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黎明のヘリオドール  作者: 御堂 蒼士
157/192

157 合コンという名の戦場~名乗り合い~

 乾杯が終わり皆が一口くらいずつ酒に手を付けた。

 尤もシャルロットに関しては酒精なしのジュースだが。

 しかし一口くらいじゃ酒の効果は見込めないので、もっと参加者には飲んでもらう必要があるとカインローズは考えていた。

 隣のマルチェロは喉が潤ったせいか、目の前に座るシャルロットを一方的に口説き始め、反対側を見ればただならぬ殺気を纏うジェイドに対して、リーンフェルトは話し掛けられていないという状態になっている。

 とりあえず一人で盛り上がっているマルチェロを強制的に黙らせる事にした。


「おいマルチェロ、お前肉好きだったよなぁ?」


 次の瞬間目の前に綺麗に盛り付けられた肉の山がカインローズの箸によって消える。

 そしてそれをマルチェロの口の中に問答無用で放り込む。

 馬鹿みたいに口を開けていたマルチェロはその肉の山をもろに口で受け止める形になった。


「ふがっ!?」


 突然何が起こったか分からないマルチェロの方は喉を詰まらせて苦しそうにしているのだが、彼の口はカインローズが吐き出さないようにしっかりと押さえつけている為、くぐもった悲鳴しか聞こえてこない。


「食い物は大事にな!」

「ふぐ! むぐ! ん~ん~」


 既に異様な合コンという不穏な状況の中リナは注文した火竜酒を一口二口と飲みながら、斜め向かいの惨劇を見ていた。

 どうにも苦しくなったマルチェロがもがく様にカインローズの屈強な手をバシバシと叩き涙目で必死に何かを訴えているがカインローズは聞く耳を持たない。

 というか口を塞がれている状態のマルチェロは喋れない。

 その結果彼は白目を剥いてぐったりとしてしまった。

 急に力が抜けた事を不審に思ったカインローズがマルチェロを確認すると大きく目を見開いた。


「やべっ! 鼻まで抑えてたぜ……ってなんとか生きてるくさいしいいや。酒だ酒」

「……」


 なんとなく生きているっぽい事を確認したカインローズはマルチェロを放置して合コンの仕切りへと戻る。

 マルチェロが黙った事で殺気立っていたジェイドの雰囲気が若干和らいだ事にカインローズは自身の判断が正しかった事で気分が良くなり、もう一杯酒を煽った所で今まで黙っていたリナに話しかけられる。


「バカインローズ、私はこちらの方々を知らないのだけど?」

「あれ、接点なかったか? んじゃまぁいいや。自己紹介すっぞ~」


 リナに言われて少し記憶を掘り起こせば確かにリナがサエスの宿に現れたのは、ジェイドとの戦闘で傷ついたリーンフェルトの養生の為に行ったマイムの街での事だったか。

 さらに言えばリナはグランヘレネのメンバーに選抜されなかった為、二度目の戦闘の時も居なかった事に気が付くのだが、ここは出会いの場合コンである。

 そんな出会いがあっても良いだろうと、さらりと流して自己紹介を始める。


「俺はカインローズだ。ま、皆知ってるだろうがな。名前も長いからカインと呼んでくれ。あ~、お前らなんて呼ばれたいか考えとけよ」


 無難な自己紹介の後にいらない注文を付けたカインローズに続いたのはリナである。

 この手の自己紹介はあっさりと勢いで言ってしまった方が楽である。

 後になるに連れて呼ばれ方を自分で言わなくてはならないというハードルが上がって行くのだ。

 一つインパクトのある名前が出てしまうと後に続く者はそれ以上のインパクトを要求される事で、合コン初心者殺しの自己紹介である事を彼は知らないのだろう。

 さっさと死の間合いが訪れる前に自己紹介を無難に済ませてしまう。


「リナ・パイロクスですわ、リナとお呼びください。皆様宜しくお願しますわね」

「ん! お前ら拍手!」


 場の雰囲気をカインローズが作り出し拍手しなければいけない流れに、沈黙していた面々も徐々に動き始めリナに拍手を送る。


「ほらどんどん行くぜ、次はリンお前だ」

「わ、私ですか?」


 次に指名されたのはリーンフェルトである。

 突然名前を呼ばれた事に戸惑った彼女は思わず聞き返してしまうのだが、勘違いしたカインローズは順番が不満なのだと思ったらしい。


「おう。不満か?」


 カインローズとしては特に意図は無く、精々アル・マナク側の面子を紹介しようとしたに過ぎなかった為、リナが先に自己紹介をしたから最後はリーンフェルトと、そんな感じだったにも関わらず驚かれた事に逆に驚いた形だ。


