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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
160/192

160 合コンという名の戦場~泥沼な戦況~

 場の雰囲気が和み始めた為だろうか、先程まで態度が硬化していたジェイドだったが彼の緊張も解かれつつあるようだ。

 何かと思えば先程リーンフェルトが尋ねた内容について、回答を口にしたからだ。


「ああ、そうださっきの質問……腕、な。あの後自力で治したんだ」


 そう言って切り落とされたはずの右腕を上げてヒラヒラと動かして見せる。

 あれほどの傷を何事もなかったように回復で来てしまう魔導師は果たして教会にどれだけいるのだろう。

 傷を負った時には光魔法の使い手の多い教会の世話になる事がある。

 斯く言うリーンフェルトもジェイドとの戦いで傷つき、世話になった事がある施設だ。

 治療にはそれ相応のお布施という名の金銭が掛かるのだが、彼の腕を治した場合一体どれほどの金が掛かるのかと考えるとゾッとする。

 恐らくニ、三年分の給料じゃとても賄いきれない程のお布施を取られるに違いない。

 そもそも自身で治せてしまう事にある種の尊敬の念すら覚える。

 多くの魔導師は近接戦を得意としない為、極端に痛みに弱かったりする事が多々あるのだ。

 痛みは当然魔法を使う上での集中力を大きく殺いでいく。

 結局自身の魔力を発動させて回復させるという事をするくらいならば、教会で治してもらうという方法に誰もが行きつくのである。

 腕を切り落とされた痛みなど、そんな事をされた試しが無い為想像の域でしかないが、とてつもない激痛を伴う事は理解出来る。

 その激痛の中、それに耐えてなお高度な光魔法を行使するなど、リーンフェルトでも出来るかなどその場になってみない事には分からない。

 少なくとも一般の魔導師を遥かに超えた経験と技術がある事だけはしっかりと分かる。

 だからこそカインローズとリーンフェルトはお互いの顔を見てしまう。

 本当にそんな事が出来るのかという疑問と、腕を切り飛ばした事とそれを治して見せた事実にやはり驚きを隠せない。


「あの傷を一人で治してしまえるだなんて……」

「攻撃に治癒も熟すのかよ。お前やっぱり凄い魔導師だったのな。どうよ? ジェイド、うちに来る気があるなら紹介するぜ?」

「あ、ああ……気持ちだけ受け取っておくよ……」


 カインローズはジェイドをアル・マナクへと誘う。

 勿論冗談であるし、彼がそれを真に受けない事など百も承知だ。

 しかしこの和んできた雰囲気を維持しようとすれば、そんな冗談の一つでも織り交ぜたくもなるのだ。

 リーンフェルトとジェイドとの間にあった不穏な空気は今は鳴りを潜めている。

 いっそこのままそんな空気など感じさせない程に出来れば距離を縮めてしまいたい。

 そんな思いがカインローズにはある。

 ならばとことん道化を演じて見せようじゃないか。

 そう決意を新たにしたカインローズはおどけたように、わざと大きな声で話し始める。


「あ~全く緊張したぜ、酒だ酒! 酒持って来い! この店で一番高い酒を持って来ーい!」

「バカインローズが緊張ですって? そちらの方が私的には驚きですわね」


 カインローズの声にすかさずリナがツッコミを入れてくる。

 リナもまたこの雰囲気をさらに良くする為に、彼の雰囲気づくりに乗る事にしたのだ。

 一番高い酒の注文に店員達もざわめきながらも、その表情は極めて明るい。


 良い雰囲気が流れ始めればジェイドもピリピリとした雰囲気も霧散する。

 しかしこの雰囲気に不思議そうな顔のマルチェロが皆に聞こえるようなぼやきを放つ。


「なん……だと? あのお花畑から人に謝るだと? 明日は絶対にやばい物が空から降るな。天変地異の前触れだ」


 何とも酷い事を言うものだなとカインローズはマルチェロを視界の端に捉えていたのだが、まさかその向かいに座るシャルロットも小さく頷いて彼の言葉に同意して見えたのは合コンの最年長者であるカインローズの目の錯覚ではなさそうだ。

