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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
164/192

164 帰ってきた合コンという名の戦場~敗残兵達の夜明け~

 ジェイドに任せた洗濯はそろそろ終わりを迎えそうだ。

 今は生き物のように衣類が水球から水球へと移動させられており、すすぎを行っている所だ。

 この手順があと数回あって洗濯は終わるに違いない。

 普段は掃除洗濯をしないカインローズはおぼろげな洗濯の手順を思い出し、照らし合わせてそう判断した。


 泥まみれよりは綺麗なずぶ濡れの方がまだマシだとカインローズは思う。

 家紋が汚れていた日には父親であるアベルローズから一体どんな罰を受けるのかと正直気が気ではない。

 家紋は一家の顔であり印であり、何より家の力が顕著であるアシュタリアでは家紋が汚れる事を極端に嫌う文化がある。

 カインローズとしては只の模様程度にしか感じていないのだが、ハクテイの家紋が汚される事をアベルローズは絶対に許容しない。

 寧ろシュルクであるアベルローズは他のベスティアからシュルクであると馬鹿にされないようにしてきたのだ。

 幼い日にカインローズが苛められ家紋を汚されて帰った時などは、その子供の家に抗議するよりも先にまず息子を叱った。

 子供ながらに苛められたのはこちらなのに何故怒られるのかという思いもあったが、今にして思えばアベルローズはハクテイ家の婿養子としてそこは譲れなったのだろう。


 さて視線をジェイドに戻せば洗濯は終わったようである。

 後は一度濡れた衣服を纏って自身の風魔法で空を飛びまわればその内乾くだろうというそんな認識でいた。

 しかしジェイドはご丁寧にも衣服が乾く所まで面倒を見てくれるようだ。

 地面に干渉して生み出したのは黒い蔦を持った植物である。

 しかしその先端にあるのは花などではなく長方形の形をした真っ赤な水晶だ。

 見様によっては調髪用のこての様にも見える。

 今でこそ滅多に使われなくなったが昔は良く火鉢に刺さっていた火箸を髪に当てて寝癖などを直していたものだ。

 火箸では扱いづらいと言う発想からもう少し面の拾いこてが出来るまでにそう時間は掛からなかった。

 オリクトが普及してからは劇的に火鉢はその役目を終えたかのように少なくなっていったらしい。

 当然それに付随して存在していた調髪用のこても姿を消してしまったようだ。

 しかしなければないで不便という事でオリクトを用いた調髪用のこてが開発されたとナギが言っていた気がする。


 ともあれ焦がさない程度に熱せられたそれで衣類を挟みこんでやれば白い煙が立ち、服の水分を蒸発させていく。

 とどのつまりこれはジェイドが作り出したアイロンのようだ。

 それにしても仕上がってきた紋付き袴はおろし立てのように織り目が整っており、よくも魔法でここまでの事をやってのけるものだと素直に感心していた。

 そしてその作業が終わると魔法で作り上げたアイロンは砂が風に飛ばされるが如くあっという間に風化してサラサラと消え去って行く。

 数分もしない内に何事もなかったかのように消えてしまっていた。

 何にせよ自ら乾燥機にならずに済んだカインローズは受け取った紋付き袴に袖を通す。

 シャボン草と一緒に入れた香料のお蔭か爽やかな香りが袖を通した先から鼻腔を掠める。

 きっちりと身に纏った所でやっと落ち着いたカインローズは、興味深げにジェイドを見ながらぼやく。


「はぁ、危ねぇ危ねぇ……親父にまた怒られる所だったぜ。しっかし魔法ってのは便利な物だな」

「君だって使えるだろ魔法…………」


 確かに魔法は使えるし、事実服を乾かしてくれる所までジェイドにやってもらえない事も考えられたから、自ら空を飛びまわり乾燥機になろうと思っていた事はそっと伏せて置く事にした。

