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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
162/192

162 雨降って血、固まる

 ヒラテ屋の奥まった席に姉妹を案内したリナは黙ったままの二人に声を掛け、席に座るように促す。


「ささ、お嬢様方こちらに」


 椅子を引き出してリナ自身は対面するように反対側の席に回り込む。

 リーンフェルトとシャルロットは並んで座る事になった。

 一体この姉妹はどれくらいすれ違っていたのだろうか。

 カインローズがまともな報告書を組織に上げない為に、肝心の縺れている部分について知っている事は然程多くない。

 それにしても並んでみるとやはり姉妹、多少ディテールこそ違えどはっきりと姉妹だと分かる。

 真っ先に変化が見られたのはシャルロットの方だろう。

 苦手なマルチェロが視界から消え去ったせいか、その表情は先程よりも柔らかい印象を受ける。

 見た目こそ良くは無いがヒラテ屋の内装はどちらかと言えば女性向けと言える。

 本当にもう少し店の見た目を何とかすればいいのに。

 これは組織の方に連絡しておこうと思う。

 ヒラテ屋はアル・マナクのアシュタリア諜報部の拠点の一つである。

 店主もケフェイドから派遣された組織の一員である。

 尤も彼は組織の諜報員というよりは、本当に小料理屋の店主にしか見えないから驚きである。

 昨日は買い物ついでにこの諜報部へ寄ったに過ぎない。

 めぼしい情報と言えばやっとサエスで仕事をしていたアンリとケイがケフェイドに戻ってきたという事くらいだ。

 店主曰く、


「有事の際は飛竜で二人を運搬する手筈がある」との事。

 しかし今回は恐らくそんな荒事にはならないだろうとリナは踏んでいる。


 さてそんな事よりも今は目の前に集中しよう。

 キコマ屋に置いてきた男性陣の話などをしながら徐々に話を振りながら緊張をほぐして行けば姉妹の雰囲気も大分優しい物へと変わっていく。

 そうしている間に注文していたポトフもやって来て、テーブルは所狭しと言った感じである。

 その他の料理もケフェイド寄りの構成だ。

 パプリカと鶏肉、枝豆を甘辛く味付けしたものと、トマトやチーズ、ベーコンなどの具材を小麦粉の皮で巻いて揚げたものなどは割と良く食べられる。

 この店の食材仕入れなども諜報員とその部下達で行っている為、ケフェイド産のじゃがいもなどもふんだんに仕入れられている。

 飲み物に関してもやはりケフェイド経由である為、シャンパンやワインなどが多い。

 その物珍しさにアシュタリアの国民はここへ通うのだ。

 そうして酒の席での会話を集め、精査して本部へ報告するのが諜報員の仕事であり、ばれてはいけない任務である。

 リナとリーンフェルトはシャンパンを、シャルロットはミックスジュースを手にグラスを掲げると静かに乾杯をした。

 シャルロットに話さなければならない事のあるリーンフェルトはまず彼女の方へ向き直った。


「シャル、まず貴女の友人を傷付けてしまった事を謝りますね」

「……先生はお友達じゃない。先生は先生よ」

「先生? シャルまさか魔法を?」


 彼女の言葉に素直に驚きを隠しきれない。

 いや、確かに思い返せば成人男性を担ぎ走り去るシャルロットを目にしていたではないか。

 それもてっきりオリクトを使用する魔導具などで強化していたのかと思っていたリーンフェルトにシャルロットは昔の様に話しかけてくれるものだから、少々涙腺が緩くなりそうになる。


「やっぱりまだ、魔女になる夢を諦め切れないから。……まだ、魔法らしい魔法を使う事は出来ないけど……私の力が光属性の魔力由来だって教えてくれたのも先生よ。私、ちゃんと魔法使えてたの」


 そう彼女の口から聞くと実に感慨深いものがある。

 正直リーンフェルトの説明ではシャルロットは一生掛かっても魔法を行使する事は叶わなかったに違いない。

 彼女の説明は幼いシャルロットに分かりやすくしようとし過ぎて擬音が多く、本人も直感で魔法を扱うので理論的な説明とは程遠い物だった。


「そう……良い師匠に巡り合えたのですね……それなら貴女があんなにも怒った表情をしたのは頷けます。そう、あのシャルが魔法をですか……」


 当時を思い出してみてリーンフェルトは自身の指導が幼かったにせよ酷い物であったと苦笑しつつ、魔法が使えるようになったシャルロットの事が自分の事の様に素直に嬉しく感じた。


「正直あの当時どのように魔法を教えたら良いかと考えていたのですが、一向に良い説明が出来ませんでした……」

「うん、……昔は散々困らせて、ごめんなさい」


 シャルロットは当時毎日の様に姉に魔法を習うべく付きまとっていた。

 その当時の謝罪を微笑みを以てリーンフェルトは受ける事にした。

 そして話を一新しようと話題を変える。


「それにしても逞しくなりましたね、家を出てからかなり経ちますしね。たまにお父様とお母様に手紙くらい書きなさい。とても心配していましたよ?」


 もう一点、両親からもしもシャルロットに会う事があればと伝えようと思っていた事を口にする。

 確かに組織の網に掛かってからのシャルロットの情報は、組織が時折冒険者ギルドに問い合わせて集めていた。

 そこから公爵家への情報提供という物を実は継続して行っている。

 しかし両親の話になるとシャルロットは言葉を詰まらせてしまう。

 そして彼女の口からこんな言葉が飛び出す。


「だってお父様は、私達より家の方が大事なんでしょう? だから私にまでマルチェロ……様、をけしかけた。違うの? お母様にはお手紙を書きたいけど、お父様にも読まれちゃうなら書きたくない……」