 そんなマルチェロに不快感を示すのはお嬢様至上主義の偽メイドであるリナだ。


「うふふ……マル公は今、お嬢様の事を侮辱致しましたわね……」


 リーンフェルト絡みの発言は十二分に注意しなくてはならない相手である事を知らないマルチェロが見事に禁句を踏み抜く。

 お嬢様の名誉を傷つける者には容赦がない。

 早速注文を受けてカインローズの目の前にお目見えしたキコマ屋で取り扱いのある酒の中で最も高い金額の酒が一升瓶で置かれる。

 しかしその一升瓶はあっという間にリナの手に吸い込まれていき、瓶ごとマルチェロの口の中に突き刺す。


「ゴハッ……ング……ング……ン~! ン~!」


 味わいもせずにただ注ぎ込まれているだけの一升瓶の中身は、みるみる内にマルチェロの身体へと消えて行ってしまう。


「リナ、それ俺の酒! くそっまだ一口も呑んでいないんだぞ、その純米大吟醸ぉ!」


 心底悔しそうな声で嘆き抗議するカインローズに対して、マルチェロに制裁を加えたリナは何事もなかったように返事をする。


「良いじゃありませんか。もう一本頼みませ、どうせ貴方の財布から出るのでしょ?」


 確かに本日の支払いは全てカインローズである。

 ならばどうせ自分の財布、何時も呑んでいる酒の値段に丸が一個多いくらいの酒だ。

 財布の中身には余裕を持たせて来ているし、問題ないだろうと考えたカインローズはリナの言葉に納得して注文をするべく声を張り上げた。


「まぁそうなんだが……しゃーない。もう一本同じ酒を持って来てくれ!」


 注文の声にテンションの上がる店員達の機敏さたるや神風の様な速さで純米大吟醸の一升瓶を配膳して去って行った。

 一方呑まされたマルチェロは酒で胃袋と腹をパンパンに膨らませ、今にも戻りつつある酒を抑え込みながら恨み事を言い始める。


「ぐふっ……き、貴様ら俺にこんな事をしてただで済むと……」


 しかし全てを言い切らせない内にリナが被せて話し始め、マルチェロの言葉を打ち消してしまう。


「お黙りなさいませ……折角の酒の席ですのよ? もっと皆が楽しめる話題を用意してから発言なさいマル公」

「マル公って呼ぶな!」

「まぁ……怖い」


 クスクスと笑い小馬鹿にするリナにマルチェロは変なあだ名が余程気に入らないと見える。

 何やらいろいろ喚き散らし始める。

 このままでは流石に店側の邪魔にもなるだろうし、カインローズ自身彼が関係ない話を喋っているのは本題から逸れているようで気に食わない。

 勝手に拾って来ておいて何だが、何をしていても癇に障るというのがマルチェロという男なのだろう。

 いろいろと面倒になってきたカインローズはリナに抗議するマルチェロを適当に黙らせようとして話し出した。


「あー、お前らもう仲良くなったのか? よし他の奴とも仲良くなろうなマル公」

「だからマル公と呼ぶな! そんな呼び方じゃなくてもっと俺様に相応しいのがいくらでもあるだろう? 覇王とか魔導王とか王の付く物がいいな」


 しかし彼の目論みとは別にマルチェロは更にあらぬ方向に話を広げていくのだが、本筋に戻したい気持ちを汲み取ったリナが先制して口を開く。


「それは無理でございましょ、だってマル公はまず魔法専門ではないのでしょ? でしたら魔導王は難しいのでは?」

「そうだな。多分この中じゃジェイドが一番の腕前だからお前には無理だな」


 しかしそれすらもどう捉えたのかとても自慢げにマルチェロは笑う。


「俺の右腕だからな」

「それは君の幻想だぞ、マル公」


 遂にジェイドがマルチェロに反論するのだが、相変わらず聞いていないようだ。


「私からも一言良いですか? 覇王と呼ばれる人達は歴史的な偉人ですしそれに見合った戦いをして国を作ったりした人達ですから、マルチェロには無理ですね」


 更に今まで黙っていたリーンフェルトが参戦して、マルチェロを論破していく。

 少しは調子を取り戻しつつあるのだなとリナとカインローズは彼女をチラリと見やる。


「お花畑め……正論吐きやがって」

「だから……マル公でいいじゃねぇか。なぁ?マル公」


 マルチェロの恨み節を聞きながらも、雰囲気は明るく楽しくをモットーとするカインローズが丸め込みに入るのだが、彼はそっぽを向かいてしまった。

 カインローズは内心全員酒が足りてないと強く感じていた。

 片手を上げて声を張って店員を呼び付けると再び酒と料理を大雑把に注文するのだった。







 それから一時間が経過した合コン会場は酔っぱらい達の坩堝となっていた。

 リーンフェルトは酒を呑みながらも光魔法のお蔭て酔う事無く男性陣の酒のペースに付いて行っていた。

 それに合わせるようにリナも杯を重ねるのだが、リナもまた光魔法を扱う身である為、酔うという事をしない。

 シャルロットに関しては一貫してジュースの類が割り当てられている為やはり酔う事がない。


(どうしてこんな事になっているのでしょうか……)


 リーンフェルトの向いに座っていた男はリナに向かってこんな事を口走る。


「君みたいな美しい女性と出逢えるなんて嘘みたいだよな……今日と言う素晴らしい日に、改めて乾杯でもしないか……?」


 明らかな口説き文句を口にするジェイドをスルーしてポツリと感想を漏らす。


「これは酷いですわね……」


 共感を持てるそれにリーンフェルトはその感想を拾って話し始める。


「えぇ……カインさんがお酒弱い事は知っていましたけど、男性陣はちょっと……」


 今目の前で繰り広げられているのはパンダ男マルチェロによる筋肉自慢だ。

 当初来ていた派手な着物を脱ぎ捨てて下着一枚で体自慢を展開している。

 確かに数年前のブヨブヨの身体に比べれば格段に引き締まり、傭兵としてやっているというのも頷けるほど筋肉も均等についている様に思う。

 だがしかし、どこまで行ってもマルチェロである事には変わりなく、リーンフェルトとしても特にどうという感情が湧かない。

 そして筋肉と聞いて反応する男がこの場にいるという面倒臭さに頭を抱えそうになる。


「アル・マナク! ここで決着を着けてやる! 脱げ!! そして鍛え上げたこの体に惚れろ!」

「あん? 俺にそんな趣味はねぇぞ? つーかそんな中途半端な筋肉で俺に勝つつもりでいるのか? マル公」


 息巻くマルチェロに紋付き袴を脱ぎ捨てて、褌一丁になったカインローズが自慢の筋肉を全開にして応戦に入る。

 拳と拳ならぬ、筋肉と筋肉で語り合う男同士の戦いが今まさに始まろうとしていた。

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