159 合コンという名の戦場~和平交渉~
狐面から向けられる怒気がリーンフェルトにも感じられる。
状況に呑み込まれそうな中、なんとか考えを纏めた彼女は徐に話し始めた。
「それは、その……確かに戸惑うかもしれませんが、私の話も聞いて貰えませんか……先日の事は正直やり過ぎてしまった……と思っています。花嫁修行をアウグストさんに提示したのもジェイドでしたよね。それも言われた通り始めました……アシュタリアに来る事になってしまってまだ料理だけですけど……ちゃんと、始めたのです」
まずはジェイドがアウグストに指示したと言う花嫁修行について、何かの切欠になるかと話し始めるのだがマルチェロが話に割って入ってくる。
「おいおい……お花畑が料理なんて作れる訳ないだろ?」
「いいえ、お嬢様の料理はなかなかの物ですわよ」
リナはリーンフェルトを守るように、またムカつくマルチェロを凹ませる為に彼女の料理の腕前について肯定してみせる。
だが公爵令嬢でもあるリーンフェルトが料理をするという事がまず信じられないマルチェロは、彼女の言葉を疑ってかかり一向に信じる気配がない。
「ははは、こいつにそんな繊細な事が出来ると思っているのか? 料理だぞ、料理。相手の事を想って作らないと上手くなんて出来ないんだぞ!」
などと言いながらドヤ顔をしている。
確かにリーンフェルトとマルチェロの出会いというのも最悪の部類である。
当時お見合い相手だった彼の不用意な言動にリーンフェルトが怒り、魔法を放って燃やそうとした事がある。
リーンフェルトに関わると碌な事にならないとでも言いたげで表情がなんともムカつく。
リナは、リーンフェルトの存在を否定されているようで思わずその視線を強める。
実際、マル・マナク本部で行われたリーンフェルトとアルミナを巻き込んだ料理対決の結末はグダグダになってしまったのだが、その混乱に乗じてしっかりとリーンフェルトの作った料理についてはちゃんと味見をしていた。
少々変態じみているがこれも一重に最愛のお嬢様を思うが故である。
今の所その行動について犯罪めいた物はないと思いたい。
毅然と反論して見せたリナを見ていたカインローズは、傾けていたグラスの酒を一口含み唇を湿らせるとマルチェロの言葉に向かって言い放つ。
「なんでそんな拘りをマル公が見せてるんだ?」
「俺は自分の部下の為に、俺を信じて着いて来てくれたあいつ等の為に飯を作ってるからに決まってるだろうが! お花畑は独善的なんだよ、てめぇの事しか考えてないタイプだ。それでいて後先なんて考えない。おまけに事の背景や動機なんてもんは考慮に入ってねぇ。どこまでも自分が思った、感じた事しか正しくなんてないんだ。状況を察するに……どうせお前ら話が拗れているんだろう? そんな物はお花畑! 自業自得ってもんだ」
カインローズはマルチェロが意外に部下思いである事に驚いていた。
元々アルガス王国の王子である。
踏ん反り返ってブクブクと太っていた王族出身である彼が部下の為に食事を振舞うと言うのだから、そのギャップに彼の新たな一面を見た気がした。
などと感心していると、マルチェロの言葉に反応したリーンフェルトは悔しげにその表情を歪めて突っかかって行くように叫ぶ。
「くっ……マルチェロのくせに、私の何が分かるって言うんですか!」
「いや、そりゃ腐っても元婚約者だからな。あぁ、勿論俺様の好みは妹の方だが」
「……」
突然名前を出されたシャルロットはすっかり硬直してしまい、まるで石化の呪いを受けているかのようにピクリとも動かない。
その言動に更に苛立ちを増す、リーンフェルトとその向かいにいる狐面の男も視線をマルチェロの方に向けている。
没落こそしているがマルチェロ自身の能力の高さには少々驚かされる事がある。
がしかし、折角なんとかなりそうな感じがしていたのにすっかり水を差されてしまった様な感じになってしまったのを不快に思うカインローズからツッコミが入る。
「そんな情報要らねぇよ。嬢ちゃんの表情がまた硬くなって来ちまっただろうが」
しかし彼は悪びれもせず寧ろ堂々といらない事を追加していく。
「ふん、そいつはいずれちゃんと振り向かせるから良いんだよ。それよりもお前ら折角の飲み会だろう。空気が悪すぎて飯の味がしなんだが」
これは彼なりのボケのつもりなのだろうか。
いや恐らく素でこのような事を言っているのだろうと判断したリナが、口調こそ柔らかいが再びマルチェロにツッコミを入れる形で口を挟む。
「それはきっと口の中を火傷しているからですわよ?」
