161 合コンという名の戦場~終戦~
目の前に筋肉がある。
ならば戦うのが漢というものだろう。
酒に酔ったカインローズは、すっかり応戦する構えを見せていた。
「ふん、お前に言ったんじゃない! だがこの炎熱の貴公子マルチェロ、売られた喧嘩は買う主義だ! 俺様の炎に焼かれてしま……ゴフッ」
しかしいきり立つマルチェロの顔面に突然として先程空にした一升瓶が生えた事に、一瞬何が起こったのか分からないカインローズは目を数度瞬きして確認をする。
顔面にめり込んだ一升瓶によってマルチェロの意識は見事に刈り取られている様である。
一升瓶が飛んできた方向を見れば、リナが澄ました表情で酒を飲んでいるのが目に入った。
「お店に迷惑を掛ける事は止めてくださいませね? マル公」
一升瓶を投擲した本人であるリナの声は当然マルチェロには届かない。
この状況での敵への攻撃は援護射撃であると勘違いしたカインローズは褌一丁の姿でリナの方へと向き直る。
そして援護の例を述べるべく口を開いた。
「おう、リナよくやっ……グヌッ……うぅぅぅ……」
しかしやってきたのは二本目の一升瓶だ。
それも股間めがけて。
攻撃されることなど想定していなかったカインローズは当然、反応が遅れる。
彼にとってみれば完全な不意打ちという事になる。
そんな彼に一瞥してリナは冷たくあしらう。
「褌男は寄らないでくださいませ。お嬢様方に悪影響ですわ……ふぅ、全く」
二人の酔っ払いを沈黙させる事に成功したリナは満足げな溜息を吐くのだが、酔っ払いはもう一人残っている。
今回の合コンに際してはリーンフェルトの謝罪相手である彼もまた酒に飲まれている。
「一目見た時から君の憂いを抱いた知的な瞳に俺の心は囚われていた……どうかな、もう抜け出して二人きりで飲み直さないか?」
何かと思えば突然そのような事を言いだすジェイドの扱いに苦慮する事となる。
取り敢えず一升瓶をかます事だけは避けねばならないだろう。
そんな事よりもリーンフェルトとは反対側に座るもう一人からの圧が凄まじい。
「うふふ……お誘いは嬉しいですけど、妹様の殺気が恐ろしいので遠慮致しますわね」
事実シャルロットからの殺気は凄まじいのだが、それにジェイドは気が付いていない様だ。
これもひとえに酒のせいと言えばそうなのだろう。
言葉でジェイドを躱したと思っていたリナだが、めげないジェイドは強引に腕を伸ばしリナの顎を掴むと無理矢理に彼の方に顔を向けさせる。
少々怒気を孕むリナの双眸がスッと細くなり、顎に掛かった彼の手を振り払うのだが、ジェイドはしつこくリナに絡もうとしていた。
「……」
突如として隣の殺気が膨れ上がる。
リナはひしひしと感じられるそれを纏う少女の成り行きを静かに見守る事にした。
何故なら彼女は無言で立ち上がるとリナ達の後ろを通り、ジェイドの傍らまで移動すると凄まじい速さと威力を持った手刀がジェイドの首筋に叩き込まれる。
「うっ…………」
低い呻き声を漏らしたジェイドは、憐れその一撃であっけなく撃沈される事となった。
「シャルロット!?」
リナと共にシャルロットを見守っていたリーンフェルトは驚いた様子で叫ぶのだが、リナはどこ吹く風、かなり余裕がある様子で呟く。
「あらあら……ご機嫌斜めの様ですわね」
しかしどうしてこうなってしまったのだろうかとリーンフェルトは考える。
確か合コンとは男女が和気あいあいと懇親を深める物ではなかっただろうか。
今やカインローズが主催した合コンは男性陣が全滅して意識を失っているという悲惨な物だ。
傾向として酔った後はぐだぐだになるカインローズと酒に左程強くない感じのするマルチェロは遅かれ早かれ潰れるだろうとは考えていたが、まさかジェイドまで意識を刈り取られる事になるとは。
一方ジェイドの意識を刈り取ったシャルロットは、驚くリーンフェルトの顔を見ながら少々困った表情のまま向き直り頭を下げた。
「先生がご迷惑をお掛け致しました……」
そう言って頭を下げた。
しかし実に困った事になった。
何故なら完全に合コンの体が崩壊してしまったからである。
男性陣が全滅の合コンなど、もはや合コンではない。
「幸いにもここの支払いはバカインローズが全額持ってくれるそうですし、男性陣が皆潰れてしまっては合コンの意味を成しませんわね」
そう呟くと素早く情報を整理し始めた。
とりあえずリーンフェルトによるジェイドへの謝罪はなされた。
後はこのギクシャクしたままの姉妹をなんとかするのがメイドとしての務めと考えたリナから二人に提案がなされる。
「ここからは……、……そうですわ! 女子会に致しましょう」
「女子会……ですか?」
「で、ですがカインさん達をこのままにしていくのはちょっと気が……」
