155 合コンという名の戦場~前哨戦~
その日アウグストの研究に付き添い雷除けになる事数時間。
昼を跨いでも一向にその場から動かない彼がやっと動いたのは、午後四時過ぎの事だった。
「リン君、そろそろ戻ろうか。しかしここの技術もなかなかどうして興味深い。ここに書いてあるのは融合と分離について何だがね。たまに二属性同時に扱う魔導師がいるじゃないか。もう少し技術が進めば、融合させられるオリクトが作れるかもしれないのだよ」
「それはもう熟練の魔導師が要らなくなってしまうのではないですか?」
「いやいや、それはない。彼等の体から生み出される魔力をオリクトに供給しない事には、結局器だけの話になってしまうからね」
言われてみれば確かにそうだと思いつつ、リーンフェルトはアウグストについて、、御神体こと雷のヘリオドールが安置されている場所から城に貸し与えられた一室に戻ってきていた。
「では、リン君私は籠って研究を続けるから今日はもういいですよ」
「あ、はい。わかりました」
そう短く答え一礼をしてアウグストの部屋から出ると、満面の笑みを浮かべたカインローズがそこに待っていた。
そして珍しい事にカインローズと共にいるのはリナである。
「あれ、カインさんにリナさん? なんだかとても珍しい組み合わせですよね?」
「ん。別に俺達は仲が悪い訳じゃないんだぞ?」
「そうですわよお嬢様。そんな事より折角アシュタリアの帝都ママラガンに来たのです一緒にご飯でも行きませんか?」
そう誘うリナにカインローズが付け足す。
「親睦会というかまぁ合コンだな。後二、三人増える予定だ」
そう聞かされてぱっと思い浮かぶのはママラガンへの道を共にしてきた面々の顔だった。
そうなると残りの面子はナギとヒナタ。
時間があればアベルローズも合流といった流れだろうか。
「分かりました。それでは準備をしてきますね」
「おう。店は十八時から予約してあるからその時間までに間に合えばいい。俺達は準備が整い次第、正門の所で待っているからな」
「分かりました。正門ですね」
アシュタリアの城がある場所は大通りを抜けて、丁度突き当りにある。
ここから出ると大通りへのはスムーズである事から、お店は大通りにあるお店なのだろうとあたりを付ける。
部屋に戻ったリーンフェルトは早速シャワーで汗を流して、アル・マナクの制服から着物へと着替えた。
黒地に桜の柄が描かれた着物であり裾のところに金色の蝶が舞っている図案となっている。
この着物はアシュタリアからの気配りなのか日々違った物が用意されている。
リーンフェルト自身ではまず買い求める事はない柄であるが、折角用意して貰っているのに袖を通さないは失礼に当たるかと思い日々用意された着物は着るようにしている。
そのあたりについてはナギのリンお姉様に着せてみたいという欲望を実は忠実に反映している物なのだが、その事をリーンフェルトは知らない。
それはさておき随分とアシュタリアでの生活に慣れた物である。
帯など一人で結べない時期があったりもしたのだが、着付けについては一通り出来る様になってた。
そして外出時にも必要ななりきりセットを装備する。
これは西都でシェルムが選んだ物をずっと使用している。
彼女のセンスで選ばれたのは黒猫のなりきりセットであり、プラチナブロンドの髪に対しては黒い耳というよりは完全にリボンのようなアクセサリー状態である。
昨日カインローズの財布で購入した櫛で髪を整え、猫耳あたりを結わえてツインテールにすればアシュタリアでの外出用リーンフェルトの出来上がりである。
時間は十七時を少し過ぎたくらいだ。
目上を待たせるのも気が引けるので、その足で正門の待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせの場所には既にカインローズとリナが待機していた。