「……物の例えだ、例え。ともかく俺様の部下の腕を切り飛ばしたんだろ? そしてそれを今日は謝りたいと。お花畑、ここアシュタリアでは正式に謝る時は土下座って作法があるんだぜ? 知ってたか」
マルチェロはこの短時間に出た少ない情報で部外者があるにも関わらず、大体の話を察しているようである。
本当に無駄に有能だなとカインローズは思っていたが、褒めた所で何の足しにもならないのも事実なので放っておく。
それにしても彼はここでリーンフェルトの土下座が見たかったのだろう。
そんな誘導であるし、きっとそれで許してくれるならばとリーンフェルトならばやりかねないのも事実だ。
「アシュタリア文化の講義で知っていますよ……」
そう答えたリーンフェルトにマルチェロはしてやったりと嫌らしい笑みを浮かべて追い打ちを掛ける。
「どうせお前の事だ。プライドが邪魔して土下座なんて屈辱的な事受け入れられんだろう?」
マルチェロはリーンフェルトについて気位が高いと思っている節があるのだが、彼女自身はそういう人物では無い事をカインローズは知っている。
確かに腕を切り飛ばして置いて土下座一つで許してくれるのかというのも大きな疑問を持つ所だが、今回の事で言えば既にジェイドの腕は自身の手によって治ってしまっている。
どう治したのかは気になるがそれでも治ってしまっているのだがら、ごめんなさいの一言で良いようなものだとカインローズは思っていたのだが、勿論当事者同士はその程度の事で納得がいく筈もない。
このまま土下座の流れとなるのかと思っていたら、それは意外な所から打ち切られる事となった。
「別に土下座なんか求めてないし、シュルク同士でアシュタリア式の謝罪をされても困る。そんな事より料理を勉強したっていうなら、アシュタリアの菓子でも作って持って来てくれた方が花嫁修業の証明にもなるし誠意があるんだなって思えて余程良いけど。そもそも君、謝罪するつもりがあったなら菓子折りくらい持って来たって良かったんじゃないのか? 俺の事を想って作ってみろよ」
ジェイドが何を思ってか突然そんな事を言い出した為に、リーンフェルト自身驚きを隠せないでいた。
しかし、直ぐにこれはチャンスなのではないかとという考えに至り、寧ろ好条件ですらあるとさえ感じたリーンフェルトは同意の意志を見せる。
「わかりました。それが誠意の証になるのなら作らせてください」
「…………は?」
自分から提案しておいて、なんなのだろうかその間の抜けた台詞は、とリーンフェルトは思う。
きっと彼が脳内で想像していた展開とは大分違ったのだろう。
ついでに分かりやすく狐面を傾げるものだから、余程意外だったのだろう。
「……毒とか入れるなよ、入れても解毒出来るけど。あと甘い物じゃないと食わないからな」
警戒してかそんな事を言うジェイドだが、リーンフェルトの求めているのは彼との和解。
引いてはシャルロットとの和解であり、ジェイドを殺すという選択肢自体が皆無なのである。
「毒なんてそんな……いれませんよ」
間違っても毒など入れない。
入れる訳がない。
そもそも彼に毒と言うものが効くのだろうか。
光魔法に長けた者は自身の身体の毒すら浄化してみせるのだ。
魔法について手練れである彼は光魔法も自在に扱うのではないだろうか。
和解を求める相手を毒殺するなど、そもそもの論理が破綻しているのである。
返答したリーンフェルトにジェイドは更に難易度を高める為なのだろうか、シャルロットにも話題を振って見せる。
「シャルロットも何かついでに作ってもらえば良いんじゃないか? ……リーンフェルトの手料理なんて食べるの久々、だろう……し……」
ジェイドの言葉にはいろいろと思う所があるのだろう、躊躇いがちに少女へ問いかけている様にも見える。
シャルロットからはポツリと呟くような声で返事があった。
「…………パンケーキ、食べたいです」
リーンフェルトは自身に対して発せられた妹の声というものに嬉しさと懐かしさが込み上げてきたが、まだ完全に和解には至っていない。
ここでそんな気持ちを吐露する訳にはいかないし、気を抜く訳にもいかないのだが多少表情が緩くなってしまったのは我慢してもしきれない喜びだろう。
「分かりました。シャルにはパンケーキを作りますね」
姉として妹にそう答えるリーンフェルトの表情に少し明るさが戻った事をリナもカインローズも気がついた。
今回の合コンはほぼ成功したのではないだろうか。
結果を残せた事に満足げなカインローズは更にもう一杯グラスに酒を並々と注ぐと、それを一気に煽る。
喉を瞬時にカッと熱くさせた後、そのまま胃袋に流れ落ちて行くのが分かると同時にお節介が結実するのを予感したカインローズであった。