などと言いながら駄々を捏ねる様に首を左右に振り始めた妹に、リーンフェルトの脳内は疑問符だらけになってしまう。

 確かにシャルロットの家出に関して言えば、両親が不在の中、マルチェロが強引に結婚を迫ったからという話だがそれだけである。

 どうも彼女の言い分には事実との齟齬があるように思える。

 何か大きな勘違いをしてしまっている妹に対してリーンフェルトは諭すように優しい声色を選んで話し始めた。


「それは違いますよシャル。マルチェロは勝手に押し掛けたのですよ、門番も強引に通って行ったと証言していますし。当時は貧乏でしたが腐っても公爵家にそんな無礼は許されないのです」


 姉の言葉に妹の動きが止めると、暫しの沈黙を破り突然立ち上がると外にも漏れ聞こえそうなくらい大きな声で叫んだ。


「…………う、嘘!」


 シャルロットは明らかに告げられた真実に動揺しており、静かな店内に響いた声に疎らな客の視線を集めてしまう。

 それに気が付き恥ずかしそうに席に座り直す彼女を見ながらリーンフェルトはマルチェロに対する怒りを感じていた。

 取り敢えず押しかけたマルチェロが彼女に対して何を言ったのかはわからないが、今度顔を合わせたら問答無用で燃やしてやろうと心に誓う。

 そんな事を考えつつ、姉としてシャルロットに一つ提案をする。


「クリノクロアに立ち寄った時には、そんな話は聞いていませんよ。どうしても信じられないなら、一度会いに行ってみたらどうです? きっと喜ぶと思いますよ」


 長らく不在にしていた娘が無事に顔を見せるのだから、きっと両親も喜ぶに違いないとリーンフェルトは考える。

 しかし彼女から帰って来た言葉は少々積極性に掛けるものだった。


「……そ、その内……」


 そう答える彼女を見るとまだどこか消化しきれていない感じが見て取れるのだが、きっと言葉通りその内公爵家の門を潜る事になるだろうと感じていた。

 それはそうとすっかり身内の話をしてしまった為に、大分前からリナを置き去りにして話し込んでしまった。

 折角女子会を提案してくれたのに失礼な事をしてしまったと、黙って話を聞いていてくれたリナに視線を向ける。


「リナさん大丈夫ですか? 先程から私達の話ばかりで……」

「だ、大丈夫でございますよ!」



 リナは咄嗟にそう答えていた。

 勿論先程の会話を聞いていた訳だがリーンフェルトの意識がすっかりシャルロットの方に向けられて居た為に普段ではありえないくらい好きなだけ見つめる事が出来たのだ。

 この時ばかりは合コンを設定したカインローズを心の中で褒め称え、また女子会を提案した自分に対して自画自賛したのは言うまでもない。

 リーンフェルトの横顔も、シャルロットの仕草も見放題、一重に眼福である。

 鼻から滴る鼻血を白いレースのハンカチを押し当てて止めようとするが、一向に止まる気配などない。

 鼻血に驚く二人の視線を一身に受けて更に出血は加速していく。


「リナさん鼻から血が! 今治癒しますね!」


 そして心配そうな表情のリーンフェルトが口早に声を掛けながらリナへと手を伸ばす。

 その手には光魔法が生み出されており、ぼんやりと治癒の光が宿っているのが視界に入る。

 当然と言えば当然なのだが、手が届く距離にリーンフェルトが居る。

 その状況で興奮を抑えられるほどリナは出来た精神を持ち合わせていない。


「ぶふっ」


 興奮がピークに達し、一層出血量が増すと治癒に当たっていたリーンフェルトは困惑気味に声を上げた。


「あれ? 光魔法で治癒したはずなのに! 血が止まりません……!」


 それはそうだろう。

 治癒している当人が原因で鼻血が止まらないのだから。

 そんなリナの気持ちとは裏腹にリーンフェルトは一向に止まらない鼻血を見て無意識にリナに攻撃魔法を放っていないかと思わず心配になって、確認するように両手を見つめる。

 思わず手が震える程、光魔法による治癒に対する自信が急激に失せて行く。

 改めて見るが、しっかりと治癒の光が宿っており何かを傷つけるという事に結び付かない。

 それなのにもかかわらずリナの出血は止まらない。

 戦争時の戦闘中でも、ジェイドの襲撃があった時にクライブが負傷した時でも冷静に対処出来た。

 そんな逼迫した状況においても出来た事が何故出来ないのだろうか。


 戦慄すら覚える現状に治癒魔法の集中も途切れてしまう。

 こんな事、今まで一度だってなかったと言うのにだ。

 では、どうしたらリナの出血を止める事が出来るのかと途方に暮れてしまう。


 結局リナの鼻血に関していえば数分後、彼女自身が止める事に成功するのだが治癒にあたったリーンフェルトは釈然としない表情である。

 なぜ鼻血が大量に出てしまったのかなどの原因も全く語られる事なく、この日の女子会はお開きとなった。

 リナとしてもリーンフェルトとシャルロットに興奮してなどと馬鹿正直に答える事など出来ない。



――とはいえお嬢様と慕うリーンフェルトの悩みを解消する事に一役買ったという満足感は、彼女にとって素晴らしい思い出として記憶される事となるのだった。

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