154 高貴過ぎる使い
お説教も一通り終わり、事情を聴いたアベルローズは取り敢えずの納得を示していた。
「ま、お前の思惑通りで良かったじゃねぇか」
説明を聞いたアベルローズは素直にそう感想を述べたのだが、当のカインローズは眉間に皺を寄せたままだ。
その表情のままカインローズはアベルローズに助力を願い出る。
「だが一つ問題が出てきちまってな、親父ちょっと力貸してくんねぇかな?」
「なんだよ、妙に改まって」
普段よりも一段低い声に真剣さを感じたアベルローズだが、それと同時に力を貸して欲しいなどと言い始めた事に若干警戒心が高まる。
「実は連中が今いる場所が皇帝の所有する建物らしいんだわ」
「そりゃそうだ。陛下自らが招いた客だぞ?」
カインローズには伏せてある情報の一つである彼等の逗留先について、当人から聞く事が出来たのだろう。
客人であるジェイド達が何処にいるかについて、アベルローズは既に知っていた。
しかし皇帝カハイが直々に呼び寄せた客人達だ。
そんな彼等にシュルクを良く思わない者達が口さがない言葉が耳に入らない様に、または接触しないように細心の注意が払われている。
「でもよ、俺もそいつらに用事がある訳だ。それも明日」
「また随分と急だな、倅」
「勢いで明日って言っちまったから明日やるさ」
「それでどうしろと言うのだ。全く……ちぃとは後先を考えんか馬鹿者め」
「いやさ。皇帝の所有する建物に使いを出したいんだが、普通の奴は敷居が高かろうと思ってな」
当初普通の宿であるならばそこらの小間使いにでも使いをさせるつもりだったカインローズだが、ジェイドの言葉を聞いて考えを改めざるを得なくなっていたのだ。
アシュタリアの皇帝は絶対的な支配者である。
それ故に小間使いを仮に使いにやっても、その小間使いが可哀想な事になるのは明白だ。
「確かにそこらへん歩いている奴に頼んでも門前払いだろうな」
「という訳で連中への使いを頼まれてくれ」
「なんじゃと?」
アベルローズは聞き間違いかと思わず聞き返してしまう。
普通ならば皇帝の次に名の上がってくる四祭祀家の当主をわざわざ合コンの連絡をさせる為だけに使うと言うのだ。
これが親子でなければ、その場で無礼打ちにされても仕方が無いような話である。
が、その通り親子間の話なのでそこで問題になる事はない。
「だから明日の時間と場所、あぁ場所はキコマ屋にするぜってあたりをちゃちゃっと伝えて来てくれないか」
「……親を顎で使うか倅よ」
少々恨めしい声で返すアベルローズに、息子であるカインローズは両手を合わせて頼み込む。
ここでジェイド達に連絡が行かなければ、合コン自体が御破算になってしまう。
それだけは避けなければならない。
言質を取ったのも明日だけの話、ジェイドがその気になればすぐにでも断れてしまう状況なのだ。
このチャンスを何が何でも成功させねばならないカインローズはいつになく必死である。
「いや、普通の宿に泊まってるんだったらそこらへんの使い走りで良かったんだがよ、そういう事情で門前払いされちゃ伝わるもんも伝わらねぇし。俺はここでしっかりあいつらの蟠りを取り除いてやりたいんだよ」
「……ふん。貸一じゃぞ倅よ」
アベルローズは鼻で一つ笑うと渋々といった感じで、使いを引き受ける。
「ははは、悪い恩に着るぜ親父」
「そうと決まればさっさと伝えてくるか。おい倅、キコマ屋に何時だ?」
「そうだな。酒も呑みたいし十八時で頼む」
「ついでだ、儂がキコマ屋には口を利いておいてやる。一階の他の客がせわしなく入ってくる場所より二階の方が良いだろう。よしよし明日は儂も楽しみにしておるからな」
勿論冗談のつもりでアベルローズはそう言ったのだが、カインローズは無表情で父親から目を逸らした。
「いやすまねぇ、流石に合コン行くのに親同伴とか無いわ」
「……なんじゃつまらん」
「そう拗ねるなって。後生だ親父」
「ふん……後何度お前には後生があるもんだかな」
そう言って少々機嫌が悪いままに伝言を伝える為に部屋から出て行ってしまった。
「さて、俺は面子の調達に行くかな」
そう一人ごちてカインローズもまた部屋の扉に手を掛けた。
アベルローズは皇帝の客人達がどこに泊まっているかは予め知っていたので迷う事無く彼等の滞在先へと向かう。
この国の政治や経済を司る四祭祀家の一家であるハクテイの当主である為、その程度の情報は把握済みである。
尤も機密性の高さからいけば中の上位である為、カインローズには彼等の滞在先は教えていなかった。
結果彼等に街中で出会い合コンの話をねじ込んで来たのだと言う。
人の為に本気になれる事は美徳であるとアベルローズは考えているので、息子であるカインローズの行動は称賛すべき事である。
ただ非常に計画が雑であり、父親としてサポートしてやらねばとも思うのは子を思う故か、はたまた杜撰過ぎて目も当てられない為か。