 そして複数の属性魔法が使える事が如何に有用であるかを思い知る。

 カインローズ自身は風と雷の魔力を持っているが、日常生活の中で役に立ちそうな使い方をとんとひねり出せずにいる。

 尤もカインローズ自身は家事に関して言えば全くやらない。

 冒険者として炊事や洗濯は最低限に出来るが、所詮独り者の男だ。

 そのレベルは最低限困らない程度には出来るという程度のラインであり、それ以上を越えて来る事はない。

 家の維持に関して言えば、金でハウスキーパーを雇った方が自身でやるよりも余程効率的である。

 ふとそんな事を考えいるとマルチェロが得意げな表情でカインローズに声を掛けた。


「どうだ俺の右腕の力は!」


 ジェイドの魔法に何故か胸を張って得意げなマルチェロにカインローズは思わず突っ込む。


「いや、お前が誇るところじゃねぇしな」


 そもそもマルチェロが洗濯をやった訳でもないし、ジェイドは誰の部下にもなったりはしないのではないだろうか。

 組織の一員、一軍の将として考えるならば、制御しきれない部下は扱いづらい。

 カインローズの脳裏にふとリーンフェルトの顔が浮かんだが、彼女はまだなんとか抑えが効くだろうと判断して掻き消す。

 魔法だけに制限されるとかなり不利だが、接近戦まで持ち込む事が出来れば剛腕に物を言わせて叩き伏せればいい。

 まだまだ接近戦に関して言えばカインローズに分があるだろう。


 カインローズの言葉に続けるようにジェイドもまた非常に面倒臭そうにマルチェロに言い返す。


「もう俺否定するのも面倒になってきた。肯定もしないけど」


 そこまで言われてもまだめげないこの元王子のメンタルは一体どうなっているのだろうとカインローズは思わずにはいられない。


「まぁいい。いずれ部下として迎えてやるさ」


 流石にしつこいだろうとカインローズとジェイドはお互いをチラリと見ると、もはや苦笑しか出てこない。

 このまま話を続けるのもマルチェロにペースを掴まれている気がして気に食わないので、カインローズは話の流れをぶった切って違う話を展開する事にした。


「ところでお前ら腹減ってねぇか? いやさ、食わないで殆ど酒ばっかで腹減ってんだよ」


 事実キコマ屋ではすっかり酒ばかりを飲んでいたのは、一重に酒がやたら美味かったからである。

 頼んだ料理もテーブル狭しと展開されていたのだが、気が付けば一升瓶を抱えて呑みに専念していた。

 当然そのせいで酔いが回り、暴れた挙句にリナに沈められた訳だ。

 大人の酒の飲み方としては下の下だろう。

 それでも酒が進んでしまったのは自身が世話を焼いた結果、上手く行った事が嬉しかったからに他ならない。


「俺様はしっかり肉も魚も食ったけどな」


 相変わらずの切り替えの早さでマルチェロはカインローズの言葉に反応して見せる。

 皮肉とも取れるが、あれは果たして食ったと言えるのだろうか。

 確かに口に料理や酒を突っ込んだりしていたが、あれは全てジェイドとリーンフェルトの会話の場を作り上げる為に邪魔が入らないようにしていただけだ。

 まずはジェイドを誘い、マルチェロに関しては駄目と言っても着いてきそう気配しかしないので深く言及しない。


「でも腹くらい減るもんだろ? なぁジェイド、お前もお面なんか着けてたからほとんど食ってねぇだろ? そこらへんに蕎麦屋の屋台でもあるだろう。食って行こうぜ」


 キコマ屋で飲み食いしていた時間はもう数時間前である。

 ほとんど食べなかったカインローズとジェイド。

 マルチェロの満腹具合は分からないが、それでも小腹くらい空きそうなくらい時間は経っているはずだ。


「……お面は兎も角、誰かさんのお陰でかなり魔力も削れたし確かに腹は減ったな」


 あれだけ繊細な魔法を行使したのだから、その分魔力量が減っているだろうからこそ断れない提案であり、カインローズにしては中々気の利いた話である。

 それにすっかり芯まで冷えてしまった体がなにより暖かい物を欲していたのも大きい。

 既にカインローズの鼻は微かな出汁の香りを捕えており、それが風に乗って流れてきている場所も粗方想像の付く範囲で特定出来ている。

 しかし先のキコマ屋での支払いですら、払いきれなかった金額に関してハクテイ家のツケになっていたはずである。

当然会計のごたごたを見ていたマルチェロはカインローズの財布はすっからかんなのを知っている。


「というかお前、金持ってないだろうが。飲み屋の払いですっからかんだろう」

「はっはっは。んなもん実家にツケにしとけばいいんだよ。さぁ食って行こうぜ!」


 そう笑い飛ばして我先に蕎麦屋めがけて歩き出すと、ジェイドとマルチェロはその背中を追いかけて歩き出した。

 結局カインローズの誘いに乗ったジェイドとマルチェロは屋台の蕎麦をずるずると啜り腹を満たしたら解散となった。


 後日談だがキコマ屋と蕎麦屋からの請求を受けたアベルローズがこの日の支払いをする事になり、カインローズを折檻する事となったのはまた別の話である。

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