156 合コンという名の戦場~冷戦~
キコマ屋の暖簾をくぐり店員に案内されるまま二階へと案内される。
そこは美しい模様が描かれた襖で仕切られた個室であった。
うっすらと建物に使われている木々の香りがあり、落ち着いた雰囲気が店の格という者を醸し出している。
カインローズは徐に割り箸を三本取り、組合せが分かる様に長短を調整したくじを作り先の部分を左手で握りしめて隠すと皆の前に突き出してこう言った。
「席はクジで決めっぞ。不公平のないようにな」
合コンとは席をくじ引きで決める物なのか。
そのような集まりにそもそも参加した事のないリーンフェルトは、合コンの流儀に精通しているカインローズに感心しながら何気なくくじを引く。
リーンフェルトと同じく時の長さの棒を引き当てなのは、何の導きかジェイドである。
正面の席に座った狐面の彼は表情が見えない為、何を考えているか分からない上に黙っている所を見ると怒っているのだろうという推測は誰にでも出来る。
何も切り出せないまま目の前にいられるのは正直気まずい。
そうこう悩んでいる内に残りの席も決まったようである。
男性陣、女性陣と面と向かう様な席配置は男女の出会いの場と噂で聞く合コンのそれなのだろう。
女性陣はリーンフェルトの隣にリナ、そしてシャルロット。
対応する様にジェイド、カインローズそしてマルチェロという並びで席についている。
正直どうしてこんな問題のある組み合わせになってしまったのかと思ったのだが、これはクジで決まった事なので誰からも文句は出ない。
少しでも合コンを盛り上げる為にカインローズは極力明るく声を張った。
「さて、席は決まったな。あ、なんだ皆緊張しているのか? ほら笑顔笑顔。それじゃ早速飯と酒を頼もうぜ!」
取り敢えず乾杯をする為に一杯目の注文を取ろうとするのだが、なんだこの集まりは。
いやそれぞれ因縁のある面々ではあるが、それでももうちょっとくらい話をしたらどうなんだろうとカインローズは思った。
ともあれ酒さえ入ってしまえば、少しくらい盛り上がるだろう。
一向に沈黙を続ける彼等に飲み物を注文する様にカインローズは促す。
パンパンと手を叩けば近くに控えていた店員が注文を取りに来る。
「お前ら一体何を呑むんだ? あぁ店員さん、メニューのこっからここまで各二人前で頼むぜ。んでお前ら決まったか? 決められなかった奴の分は俺が勝手に頼んじまうぞ」
とにかく動きの遅い彼等を急かして酒を入れてしまわねばというのがカインローズの考えていた事で先の事は基本野と成れ山と成れ。
ようは行き当たりばったりである。
料理も酒も美味いと父であるアベルローズから聞いてたカインローズは、メニューを横一文字になぞって注文しつつさらに捲し立てて彼等からの注文を引き出す。
真っ先に注文をしたのはマルチェロだった。
少々文句が入っているのはご愛嬌だ。
今回いきなり呼ばれた上に、空気が重い原因からも程々に離れている。
それに当人はあまり場の空気という物を読んでいない節がある為、沈黙の突破口になるかもしれないとカインローズは内心にやりと笑う。
「筋肉ダルマが何仕切ってるのだ。ふん……俺様にはグランヘレネ産のワインを」
一人が口を開けは後は流れだ。
一度は全員口を開かなくてはならなくなる。
ならばとカインローズが次に口を開く事を指名したのはリーンフェルトだ。
今回のメインは正直合コンという名の謝罪の場である。
謝った後はどんちゃん騒いで暗い雰囲気を一掃しよう、そう心に決めている。
「リン、お前は?」
そう問えば言葉少なめにメニューを指差す。
「……ではこれで」
指差した物は火竜酒という火が付くほどの強い酒である。
こんな物を呑むのかというツッコミはグッと我慢して、次のオーダーを取るべくリナに話しかける。
「ほいほい、リンは火竜酒な。リナは?」
「では私もお嬢様と同じものを」
リーンフェルトの酒の強さは知っているがリナはと言えば良く知らない。
確かに光魔法は使えたはずだから大丈夫だとは思うのだが、どの程度使いこなせているのかがまるで分からない。
「おいおい、大丈夫か? この酒は火を噴くはずの火竜すら火を噴くほどの酒なんだが……あれ? なんだかおかしいな。まぁそんな酒だ」
酒の知識を披露した上でリナを止めようとしたのだが、結局良く分からない説明になってしまったのは仕方のない事だ。