女性陣だけが残ってしまったのを不幸中の幸いとリナは女子会を提案する。
シャルロットはその聞き慣れない単語にキョトンとした表情を浮かべている。
しかし素面のリーンフェルトは流石に男性陣を置き去りに店を出るのはどうのだろうかと、リナから視線を逸らす。
「良いのですよ、お嬢様方。お馬鹿な男性陣はここに置いて次のお店に参りましょう。お二人ともあまり箸が進んでおりませんでしたし、お腹空きましたでしょ?」
確かに緊張からさほど箸が進まなかったのは事実で、音こそならないが腹は正直で空腹を感じていた。
空腹には勝てなかったリーンフェルトはそのままリナに説得される形となり、女子会に賛同する。
「そ、そうですねリナさん」
「妹様はどうされます?」
「…………お腹、空きました」
シャルロットもまたジェイドを置き去りにする気満々であるようで、短い言葉の中に少々不機嫌さを滲ませている。
それはそれとしてリナはシャルロットの感情を受け止めつつ、まずは二人を連れだすべく、この場を仕切る事にした。
「では決まりですね。実は昨日買い物に出た時に良い店を見つけたのです。そちらに参りましょう」
そうして席を立とうとした時だった。
何とか復活したカインローズが床に倒れながらも、リナに声を上げたのだ。
「お……い、リナお前……」
「はい。褌は黙る!」
「グハッ……」
リナはそれを着物に仕込んでいた暗器を投擲して黙らせる。
それが見事にカインローズの眉間に直撃し、憐れカインローズは再びその意識を刈取られる事となった。
ちなみにリナがカインローズに向かって投げつけたのはナイフである。
しかし刃の方が当たれば流石のカインローズであっても怪我くらいはするだろう。
そこは同僚のよしみで手加減を加えている。
リナは彼の眉間にナイフの柄の方が当たるようにコントロールして投げていたのだ。
さらにリナのナイフは自身の雷魔法との相性が考慮されており、雷魔法の影響を受けやすくする為に柄の部分に関してい言えば比重の高い金属で作られている。
当然そのような物で作られているのだから、さぞかしカインローズの頭には衝撃が走ったに違いない。
ゴトリと音を立てて転がったナイフを雷魔法でふわりと浮き上がらせると、魔法で手中に戻して何事もなかったように着物の袖の中に戻してしまった。
さてリナに連れられる形でキコマ屋を出る事になった女性陣は、昨日彼女が見つけたと言う小料理屋へと向かう事となった。
キコマ屋のある大通りから一本入った裏路地にあるその店は少々寂れている。
しかしこんな裏路地にリナは一体何をしに来たのだろうか。
買い物ならば当然大通りの店の方が品揃えも良く、欲しい物が手に入るだろう。
なぜこんな所までという疑問がリーンフェルトの表情を若干曇らせるが、そういう機微に気が付けるのはリナの愛なのか。
的確に何を考えていたかを読み取ると、さらりと答えて見えた。
「お嬢様、こんなところに私が一体何の用事があるのかという顔でございますよ?」
リーンフェルトにくすりと笑って見せたリナは、続けて姉の不安が伝播しているかもしれないシャルロットにも声を掛ける。
「妹様もご心配なさらずに。ここはですね……アシュタリアでは珍しいのですがシュルクが店主をしておりまして、たまに悪くないのではと思いまして」
そう言いながら辿り着いた店には白地の暖簾に殴り描きされたような文字でヒラテとあった。
リナは躊躇せずに暖簾を潜り店に入るとカウンターにいる男が仕込みをしていたのだろう、手を止めて顔を上げリナ達に声を掛ける。
「いらっしゃいませ」
客の姿が疎らなこの店の店主であろう男はなりきりセットをしていない。
客に向けられる声はとても穏やかであり、良く通る声である。
「店主、今日のオススメは?」
エスコートしてきたリナが率先して彼に料理の事を聞けば、少し面子を見ると提案が返ってくる。
「女性のお客様が三名ですか……どうでしょうポトフなどは。実はケフェイドから良い芋が届きましてね、今日はそちらをご用意してますよ」
「ならそれをお願い致しますね。席は……」
「こんな寂れた店です。お好きな所にどうぞ」
「ではお言葉に甘えて、お嬢様方あちらの席にしましょう」
リナはメニューを決め終えると店の奥まった場所にある席へと案内する。
木目美しいテーブルは料理が良くて四、五品程度乗る程度の小さ目のそれにはオリクトが使われたランタン置かれている。
席は四つあるのだが、男が座ろうものなら窮屈に感じてしまうような間隔の配置である。
しかし女性であればそれほど窮屈には感じないだろう。
小さく可愛らしいランタンは各テーブルに配置されておりテーブルを照らしている。
リーンフェルトとシャルロットが静かに席に着くのを見ながら、リナは話を進めるべきか思考を巡らせるのだった。