「以外と早かったな」
「あら、お嬢様。今日の着物も素敵ですわ!」
「あれ、待たせてしまいましたか? リナさんも着物素敵ですね」
「お嬢様からお褒め頂けるなんて感動ですわ!」
リナの着物は裾に様々な色の花を乗せた美しい檜扇があしらわれた紺地の着物を見事に着こなしに、いつも通り眼鏡をしておりとても大人の女性に見える。
「あぁいや問題ねぇよ。それよりもだ。こっちも面子が揃った事だしボチボチ行きますかね」
そう言うカインローズもいつもより気合いが入っているようで、黒の紋付袴で銀糸を使用して刺繍されているのはハクテイの家紋である。
「なんだか皆さん気合い入っていますね」
「そりゃ合コンだしな!」
「若い男女の出会いの場ですから、第一印象は良く見られたいですわね」
そんな会話をしながら歩き始めたカインローズについて行く形で、正門を出れば直ぐにママラガンの大通りへと出ることが出来た。
カインローズが止まったとのはキコマ屋という食事処だった。
「おう、揃ってるな! こっちはどうしても男が一人見つからなくてよ。今から調達してくるからちょっと待ってろ」
「えっ、あ……おい」
カインローズは挨拶もそこそこにリーンフェルトとリナを残して颯爽と消えてしまった。
呆然とする中、今日のメンツと思しき狐面の男から引き留めるような声が上がる。
声を上げた相手を認識したリーンフェルトは、自身が思い描いていた面子では無い事を知る事になる。
その店の前には彼女が想像していなかった人物が待っていた。
確かに昨日いきなり飛び出して行ったカインローズはシャルロットと接触していたが、まさかこんな風に顔を突き合わせる事になるとは思いもしてなかった。
正直何を話したら良いのか分からないリーンフェルトはとりあえず黙っている事にした。
カインローズがいなくなると会話と言うものが一切起きない。
事狐面の男の事も察しが付いた。
顔こそ見せないがジェイドなのだろう。
リーンフェルトは表面上落ち着いているが、内心はかなり動揺していた思わずちらりと横目でもう一度彼等を確認する。
シャルロットはオレンジ色のうさ耳に兎の尻尾、深い緑の袴に黄緑色の振袖姿で何とも愛らしい姿をしているのだが、表情はなんというか無機質な物となっている。
最愛の妹ではあるが今はまだ前回ジェイドに怪我を負わせた事で気まずい関係のままだ。
何時か出会った時にはしっかりと前回の事を謝罪しようという思いと、今も続いている御神体調査で襲い来る雷を吸収しては魔力に変換し貯めていた魔力もそこそこあったので、多少切り飛ばした腕の再生へと充てられる算段も付いていた。
そのジェイドはといえば裾に金糸で星空を描かれた藍色の着物に高下駄を履いている。
彼が男である事は勿論知り得るところのリーンフェルトではあるが、見様によっては女性にも見えそうなラインである。
話し掛けるような雰囲気ではない四人は只管カインローズの帰りを待たざるを得なかった。
暫くして獲物を確保したとばかりに意気揚々と帰ってくるカインローズの腕には金髪にパンダのなりきりセットなのだろう目の周りが黒く塗られた男が襟首を掴まれて引き摺られ連行されてきた。
「そこに金髪のパンダが居たから連れて来たぜ。これで面子は大丈夫だな……ってお前どっかで見たことあるな」
誰だったかと顔をマジマジと見る為にカインローズはそのパンダの襟首を放すと大分苦しかったのだろう喉元を抑えて咳き込み出す。
そうして顔を上げた男の顔を見てリーンフェルトは冷ややかな目を彼に向けて呟く。
「それ……マルチェロです」
「なんでこんな所に!?」
「バカンスに来て何が悪い! サエスでの報奨金で骨休めに来てみれば、また貴様らか! なぜ俺様に付きまとう!」
