158 合コンという名の戦場~一騎打ちの情景~
自己紹介が一通り終わってしまうと共通の話題を見つけるでもなく、再びの沈黙が訪れる。
今回の合コンをほぼ傍観者として見ていたリナは思う。
(気楽な合コンがしたいですわ……でもこの状況はなんと幸せな……)
以前参加した合コンはそれはそれは盛り上がり、一次会が終わった後の二次会にも顔を出すほど楽しかったものだとリナは回想する。
今回の合コンで言えば例え二次会があったとしても、絶対に帰ってやろうと思う程の酷い集まりだ。
そんな静寂を破ったのは店員である。
カインローズが注文した物の中に入っていたのだろうサラダが運ばれてくる。
リナとしてはここでメイド力を発揮してリーンフェルトにアピールするつもりでいたのだが、少々呆けていたらしい。
シャルロットの方が素早く動き無言のままサラダを小皿に取り分け、各自の前に配膳してしまった。
「おっ! 嬢ちゃん気が利くじゃねぇか! いいねぇ、そういう事が出来る奴は良い嫁になるって聞くぜ?」
「ふん。当然だな、俺様の未来の妻だからな」
そう褒めるカインローズにどういう訳かマルチェロが自慢げにしていて腹立たしいとリナは思いつつも配膳されたサラダを箸一口頬張る。
(シャルお嬢様の盛られたサラダ……味が一味違いますわ……)
などと思考を飛ばしている間に、カインローズはサラダを見ながらマルチェロに的確な指摘をする。
どうやらまだ酒は完全に回っていないようだ。
「いや、きっとお前のじゃねぇから。見てみろ……お前の皿だけミニトマトが入ってねぇじゃねぇか」
「何だと!?」
一人だけサラダに赤い色どりが抜けている事に気が付き、驚きの声を上げるマルチェロ。
余程シャルロットに嫌われているらしい事が伺える。
それにしても醤油と胡麻油で作られたドレッシングが香ばしく、野菜の新鮮さが小気味良い音を出しながら口の中にその風味を広げていく。
しかしメイドとしてあるならば、これは痛恨のミスである。
(シャルお嬢様に配膳させるなど……)
そう悔いている間に斜め向かいから声を上げたのはジェイドである。
狐面を被っていて表情こそ見えないのだが、不思議とくぐもる事無く通った声がリナの耳に届いた。
「……レモンかけて良いかな」
「から揚げにはレモンだよな。流石未来の我が右腕」
ジェイドが気を利かせて、から揚げにレモンを掛けてしまう。
またしてもメイドとして見せ場を失ったリナは内心悶絶していた。
「お前もなんか気の利いた事してみろよ、マル公。ほら、お面からちょっと殺気が漏れちまってんだろうが……ジェイドも落ち着け。こんなのは放っておけよ」
「お前が俺様を連れ込んだんだろうが!」
「たまたまな。たまたま」
「いや、俺もそこまで怒ってはいないよ……右腕なんかになる気はないのにしつこいから、困った奴だなと思ってるくらいで」
「クソ……俺様に味方は居ないのか?」
それは当然いないだろうとリナは思いつつ、ジェイドがレモンを絞ったから揚げに箸を伸ばした。
勿論アル・マナクとは敵対しているし、本日の客人達も歓迎ムードではない。
というかこの態度で歓迎される訳がないのだが。
そんな訳で騒がしいパンダ男マルチェロを視界の端の方に寄せる。
男性陣は割といい感じに酒が回ってきているのではないだろうか。
しかし、合コンとしては女性陣を置いてけぼりで盛り上がるというのは男としても幹事としても下の下である。
隣に座っているリーンフェルトの眉がピクリと動いた気がした。
元々リーンフェルトの謝罪の舞台として催された側面のある合コンである事は、事前にカインローズから聞いていた。
リナはやっと行動に移ったリーンフェルトを優しく見守る事にした。
「ジェイド……その腕は……?」
リーンフェルトはやっと雰囲気が柔らかくなって来たジェイドに話しかけると、彼の方も緊張しているのか対応が硬いのが見て取れる。
「斬り落とした本人に教える義理はないな。……そんな睨むなよ、きちんと斬り落とせなかった事を残念に思う心中は察して余りあるけどさ。ちゃんと死ねなくて悪かったな」
すっかり治ってしまっている腕を見て不思議に思っていたリーンフェルトはそう切り込んでいくが、当然ジェイドの対応はとても冷たい物である。
そんな事は分かっていた。
それでもジェイドに謝罪をして、対話しようと決めたのもリーンフェルト自身である。
