163 帰ってきた合コンという名の戦場~敗残兵達の挽歌~
一方、キコマ屋に残された男性陣はリナとシャルロットに沈められた後、そのまま閉店まで眠りこけていた。
数時間前に嬉々としてオーダーを受けていた店員達も、いまやゴミを見るような目である彼等を見ていた。
お客様は神様などではない。
当然何をやっても許される存在ではないのだ。
金をしっかり払って店の外に出るまでしっかりやって、足取りが崩れる事無く歩く。
その背中を見送って初めて良い客だった、神様だったと感謝するものなのだ。
当然支払もままならず、醜態を晒し千鳥足で意識も酩酊しているような奴は下の下の客である。
さて、キコマ屋の大番頭はフラフラ歩くデカイ男が財布ごと渡して来たのでお会計かと思い中身を見てみれば全く足りない。
この客は下の下の下の客……いや客とは呼べない糞野郎であると認識を改める。
後でハクテイ家に抗議文と足りない分の勘定は請求が行く事になるのだが、この時点ではそれをカインローズが知るはずもない。
デカい男の服にはハクテイ家の家紋があった為、怒りを何とか抑えて大番頭は彼等を店の外に追いやると無言のままピシャリと店の戸を閉めたのだった。
――なんだか物凄く体が冷える。
そう感じたカインローズはゆっくりとその瞼を開ける。
その視界に真っ先に飛び込んで来たのは白んできた空である。
合コンを始めたのは夜だったはずだか、何時しか朝日が昇ってきており山間から差し込んだ朝日が開いた双眸にしっかりと突き刺さりチカチカする。
山の上に位置するアシュタリア帝都マララガンは、春先であろうとも冷え込みはキツイ。
夏ですら山林を抜けた涼風が吹くくらいなのだから、春先のしかも早朝の風など帝都標高と相まってとにかく寒い。
まして衣服を着けていないとなると想像以上に寒く感じるのは容易だろう。
「ぶえっくし……! 寒っ!」
身震いを一つして勢いよく置き上がれば、褌一丁で寝ていたようで体の芯まで冷えてしまっているので、思考という思考は全く追いついていない。
しかしなぜこんな事になったのか。
そう考えるよりも早くカインローズをせせら笑うマルチェロの声が耳に飛び込んでくる。
「ふん……これくらいの寒さで風邪でも引いたのか? 俺様はすっかり野宿には慣れて、今や達人レベルだからな。この程度どうとも思わ……へぶしっ」
しかしその台詞を吐いた口は、全てを言い終わる前にくしゃみをしてしまう。
相変わらず喋っても締まらない下着姿のマルチェロをカインローズは笑いながら、昨晩のもう一人の連れに声を掛けた。
「はっはっは、お前だって人の事言えねぇじゃねぇか! って、お前一人であったかそうだなジェイド」
カインローズの視線の先のジェイドはと言えば、自分だけ炎の魔法を使い焚火をして暖を取っている。
勿論彼は服を着ており筋肉対決に参加していなかった為に衣服こそ来ているだが、それでも寒いと言うのだから今朝の冷え込みは中々の物なのだろう。
自身が生み出した炎をぼぉっと眺めているジェイドにマルチェロがブルブルと震えながら抗議し始める。
「……というか右腕、何故俺様をまず最初に温めない! 風邪を引いてしまうだろうが」
すっかりジェイドを部下にしたつもりのマルチェロに、彼は何を思ったのか右手を向けて炎で焼き払うべく集中を始めた。
カインローズの目の前で起きた一連の流れに背筋が、冷たさを覚えたのは外気のせいでは無い。
慌ててカインローズは声を張り上げてジェイドを止めに入る。
「いや待て待て、そもそもなんで街中で炎なんて出してんだ? あぶねぇだろうが……アシュタリア建築は木造が多いんだぜ? うっかり引火したら大火事だっての!」
「…………確かに? でも寒いものは寒いし」
確かに寒いのは事実だし、温まるならば火を熾せばいい。
ジェイドの言い分は尤もなのだが、如何せん街中でありその建築物のほとんどが木造である。
この火が元で火事にでもなった日には目も当てられない。
カインローズの説得が功を奏したのかジェイドの右手に集約していた炎の魔力が霧散していくのを見て、彼はとりあえず胸を撫で下ろす。
「ま、お前なら消す方も簡単にやってのけそうだけどな」
そう言ってカラカラとカインローズは笑って見せる。
事実リーンフェルトよりも魔力の扱いに長け、且つその身に宿す魔力の総量は計り知れない。
だからこその言葉であり、自身の炎が元で大火事になったとしても自前で消火する事も可能だろうと信頼をほんのり言の葉に乗せている。
言われたジェイドはと言えば実に面倒そうな表情で文句ありそげである。
「水魔法で消せば良いんだろ……言われなくたってやるよそれくらい……」