大体火竜すら火を噴くほどの酒というが、火竜は火を噴いて何ぼの竜であるしこの酒を呑まないと吐けないのであればもはや火竜とは名乗る事は止めておいた方が良いだろう。
いつもならこういうしょうもない事にツッコミを入れてくるリーンフェルトが沈黙している為、一切盛り上がらない。
(やっぱり調子が狂っちまうなぁ)
そんな事を思いつつも次の注文を聞くべくシャルロットとジェイドへと話しかける。
「さて、嬢ちゃんとジェイドはどうするんだ? 頼まねぇなら本当に面白そうな名前の酒を注文するぞ」
カインローズがそう言えばリーンフェルトがその言葉に割って入ってくる。
「カインさん! シャルは未成年です!」
「ん? あぁそっかそっか、んじゃ果実を絞った物にでもするか?」
「…………オレンジジュースをお願いします」
別にこんな席だし酒くらい良いじゃないかと思うカインローズに、目だけで抗議を続けるリーンフェルトの雰囲気はちょっとした戦闘訓練くらいには殺気立っている。
そんな空気の中ジェイドは注文を呟く。
「じゃあ俺はハニーワインで……」
ハニーワインは確かグランヘレネの酒だった気がする。
アシュタリアの店なんかで良く取り扱いがある物だと感心していた。
そんなこんなで全員分の注文を取り終えた店員が去って行けば、また葬式の様な暗さに逆戻りである。
程なくして店員が戻ってきた時なんかは、あまりの静けさに本当にこの部屋に客がいるのかどうか疑う様子であったのは印象的だった。
店員はキョロキョロと部屋を見回し、この部屋の注文で間違いなかったかを確認すると調子を取り戻そうと明るい声を出した。
「お飲み物をお持ちしました! えっと……こちらがハニーワインですね、……どなたでしょうか?」
しかしそれに応える者が誰一人としていなかった事に店員の顔が立ち尽くし少々泣きそうになっている。
そのハニーワインを頼んだ本人はカインローズという肉壁の向こうに座っているマルチェロの方を向いており、全く気が付く様子が無い。
「あぁ、ハニーワインな。ハニーワインえっとこれは……ジェイド、お前のだったよな」
店員に助け舟を出しつつ、横でマルチェロの方を向いているジェイドに声を掛ける。
「ん? ……ああ、そうだな」
我に返った様な声ではあったが、店員は誰にハニーワインを渡すべきなのかが分かり何だか嬉しそうだ。
一方酒を受け取ってもなお狐面の奥から殺気が漏れているのはどういう事だろうと思いその視線を追いかけた先に硬直したシャルロットがいる。
恐らくこれが原因、寧ろこれしか原因が無い状態を把握してカインローズは暫し考える。
(確かシャルロット嬢ちゃんの家出の理由ってコイツが言い寄ったからだったよな……でもなんでジェイドの奴は殺気立ってんだ?)
それにしてもこのジェイドの殺気を収めない事はリーンフェルトも話しかけ辛いだろう。
そうこうしてる間に飲み物を全員に配り終えた店員は去り、部屋に静寂が戻ってくる。
この気まずい空気に負ける訳にはいかないカインローズは自身に配膳されたグラスを手に持って喋り始めた。
「今宵は俺の主催する合コンに参加をしてもらい感謝の念が絶えない。飯代は俺が全て持つから存分に飲んで打ち解けて交流してくれ。思う所はいっぱいあるだろうが対話は大事なんだぜ? んじゃ堅苦しい挨拶もそこそこに乾杯!」
挨拶を終えて一人だけ高々にグラスを掲げれば、釣られるように各々グラスを掲げて合コンはやっと開始を迎えた。
開始から十分も経っていないのに既に皆にやる気を感じられない。
本当にこれがお嬢様の為になるのだろうかとすまし顔で疑問に思うのはリナである。
実はこの面子の中でちゃんとした合コンを経験しているのはリナだけであり、過日の合コンは大変に盛り上がった事も記憶にあって既に惨劇の予感すらある。
幹事は目の前で酒を呑んでいるが、彼は合コンにはきっと参加した事はないのだろう。
なにせ盛り上げ方がかなり強引で、独りよがりな所が目立つ為今一皆のテンションも上がらないからである。
更に彼は光魔法など使えないので今のペースで盃を空けていけば最終的に酔い潰れる事が確定している。
(この後一体誰が面倒を見るのですか全く……)
リナは火竜酒を呑みながら成り行きを見守る事にしたのだった。