だからこそ怯まずに彼をしっかりと見てから、深々と頭を下げた。
「その節は申し訳ありませんでした。あれから貴方の腕を治すべく魔力を蓄積させていたのですが……自力で治してしまったのですか」
しかしジェイドにとっては看過できない事であったようで、持っていたグラスの底をテーブルに叩きつけると捲し立てる様に喋り出した。
「…………は? 治す? 君が? 何で? 何でそういう気になったのか教えてもらっていいかな。治す必要なんてないだろ、仕事を邪魔した挙句に妹を連れ去った憎たらしい奴の腕を斬り落とせて清々したんだから。流石にやり過ぎたとでも思ったのか? 治すって誰の為にだよ。君の罪悪感を少しでも和らげる為か? それなら必要ないから安心しろよ、元々君達に絡んだのは俺の方なんだろ? だったら謝罪なんかせずにもっと憎めばいい。その方が俺も楽だから!」
怒っていて当然だと分かっていた。
ここ数か月縺れに縺れた関係であるし、普通ならば治らないような怪我を負わせたのも確かだ。
それでも謝罪を口にして許しを請うと決めたリーンフェルトの瞳は、その怒りをしっかりと受け止めるべくジェイドを見据えていた。
しかし絶妙なタイミングでそれに割って入る者がいた。
「おう、やっと乗って来たかジェイド。そう! 今日は全部ぶつけたって良いんだぜ。ほらリンも言いたい事があるなら言っておけよ」
二人の仲直りについてはある程度こうなる事は予測がついていた。
寧ろ魔法の打ち合いやら乱闘に発展する方が、正直収集が付かなくなる。
まだまだ武器を使用しての戦いにはカインローズの方に分があるだろうが、魔法という点で見ればリーンフェルトもジェイドも遥かにその腕前は上である。
故に口喧嘩くらいならば大した鉄火場ではないとばかりにカインローズは緩衝材になるべくその場を茶化す。
ちらりと視線を動かせば涙こそ見せないもののリーンフェルトはその表情を歪ませていたのが目に入る。
しかしカインローズが割って入った事で彼女は落ち着きを取り戻した様子で少しずつ話し始める。
「……確かに初任務でケチをつけられてからずっと敵対認識でいました……けど、家出したシャルの事を見て貰っていたという恩があるのも事実です。姉として感謝しています」
ことシャルロットの事に関して言えば言葉通りの思いがリーンフェルトにはある。
未成年の家出などそもそも危険極まりない。
魔法も使えない家出少女など下手をすれば、どこかに売り飛ばされて悲惨な人生を送る事だって考えられる。
ましてや魔物が跋扈する世界に飛び出した彼女はいつ死んでもおかしくは無い状態だったはずだ。
確かに家出してからサエスで冒険者をしていたという報告もあるが、今まで無事だったのは一重にジェイドのお蔭である事は認めるべき事実である。
それを見ていたリナは今回の合コンのメインミッションが達成された事を取り敢えず喜ぶ。
しかし空気が合コンとは程遠い。
そう思ったのは彼女だけではなかったようだ。
「ほら見ろ。リンもちゃんと言えたじゃねぇか。よしよし俺が頭を撫でてやろう」
場を茶化す為に再び入ってきたカインローズは、言葉通りにリーンフェルトの頭を撫でるべく手を伸ばすのだがあっさりと拒否の姿勢が返ってくる。
「やめてください」
そう言ってその腕を叩き払いうと、フォローするようにリナが口を開く。
「バカインローズ……お座りなさいませ? お嬢様の髪が乱れてしまいますわ。でも……素直なお嬢様の表情も素敵ですわ……」
場が和んだように一瞬思えたのだが、この状況に納得出来ない人物が一人いた。
ジェイドである。
彼はその内にある処理しきれない感情と疑問を吐露してみせる。
「……なぁ、一体どういう風の吹き回しだ? シャルロットの事を見てた、なんて出逢った時からそうだったろ。それでも君は俺の腕をもいでった癖に……どういう心境の変化だよ。あれだけ殺意バラまいて突っかかって来てた相手からサクッと謝罪されたってこっちも困る。アウグストに頼んだ花嫁修業の結果か? だとしたら頼んでおいた甲斐もあったってものだけど……」
確かに今まで敵対関係にあった者が突然掌をひっくり返して謝罪して来たのだ。
疑わない方がおかしいとリーンフェルトも彼と同じく思う。
だがそれを証明するのには只管誠意を見せるより他ない。
ならばどうすればジェイドは納得してくれるのだろうか。
リーンフェルトは彼を前に必死に思考を巡らせるのだった。