「別に俺達の分を出して欲しいなんてこれっぽっちも思ってないんだからな!」
「……君達もこっち来て当たれば良いだけの話だろ。服は着て来いよ……男のむさ苦しい裸なんか見続けたらその内失明しちゃうからな」
とにかく褌一丁の男が二人も居る事にジェイドは不満があるようだ。
確かに男三人女気もなく、うち二人が下着姿となればジェイドも次は自身が服を剥かれてしまうのではないかと気が気ではないのかもしれない。
変に強がる妙な台詞を吐くカインローズにジェイドはヒラヒラと手を振り、さっさと服を着るようジェスチャーしてみせると理解したのか彼は服を探し始める。
数メートル先の灯篭の足元に布が幾重にも重なって絡まっているのを見付けたのは、捜索を始めて数分後といった所だ。
強風に煽られて飛ばされ逃げられないよう、慌てて服の塊らしきものに駆け寄るカインローズの背中を見ながらマルチェロは適当に着物を着付けながら尋ねる。
「ところで幹事。こう言っちゃなんだが女共はどうした?」
「さぁな。俺はリナの野郎に股間へ一升瓶を投げつけられてそれっきりだしな……ってあったあった、褌のままでいたら凍え死んじまうぜ……クソ、俺の一張羅が汚れている! ジェイド洗ってくれ!」
衣類を拾ってきたカインローズは思いの外泥で汚れてしまっている服を着たくても着れず、更に家紋が泥に塗れているのもいただけない。
アシュタリアの四祭祀家は威厳を失わないように気を遣っているのだが、泥まみれの服など着ていてはまず確実に笑われるに違いない。
さらに笑われた事が両親に耳に入るのは時間の問題だろう。
そうなってしまえば最後である。
いい歳した男が公衆の面前で尻を剥かれて、お仕置きとばかりに叩かれるのだ。
そんな屈辱を受ける訳には行かないというが、こんな時間では洗濯など出来るはずが無い。
という訳でジェイドに頼んでみるしかないというカインローズにとっては起死回生の一発なのだが、依頼された彼は露骨に嫌そうな顔をする。
「何で俺が……」
「なんだよ! いいじゃねぇかよ。俺とお前の仲だろうが……」
「どんな仲だよ…………」
どんな仲だよと突っ込まれてもカインローズは意に介さない。
街で一、二回会って飯を食べに行く。
友達と呼ばれる物は粗方そのように出来ているとカインローズは思っているが、勿論普通の感覚では無い。
更にそこにややこしいのが入って来てしまう。
「何を言っているのかカインローズ。俺様の右腕だぞ? 側近中の側近だぞ?」
一切の疑いの余地なくジェイドはマルチェロの部下になどならない。
そうしてジェイドはマルチェロに対して釘を刺す。
「……マルチェロにも、この際ハッキリ言っておくけど。俺は絶対に君の部下になんかならないからな。絶対にだ」
のらりくらりと躱していても全く人の話を聞かないならば、はっきりと言うしかなかったのだろう。
ジェイドとマルチェロのやり取りをカインローズは盛大に笑う。
「はははざまみろ! はっきり断られてるじゃねぇかよ」
しかしマルチェロは別に舌打ちするでもなく、自信があるのだろう大して気に掛ける様子はない。
「ふん。俺様は欲しい物は絶対に手に入れる主義なんだよ」
「諦めが悪すぎるだろ……」
「あぁ全くだ。ジェイドの言う通りだぜ?」
マルチェロの件で意気投合してか、ジェイドはカインローズを手招くとこう言った。
「服。洗ってやるから寄越せ」
「おっすまねぇな。これ汚れたまんまだといろいろ面倒臭い事になるんだ。助かったぜ……」
「…………いつまでもそんな格好でいられたら困るんだよ。礼とかどうでもいいからさっさと寄越せ」
照れ隠しなのかは分からないが、ともかくジェイドの気が変わる前にさっさと洗濯をしてもらうとカインローズは泥まみれの衣服を彼に差し出した。
「おう! すまんすまん。ほらこれだ、頼んだぜ」
礼を言うカインローズからひったくるように紋付袴を奪ったジェイドは水魔法で水球を作り出す。
その水球は直ぐに湯気を出すに至ったので恐らく水をお湯に変えたのだろう。
そして水球の表面を維持しながらも内側に渦を作り出すジェイドの魔法操作技術は目を見張るものがある。
であるならばマルチェロが右腕として欲しがるのも無理はない。
そうこうしてる間に今度は地面に白と紫の草花を土魔法で生やしそれを刈取ると、風魔法で細かく切り刻むとそれを水球に放り込む。
直ぐに水球内部で変化が起きる。
先程の草花は洗濯に良く使われているシャボン草と香料に使われる花だった気がする。
水球内は泡立ち衣類の汚れは確実に落ちているに違いない。
意外と丁寧な仕事をするものだとカインローズは感心しながら、衣類と水球の変化を見ていた。