客人の滞在先の入り口に立っていた皇帝陛下直属の部下達がその守りを固めている。
「おう、ご苦労さん」
そう言って片手を上げて颯爽と入り口を通ろうとすると、門番達に止められてしまう。
「お待ちください!」
「なんじゃ? 儂はそれなりに忙しい身だ。用事はさっさと済ませてしまいたいのだが?」
「失礼ですが、陛下から許可は頂いておりますか?」
「いんや、そんなもん持っとらんな」
「でしたら……!」
「ふむ……一兵卒風情が儂の道を塞ぐか。今なら無礼は許してやるぞ、さっさと道を開けよ」
「ですが、私にも任務という物がありまして……」
「確かにな。ま、四祭祀のハクテイ家が当主アベルローズが命じる。ここを黙って通せ」
「はっ! 失礼いたしました!」
アベルローズのドスの効いた良い声で身分を傘に門番を威圧する。
可哀想なのは全く以て真面目に職務を遂行しようとした門番であろう。
アシュタリア国内でも最高位に近い四祭祀の一当主を前に、職務を遂行するのは肝が据わっている証拠である。
「あやつには悪い事をしてしまったわい……後で何か考えておいてやるか」
門を抜け玄関へと進みながらアベルローズはそうぼやいた。
後に彼はこの件で皇帝直属の部隊から解任されそうになるのだが、アベルローズが皇帝に口添えして助けるという話はまた別の話である。
閑話休題。
さて玄関までやってきたアベルローズはそこで声を張り上げた。
「誰か居るか!」
暫くして足音が聞こえてくると女中が一人現れたのだが、アベルローズの顔を見るなり平伏して頭を上げようとしない。
「あ、あの……ハクテイ様がなんのご用でしょうか?」
女中は床に額を擦りつけながら恐る恐るそう尋ねると、アベルローズは倅から預かってきた伝言を客人に伝えに来たという旨を伝えると震える声で「承ります」と返事が返ってきた。
どうも身分が違い過ぎて収支萎縮されっぱなしであったアベルローズも少々気まずかったのだろう、ばつが悪そうな表情で要件を伝えた。
「ったく……なんで儂が小間使いの真似事なぞ……。まぁよい、儂も暇では無いから手短にのう。明日十八時、大通りにあるキコマ屋の二階だそうだ。確かに伝えたぞ」
そういうとこれ以上ここに用事もないとばかりにさっさと玄関から出ると、アシュタリアの空に舞った。
そこから口添え予定のキコマ屋へ行って話を通しておく。
キコマ屋の主人とは客として馴染みであった為に、話はスムーズに運んだ。
「アベル様もそのうちまたお食事に寄ってください」
「うむ、そのうちな」
そんなやり取りを終えると城にあるママラガンの住まいへと帰るのだった。
――アベルローズが律儀に役目を果たし終えた頃カインローズはようやくお目当ての人物を見つける事が出来た。
「やっと見つけたぜ。どこに行っていたんだよリナ」
そう切り出したカインローズにリナは実に怪訝な表情を浮かべて返事をした。
「バカインローズから私に用事とは珍しいですわね。何か御用でも?」
そう聞き返したリナの手には買い物をしてきたのだろう風呂敷が握られている。
普 段と変わらないメイド服と言ってもヘッドドレスの代わりに犬耳が付いてはいるが、本日は銀縁眼鏡である彼女はさっと荷物を背に隠してカインローズに対応する。
「実はお前に頼みたい事があるんだ」
「これは二重で珍しいですわね……どういう事ですの?」
「実は明日合コンをやるんだが面子が足りねぇ」
「なぜ私が貴方の主催する合コンに出なければいけないのです?」
「頼むリンの為なんだ」
その一言はリナにとってかなり有効である事はカインローズも認識していたが、疑わしげな態度から一転、興味をそそった様である。
「詳しく話を聞かせて頂きますわ」
「すまん。恩に着るぜ」
「いえ、お嬢様の為とあらばです。貴方の為ではございません」
そう言って初任務からの因縁あたりからの説明にかなりの時間を要したが、結果リナは首を縦に振ったのだった。
「報告書にはない話でしたわね」
「そりゃそうさ。俺が報告してないからな」
「……このバカインローズ、そういう事はちゃんと共有すべきでしょう組織として」
「でもよ、半分以上あいつの因縁なんだぜ? それ報告の義務あるか?」
「なくとも私はお嬢様の全てを知りたいのですわ」
「……そっちの方がよっぽど危ねぇ考えだと俺は思うがな……」
「なにか言いまして?」
この場では完全にリナの方が主導権を握ってしまっている。
余計な事を言って明日の参加メンバーから外れてしまう方が余程面倒くさいので、直ぐに引き下がると同時に念を押して参加の有無を確認する。
「いや、なんにも。明日は頼むぜ? んで、とりあえず後は男の面子か……こりゃ本当に親父を入れねぇとまずいか……?」
「若い男女の出会いの場に親が同伴してくるなんて、雰囲気もなにもありませんわね」
「あぁ、全くだ。それだけは避けないとな」
結局この日に面子を揃える事が出来なかったカインローズは、焦燥に駆られながら当日を迎える事になったのだった。