた事に安堵する。

 これでいくつかナギに握られている情報をもみ消してもらう算段も付く。

 事実ナギからアベルローズへ告げ口された場合、かなりまずい事が起こる事は確定済みである。


「おう! んじゃ、四日後な。ナギの奴にもそう伝えておくぜ」


 内心これで任務は果たした物と思いカインローズは安心しきっていた。



 城に帰るとアベルローズが仁王立ちで城門前に腕を組んで待っていた。

 その表情は非常に険しく眉間の皺が深々と刻まれている。


「あっアベルローズ様、今戻りました」

「戻ったぜ、親父!」


 意気揚々と挨拶をしたカインローズにアベルローズの皺が一層深くなる。

 そして組んでいた腕をダラリと降ろすと同時に駆け出し、一気にカインローズとの距離を縮め右の拳を振り抜いた。


「こんの馬鹿息子が! あれほど深酒をするな、店に迷惑を掛けるなと言っておいたのに、ハクテイの名に傷を付けるつもりか!」

「ぐはっ……何すんだよ親父!」

「何をするんだとはこっちのセリフだ馬鹿者! お前がハクテイの名でツケにしたと蕎麦屋の親父が請求をに来たぞ。そこから調べてみたらお前、キコマ屋でも醜態を晒したようじゃの?」

「えっ? なぜそれを!」

「全く儂の顔まで潰しおって……覚悟せいよ? 愚息」


 妙にドスの効いた低い声がリーンフェルトの耳にもはっきりと聞こえた。

 城門前での乱闘も果たしてハクテイの名に傷はつかない物かと心配になったのだが、それはそれという事らしい。

 アベルローズに首根っこを掴まれ、どこかに連れられて行ったカインローズを見送ったリーンフェルトは一人城門を潜る。

 そこには先のやり取りを門の影からこっそり窺っていたナギがおり、リーンフェルトが近づくと、それに気が付いたようで声を掛けてきた。


「あっリンお姉様、カイン様は……やはり捕まってしまいましたか」

「やはりというのはどういう事です?」

「あはは、カイン様が醜態を晒した情報を私の方でもみ消しておいたのですが、どうも違う所からアベル様の耳に入ったらしいのですよ」

「それにしても……ナギちゃん、そんな事までしていたのですね……」


 ちょっと呆れた声を出すリーンフェルトに、ナギは胸を張って答える。


「はい、婚約は解消してしまいましたが、それでも大事な方ですので。それにその情報も私が【合コン】なる物に興味を持った為ですから、ついでなのですよ」


 ナギは独自の情報網で先日の合コンについて情報を得ていた様である。

 それにしても、この八歳の少女をやはりカインローズの嫁にした方が良かったのではないかとリーンフェルトは心に思ったのだった。






 四日という時間はあっという間に過ぎる物である。

 ナギが主催する今回の温泉ツアーについてアル・マナクからはリーンフェルト、カインローズ、リナの三名がエントリーされている。

 アウグストはこの日、雷のヘリオドールの最終調査報告の為に朝からカハイ皇帝やその他の重鎮の方々との会議があり不参加となっている。

 アシュタリアでの任務も佳境に近づいている証拠と言えよう。

 後から聞かされた話だが、帝都の住民に対して避難命令が出ていた様である。

 二月の間に避難するように示されてあったようで、御神体を信奉する玄帝が今回の会議で必ず反対に回るのが予想される為、恐らく紛糾するだろうとアベルローズが力なく笑っていたのが印象的だった。

 ともあれナギの案内の下、三名は本日の目的地である温泉宿へと向かう運びとなった。



 温泉宿の前まで来た時の事、なにやら見覚えのあるパンダ野郎が部下を引き連れて温泉の従業員と問答を繰り返している。

 それを気にした風ではなくナギが先に暖簾を潜って行ってしまったが、アル・マナクの面々は苦々しい表情となる。


「なぜ我らを泊める事が出来ないのだ!」

「ですからお客様、本日はやんごとなき方の貸切となっておりまして……」


 犬のベスティアである従業員の尻尾と耳が力なく垂れ下がっているのを見ると大分追い詰められているようである。


「なんでこんなところにマルチェロが!?」


 無視して入る事は簡単だったのだろうが見過ごす訳にも行かず、そう声を掛けたリーンフェルトが従業員とマルチェロの間に割って入る。


「ふん……何を訳の分からない事を。新しく出来た温泉宿と言うから泊まりに来てやったのだが?」


 そう言う彼とその部下達の後方にジェイド達の姿を見つけた。

 しかし今は目の前の障害物が邪魔でとても合流など出来ない状況だ。

 早くケリをつけたいとカインローズがさらにリーンフェルトの横に並んでマルチェロに言い放つ。


「おう、悪ぃな。今日はもうここは俺達の貸切だぜ。泊まるなら明日にしてくれ」


 そう言うもマルチェロは納得などしない。


「なんだと? もうさっきまで泊まっていた宿は出てきてしまったぞ」

「それは残念でしたね、マルチェロ」


 間髪入れずにリーンフェルトがマルチェロを切り捨てるが、同情と言う感情が微塵も感じられない。

 しかし、マルチェロという男は相変わらずここからが面倒臭い。


「……クッ……どこの宿も満杯なのを知っているのかお前ら! 貸切もお前らの都合だろ? 責任を取ってもらおうじゃないか。俺の部下達含めて全員分の一泊の宿代だ。明日までに何とか別の宿は見つけるとして今日はどうしようもない。さぁどうする」

「どうするも何もタイミングの問題ではありませんか?」


 明らかに迷惑そうな表情で容赦ない返答をするリーンフェルトに、マルチェロは仰々しいく芝居がかった調子で声を張る。


「そうやって貴様らの都合を優先した結果、溢れた可哀想な旅の客がいるというのに、何もしてくれないのか。アシュタリアとはそんなに冷たい国だったのか?」


 温泉の周りは貸切とは言え、普通に通行しているベスティア達がまだ疎らにいる。

 出来立ての温泉宿の前でそんな事を言われれば、今後の評判に傷がつくかもしれない。

 その辺りをマルチェロは狙ってやっている節がある。


「あぁ……話を大きくしてきたぞこいつ」

「面倒臭いですよね……」


 それに面食らって困惑気味になったリーンフェルトとカインローズは顔を見合わせていると、不意に背後から騒ぐマルチェロ達を一掃するように声を上げた者がいた。


「それは聞き捨てなりません!」


 見れば先に暖簾を潜って行ったナギが、いつまで経っても入ってこないリーンフェルト達を迎えるべく戻って来ていたのだった。

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