「いや、そっちが勝手に付いて来ているだけですから」
寄りによってカインローズが捕まえて来たのはリーンフェルトの因縁の相手であるマルチェロであった。
臙脂色の生地の着物は金糸で鷲が木の枝に止まるような図案でかなり派手な着物を着ているのだが、すっかり贅肉が落ちスリムになった彼は以外にも華麗に着こなしている。
敢えて言うならば何故その服を選んでおきながらなりきりセットをパンダにしたのかという事くらいだろうか。
などと悠長な事を考えていたリーンフェルトはその一瞬を後悔する。
気が付けばマルチェロはシャルロットを見つけ認識したようで、早速絡み始めたからである。
「……おや? これはこれは。俺様の誘いを断って逃げ出した子猫……いや子ウサギちゃんまでいるではないか! どういった風の吹き回しだ?」
「……んなもんたまたまだ。お前だってここにいたのたまたまだろうが」
「何にしてもだ。俄然やる気が出て来たな」
一体なんのやる気だろうか。
ここは姉としてシャルロットを守らねば。
気まずい気持ちはあるがこれだけは主張しておかねばならないとリーンフェルトは口を開く。
「妹に手を出したら燃やしますよ?」
「やめとけやめとけ。数合わせなんだから、それにそっちには連れがいるんだぜ?」
「なっ……おい、そこのお面野郎。俺様にそいつは譲っておけ。悪い様にはしないぞ?」
「…………あァ?」
連れであるシャルロットにちょっかいを出されたせいか、それともお面野郎と呼ばれたせいかジェイドがマルチェロに対してかなり不機嫌そうな声を出す。
雰囲気が一層悪くなった様な感覚に今から先が思いやられる。
「……あぁ……俺は知らねえからな」
火種を捕まえて来たくせにカインローズは無責任にも収集が付かないとばかりに額に手を当てぼやくのを、リーンフェルトとリナは突っ込まずにはいられない。
「カインさん……貴方が連れてきたのですから、ちゃんと責任を取ってくださいね」
「そうですわ……お嬢様に迷惑になるようでしたら、私が始末して差し上げますわ」
リナのそれはカインローズに向いているのかそれともマルチェロに向いているのか。
兎も角リーンフェルトへおかしな真似をしたらリナは制裁をしてくるのだろう。
一触即発の不穏な空気は突然破られる。
ジェイドが何か思い出したようにポンッと手を叩くと思い出した事を口にし始める。
「リーンフェルトに丸焼きにされた上にシャルロットに結婚申し込んで気持ち悪いからって逃げられた元王族の成れの果ての奴か! あれ? オリクトのせいでアルガス王家は崩壊したのに今はアル・マナクで面倒見てもらってるのか? プライドはどこ行ったんだ、散歩中か?」
しかしマルチェロは不遜な態度で、一歩前に出るとジェイドを鼻で笑う。
「ふん。なんの冗談だ貴様。俺様が生きている限りアルガス王家は滅亡などしていない。無礼な仮面野郎だな」
まだジェイドはマルチェロに名乗ってすらいないのだから、仮面野郎と言われても仕方が無いとはおもうのだが、その呼称に対するセンスの無さについ吹き出しそうになるのをぐっと堪えて澄ました顔をリーンフェルトはしていた。
この変な空気で笑う訳にはいかないし、相手はあのジェイドであるという警戒心がやはり拭いきれていないせいもあって、笑いが込み上げてくる。
丁度、笑うなと言われれば小さい事に意識が向いてしまい、つい大笑いしてしまいそうな感じである。
一方のマルチェロは王家は滅亡してないなどと、現実から目を逸らす発言の方が余程心配になるくらいだ。
そんなのは余所にカインローズが面子も揃った事だしと、早速場を仕切り始める。
「まぁまぁお前ら、積もる話は酒の後だ! 店に入るぞ!」
その台詞に一同が呆気にとられて間の抜けた空気が漂ったのは果たして僥倖と言えたのか。
かくして因縁だらけの合コンが始まろうとしていた。