「いえ……リーンフェルト・セラフィスです。お聞きの通りリンと呼んでください」


 前例に倣って自己紹介をするのならばこんな感じだろうとリーンフェルトもまた無難に任務を熟して拍手を受ける。

 リーンフェルトの正面に座っているジェイドも拍手をしてくれている事から、乗ってきたと感じたカインローズはさらに打ち解けて行くべく次の自己紹介をジェイドへと回す。


「次は…んじゃジェイドお前だ」

「ジェイド・アイスフォーゲル。……ジェイドでいい。宜しく」


 ここで通常ならば拍手が起こり次はシャルロットという場面だったのだが、突然意識を失っていたマルチェロが飛び起きる。


「貴様がジェイドか! サエスで俺様の部下がお前を誘いに行ったのだぞ、我が右腕候補! 一緒にアル・マナクを打倒しようじゃないか! 方々でオリクトを破壊しているのを知っているんだぞ。敵の敵は味方という言葉も俺様の辞書に載っているからな。俺様達は協力関係を結べるはずだぞ?」

「……?」


 何を言い始めたのか分からないと言った様子のジェイドは暫しの沈黙の後何か思い当たる節を見つけたのだろう。


「あの悪趣味な男、君の部下だったのか……」


 そうポツリと呟いた彼にマルチェロは大胆不敵に宣言して見せる。


「俺様は欲しい物は手に入れる主義なんだ。必ず俺様の部下にしてやろう」


 と、そんな事を言い始める。

 折角流れ出した合コンの流れをぶった切られた幹事としては制裁事項である。

 眉間に皺を寄せたままカインローズは目の前に並んでいる皿からホッケの一夜干しを丸々一匹箸でつまみ上げる。

 配膳されてまだ間もないそれは熱々であり、魚の脂がプスプスと泡立ちその芳醇な香りを湯気と共に立ち上らせ鼻腔を刺激する。

 なお、誰も料理に手を付けてい無い為、骨はまだしっかりとその身に付いている。


「おい、マルチェロ。お前魚好物だったよな?」


 またも隣の饒舌な口に素早く放り込むと再び口元を手で塞ぐ。


「フグッ! フグッ! ンム! ンム!」


 目を白黒させてマルチェロが暴れ出すが、カインローズの鍛え上げられた筋肉は鋼鉄で出来た拘束具の様にピクリとも動かない。

 今回は前回の失敗を踏まえて鼻の気道が確保されているのは果たしてカインローズの優しさと言えるのか。

 熱々である上に骨まで付いていた魚を口に放り込まれるなど想像しただけで痛そうだなとリナは見ていて思ったが、これと言って擁護する必要も感じられなかったので黙って見ていると、笑顔のカインローズが再び仕切りを始める。


「今の内に嬢ちゃんだな」


 そう言ってシャルロットへと自己紹介を促す。

 彼女は目の前の拷問から目を逸らしつつ、小さな声ではあったが、しっかりと自己紹介を行う。


「……シャルロット・セラフィスです。シャルで構いません」


 皆と変わらない感じの挨拶を終えて再び黙ってしまう彼女を隣で見ていたリナは、わざわざ光魔法で鼻血が出そうなのを抑え込んでいた。


 雰囲気こそ似てはいないがやはり姉妹だと思う。

 顔立ちが似ており少々タレ目な感じはするものの、シャルロットは幼い頃のリーンフェルトを想像するベースとしては最高である。

 幼き日のリーンフェルトを脳内で補完したリナとしてはウハウハ気分となっていた。


 というかこの合コンに来て一番の収穫はセラフィス姉妹に挟まれるという役得に恵まれた事だろう。

 それだけでこの合コンが上手く行くように協力しようという気にもなる。

 さて、斜め向かいのマルチェロからは骨を噛み砕く音がして最終的に呑み込んだ事を確認したのだろうカインローズの手が離れた。


「じゃ、お前で最後な」


 ホッケを呑みこみ口を解放されたマルチェロはわざわざ椅子から立ち上がると、自信満々に胸を張り自己紹介を始めた。


「俺様こそサエス戦役の英雄! 炎熱の貴公子マルチェロ様だ。良く覚えておけ!」

「……くっ、炎熱の……貴公子…………っ」


 誇らしく自己紹介を終えるマルチェロのそれが余程面白かったのだろう。

 小刻みに肩を揺らしていたジェイドは一瞬顔を背けると狐のお面を被りなおしている。

 リナの目にはどうみても笑いを堪えている様にしか見えない。

 隣に座っているリーンフェルトがジェイドを見て不思議そうな表情をしていたのは印象的だった。

 確かに通り名というのは冒険者の間でつく事はあるが、自分から名乗ると言う事はあまりない。

 通り名は他人につけれられてなんぼである。

 自分から名乗る奴は大概自信過剰で自己陶酔型である。

 ついでに早死にする奴にそういう奴が多い。

 さてそうこうしている間にカインローズがさっさとマルチェロの処理に掛かる。


「あぁはいはい。とりあえずマル公座れ」

「ま、マル公だと!?」


 その様に呼ばれた事は恐らく初めてだったのだろう。

 珍しく少し動揺した様子で驚いて見せるのだが、その表情は段々と不服の色が滲んでゆく。


「傭兵隊長殿、少なくとも俺は戦地にいたんだが英雄と呼ばれてないだろ? 法螺吹くんじゃねぇ」


 自己紹介を貶されて、マルチェロは敵意剥き出しの表情で席にドカリと腰を落とす。

 それでも自分は英雄であり偉いのだと誇示する様にふんぞり返って見せると、隣にいるカインローズを睨みつけたのだった。

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